第二話
──奈都に彼氏か。
当然、オレがその地位になるものだと思ってた。
今までだって、彼氏っていう形じゃなかったけどそんな雰囲気だった。
だから、奈都だってそういう気持ちを持ってるって勝手に思い込んでたんだ。
でも奈都はそうじゃなかったんだな。
──柊斗か。
正直勝ち目なんてない。
格好もいいし、スポーツ万能だろ?
彼が奈都に思いを寄せて、奈都もそれを受け入れた。
横からもっていかれちまった。
大事な、大事な人を……。
クソ……ッ!
このモヤモヤした気持ちはなんだ?
気持ちが悪くて吐きそうだ。
奈都が柊斗のものになっちまう。
考えただけで、心臓が小さくなっていく気持ちだ。
つぅーっと、頬をつたって熱いものが流れて行った。
そりゃそーだ。
涙も流れるはずだよ。
悔しいよ。
自分のお嫁さんにするって思ってた人だもんな。
涙とため息が一緒に出た。
コンコンコン。
窓ガラスが叩かれた。
いつものことだ。
感傷に浸ることすら許されないのか?
無言でガラリと窓をあけ、叩いたヤツの顔を見た。
ニコニコしている奈都がそこにいる。
昔、二人で行ったお祭りでクジを引いてもらったアンテナ状の長くなる棒をしまっていた。
500円した子供騙しの長い棒。
当然、大ハズレだ。
でも奈都はそれを大当たりだと喜んだ。
それは、この窓ガラスに丁度いい距離だったからだ。
そんな思いを聞いて、オレはとっても嬉しかったのに。
「なに?」
「ねーねー! 柊斗くんからラインがくるんだけど、なんて返したらいいかな?」
ぶっ倒れそうになった。
なんでオレがその相談を受けなきゃならんの?
柊斗とライン?
彼氏とライン?
知らねーよ!!
「わかんね」
パタンと窓ガラスを閉めた。
慌てふためく奈都の顔が最後に見えたがどうでもいい。
できれば嫌いになれればそれでいいのに。
ツラい……。
次の日学校。奈都の家に回らずに来た。
精神的にツラかったし。
奈都だって、彼氏がいるのにオレと並んで歩いたらダメだろ。
そんなことを考えながら無言で座っていると思い切り背中を叩かれた。
息が止まりそうなくらい痛かった。
「よぉ~」
声の主は柊斗だった。
奈都とは別のクラスだが、こっちの恋敵とは同じクラス。
そいつはスマホ片手にこちらを睨みつけていた。
「……な、なに?」
「昨日は夜遅くまで奈都とラインしちゃったよ~」
そ、そうか。
も、盛り上がってらっしゃるようで……。
柊斗は、グイっとオレに顔を近づけた。
「なんで、奈都はオメーの話題しかしてこねーんだ? アァ!? テメーが怒ってるかどうかなんてオレに関係ねーだろーがよ。オレらの中に出てくんなよ! テメーは脇役なんだからよ!」
あの~。
なんで、奈都がする話しまでオレが責任取らなきゃならないんで??
「あー! いた!」
聞き覚えのある声。
当たり前だ。奈都の声なんだから。
ドンドンと足を踏み鳴らして、オレの横に立った。
「奈都! おはよう!」
髪を整えて柊斗が元気よく挨拶する。
「ああ、おはよう。ちょっと! 暁彦!」
と、大事な彼氏を軽くいなして、大変な剣幕。
「なんで置いて行くの! 暁彦の大バカ!」
やいのやいのとオレを責め立てる。
可哀想なのは柊斗だ。
完全にいないものになってオロオロしている。
オレは立ち上がって奈都の手をとった。
「きゃん!」
可愛らしい声を出すなぁと思いつつ、続いて柊斗の手を取り二つの手を合わせた。
「彼氏がいる女と並んで歩けるわけねーだろ? ちっとは男の気持ちを考えろよ」
と言って、その場をクールに立ち去った。
後は柊斗がうまくやるだろう。
オレは邪魔者。
しかし、ホームルームのチャイムがなったのですぐに戻った。
すると、奈都がオレの机に突っ伏していた。
「あの~。あなたのクラスはここじゃありませんけど??」
と言うと、ガバっと跳ね起きた。
目を真っ赤に腫らしている。
「そーだよね。そーだよね。彼氏がいるのに、ダメだよね。ウン。分かったよ」
……分かっちゃったか。
それは、それで残念のような。
「じゃ、クラスに戻るよ。帰りは一緒に帰ろう。ね!」
……分かってない。
休み時間。
奈都は頬に手を当て、口をタコのように尖らせながらオレの回りを人工衛星のように回転していた。
オレを笑わせようと必死の様相だ。
その度に顔を背けていたら、今のように回転するようになった。
うーん。
面白い。
面白いけど、笑っちゃいけない。
調子に乗る。
それに、一時的に奈都で隠れるがずっとこちらを睨み倒しているヤツがいる。
言わずと知れた奈都の彼氏、柊斗だ。
そりゃ面白くねーよな。
付き合ったばかりの彼女が別の男に貼付いてりゃ。
……やば!
柊斗がこっちに近づいて来たぞ?
柊斗はにこやかに、奈都の肩を叩いた。
「ねぇ、奈都?」
声をかけられ、回転をやめた奈都は柊斗の方を見た。
「あ! えーと…………」
“えーと”ってなに?
「……柊斗くん! サッカー部の! 何?」
忘れんな。大事だろうが。
「何してんの? 楽しそうだね」
「うん、今、暁彦とにらめっこしてんの! 0勝5敗」
オレは笑わせたつもりないんだけど??
「なーんだ。オレもまぜてよ~」
「あ、いいよ~」
敵対心丸出しの顔でオレを睨む。
あのね。彼女が勝手にやってることなんですけど……?
ビシィッ!!
柊斗が自分を捨てて、渾身の変顔をして来た!
デコをさらし!
眉毛をハの地に下げ!
口をいびつに曲げ!
舌をふるわしながら鼻先につけている!
奈都の歓心をひこうと、なにもそこまで……。
あっぱれ! まさに武士。
日本の心、ここにありだ。
「ウフ! あっはっはっはっはっは!」
お。奈都が笑った。
柊斗は赤い顔をしていたが、顔をクールに戻し髪を元通りに直した。
「そーいえば、この前 暁彦、昇降口でズッコけてたよね~」
──……。
……えッ?
うぉい!!
思い出し笑いかよ!
怖い。柊斗の顔を見るのが怖い。
無駄死に?
渾身の変顔が無駄死にしたの?
なんて気の毒な。
そんな話しあるのかよ。
無惨すぎるだろ。
授業のチャイムの音だ。
ゴングに救われた。
奈都は自分の教室に帰って行く。
柊斗は赤い顔をして、オレにその顔を近づけて来た。
「テメー! ホントに邪魔ばっかりしやがってッ! 次の休み時間はどっかに消えてろ!」
……はは。そのほうがいいかもね~。
顔どころが目を真っ赤に血走らせて言う迫力のある柊斗に従い、休み時間はどこかに身を隠すことにした。