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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
beat the wings
66/80

アンディカの泥。






幕間ですので、さらりと読みやすいよう、会話が多めになっております。


細かいところはお気になさらず、気楽にお読みいただけますよう。




では、どうぞ。












「貴方に我が道を捧げよう。共に在ることを許して頂きたい」

「……うん?」


首を傾げているアメリの少し後ろを歩いていたアリアナの声が、ぴかぴかに磨かれた象牙色の通路でほぎゃあと響いている。


ただただ息抜きの為に陛下の執務室に呼ばれ、おしゃべりをしては頬を摘まれ、お茶とお菓子をたらふく飲み食いした帰り道。


王城の回廊を屋敷の方に向かっていたアメリの前に、背筋を真っ直ぐにしたアンディカが一直線にこちらに向かって歩いてきた。

目の前で腰を落とし跪き、その場にいた衆目も意に介せず、アメリに『騎士』の申し出を仕来り通りに行った。


「だだだだ! だめです、アメリ様!! 喋らないでぇー!!」

「え? なに?」

「あーもう、ちょっと黙って下さい! 『お返事は後日! お! おま! お待ちくださいますようっ! 』」


アメリの前に壁になるようにふたりの間に割って入ったアリアナは、前半をアメリに向けて、後半をアンディカに向けて早口で言い放つ。


アンディカはすと目を細めると、アメリを見据えてわずかに頭を下げる。


「……承知いたした、では良日に」


何が起きたのかさっぱりわからないアメリを、あわあわしながら、それでもアリアナは回廊から屋敷に急いで連れ戻す。そのままニーナの居るであろうアメリの部屋に直行した。


扉がはね返る勢いで大きな音を立てて開く。


「アメリ様が騎士の誓いの申し出を!!」


先ず大声と大きな音を出したことに注告を与えてから、侍女頭としてアリアナに厳しい視線を送る。分かりやすいように大きく息を吸い、静かに吐き出し、落ち着くようにと態度で示した。


ぽかんとした表情のアメリに椅子を勧める。

ぴしりとその側に立つと、ニーナはアリアナに向けて質問を始める。


「その騎士様はどなたなの?」

「第三隊大隊長のアンディカ様です」

「どこだったの? お返事は?」

「王城の回廊です。お声は出されたんですけど、大丈夫です、多分……大隊長様は『良日に』とおっしゃっていたので……」

「そう……あなたがお返事をしたのね」

「は……い。ぎりぎり……」

「心許ないわね」

「う……申し訳ありません」


他人事のようにやり取りを見ていたアメリに、ニーナは腰を折った。


「いつかあるのではと考えていましたが、まさかこんなに早くとは……お教えできていなくて申し訳ありません」

「えーと……大変そうだね?」


へらりと笑ったアメリは足を持ち上げて、椅子の上で膝を抱える。



騎士の誓い、とは主人をひとりと決め、生涯をその主人を護るために捧げるという誓いのこと。国王陛下ではなく主人に仕える騎士になると、アンディカはその誓いをアメリに対して行った。


ただひとりに仕えるということは、身も心も捧げ、他の誰をも娶らない、生涯を独身で貫く誓いでもあった。


昔からの慣わしでは、身分の高い女性に対して、騎士として仕えることで常に側にいる、元来は純粋に自分の想いを貫くためのものであった。


「元来は……?」

「今はその意味合いは薄れてきていますね」

「うーん? ……どういうこと?」

「その……なんというか、純粋に想いを貫く、という部分が薄れるといいますか……」

「あー。愛人的な?」

「……そうですね」


貴族のご婦人たちの間では、それこそどれだけ自分は騎士を侍らせているか、その騎士がどんなに強く、見目も備えているか、競い合うようにしているのは知っていた。

愛人や恋人の数が多いほど自分の価値が上がると考える、そんなご婦人も多数いるようにアメリは感じる。



貴族が主催の夜会や、王城での慶事や催事は夫の同伴が基本でも、昼間に行われるお茶会には自分の護衛、夫以外の男性が同伴、というのが当たり前。


アメリもお茶会に招待された時には、クロノではなく、ご婦人たちの扱いが大得意なハルと一緒に出かけていた。


「うーん……愛人はハルひとりで充分なんだけどな……」


ふへへと力なくアメリは笑う。

ご婦人たちの間ではハルはアメリの愛人ということになっている。ハルだけに関わらず、誰か他の騎士と一緒に歩けば恋人と疑われ、笑い合いながら話しでもしていれば愛人だと確定される。

ふしだらだの尻が軽いだの、酷い言われようをされようが、周りは騎士だらけなのでしょうがない。言われたい放題でもいちいち否定して回るのも面倒なのでそのままにしている。


「これは、理由を聞かないと、だね」

「誓いをされた理由をですか?」

「わざわざ王城まで来て、しかもひと目の多い場所でだもん。そこでじゃないとダメだった理由があるでしょ?」


うーんと悩んでいるニーナの後ろで、遠慮がちにアリアナがしゃべりだす。


「……あの……作法に則って、きちんと誓いを立てていらっしゃったのですから、本当にアメリ様の騎士になろうとお考えなのでは?」

「えー?! それは無いでしょー?」

「なぜそのように思われるんですか?」

「アンディカは私のこと、喋れる猿か何かだと思ってるよ?」

「そんな……!」

「アンディカだけじゃないよ、隊長はみんなね、総長のことが大好きでしょ? 大好きな総長をひとりじめしている女を守ろうなんて思わないよ?」

「……そんな言い方しないで下さい! アメリ様に誓いを立てたくなる方はいて当然です! 何も不思議ではありません!」


両手を握って鼻息荒くアリアナは力説する。


「そうかなぁ?」

「アリアナの言う通りです。大隊長様は何か理由がおありだとしても、今後このような事が無いとは言い切れません。もしどなたかに誓いを立てられたとしても、その時にはお声を出されませんよう。了承したと思われますから」

「……あ、それでアリアナは慌ててたんだ?」

「お返事は後日と、共のものが返事をするのが仕来りですね」

「その場で断るのもナシなの?」

「ですね」

「……面倒」


おっしゃる通りですとニーナはくすくすと笑う。





翌日、話は早い方がいいからとアンディカを呼び出して、人の少ない屋敷の裏手の四阿に向かった。


「ええと……昨日のことなんですけど。その前に、アンディカ。……なんか……ごめんなさい」

「……アメリが謝ることは無い」


四阿にはぶっちぎりで機嫌の悪いクロノも一緒に居る。


愛人(仮)に立候補している人に、夫(無理矢理)同伴で話をするのは、どう考えても気まず過ぎる。アメリはこの重苦しい空気に巻き込んだことに対して先ずアンディカに謝った。


「ちょっと……総長は黙ってて。ていうか、どっか行ってよ」

「……断る」

「……じゃあ、口出ししないで」

「……それも断る」


ああもう、と声を上げて隣に座るクロノをぎゅうぎゅうと椅子の端の方に押して、アメリは背中を向ける。

なるべくクロノとアンディカの間に入って視界を遮るように座り直した。


「ううんと……アンディカ、どうして騎士の誓いなんてしようと思ったのか聞いてもいい?」

「……奥方様をお慕い申し上げているからですが」

「…………もう一度言ってみろ」

「もう! クロノ黙ってて!!……いやいや、ほら、心にも無い事を言って、無駄に総長を怒らせなくても、ちゃんと本当の理由を教えてもらえれば、ね? あ、じゃあどうしてわざわざ王城だったの?」

「……それは」

「たくさん人が居ないといけなかったんでしょ? 誰かに見せ付けたかった? それとも王城で噂を流して欲しかった?」


アンディカはアメリから視線をそらし四阿に巻き付いている蔓草の緑に目を細める。顔付きは変わらず厳しいままだったが、少し肩の位置が下がり、力を抜いたのが分かった。


「……このところ、とあるご令嬢にしつこく言い寄られていまして」

「……へぇ、そうなんだ」

「私はその方の気持ちに応えることは無いので」

「うん? その人のこと嫌いなの?」

「いえ、そうでは無いのですが」

「じゃあ、別に良くない?」

「私は心に決めた方が」

「ああ……なら、そう言って断ったらいいと思うけど」

「何度も断りはしているのですが、どうも聞き入れてもらえないのです」

「わぁ、そりゃ大変だね……えぇ? でもなんで聞いてもらえないんだろう」

「……その方はもう亡くなっているので」

「うん?」

「亡くなった者をいつまでも想っているのはおかしいと、解ってもらえない」

「そう……それで私の出番という訳ですか」

「……申し訳ないことをしました。総長にも」


クロノを振り返ると、アンディカの想い人に心当たりがあるのか、ぶっちぎりで不機嫌だった表情は通常の不機嫌さに変わっていた。


アメリは眉を下げてこてんと頭を傾けた。


「その人を想っていくの? この先もずっと?」

「……はい」

「そのご令嬢の気持ちに応える気は無い?」

「……ええ」


アメリはぱんと両手を打ち鳴らすと、アンディカににっと笑顔を見せる。


「騎士の申し出はお断りします!」


険しい顔をしていたアンディカの表情がふと緩んで短く笑いを漏らした。


「……はい」

「でも、愛人にはしてあげましょう!」

「アメリ?!」


勢いよく立ち上がったクロノを振り返って、アメリはにっこりと笑い返す。


「いいでしょ、総長。ここで愛人がひとり増えた所で、私の評判は今より下がりようが無いもん。アンディカは上手く立ち回った。噂はもう王城中に回ってるよ。だったら利用しないともったいない」

「お前は! なぜそうやって自分から泥を被ろうとする!」

「元々泥だらけでしょ? ていうか、別に泥だとか思ってないし」


クロノが腹立たしさをぶつけて四阿の手すりを支えている部分を踏み抜くように蹴る。柱ほど太くは無いが決して細くもない、大人しい彫刻が入った木材がめきめきと音を立てて何本かへし折れた。


悪態を吐き出して物に当たっているクロノをアメリもアンディカも初めて目にする。

あーあぁと困った顔でアメリは笑う。


「アンディカ……騎士の誓いは、その心に決めた人にしたんだよね? 」

「……はい」

「じゃあ私の騎士になっちゃダメだよ」


アメリはまだ怒りで息を荒くしているクロノの手を取る。


「やっぱり泥なんかじゃないよ。アンディカの心からの気持ちで、それは素敵でとても綺麗な想いだよ。私は私の出来ることで応えたい。総長だってそうでしょ?」


奥歯を喰いしばってアンディカを見下ろしたクロノは、腹の底から震えのくる低い声をゆっくりと紡いだ。


「どうだ……思い通りにいった気分は。……分かっただろう、アンディカ。今後これの気の良さに漬け込むようなやり方は許さない。絶対にだ。覚えておけ」


クロノはアメリの手を引いて自分の元に引き込むとむぎゅむぎゅと押しつぶすように両腕の中に仕舞う。


「申し訳ありません……本当に。それから、ありがとうございます」




去っていくまっすぐ伸びた背中を見送りながら、今もぎゅうぎゅうと自分に巻きついているクロノの腕をぺしぺしと叩く。


「……ウワサぐらいで諦めるような人なら、その程度だもん。……そんな人にアンディカは任せられないよね?」

「……だからと言ってアメリがいちいち巻き込まれに行くこともないだろう」

「うーん。まぁ、ちょうど良い加減の所にちょうど良いのが居たんだからしょうがないよね」


誹謗も中傷も受け流して、夫以外になびく心配がない。話が通じて見返りを求めず、笑って済ませてしまう適当な性格の持ち主。

アンディカにとって渡りに船だったのは間違いない。


「クロノはそのご令嬢を知ってる?」

「……そうだな」

「簡単に諦めそうな人?」

「……どうだろうな」

「アンディカを好きになるような人だもん、悪い人じゃないんでしょ?」

「ああ……まぁそうだな」



足元に小さくなった木の欠片や、引きちぎれたつる草が散っている。

アメリはふへへと力なく笑う。


「……こんなバキバキに壊す必要あった?」

「……そうしたくなる気持ちも察してくれ」

「怒りんぼさんめ」

「誰のせいだと思っているんだ」

「私のせいにしないでもらえる?」





王城を噂が巡り巡って、件の令嬢はどうしたのか。それからどのように変わっていったのかは、今はまだ誰も知らない先の話。

















□□□ざっくりすぎる解説□□□



アンディカさんは第三隊の大隊長です。


第三隊は剣術に特化しておりまして、戦に於いては最前線に立つ部隊であります。


一番の大所帯、前章でアメちゃんのお守り役だったローハンは第三大隊副長、アンディカに次ぐ地位におります。


真っ直ぐ一本気で、己の剣の道にストイックなアンディカと、いつも穏やか和み系、フレキシブルマインドなローハンは第三隊の剛と柔です。


小隊長が数名、小隊長の元に10〜20名編成の部下がおります。



因みに陛下がローハンにアメリのお守りを任せたのは、ローハンが女性に食指が動かないからです。周知の事実です。なのでヤキモチやきのクロノさんも任せて安心ということなのでした。





□□□以上、ざっくり解説を終わります□□□










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