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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
62/80

君君たり臣臣たり。






国王陛下はアメリの肩を掴んで、ぐいとマルコットの居る方に体を向けさせた。


そのまま肩を抱き寄せて、にやりと口の端を持ち上げる。


「射手を落とせるか、ラフィ」


マルコットの居る位置より更にひとり分高い場所、木々の隙間に影を見つける。元々何となく位置は気にしていたので、すぐに射手の居所は分かった。


アメリは左と右に視線を動かして、小さく頷いた。


「外しても怒らないで下さいよ?」

「どっちからだ」

「近い方から」


今居るのは中央よりやや左寄り、身を隠した射手が持っていた小振りの弓では、右側からの矢はぎりぎりで届かないだろう。その前にこの人垣では狙うことすら難しいはずだ。


対してアメリが手にしているのは屋敷から持参したハイランダーズ謹製の大弓。飛距離は比べ物にならないので、とりあえず矢が当たる可能性のある左側を落としておくことにする。


左肩を前に出して横を向いた。


前の方ではマルコットが何かしら声を上げては聴衆を煽っていた。前方は盛り上がっているが、この近辺は急に現れたアメリに、周りの男がにやにやと笑ったり、ちょっかいを出そうと声を掛けている。


外からアメリに向けて伸ばされた手を、ローハンが鞘の付いた剣で叩き落とした。


「はい、殺されたくなかったら汚い手で触らなーい」


周りの人を押し退けながら、鞘で地面に線を描いていく。


「どいてどいてー。こっから中に入ってきたら、腕か足が無くなるよー。気を付けてねー」


陛下を中心にして人が円状に下がっていく。


「よし、やれ」

「え? もう?」


アメリが足をしっかり踏み換えて、矢を二本手に取り片方を番えると、周りからそんな大弓が引けるのかと小馬鹿にした声が聞こえる。


一際 大きな声の方に顔を向けてにこりと笑い返しておいた。これで静かになるのを知っているから。


細く息を吐き出しながら、心を鎮めてその先を針のように尖らせ、構えからは間を置かずに矢を放つ。


先ず一射、相手がどうなったか気に留めることなく、撃ち返される前に残りのもうひとりに続け様に矢を放つ。


短く声が上がり、がさがさと揺れた藪が静かになると、陛下は満足気に頷いた。


「右だ、ラフィ」


もうすでにローハンが引いた線よりも数歩分 人が引いている。


広くなって撃ちやすいと体の方向を変え、右の射手も矢を無駄にせずに撃ち落とした。

ふうと気を抜くとぐいと肩を抱き寄せられて、目元に口付けられる。


「いいぞ! よくやった!」


ぎゅうぎゅう抱きしめられ、体に巻き付いている陛下の腕をびしひし叩いていると、前方からマルコットの大きな声が聞こえてくる。


「リリィ! あなたが何故そこに!」

「……あれを狙え、まだ撃つなよ」


耳の側で囁くように言うと、目線をマルコットに向け、陛下はするっと頬を撫でて体から腕を離す。


矢を二本手に取って、息を吸いながら弓引いた。


更に周りから人が下がって、忙しくアメリとマルコットを交互に見る。


「何をしているんだい、リリィ……それは、そいつらは一体何なんだ!」


円の中心には国王陛下、王騎士副団長、ローハンとアメリしか居ない。


話をする気も、返事すらする気もないので、周囲を含め静まり返っている。大勢の気配を殺した雰囲気の中に、風の音しか聞こえない。


「……どうして私に矢を向けるんだ、リリィ。私たちは将来を誓い合ったではないか! 愛していると言ったのは嘘だったのか!!」


一瞬にして力が抜けて、アメリは構えを解いた。


「……危ない、びっくりし過ぎて手を離すところだった……」


矢を持ち替えて手をぶらぶら振っていると、隣にいた陛下が息をぶはと吹き出して腹を抱えて笑う。


ひとしきり笑うと膝を叩いて体を起こした。


「はぁぁ……悪いな、どんな将来を誓ったかは知らんが、これは俺のかわいい仔犬ちゃんだ。お前ごときにやる訳にはいかんよ」


これ見よがしに腰を抱き寄せて、無表情のアメリの頬に口付けをする。


「……止めてもらえませんか、後が怖い」


マルコットの後ろの方で、遠く離れたこの位置からでも分かるくらい眉間にしわを寄せた鋭い目付きの人がこっちを見ている。


喉を鳴らしていた陛下が、また堪えきれずに笑い声を上げる。


「さては、貴様! リリィを誑かしたのか!」

「……いや、誑かされたのはそっち……なんだあいつ、相当おめでたくないか?」

「正直すごいちょろかった」

「みたいだな」

「何をこそこそと……貴様、一体何者だ!」


やっと本題に入れるなと眉を持ち上げると、陛下はアメリを抱く腕を緩めた。


腰にあった手をぐいと除けてアメリは少し距離を取る。


「ではこちらも問おう。お前は何者だ。知って然るべき俺を何故知らない」


陛下の言葉で側に控えていたホルスがはと顔色を変え、マルコットに耳打ちした。

途端に眉間にしわが寄り、上に立つ者、領主然とした堂々たる顔が歪んでいく。


「……この様な辺境に何のご用だろうか」

「いやいや、隣国と戦でも始められては、こちらは都合が悪いのでな、止めに来た」

「戦とは? 何のことだろうか」

「は! これだけ集めておいてどの口が」


自らの周囲にぐるりと顔を巡らせて、陛下は軽く両腕を広げた。


そこを中心にぴりとした緊張のようなものが広がっていく。


この場に居る誰もが腰に剣を佩き、そうでなくても何かしらの武器を持っているのは一目瞭然だった。


周囲の空気が嵐の前の木の葉のようにさわさわと不穏に揺れているのが分かる。体を半身に引いて、外套の下で手は武器に掛かっている。


「お前の話はもっともらしく聞こえる。人の気を引き、盛り立てるのも上手い。……嘘もな」

「私が嘘など!」

「……では皆に確かめよう。この中で隣国へ渡り、実際にその目で見てきた者はいるか」


ざわと人波が揺れるほどの反応はあったが、陛下が言う通りのことをした者はひとりとして居ない。


敵と分かっていて、わざわざ隣国に行く奴がいるのか、少し離れた場所で上がった声に、賛同の相槌が複数上がる。


「己で確かめもせずに、その男の言葉のみを信じて、武器を手にするか。この国を守るとは出来た言い分だが、隣国が攻め入ってくる、またはその準備があると己で見た者は居ないではないか。……これではどちらが攻め入ろうとしているのか分からんな。そうは思わないか」


人の輪はその中心に向けて敵意を持った視線を向け、姿勢がぐっと沈み、何かのきっかけさえあればこちらに向かって剣を振るう空気が出来上がっている。


どうしてわざわざ周りを煽るような言い方をとアメリは陛下を見上げる。


陛下は楽しくて仕様がないという顔をしていた。


「マルコット、お前はどうだ。隣国でこのように武器と兵を集めているのを己の目で見たのか」

「……己の目で確かめることを第一とお考えのようだな」

「まあな! だからここに居る」

「己の目で見ずとも、信頼のおける目も手も、いくらでもあると思われませんか」

「ああそうだな、お前の言うはもっともだ。が、俺も良い目と良い手を持っていてな。その目や手が言うんだ。西の端の阿呆が馬鹿をしているとな。そこまで言われては、見に来る他はあるまいよ」


くくと喉を鳴らして陛下は笑う。


「その西の端の阿呆の元にやって来た貴様はどうなんだ、余程の間抜けに見えるが、違うのか」


すとマルコットが片手を持ち上げる。


それを合図に周囲の数人が剣を抜き構えを取った。


そこで初めて王騎士も長剣を抜き、ローハンもそれに倣った。アメリも弓を地面に置いて外套をめくり、腰の後ろから剣と鞘を手にした。

三人は同時に構え終えると、ひたりと周りに目を配る。


陛下はふむと短く息を吐いて、片方の口の端をこれ以上ないほど持ち上げる。


「……お前、その持ち上げた手がどういうことか分かっているのか」

「……脅しのつもりか」

「それはこちらの言うことだが。……おい、横にいるお前、お前の主人は事の重大さが分かっていないようだ、忠告しなくていいのか」


ホルスの方を向こうとしたマルコットの首元にひたりと冷たい金属の当たる感触がして、それが何かを視線を下ろして確認した。


ゆっくり後ろを振り向いて、誰が自分の首を狙っているのかもその目で確かめた。


「ホルスは声も出せないようだから私が忠告しよう。……その手を下ろせばお前の首が飛ぶ」


低くゆっくりと紡がれたクロノの言葉に、マルコットは小刻みに体を震わせ始めた。


従者のホルスは後ろからヨエルに片腕で首を絞められ、反対の腕では己の腰にある長剣の柄を握られて身動きのできない状態になっている。



「……お前よりも良い目も手も持っていると言ったろう。こちらは穏便に話し合いで運ぼうと思っていたのに」


残念だなと陛下は肩をすくめた。




マルコットに忠義を尽くすほどの者もおらず、ひと言声を出せば、あっさりと陛下に向けられた剣は収められた。


その後は広場を囲むように点在していたハイランダーズの指示の下、大した抵抗も混乱も起こらずに場は鎮まろうとしていた。


陛下は散歩でも楽しむ足取りで歩き出し、それに付いてアメリたちも動けば、目の前の人垣が割れて道が出来た。


察しの良い者は陛下が近付くと膝をつき、頭を垂れる。それでその周囲がやっと、ご機嫌な様子で歩くこの人物が何者なのかに気付き、まさかと言う顔で呆然と見送った。


真っ直ぐに高台に向かって進み、端にある土を固めて作られた階段を上る。


すでにマルコットは聴衆の見えない所まで下げられて、馬車の前で両膝をつかされ、後ろ手に捕らえられていた。


「ここまでは国の目も手も及ばんと高を括ったのが間違いだったな」

「我が国を思えばこそだ! 隣国の蛮行を憂うことが罪だと仰られるか!」


自らの状態が信じられないという様子で、必死に訴えを通そうとマルコットの目からは涙が溢れていた。


陛下はその前に立って、腕を組んで少し首を傾げている。


「……だからさ、お前は隣国のその蛮行とやらに晒されたのか」

「我が先祖に恥じぬようにこの地を守ろうとしたは、忠心からだと、何故お分りいただけない!」

「……うーん。はは! こりゃ時間が掛かりそうだな。場所変えるぞ!」


陛下はアメリとローハンを振り返り、よくやったなと笑ってこの場を下がるようにと指示を出した。


どう考えてもマルコットの馬車に全員は乗れないので、ここで放り出されたとも言える。




アメリとローハンはお互いの顔を見てくすりと笑い合う。


ローハンの勧めでこの地を一度出ることに決めた。


もちろん徒歩で。











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