第一話
「え?」
学校の帰り道、余りのことに隣りを歩く奈都の方を二度見した。
奈都は全然悪びれた様子もなく
「だから、サッカー部の柊斗くんが彼氏にしてって! んふ!」
と答える。
思わずフラついてしまう。
さも嬉しそうな奈都。
おいおい、ちょっと待てよ。
「……つ、付き合うの?」
「うん! 彼氏! 彼氏!」
な! なんだと!!?
な、なんてこった。
こんなことなら早めに手を打っておけば良かった。
奈都は──。
お隣りさんで、ほとんど毎日過ごしている。
多少おバカで……。
いや結構か? 天然もかなり入ってる。
ハツラツとした美少女。
バカ過ぎて高校なんて入れない!
と言われていたのに、オレと一緒に勉強して一時的にパワーアップした奈都はこの高校。
大優秀館高等学校に入学できた。
だが、糸が切れたように元のアホ娘に逆戻り。
でもそんな、そんな奈都のことをオレはずっと大好きだった のに……。
高校に入学出来たのは暁彦(これオレの名前ね)のおかげだよ!
大好き!
はっはっはっは。そーかそーか。(妄想)
そして、高校で誰もが認めるラブラブカップルになるはずだったのに。
「ねぇねぇ、暁彦。着ていく服一緒に選んでよ!」
オレの気持ちなんてまるでわかってねぇ!
ここまでアホだとは。
奈都に強引に手を引かれてコイツの家の中に。
「あら、あっくんいらっしゃい」
「おばさん、おじゃまします」
おばさんに挨拶をして奈都の部屋に…。
相変わらず汚ねぇ。
そこら中ちらかってる。
ぱ、パンツも落ちてますけど?
そんなのお構い無しに奈都はクローゼットを開いてベッドの上にめぼしい服を並べ出した。
オレはというと、出しっ放しの本を本棚にしまう。
机の上の飴の袋をゴミ箱に入れる。
いつものことだ。
「ねぇねぇねぇ」
「ねぇを三回。オレは姉さんじゃないぞ?」
「プッ。なにそれ。クイズ? 面白い。そういうの得意! じゃぁ、当てるね~」
……当てるって、もう答えは出てますけど?
「えーと。えーと。えーとねぇ──。ねぇが三回でしょ? だからねぇ~」
一生懸命考えている。
期待はしていないがどんな答えなのか。
「ね ね ね ねずみ!」
なるほどね。「ね」と「3」が入ってるから。
「正解? なっちゃん正解?」
「だ ね」
「やったぜ~! 友だちにも出してやる~」
どうせ、すぐに忘れる。
いつものことだ。
そして、出した服をしまい始めている。
おそらく、目的を忘れたのだろう。
いつものことだ。
「ねー! なっちゃーん!」
階下からおばさんの奈都を呼ぶ声。
どうせ、飲み物を取りに来いとかそういうことだろう。
「なに~? 今、手が放せないんだけど~」
そうなのか?
「飲み物とお菓子用意出来たよ~」
奈都はクルリとオレの方を向く。
「暁彦とってきて」
いつものことだ。
トントンと階段を降りて、おばさんから飲み物とお菓子が乗せられたトレイを受け取る。
だが、その手はおばさんによって引かれ、階段の下まで降ろされた。
「ね、ね、あっくん」
「なんでしょう?」
「なっちゃんのこと騙して変なことしようとしてないでしょうね?」
「……いえ」
「ああ、そう? でもまぁ、あっくんなら別にいいんだけど~」
とおばさんはいつも言う。
だが、今回のオレの回答はいつもと違う。
「それに、ナツには彼氏が出来たみたいです……」
「え?」
オレはため息まじりに階段を上って行く。
その後ろからはおばさんの「え? え?」という声が追いかけてきた。
奈都の部屋の扉を開けると、すでに制服から部屋着に着替えてくつろいでいた。
「ねぇ、ねぇ、デートってどんなのかな? 男の子ってどーゆーのが好きなのかな?」
ガックリきた。
柊斗のことを忘れているのかと思ったら、それは覚えていたんだ。
「さぁな? 普通、男から言い出して来るだろ」
「それって、どんなのかな? ねぇ、教えて。教えて?」
「……柊斗がサッカー好きなら、スポーツ観戦とかあるだろうし」
「えー! 分かんない! ハンドしか分かんない!」
だろうなぁ。
って、ハ、ハンド?
……反則だろ。
「ねぇ、ねぇ、暁彦も一緒に行こうよ!」
はぁ??
「なんでだよ。いかねーよ」
「どうして? 柊斗くんに紹介したい! 大切な人なんです~って」
はぁ??
「そんなことされたら彼氏、キレちまうぞ?」
「どーして? やだぁ! キレちゃ、やだぁ!」
知らねーよ。
「じゃぁ……帰る。一人で考えたら?」
「どうして? ここに座って!」
と、ベッドに腰掛けられるように促される。
しかし、もうこんな話し聞いてられない。
自分のカバンを持って彼女の部屋を出た。
足音を聞きつけて、おばさんがリビングから出て来るし、上からも奈都が降りて来て完全に挟まれる。
「……あの。おじゃましました」
おばさんは、階段にいる奈都を睨みつけ
「ちょっと、なっちゃん、どういうこと?」
「わぁ! いい匂い! 今日、そうめん?」
……そうめんはそんなに香しくもねぇような。
「そうなのよ! 今日はなっちゃんの好きなそうめんよ! フルーツ入りよ!」
「やった! やった! フルーツ大好き!」
……帰っていいすか?
はしゃぐお二人をよそに、そっと外に出た。
精神的に疲れた。
家に帰り、自室のベッドにドゥと音を立てて寝転んだ。