第三章 10 遍在する異性間友情
シイカは、欧華橋高校を出た後、クツナの家に向かった。
まだ日が暮れるかどうかという時間帯、クツナにはメッセージアプリで家に行くと連絡を入れてあったので、この日は塾の授業がないクツナに、そのまま居間へ招き入れてもらえた。
「どうだった、鳴島。なんだか、疲れた顔をしているな」
用意しておいてくれたらしく、すぐに出てきた紅茶をシイカが受け取る。「今日のはティーバッグだぞ。いい葉っぱを仕入れに行く暇がなかったからな」とクツナが言うが、充分にいい香りがした。
シイカは、エツとトワノについて、昨日と違い、一通りの話をクツナに伝えた。そのうちどれとどれの情報がクツナの仕事に必要なものかは分からなかったが、自分の知りえたことは全て告げた。
その上で、疲れた舌でぼそりと言う。
「クツナさん。……男女の友情って、あるんでしょうか」
「また、面倒なことを」
「永遠に答えが出ないっていいますよね、これ」
「いや、答は出ている」
水色の鮮やかな紅茶の水面から、シイカが視線を上げた。
「えっ」
「ある」
「あるんですか」
「ある。一度付き合って別れた後なら生じ得るとか、周囲に他の異性が乏しければあり得るとか、互いに尊敬の気持ちが必要とか、色々言われることはあるが、そういう条件付けとは全く無関係に、確かにこの世に実存する。ただ、人がそれを信じるかどうかは、ひとつの分岐点が決める」
「分岐?」
「出会うか、出会わないか。友情を育める異性と、出会えるかどうかだ。多少仲良く話したりする仲か、生涯を共にしたいと思う盟友か、その他さらに分岐はしていくが、元にあるのはたったひとつの分かれ道だよ。それがない人間には、永遠にその存在を体感できない」
シイカは紅茶をひとくち飲んだ。カップを置き、ひとつ息をつく。
「なんだか、幽霊みたいですね」
「幽霊?」
拍子抜けした顔を浮かべるクツナに、シイカが慌てる。
「ほら、見た人は信じますけど、見てない人は普通信じないじゃないですか」
「まあ、分からないでもないが。幽霊扱いされたら悲しいもんだ」
クツナが苦笑した。
「クツナさんは、出会えたんですか。そういう人に」
「お陰様でな。だからこんな、偉そうなことが言えた」
「どんな人なんですか」
「そうだな。活発というか、向こう見ずというか、無茶というか、無鉄砲というか」
「……女の人ですよね?」
クツナがうなずく。
「僕よりもずっと、気ままで行動的だったな」
「私今のところ、そんな出会いないですもん。異性間の友情なんて幻想だっていう人の方が多い気がしますし」
「幻想の場合もあれば、そうでない場合もあるさ。自分たちの想いが恋愛感情なのか、そうでないのか、これまでに誰よりも本人たちが繰り返し問い、確認してきただろう。それを否定することが、当事者でもない誰にできるというんだ」
そう言うクツナの顔は、自然体だった。
思ったことを口に出し、相手の言葉を聞く。必要以上の否定も肯定もない。普通の人間同士なら当たり前にやれそうなことを、シイカは生まれて初めてできているような気持ちになった。
ただ話しているだけで、ずっと心のどこかで抱いていた、自分が人間として何か欠落しているのではないかという痛みが、少しずつ癒されていく。
いや、そんなことより今はエツの方に気を向けるべきだと、シイカは軽く頭を横に振った。
それを見たクツナが微苦笑しながら、カップを口元に運んで言う。
「明日、尾幌エツの繭をやる」
「えっ。明日、ですか。もっとタイミングを計ってからだと……」
「目途がついた。タイミングを計るというのは、できる範囲で最速の行動を起こすってことだ」
「そう、ですか」
大丈夫。クツナのことだから、悪いようにはならないはずだ。
そう言い聞かせながら、シイカは今までにない気まずさに、喉を鳴らして紅茶を飲み込んだ。




