第四話
奈都が柊斗にもらすことなく週末。
あいつを叩き起こして服を買いに行こうと思ったら、すでにウチの茶の間で母さんとお茶を飲んでいた。
「なんだ。早いなぁ。ババァみたいだぞ?」
「へへーん。すごいだろ~」
…………。
……かわいらしい。
そらそーだ。オレが元惚れていた女。
だが、これにドキドキしてちゃダメなんだ。
これを女としてみるな。
物──。動く物体。
小さい顔に細くて長い手足らしいものがついていて、ザトウグモみてーだな。キモ!
ところどころふくよかな。
いや、ふくよかいうな。
出てる──。脂肪だ。これは脂肪。
部分デブ。
そう思えば可愛らしさも薄れると言うもの。
後は、コイツを見るときは焦点をあわさない。
ボカシボカシで見ることにする。
時間が早いので、思い切って違う市の有名な服屋に移動した。
ここなら学校が同じヤツもいないので、奈都と一緒にいたって見つかることはない。
奈都ははしゃぎながら服を選んでいた。
試着してオレに見せて来る。
な、なんて可愛らしい。
いやいや、ダメだろ。
ダメ。ダメ。
「どう?」
「うん。いいんじゃない。似合ってる」
「やった! これにしよう!」
奈都ははしゃぎながらレジに向かった。
お年玉の残りがあるっていってたから金は大丈夫だろ。
つか、今頃お年玉かよ。
貯金箱の中身──とかじゃねーかよ。
買ったものを着用して、元々着ていた服を紙袋を入れて、にこやかに戻って来た。
つか、そんな胸強調されんのか。
アイツの前でそれ着んのかよ。
いや、部分デブが強調されようが、なにしようがオレには関係ない。ないなーい。
チャラ
と、音を立てて奈都はオレの目の前に手を出した。
「これ、暁彦に似合うと思って!」
それは黒い革製のチョーカーだった。
少しだけ銀のあしらいもついている。
シンプルで好きなタイプのヤツだった。
「おー! すげぇ。かっこいい」
「でしょ?」
なんて気の効く。
こんなことできないヤツだと思ってたけど。
なかなかどうして。
それを早速首にはめなた。
「いいね。気に入った!」
「んふ!」
「そーだ。お礼に帽子買ってやるよ。いや買わせて下さい」
「え? マジ? うれしー! 欲しかったのー!」
奈都のサプライズに嬉しくなったオレは、店を移動して帽子を購入。
涼しげな薄茶色の帽子。
スマートで色白な奈都にすごく似合っていた。
…………。
──いけない。いけない。
似合ってると思ったのは個人差があるわけで。
他からみればなんてこたーない一般市民。
一般市民がただ帽子をかぶっただけだ。
マネキンが帽子をかぶるのと何が違うのか?
問題などどこにも存在しない。
それに、人の彼女に5000円弱の帽子なんて買うんじゃなかった。
クソぅ。もう一銭もださんぞ?
「じゃぁ、行くか。ギャラクシーハイランドに」
と、声を震わせながら言った。
なぜコイツに緊張する必要があるのか?
駅からバスに乗り込み、山の上にあるギャラクシーハイランドへ。
バスから降りると、奈都が開口一番、
「ね。ご飯食べようよ」
しまった。
別に奈都を意識しすぎていたからというわけではないが、軽く食事をとってくれば良かった。
園内の食事はバカ高い。
奈都に手を引かれて、ホットドック屋の前に並んだ。
プレーンのホットドック400円。高くね?
「えーと、プレーンひとつと~」
おいおい。勝手に頼むな!
「それと。あたし何にしようかなぁ~」
え!?
おれがプレーンで決まり?
なんで勝手に決めた?
「お腹すいてるから、この爆裂トリプルチリダブルソースシングルドックにしてください」
なに!? その名前!!
なにがトリプルで、なにがダブルで、なにがシングルなの?
おせーて! 誰かおせーて!
店員の若い男が手際よく二つのホットドックを作り、それを手渡して来た。
「はい。プレーンと爆裂で1400円でーす」
奈都はオレに手を出した。
「ホイ。700円。割り勘でしょ?」
うぉい! 普段アホのくせして計算はえぇ。
そんで、なんで割り勘。
支払い別々にすりゃいいじゃん。
と、思いながら彼女に700円を手渡した。
「おねえちゃん、美人だから1300円にまけとくわ」
「え? ありがと~。お兄さんもかっこいいよ!」
とお世辞をいった。
お世辞を言えるようになっていたとはなかなか、育ったもんだ。
うんうん。
あれ? オレに50円の返金は??
「ねぇ、分けっこして食べようよ!」
と、手を引かれる。
ま、いっか。
50円も手をつなぐのも。
こうするのも久しぶりだ。
二人でベンチに座りながら互いのホットドックを半分こしてパクついた。
そして、トリプル・ダブル・シングルの意味はやっぱり分からなかった。
食べ終わったら、二人でメリーゴーランドに乗ったり、ゴーカートに乗ったり、ジェットコースターに乗ったり。
童心に帰って楽しんだ。
当初の目的なんてすっかり忘れていた。
そして、観覧車に乗る。
二人きりの空間にハッとした。
こいつは。
人の彼女じゃねーか。
幼なじみで。
大好きで──。
でも、彼氏もかっこよくて。
こいつは、そっちを選んだんだ。
今は楽しいけど。
ここを出たら現実に戻される。
ホントは下見とかって言ってたけど。
奈都とこうして一緒にいる時間が欲しかった。
──欲しかっただけなんだ。
「わーキレイだね~」
奈都は観覧車の窓から大きく広がる地上の景色と空を眺めていた。
「オマエの方がキレイだよ」
って言えればどんなにいいシチュエーションだろう?
それは言えない。
結局、「彼氏がいるから」って言われちまう。
そんなこと言われたらカウンターパンチだ。
幼なじみのままでいい。
言ったらそれすらもダメになってしまうかもしれない。
「なぁ」
「え?」
「……柊斗のどこを好きになったの?」
──やば!
言っちまった。
言ったら自分が一番傷つくだろう言葉を。
でも、なんていうんだろ。
奈都は。
ドキドキが止まらない。
落ち着け。
オレの心臓落ち着け。
「ん? 分かんない」
と言って、ニコリと笑った。
…………。
──そっか。
そういうもんだよな。
恋愛って。
言葉にできるほど、たやすいもんじゃない。
逆に言葉にすれば安っぽいんじゃないだろうか?
言えば、そこだけってことになっちゃうんじゃないだろうか?
そうだよ。
人を好きになるのなんて理由はいらない。
その笑顔が回答なんだよ。 な。