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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
精霊と王の森
7/80

ウチくる?







その昔、隣り合う国との境だった城塞。



そびえる山脈と森を背にして、石造りの頑強な建物を中心に町は広がっている。


なだらかな丘の上にある城塞は解放されていないが、その周辺に町を機能させる全てが揃っていた。


外周は農地、住宅地、商店、と町は中央に近付くほど賑やかになる。


かつては戦場になった事もあったこの場所も、長く続いた穏やかな時代に合わせて、少しずつ民が増え町は大きくなった。隣国からの品物の流通拠点にもなっているので人通りも多く活気が溢れ、大きな声が飛び交っている。




久々に賑やかな場所にやって来たからか、自国と隣国の混ざり合う独特の雰囲気からか、姫様はユウヤが手を繋いでいないとどこかに行ってしまいそうなほどふわふわ浮き足立っている。


大通りに広がる露店に引っ張って行かれながら、ユウヤも姫様と笑い合っている。

久しぶりに人の生活圏に戻って来た。

森での行動に慣れているクロノでもひと心地ついた気がする。皆ほっと安心して気の抜けた笑顔を浮かべるのも無理はない。


「この町なら何でも揃いそう」

「そうだな、充分準備できる」

「良かったら必要なものがある店に案内してもらえないかな」

「ああ、もちろん」

「ありがとう。あと、良い宿があったら教えてくれない?」


クロノが口を開きかけると、通りの向かいから声が掛かる。


長剣を腰に佩き、ハイランダーズの紋章が入った革製の行縢(むかばき)を身に付けたふたり組。


少年の域を最近抜け出したようなふたりは、快活な笑顔でクロノの元まで走り寄ってきた。

足元にまとわりつく仔犬のような喜び方をしている。


「お帰りなさいクロノさん。今帰って来られたんですか?」

「クロノさんがいない間、大変だったんですよ! 主にハルさんが」


挙がった名前に『大変だった』内容の何となくの想像がついて、クロノは眉間にしわを寄せた。

普通に吸ったはずの息が、重たいため息になって低い唸りと一緒に吐き出される。


「……そうか、どこにいるか……は、知らないか」

「じっとしてるような人じゃないですからね」


ちらちらとクロノの後ろにいるユウヤたちを気にしながらも、見回りの途中だからとふたり組は去り、その後ろ姿を見送った。


「……待たせた。行こうか」

「いいの? 何かあったんじゃないの?」

「いや……放って置けばいい。さっきの続きだが、宿の前に……その……食事でもしないか?」

「別にいいけど……姫様は何か食べたいものがありますか?」


ユウヤの腰にしがみついていた姫様がうーんと唸り、何か思い付いたのか顔を上げて両腕に力を入れる。


「ユウヤのご飯がいい! パンが食べたい! 木の実の、あのー……まあるいの!」

「あれですか……良いですけど、困りましたね……台所を貸してくれる所を探さないと」


クロノにはいくつか心当たりはある。

わざわざ探さなくても案内は出来るから、姫様のかわいらしい願いを叶えるのは簡単。

でもついさっき食事に誘うのもやっとの思いで口にしたのに、これ以上言葉を継ぐのは相当難しい気がする。


「クロノ、どこか知らない?」

「ああ……そうだな……あると言えばある……」

「何それ、難しいんなら別に」

「いや、難しくはない……んだが」

「嫌なら……」

「嫌な訳がない! ……ーー済まない……そちらが良ければ……その」

「そちら? なに急に」

「……私の今住んでいる家なら……台所もある」

「クロノの家?! やったぁ!! 行こう、ユウヤ!」


姫様はユウヤの顔を見上げ、ユウヤは首を傾げてクロノの顔を覗き込むように見ているが、三人は誰とも目が合っていない。


「ふーん? 家に……石窯、あるんだ?」

「……ある」

「なに考えてるの?」

「……別に」

「へぇー?」



店をいくつかまわって必要な材料を買い込む。




クロノの家は、城塞に向かって右手の位置、似たような形の家ばかりが寄せ集まった小さな集落の中にあった。


家の造りや見た目がどれも似ているのは、一帯の家を建てたのが皆、見習いの大工たちだから。

ハイランダーズが依頼をして、見習い大工たちはそこで腕を磨いた。

それだけなら何だか良い話に聞こえるが、安くあげたかったというのが正直な話。

丈夫に作られてはいるが、少々隙間があったり、途中から材質が変わってつぎはぎに見えてしまうのもご愛嬌。


一番古い家がもう二十年以上前に建てられたもの。

少しずつ増えていつの間にかちょっとした集落になっていた。

家族のある者はそれなりの大きさの家を充てられるが、ほとんどがひとり住まいの造り。




集落の外側にある、比較的新しそうな家の前でクロノは立ち止まる。


一跨ぎで乗り越えられそうな石を積んだ塀の内側には、小さな庭。

定期的に世話を頼んでいるので小綺麗に整えられ、控えめながら花も咲いている。



冬には雪で覆われてしまうので、家は積み石の上、少し高い位置に建っている。屋根も雪が落ちやすいように角度をつけてあり、軒も張り出している。


広めの軒下には木製の露台があり、そこを見た途端、姫様は急に走り出した。


「ブランコ!!」


正面の階段を駆け上がって、露台を走り、そのままの勢いでブランコに腰を下ろした。

軒下に鎖で吊るされたブランコは大人でも三人は座れそうな大きさで、姫様はその上でころころ転がりながら揺られている。


「思ってたよりかわいいんだけど」

「たまたまここが空いていただけだ……広いとは言えなくて悪いが……」

「じゃなくて、ブランコ。クロノがつけたの?」

「いや、最初からあるんだろう……さあ、中に」


鍵は付いているが、使いはしない。

近所は全員ハイランダーズで住人もハイランダーズなら、わざわざそんな所に泥棒は来ない。

無くなって困るものは留守にする前に人に預けているから、クロノはあっさりと扉を開いてユウヤを招き入れた。



入って右側に台所、左にある食卓には椅子が二脚。窓辺には長椅子が置いてあるだけの飾り気のない空間だった。

奥には扉が三枚、浴室と手洗い、寝室、それと小さな物入れだけの質素な間取り。

案内はあっという間に終了する。


「しばらく留守にしてたのに、きれいだね」

「三日に一度くらい掃除を頼んでいるからな」


へぇ、と先ほど買った食材を置いて、旅姿を解く。

身に付けていた武器と背負った荷物を順番に下ろしていく。


「自由に使ってくれて構わない、適当に……」

「出掛けるの?」

「ああ……詰め所に行って……」

「いつ帰ってくる?」


自分の仮の住まいにも関わらず、狭い家の中で身の置き所が分からない気がして、クロノは詰め所で適当に時間を潰そうかと考えていた。

ユウヤがどういう意図で聞いているのか理解できずに、返事をまともに返せない。


「今からじゃ昼食は用意できないから適当にして? 日が暮れる頃に夕食にするから、それまでには帰ってきてね」

「あ……ああ、分かった」

「あ、水はどこにあるの?」

「出て、左手に」

「んー。ありがと」


ユウヤは台所の戸棚を端から開けて、中を確認しながら生返事をしている。



夕食を終えてから宿を探していたのでは遅すぎると、忠告するべきなのは分かっている。

が、このまま居てもらいたい気持ちが勝る。

五分の戦いではなく圧倒的な勝ち。

意地悪をしようとしているのではなく、


そう、完璧な。


これは、下心。



クロノは荷を解いて収集したものだけを抱え、出掛ける準備を終える。

余計な時間は潰さずに、出来るだけ早く帰ってこようと、さっきまでとは真反対に考える自分に、我ながら呆れ返る。


「……では、出掛ける」

「はーい、行ってらっしゃーい!!」


返事があったのは別の方向からで、出入り口には姫様が立っていた。


ふたりに見送られて、この新鮮なやり取りに口元が緩んでいると自覚したクロノは、集落を出る頃には気を入れ直し、意識して眉間に力を入れた。






「さて、と」


食材を台の上に並べながら、手順を考える。

料理をするのはずいぶん久しぶりな気がする。


「姫様も手伝って下さいね」

「はい! がんばります!」


はちみつ色のふわふわした髪をひと撫でして、頭を抱えると姫様はうっとりと目を細めた。


「下ごしらえしたら……お風呂借りましょうね……その前に洗濯が先かな」




小さな庭の端に、手漕ぎのポンプがある。


台所もそうだったが、必要なものは分かりやすくその周辺に置かれていたので、難なく準備は進んだ。


クロノのような立場の人は家事なんてまずしない。

掃除と言わず家事全般 人に頼んでいるのだろう、整頓された道具を見ればわかる。


それ以前にクロノが家事をする姿は面白すぎる。



タライに水を張って服を全部入れた。

石鹸を崩し入れると準備万端の姫様に声をかけた。


「さあ、姫様。お願いしますね」


下着姿で腕も脚もあらわになっている姫様は、笑顔で大きく頷くとタライの中に飛んで入った。


足踏みをしたり、服を蹴ってはタライの中を走り回る。


ユウヤも長靴を脱いで、裾を膝まで捲り上げる。

中に入ると姫様の手を取り、ダンスのようにくるくると回る。


タライの中は井戸水だからか少し冷たい。

良い天気だからちょうどいい、飛び散る泡も、着ている服が濡れるのも気にせずにタライの中でダンスは続いた。




「えええー? 最近は森の中で女の子が収集できるのー?」


隣の家の庭にはいつの間にか男性がいて、笑顔でこちらに歩いてくる。


秋の枯葉色の髪、真夏の空色の瞳、派手ではないけど上等そうな布地の服。

で、お隣の人……クロノの同僚か、何にせよ白金の証の持ち主なのは分かる。


クロノとは全てが正反対の雰囲気。

人好きのする笑い顔、砕けた話し方、歩く姿は武に長けるというよりは優雅な印象を受けた。


「それなら僕も行けば良かったな……初めましてお嬢さんたち。僕はハルエイクロイド……ハルって呼んでね」

「初めまして、ハル」

「こんにちは! ハル!」

「お名前をお伺いしても? 麗しいお嬢さん」

「こちらは姫様とお呼びして……私はユウヤ」

「よろしくお願いします、姫様、ユウヤ……何をしているんです?」

「おせんたく! いいでしょ!」

「ええ……楽しそうな声が聞こえたので来てしまいました。……ところでウチの収集家は?」

「収集したものを持って詰め所に行くって」

「へえ、そうなんだ。……ユウヤ」

「なに?」

「僕の恋人になってよ」


話のついでに口説かれて、ユウヤは思わす笑い声を上げた。


「ずいぶん急だね」

「まさかもうウチの収集家と……なんて無いよね?」

「ありません」

「だよねー……で?」

「お断りです」

「んーまぁ、そうなるかー」

「なにその手当たり次第って感じ」

「息をするように口説くとはよく言われるけど……誰にでもって訳じゃないよ?」

「とてもそうとは思えないけど」

「そうかな? もっと僕をよく見れば分かるかもよ?」





ユウヤはにっこり笑って、洗濯の続きを再開した。
















行縢(むかばき)……カウボーイとかがズボンの上に着ている、あの革製のアレです。

チャップスとか、シャップスとかとも言うらしいですが、何しろピンときませんでしたので、日本語で。

乗馬した際に自分の脚を守ったり他にも色々便利なお衣装です。見た目も格好良いですよね、アレ。







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