第四章 5 三人の日々
幼い頃、御格子クツナには同い年の、二人の友人がいた。
一人は、父方の従兄弟である真乃アルト。もう一人は、遠い血縁らしいがほぼ他人同然の、季岬キリ。
クツナとアルトは、共に繭使いの家系で産まれたため、物心ついた頃から一緒にいた。
クツナは、能力の乱用を懸念した父親の意向で、あまり本格的な施術を幼少期から身に付けていたわけではないが、持ち前の好奇心で順調に繭使いとしての技術を伸ばしていた。
それに対しアルトは、機会があればことごとく試すべしという父親の教えによって、小学校からの帰り道でも、虫や小動物を捕まえて帰っては繭使いを学んだ。
アルトの灰色の髪と目は、繭使いには何代かに一度現れる身体的特徴だったが、さすがに目立ちすぎるということで親がウィッグをかぶせていた。しかしやはり不自然さは隠せず、好奇の目にさらされるようになってクラスから孤立しがちだったアルトには、クツナは貴重な友人だった。
クツナは目こそ灰色がかっていたものの、髪は漆黒だった。それでも、自分の特異な身体的特徴を小さい頃から意識せざるを得なかったアルトにとって、同じ色の瞳を持つクツナの存在は特別だった。友人を作るのが不得手だったことがそれに拍車をかけ、アルトが子供心にクツナをかけがえのない存在として強く意識したことは、無理のないことだった。
お互いに仲良くなってからは、いち早く実地経験を多く積んだアルトが、いくばくかのコツをクツナに教えたりもした。近所の林の中に洞穴があり、その中は二人にとって格好の秘密基地だった。
時には、繭の繰り方を失敗した。ちぎれた脚を治してやったはずのカナブンがひっくり返ったまま起き上がらなくなったこともあれば、なめくじがスライム状に溶けてしまったこともある。
繭使いは、ただの治療術ではなく、生命の機構に分け入る禁断の能力なのだということを、二人はこの時期に学んだ。親の言う通りの手順を守って身に付けた技術とは違う、痛々しい失敗こそが彼らに繭使いの真義を知らしめた。
同時に、暗い洞穴の中での二人だけの秘密の体験が、彼らを強く結びつけもした。
小学校中学年を迎えた頃、アルトは洞穴で、弱々しくつぶやいた。
「クツナ。僕は、繭に触るのが、この頃少し怖い」
「俺だって怖いよ。でも、俺はこの能力を、『幸福の舟』だと思ってる」
「何、それ?」
「母さんに昔買ってもらった絵本なんだ。壊れて沈んでしまうかもしれない舟も、乗らなければ先にはたどりつけない。乗らない方がよかったと思うことはあるかもしれないけど、ないよりはずっといい。そうして、無事に目的地にたどり着いたら、その舟は夢を叶えてくれた『幸福の舟』になる」
「そうか。なら、難破しないように漕ぎ方を練習しないとね」
アルトは、顔の前で握り拳を固めた。
「……カナヘビ握りながら微笑むなよ。怖いだろ」
クツナは半眼で、そう告げた。
親から紹介され、二人がキリに出会ったのは、十一歳の頃だった。
クツナとアルトはどちらかというと自分たちの生活領域を積極的に広げようとはしない性分だったが、キリは活動的――というよりは無鉄砲に近い性格で、よく小さなトラブルを起こしては、三人で解決するというのが常だった。
一度、小学校からの帰り道で、こんな話をしたことがある。
「アルト。キリを、もう少し大人しくさせる方法はないもんか」
「無理じゃないかな。暴れザメに泳ぐなって言うようなものだし」
「……二人とも、聞こえてるんだけど」
後ろからそう言ってきたキリに、二人は「うわあ」と悲鳴を返す。
「裏山やら家に引っ込みがちなあんたたちを、広い世界に誘い出してあげてるとは思えないの?」
アルトが、右の拳をあご先に当てながら答えた。
「なるほど。引きこもっているカタツムリの中身を、無理矢理殻から出してくれてしまうようなものかな」
「アルトのたとえは、なんでいちいちちょっと怖いんだ……」
中学生になる頃には三人それぞれが開き直り、幼少期からの性格を特に変化させないまま成長していたが、その時には三人は、互いに親友といっていい状態になっていた。
住んでいるところが多少離れているので、中学校は三人ともバラバラだった。それでも、ことあるごとに彼らは誘い合って、中学の友人よりも三人でも時間を優先した。




