第二話
コイツの料理はなかなかのもんだ。
この前のバレンタインのときも、こいつのチョコは他の連中のよりも数倍うまかった。
甘いものが苦手なオレ好みにビターでまろやかな感じに仕上げていた。
受験だっつーのになかなか大したやつだと思っていたのだ。
小学生の頃、親同士も気が合うということでオレの家とニコルの家で月に一度かわりばんこに食事会をしていた。
焼肉をしたり、鍋をしたり…。
オレたちが中学生になって思春期と言うこともあり、少なくなっていたがコイツもよくクラッカーにチーズとか変な木の実とか乗せて作ってたヤツがめちゃうまかった記憶がある。
「ちょっと親に電話するから電話貸して。」
「はいはい、どうぞ。どうぞ。」
ニコルは家電から自分の家に電話した。
「…あ、お母さん?今、風炉さんちなんだけどさ。シュートの親、旅行行っちゃってるみたいだからなんか作ってあげてくから。うん。そうそう。じゃ、よろしく~。」
と、いいながら電話を切った。
「いつも思うけど、変な名字!」
「あ!バカにすんなよ?オレの先祖を…。椙澤が家臣、風炉右近将監玄元様を知らねーのか?槍の玄元を…。」
「はいはい、知らない知らない。けど、百回聞いた。あのねぇ。いい?面倒だけど、ご飯作ってあげるんだから、少しはあたしを褒めなさいよ!」
「ぐぬ…。えーニコルさん。今日もお奇麗な…。」
「よろしい。」
「お召し物で…。」
「お召し物?」
「いえいえ冗談で…。」
「はぁ~…。まぁいいかぁ。」
と言いながらニコリと笑う。
ニコルは冷蔵庫を開けて、なにやら作り始めた。
ウチは、リビングとキッチンが一体型だ。ニコルの動きが良くわかる。
その間、オレは自室に戻って着替え。
ラフな半袖、短パンになってリビングでゲームを始めた。
「ニコルさ~ん。いい匂いですよ~。頑張ってぇ~。」
「うるさいなー。黙ってゲームでもしてろ!」
「お言葉に甘えまーすよ~。」
テレビに向かってレースゲームをやっていると、うまそうな匂いが充満して来た。
もう、ゲームどころじゃなくなり空腹感が頂点に達してしまった。
しばらくして、ニコルが
「はいはい、お待たせ~。」
「おっせ!これでマズかったら承知しねぇからな?」
「は?マジムカつくんだけど…。」
と言った後にニコリと笑う。
本当に愛嬌のあるやつだ。
ベーコンときのこが入った緑色のソースのかかったパスタ。
茹でた豚肉と千切りキャベツとレタスの入ったサラダ。
トマトとチーズを切ったもの。
マジでうまそう。
飛びついた。
「うんめぇ~!!かのベートーヴェンも言ったものだ!運命と!」
「フフ…。何言ってんの?」
「うまいうまい!」
「あっそ。じゃあ、よかった。」
二人で向かえ合わせになって、食事を楽しんだ。
ニコルは、オレの食い方を見ながらいつものようにニコニコと微笑んでいた。
「は~。ごちそうさまでした。最高!」
「うん。美味しかったね。」
「ニコルはいいお嫁さんになれるな!」
「は~。誰ももらってくれないよ~。」
「んなことねーだろ。」
「んなことあるよ。」
「好きな人は?」
「いるよ。」
ドキリ…。
ふーん。好きな人いるんだ…。
「どうなの?その人とは…。」
「はっ!ぜーんぜん。知らないんじゃない?あたしが好きだってこと…。」
「そーなの?もったいねぇなぁ。ソイツ…。バカなんじゃねーか?」
「…そうかも。」
「まぁ、オレもつい最近、特大級のアホっ娘にぶち当たっちまったけどな。」
「ププ…。」
ニコニコしていて、ホントに気持ちのいいやつだ。
話していて楽しい。
それにしても、ニコルの好きなヤツって誰なんだァ?
もったいね。こんな料理の腕前をもつ女そうはいねぇぞ?
「誰だ?中学のときのやつ?協力するよオレ。」
「ああ、いい。いい。めんどくさいよ。変に突っ込まないで。」
「なんでだよ。オレとニコルの仲じゃん。言えって。誰にも言わねーから。」
オレは気付かなかった。
徐々にニコルから笑顔が消えて行くのを。
それでもなおもニコルに食い下がるように好きな人の名前を聞いた。
「あっそ。ホントに大馬鹿なんだね。」
と言いながら、キッと睨む。
急に怒ったようになったのでたじろいでしまった。
「…なんだよ…。」
「こっちの気も知らないで…。」
「ハァ?意味わかんねーんだけど…。」
ニコルは真っ赤な顔をして
「アンタだよ。シュートのこと…。好きなの!ずっと昔から…。」
余りのことにオレは言葉を失ってしまった…。
その間、数秒…。
ニコルは空いた食器を重ね出した。
「やっぱりね。そーなると思った。」
そう言って、食器を持って流し台に行き食器を洗い出した。
オレは黙ってその姿を見ていた。
頭の中は真っ白で、どう声をかけていいかも分からなかった。
水道の音が止まった…。
洗い物が終わったんだ…。
ニコルはこちらに戻ってきてソファの上に置いてある自分の荷物を手に取った。
「面食いだもんね。シュートは。」
「…う、うん…。」
「あたしなんて…。」
「…う、うん…。ゴメン…。」
一度だけこちらを見た。
その目はうるんでいるのが分かったが、下を向いてしまうと長い髪で顔が隠れてしまった。
何も言わずにリビングのドアをあけて、靴をはく音が聞こえた。
「バイバーイ。」
と、普通に別れの挨拶が聞こえたが、オレはそれに返答することができなかった…。