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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
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聞こえるように言いました。






「何の目的でここにいるんだ」

「あの……だから、散歩を」


痛いといえばすぐに腕を離してくれたけど、距離が近い。


そろりと横に行こうとすると壁に手を突いて行く手を遮られる。


「何故、領主に近付いたのかという意味だ」

「近付いた? そんなつもりは……」


あった。そりゃもう、そのつもりしかなかった。

いっそのことあのご婦人のようにお金目的ですと言えば、そうかとあっさり引き下がってくれそうな気がしないでもない。


面倒くさがりが顔をのぞかせ始めたので、駄目だ考えろと思考を引き止める。

この場を切り抜ける方法を色々考えていると、頭の上で音がした。


「ホルス、探したよ……おや、そこに居るのはリリアリィ嬢じゃないか……邪魔したかな?」


窓の下を覗き込んでいるヨエルのにやにや笑いを見上げて、事あるごとに笑わそうとしたことや、今朝の馬車での発言は忘れてあげることにした。


「邪魔ではありません、用件は何でしょう」

「話があると言ったのはホルスじゃないか」

「……そうでした。すぐに伺います」

「早くおいで。待たされるのは嫌いなんでね」


窓から離れながら、そうそう、とヨエルは戻ってきた。


「あまり彼女に構わないことをお勧めするよ、どこで誰が見ているか分からない。余計な怒りを買ってしまうからね」


くくくと笑いながら今度こそ窓から離れて、その開いた窓をクロノが閉じる。


うんざりするほど見飽きた怖い顔がこちらをもれなく見下ろしていた。


「……さっさとこの屋敷から出ていけ」


言われなくてもと顔を俯けていると、ホルスは早足で屋敷の入り口に向かって行った。



壁にもたれて見上げた空は高く澄んで、自分の真上に雲はない。


良い天気だなぁとしばらく陽に当たって気を抜いた。




夕食の前にハンナが戻ってきて、風呂に入るようにと準備を始めた。

ついでにマルコットがこの部屋で夕食を取ると気遣わし気に伝えてくる。


「……やる気満々じゃないか……」

「あの……大丈夫ですか」

「ああ! 心配しなくてもいいですよ。そんなことはさせませんから」

「ですが……」

「枕の下に奥の手があるので」


ハンナが顔色を悪くさせて口元を手で押さえたので、アメリは慌てて冗談だと笑った。


「自分は紳士だと思っているから、そこを逆手に取れば手は出せません、大丈夫」

「そうでしょうか……」

「はい。奥の手もあるし」


にやりと笑うとハンナも少しは安心したのか、ふふふと声を出した。


全部ローハンの受け売りだけど、今のところ間違いは無いので、ひとつも不安ではない。

本当にいざとなったら、枕の下に手を突っ込めばいい。


ゆっくり風呂に入って、用意されていた服に袖を通す。


さすがに先に食事をするから、透け透けでは無かったが、薄手でひらひらで引きずりそうなほど長い。風邪をひきそうだ。ひかないけど。


気が利く出来る侍女は、上に羽織るものを用意してくれていた。確かに腕丸出しで、胸が半分放り出される格好で食事をするのはどうかと思う。


自分の姿を鏡で見ながら、用意された服を着ただけなのに、なんでこっちが誘っているふうになるのか、だんだん腹が立ってくる。


心の中で悪態を吐き散らして、ハンナが心配するから笑顔で浴室を出た。



花を持って現れたマルコットに呆れて、出そうになる溜め息を必死で堪える。


これが主人ではホルスも気苦労が絶えないだろうと少しだけ同情した。


自分がどんな状況にいるのか全く理解していないのだろうか。


食事をしながら、どんなにマルコットをよく見て観察しても、これから戦を仕掛けようとしている人には見えない。


覚悟のような、芯が通った部分がひとつも感じられない。


戦うということがどういう事なのか。誰かを殺すか、自分が殺されるか。それを心に持っている人は、どんなに隠そうとしても、その片鱗がちらりと見えることがある。

言葉の返し方や、人を見ている目の強さで。


もし完璧に隠し通しているのなら、と思うと恐ろしいけど、ただ単純に美味しいものを食べ、楽しいことをしたいだけの人だろうとしか思えない。



ハンナに下がるように指示があって、心配そうな顔を向けられたので、マルコットには分からない角度でにっと笑い返しておく。


いよいよさあやるぞという空気を作り始めたから、アメリはローハンから教わった事をきっちりとこなすことにする。


濁さず、余裕を持たさず、くっきりはっきりと断る。


「やめて下さい、マルコット様。私は自分の夫にしか触れさせる気はありません」

「リリィ、私は君を妻にと思っているんだ」

「いいえ、それは神の前で誓って、正式に決まってからの話です。それを分かっていただけないなんて……マルコット様は分かって下さると思っていたのに……」

「もちろん、リリィの言う事は分かるよ、そうやって貞節を守ろうとするのは、素晴らしい」

「嬉しい! マルコット様なら分かって下さると信じていました!」


相手が、でも、を言う前に勢いで丸め込む。


「マルコット様のように、女性を大切にして、正しいことを行える方に巡り会えるなんて、私はとても幸せです」

「そうだね……私もリリィのように清純な人に出会えて嬉しよ」


清純なふたりは手を握って見つめ合うにとどまる。


「ああ、やっぱり早く兄さんに会わなくては。この事を兄さんは必ず喜んでくれると思うんです」

「私も早く兄上に会いたいよ」

「明日もあの場所に連れて行ってもらえますか?」

「そうだね……明日こそ会えると良いね」

「ええ! 明日にはきっと会える、そう思います!」


明日に備えて早く休みますと、渋るマルコットをにこにこ笑いながら部屋から追い出した。


おやすみなさいと言って、返事も聞かずに扉を閉じる。向こう側の気配が離れていくのを内側に張り付いたまま確認してから、よし、と拳を握った。


夜の相手は他を当たってくれと、ひらひらずるずるの服をぽいぽい脱いで、さっさと寝台に潜り込む。




「う……うーん……白いな……」


毎度マルコットの感性には唸り声を上げてしまう。


初日の衣装ですでに方向性は分かっていたつもりだったけど、ここまで自分がお人形さん扱いされると、いっそ清々しくなってくる。


昨日に増してスカートがわさわさと分量が多い。もしやと持ち上げてみると、腰の部分が細くなっている。最後の最後にこれかと口の端が上がってくる。


「これはちょっと、手伝ってもらわないと着られないですね」

「もちろん、お手伝いします」


振り返るとハンナは優しく笑って頷いた。


下着で締め上げなくていい大きさみたいで、それほど苦しい思いはせずに済みそうだ、


それは良かったけど、当然のように胸元は開いて、昨夜と同じく半分は胸が放り出されてしまいそうだし、背中は隠しボタンになっていて、かつ、その上から紐で編み上げる造りになっていた。


用意されたひらひらと贅沢に飾りが付いた下着に着替えてハンナの前に立つと、ぴたりと動きが止まったので、どうしたのかと覗き込んだ。


ハンナが見ているものに気が付いて、腕を見やすいように持ち上げる。


「これは剣の稽古でできたので、これも、これも仕合でやられた傷です」


ひとつひとつ指差して説明すると、ハンナはぱっと顔を上げた。


「失礼しました、不躾に」


自分が傷を負ったような、辛そうな顔をしているハンナに、アメリはふふと笑い返す。


「誇りに、とまでは思ってないですけど、この分 私は強いですよ」


ほらと腕をぐっと折り曲げて力こぶを作ると、ハンナは泣きそうな顔で笑った。


「あ、そうだ」


枕の下の短刀を取りに行って、腿に括り付けた。服を着た後からではもさもさが邪魔して着け辛い。ついでに下着の裾口のリボンを膝下辺りで結んで、黒の編み上げの長靴も履いた。


衣装を着られるところまで袖を通して、ハンナに背中を向ける。


また止まってしまった手に、自分の背中にあるものを思い出した。


内緒話の時みたいに口に手を添えて小声で言う。


「私の夫はきれいだと褒めてくれますよ」


私もそう思いますと小さく返事をして、ボタンを下から留め始めた。



「……ハンナさん……私は今日でこの屋敷を出るので、ハンナさんと話をするのは、これで最後だと思います」

「……はい」

「この先、この屋敷にはハイランダーズがたくさん来ます。マルコットがしているのは、それ程の事です」

「……はい」

「これだけは忘れないで欲しいんですけど、どうか、敵だと思わないで。……ハンナさんの大切な人に伝えておいて下さい。抵抗せず、素直に指示に従うようにって。……ハイランダーズは民を守る。あなた達の味方です」

「……分かりました」


衣装が整え終わったので、後ろを振り返ってにっと笑うと、ハンナの強張った顔からふと力が抜ける。


「あと今日も髪の毛は邪魔にならないようにお願いします!」


髪は下ろしたままで、前と横だけきゅっとまとめてもらった。


ハンナをぎゅうと抱きしめてお礼を言う。


お礼を言うべきはこちらの方だと、ハンナもアメリを抱きしめ返す。





表に出ると、今日もすでに馬車が用意されていて、その近くにはクロノとホルスが難しい顔で小声で話し合っている。


笑いそうになって、両手でばっと顔を覆った。


落ち着かないと変に思われると、そちらは見ないようにして息を整える。


後ろからヨエルがやって来て、元に戻してと言ったんですかと耳元で囁いた。


ぶはと堪えきれずに息を吐き出す。


「おやおや、どうしましたかリリアリィ嬢」


わざとらしく気遣うふうに肩に手を置いたので、その手を取って力一杯握る。

やっぱり覚えていやがれとにこりと笑う。


「気分でも悪いのかと思ったが、違ったようだ……何でもない、心配するな」


後半は馬車の方に向けて、声を大きくする。


こっちを睨んでいるクロノは髭を剃り、いつものように後ろで髪を縛っていた。


見ないようにしようと顔を背ける。


今日も懲りずにマルコットは花を持参で現れて、褒め言葉を吐きながらアメリの耳の上に花を飾った。


おかげですっかり笑いの発作が引いたので、マルコットに対して初めて心からありがとうと言えた気がする。




広場に到着して馬車から降りる時、昨日と同じく、二手に分かれて射手が森に入っていくのを確認した。


そんな事よりも自分の撤収だと気分を切り替える。


周囲にくるりと目を向けても、他に人のいる感じがしない。昨日の場所だろうかと馬車の向こうをちらっと見ても、そんな影はなさそうだった。

もう少し待ってみようと広場の方に足を向ける。


広場に居る人々は、天候もあってか外套を羽織った姿が多く見えた。


空は白っぽく霞んで、小雨でも降りそうな雰囲気がしている。


「昨日より人が多いようだ、頼もしいな」


いつの間にか隣に並んでいたヨエルと一緒に広場を見下ろす。


「お知り合いでもいらっしゃいましたか?」


ちらりと横を見ると、ヨエルはにと笑って、すぐその辺りを指差した。


「ええ、あれは私の知り合いですよ」


示した先でローハンがこっちに手を振っている。その手でこっちに来いと合図した。


何でそっち側に、昨日の場所の方が抜け出し易いのにと思いながら、とりあえず頷いた。


アメリは背筋を伸ばして、髪に挿さっている花を抜いて、ぽいとその辺に投げ落とし、ヨエルに手を差し出した。指の間には手紙が挟んである。

ハンナや領主を手荒に扱わないようにお願いしますとクロノに宛てた。


「ではランベリオ様。私は兄さんが迎えに来たので、これで失礼いたしますわね」


ヨエルはアメリの手を取って口付けを落とす。


「お気を付けて、リリアリィ嬢」


手を離して後ろを振り向く。クロノと目を合わせてにっと笑ってから、目の前の急角度の坂を滑るように下りた。


一瞬周囲がざわついて、人波が割れそうになった時、ローハンがアメリを外套で覆って隠す。

付いておいでと身を低くして、人の間を縫うように走り出した。


後ろからマルコットの声が聞こえた気がしたけど、そんな事はどうでもいい。


人の腰の辺りをすり抜けながら、アメリは少し首を傾げる。


周りが見えてないのでいまいち確証は無いけど、どう考えても端にある森の方ではなく、広場の中央に向けて走っている感じがする。


やっと前を行くローハンが止まった。


小声で兄さんと呼びかけると、振り向きざまにアメリは剣を渡される。自分の長剣。


「さ、これ付けて」

「う、うん?」

「はやくはやく」


急かされて、腰を低くしたまま、外套の下にベルトを回して剣を佩くと、続けて矢筒を渡される。


何がどうなっているのか、ベルトに固定した途端に、手袋を渡された。


やっぱり急かされるのではいはいと手に嵌ると弓を持たされた。どこからこんなにどんどん出てくるんだろう。


「兄さん?」

「右と左にふたりずつ」


射手が居るのは知っていたので、うんと頷くと、ローハンはにっこり笑って頷き返した。



「立て、ラフィ」



上から聞こえてきた声に、へにゃりと力が抜けて地面に空いた方の手を突いた。


黒っぽい良く肥えてそうな土を見下ろしながら、いやいやいやいやと声が漏れて出る。


「ないないないない、それはないわぁ。冗談キツいわ、兄さん」

「ホントだよね、いい迷惑」

「おいコラ、聞こえてるぞ」


わーんちゃん、そう呼ばれてアメリは我が王陛下を見上げる。


差し出された手に掴まると、ぐいと引っ張り上げられ、その瞬間に、何だか今回のこの仕打ちを理解できた気がした。


「……自分がここに来る気で私を引っ張り出しましたか?」

「おお! やっぱりお前は賢いなぁ!」


よーしよーしと揉みくちゃにされて、今までの色々全部にうがーっとひと暴れしておく。


大方、女を駆り出した責任を、とか、心配だから、とかもっともらしく取って付けて城から出てきたのだろう。


陛下の手から逃れて、ぐしゃっとなった外套を引っ張って着崩れを直す。


「何だラフィ、この愉快な格好は」


外套をぺろっとめくって上から下まで見ている陛下の手をびしりとはたき落とした。


「趣味が悪いな、俺がもっと似合うものを贈ってやろう」

「いりません」


視線を感じてそちらを見ると、陛下の後ろ側には、その背を守るように王城騎士、副団長のひとりが立っている。


うわぁと声を漏らして、アメリは胸に手を当てて、心からの気持ちを言葉にする。


「本当に。お疲れ様です……本当に」


副団長はすっと頷くように頭を下げた。


「……お察し頂き、痛み入ります」

「おいおい、聞こえているぞ」






ふはと笑い声を吐き出すと、国王陛下はいたずら小僧の顔でにいと口の端を持ち上げた。










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