第四章 4 過去は始まる
夜が更け、二十二時を回った頃。クツナは少し酔いながら、伊村橋駅を降りた。家までの距離は、酔い覚ましにはちょうどいい。キリの夫とは歳が離れているが、よく気も合い、話し始めると止まらない。その分、一人で歩く夜道はいつもよりも寂しかった。
駅の明かりが遠ざかり、段々と暗くなっていく帰途の途中で、クツナはふと、街灯の下に人影を見つけた。
「おい。……まさか、鳴島か?」
「はい」
「何だっていうんだ、こんな時間に。さすがに遅すぎるぞ。家族も心配――」
「いいんです、そんなのは」
シイカはクツナの腕をとると、近くの公園へ引っ張って行った。二人でベンチに、並んで腰かける。
「鳴島、変だぞ」
「季岬キリさんとは、どういう関係なんですか」
「……そんな話なら、今度いくらでもしてやる。だから今日はもう、」
「今教えて欲しいの!」
声量は小さかった。しかし、声には切羽詰まった響きがある。シイカの今の様子が普通ではないとは、クツナも察していた。そしてその程度が、思っていた以上であることに、ようやく気づく。
「鳴島。どうしたんだ」
「クツナさん。私、思い出したんです」
クツナが息を飲んだ。
実際には、この時シイカは、何も思い出してなどいなかった。ただ、アルトに、そう言えとプログラムされていただけだった。
そしてクツナは、アルトの意図通りの解釈をする。
「思い出したのか。どの程度?」
「分からないです。断片的っていうか、バラバラで……。だから、お願い」
クツナは、短く嘆息した。それなら確かに、このまま帰すのはかえって危ないかもしれない。元より、キリとの関係など、いくら話しても構わない。しかし。
「分かった。ただ、それを聞いたら、大人しく帰るんだぞ」
どこまで話すかは、慎重に判断する必要がある。
キリの話をするとなると、アルトのことを抜きには説明できない。あの二人との思い出は、そのままクツナ自身の半生でもある。
出会い、仲良くなり、そして離れた。かいつまんで話したために、時間にすれば五分もかからなかっただろう。
「つまり、三人は同じ能力を持った友人だったってことだ。でも色々あって、離れ離れになった」
「ずいぶん、省いてますね」
「そりゃ、こんなところで微に入り細に入りってわけにはいかないだろ。大体僕の友人関係なんて、そんなに詳しく聞いても仕方ないだろう?」
シイカは、自分の繭の一部をつまみ、電源コードのように伸ばした。
「鳴島?」
その先端を、シイカはクツナの繭につないだ。
シイカがアルトから得た――強制的に渡された――記憶が、クツナに流れ込んでいく。
公園の街灯に弱弱しく照らされながら、クツナは、三人で過ごし、そして別れた時のことをフラッシュバックさせた。




