ばっさりルシアン。
通りに面した食堂、というよりは酒場と言った方が近い店にふらりと入る。
時間的には夕刻だが、日が長くなってきたので、まだまだ外は明るい。
それでも店の中はもうすでに混み始めて、その日の仕事を終えた男達がそれぞれ机を囲んで、酒を酌み交わしていた。
その中でひとり、壁際の小さな卓で静かに飲んでいる男の向かい側に行くと、よっこらしょと腰を下ろした。
「やぁー……疲れましたー。人使い荒いんだもんなぁ、参っちゃいますってば」
男はへらりと笑うヨエルを見ると、すぐに自分の手の中にある器に視線を落とした。
「あの方がお出ましになったと聞いたが」
「おお、流石。耳が良いですねぇ……そうそう、驚いたったらないですよ、ホント」
「たかだか領主の不正に、どういうことだ」
今回のザンダリル領の一件で、国王陛下が王城を出たことは第六隊の間でそこそこの驚きをもってすぐに広まった。
この程度でいちいち陛下が野に下っていては、自分たちの存在価値が疑われる。
「うーん……まぁ、お城の中の掃除も兼ねてたみたいだし、ここのところ大人しく良い子にしてましたからね。あの方も久しぶりに表に出られて楽しそうでしたよ」
ははとヨエルは笑って、手を上げる。同じものをと店の奥に大声で言った。
「随分と早く片付いたな」
「ですねぇ。あの方が動き出した時点でもう割と詰んでましたしねぇ……加えて時間を無駄に使わなかったってのも大きいかなと」
「上手く総長が居たからか」
「……あと奥方様と」
小さく舌打ちすると男はとんと無頓着に器を卓の上に置いた。
「はは、総長 好き過ぎ……奥方様にヤキモチとかどうなんですか」
「黙れ」
「まだ会ったこと無いんですよね……会ってみたら分かりますって。かなり良いと思うんだけどな……お似合いだったし」
「奥方の良い話はひとつも聞かない」
「それこそ、総長好きからの嫉妬ですね。まぁ空気は読めるわ、よく動くわ、腕は立つわ……男なら第六隊に欲しいくらいです」
「どうだか。お前の目は信用できん」
「ヒドイなぁ」
運ばれた酒に口を付けて、ヨエルは温かいうちに食べようと料理にも手を伸ばす。
「んー……どう見ても総長の方がべた惚れだったし、気持ちはわかりますよね、めちゃくちゃ可愛かったんで」
口の中身をもごもごさせなら喋るヨエルに、第六隊大隊長はふんと鼻を鳴らして器に酒を継ぎ足した。
「娼婦だったんだろう」
「あー、それねぇ……。でもそんな感じ全然しないんですよね。なんていうか、その手の汚さみたいのが見えないっていうか。ホントかなって疑っちゃう……なんなら、まだ純潔だって言われても信じちゃいそう」
「見目か……」
「ずいぶん得な見た目ではあるかも」
「おーう、ルーシーどうした。珍しいな、飲み屋で会うなんて」
体格の良い男が酔いに顔を緩ませて、足取りも軽く卓に近付いてくる。
「ええ、遠方から従兄弟が来たもので。ちょっと飲みに出たんですよ」
「どおもー、こんばんはー。いつもこいつがお世話になってますー」
ヨエルが即座に話を合わせて、にこにこと人好きのする顔で軽く挨拶をする。
「そうかそうかぁ、楽しんでいけよぉ」
まるで店主のような口ぶりで男はわははと笑うと、近くの常連がいる机に向かってふらふらと歩いていった。
「……ルーシーて……あ痛!!」
第六隊大隊長ルシアンは、くくと笑っているヨエルの足を卓の下で蹴り飛ばす。
顔や風体だけは優男に見える。
なので潜入先では見た目に合わせて周囲と接するようにしている。
その実、ルシアンの内側は、がっつり武闘派でばっさり冷淡なので、女のように愛称で呼ばれている大隊長がヨエルは面白くてしょうがない。
「んー……ああ。……俺たちとちょっと似てるトコがあるのかも」
「なんの話だ」
「さっきの続きですよ」
「奥方が?」
「見た目で随分、損得が激しい……」
決まりがあるのでもないが、第六隊は割に見目が良い者が揃っている。
標的に近付き、懐の内に入り込むには、好かれる要素が多い方がやり易い。
人当たりに加えて見目も重要な役割を担っている。
それ故のやり辛さが仇になる事もままある。
心当たりがあり過ぎて、ルシアンは肺の中の空気を全部吐き出すと背もたれに寄り掛かかった。
「一度 会ってみて、話してみたら分かりますって」
「……別にこのまま挨拶も無しに置くつもりはない」
「もう……素直じゃないなぁ。それならいつまでも拗ねてないで、さっさと城都に帰って下さいよ」
「……その前にグラスターに行くぞ」
「うげ」
「マーヴィスからの連絡が無い」
「うあ゛」
不穏しか浮かばない名前の羅列に、ヨエルの目がぎゅっと細まる。
「ホント人使いが荒いったら……これじゃ、国を横断してるようなもんじゃないですか……他にいるでしょ、誰か」
ヨエルは文句を垂れながらも、酒も料理の皿も次々に空にしていく。
「ちょうど手が空いたのがお前しか居ないんだからしょうがないだろ?」
ふと笑いを漏らしてルシアンは立ち上がり、その後を慌ててヨエルは追いかけて、ふたりは酒場を後にした。
□□□ざっくり解説□□□
ルシアンは第六大隊 隊長。
第六隊は国の全域にわたって個々で諜報活動に励んでおります。
地域に溶け込み、民に混ざって、国民の不正のみならず、ハイランダーズや貴族にまでも目を光らせております。
個人で独自に行動して、それぞれに責任があります。なので隊長以下は全員同じ立場で、副隊長や小隊長などの肩書きはありません。
とはいえ、腕の良し悪しで何となく上下的なものはあったりします。
その中でもヨエルはまぁできる部類の人。
という事で、ルシアンもヨエルに対しては人使いが荒くなったりという。
第六隊は秘匿性が高いので、同じ白金の証を持つハイランダーズでも、表立っているルシアン隊長以外、顔を知らない者も多いのです。
本文にも前に出しましたが、第六隊が騎士として行動したい時には、誰でもない誰かとして「第三隊のユージャック」と名乗る事になっています。
白金の証にもそのように記載がある程の徹底ぶり。
あ、今回の話は本編で発展するような前フリではありませんので、ご理解ください。
これで一応、全隊が出て来ました。
この先にどんな活躍を見せてくれるのかは、ヲトオさんにもよく分かりません。
期待せずにご期待下さい笑。
□□□ざっくり解説終わり□□□




