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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
60/80

かべどんどん。






通路にぽろりと転がった赤い花を横目に見て、アメリはあーあと単調な声を上げる。


腕が痛いと文句を言って、やっと力は緩んでも手は離してもらえない。


「……こんなとこ見られたら大変だから。とりあえず離れてって」

「なぜ戻った」

「だから……ちょっと場所 変えよう?」


そう言うと、やっとクロノはアメリの腕から渋々と手を離した。壁に沿って横に歩いてすり抜けると、自分に充てられた客間に向けて歩き出す。

その後ろをクロノは黙って付いてくる。

部屋に誰も居ないのを確認して、クロノを招き入れた。


「ねえ、護衛の人がふらふらしてて大丈夫なの? ランベリオ様は放ったらかし?」

「あれは今 婦人の相手で忙しいからいいんだ」

「ああ……あの人か」

「そんなことより、どうなっているんだ」

「え? 手紙渡したのに見なかった?」


マルコットが演説している最中に預かったローハンからの紙切れは、ヨエルにリボンを結び直してもらった後、手を繋いだついでに渡しておいた。


手紙には明日の同時刻に王軍の鎮圧行動が開始される。そう書いてあったのをアメリも読んだから知っている。


「手紙は見た……指揮は誰だ」

「アンディカ……こっそりみんなこっちに来てるよ、陛下の命令で動いてる」

「アメリもなのか」


向かい合ったクロノの手が伸びて、肩にかかっているアメリの髪をひと房すくい上げる。


「うん、そう……私まだする事があって忙しいんだけど」

「何をする気だ」

「領主を探さないと」

「なに?」

「ああ、そうか。マルコットは本物の領主じゃないんだって。父親のエグバートが領主なんだよ、座を譲ってないから」

「……そうか」

「クロノ、本物がどこにいるかは……知らないよね」

「……そうだな」

「……ちょっと、話 聞いてる?」


さっきから抱き寄せてみたり、首元に口付けてみたりとクロノはアメリを撫でまわすのに忙しそうにしている。


「やめてって、くすぐったい!」


いつものように縛っていない髪も、伸びている髭も、もじゃっと当たってくすぐったい。


ぐいと押し退けると不服そうに顔を歪めるクロノに見下ろされる。


「私は明日、あの広場に迎えが来るから、それまでにエグバートを探しとかないといけないの」

「迎え? 誰だ」

「あら、私の兄さんに決まっているわ」

「……アメリ?」

「……ローハンです」

「……そうか」

「午後にはお茶に呼ばれてるし、その後の夕食もだろうし、夜にはまた」

「夜……そうだ、あの男、昨夜はこの部屋に来たと得意気にヨエルに話していたぞ」


ぐいと腰を引き寄せられて、アメリは少しのけ反った。腰が反対に折れそうなほど締め上げられている。


「……来たけど、それだけだってば。部屋にも入れなかった」

「……まあ、そんな所だろうとは思っていたが」

「へえぇぇ? 信用してくれるんだ?」

「肌が粟立っていたな」


首筋を撫でられて、その感触にぎゅうと肩を竦める。


「ホント、ガマンが大変なんだから!」

「そっくりそのままお返ししよう」

「クロノずっと怒った顔してるからすごく怖いし」

「誰のせいだと思っているんだ」

「苦情は全部、帰ってから陛下に」

「……そうだな」

「ということで。私は忙しいので。さあ、出て行って下さいね」


腰に回っている腕をべしべし叩く。

口付けられそうになるのを全力で回避した。


「アメリ?」

「無事に帰ったらって約束でしょ?」

「良い子で待っているという約束はどうなった」

「待ってはないけど、良い子だもん!」

「良い子が何故こんなことになる」

「それは私もそう思ってる」


はいはいと扉の方にクロノの背を押して、外を確認してからそのまま外に一緒に出た。


さっきの分かれ道まで戻って、そういえば花を落とされたのを思い出したけど、誰か片付けたのか、そこにはもう落ちていない。


怒った顔を向けたけど、クロノはしれっと歩き去ってしまった。



屋敷内をうろついて、迷ったフリで色々な部屋を覗いてみたけど、ハンナに見付かり、そのまま部屋に連れ戻された。それからハンナは部屋から離れようとしない。



午後のお茶の時間には陽当たりの良い中庭に案内された。


ランベリオもその護衛も居ない。マルコットとハンナ、三人だけのその場所は、時間が過ぎるのが本当に遅く感じる。


あれこれと勧められるお菓子は、どれも珍しいもののようで、全部が贅沢で、眩暈がしそうなほど甘かった。


そのひとつひとつの説明を聞きながら、ずっと感じていた違和感の正体にアメリは気が付いた。


あれだけの兵士を集め、武器を取らせ、士気を維持する為に演説で鼓舞して、今にも攻め入りそうな雰囲気だというのに。


それだけの事をしているこの男の呑気さは何なんだろうか。


素敵な中庭で甘いものを食べ、お茶を飲んで、女に構っている場合ではないはずなのに。


「マルコット様……お仕事はよろしいのですか?」

「ああ、領主の仕事はひと段落着いたからね。リリィと過ごす為に頑張ったよ」

「そうですか、それは……嬉しいです」

「私も同じ気持ちだよ、リリィ」

「でも、今は大変な時期ではないですか?」

「そうだね、それなりに忙しくしてはいるけど、優秀な従者がいるからね」

「ホルスさんですか?」

「ああ、あれに任せておけば間違いない」


今回のこれは、本当にこのニセ領主が仕組んだことなんだろうか。ただ誰かに上手く乗せられて、使われているだけのような気がする。


自分がすぐに気付けたぐらいだから、きっとクロノもヨエルもこんな事はすでに分かっているだろう。誰が仕組んだのかは、自分が突き止めるものでもない。


余計なことで引っ掻き回して邪魔にならないように、これ以上マルコットには何もしないでおこう。


そんな事より、今は本物の領主の方だ。


「マルコット様は兄弟はいらっしゃらないのですか?」

「そうなんだ、ひとりだから、兄弟には憧れがあるよ」

「私にはもう兄しかいないから、時々、家族が恋しくなります」

「そうか……リリィも寂しい思いをしているんだね。でも、きっとすぐに家族が増えるよ、そんな予感がしないかい?」


うーん違う。そんな話がしたいんじゃないのに。そう思いながら、握られた手をそっと握り返して、マルコットに笑顔を向ける。


多少顔が引き攣っていても、鳥肌が立っていても、この男は気が付かないから、もう気にしない事にした。


「マルコット様のお父様とお母様は? そういえば私、このお屋敷に来てから、ご家族の方とはどなたともお会いしていません。ご挨拶もしないで、ごめんなさい」

「いいんだよ、父も母も、もう随分と前に亡くなったからね」

「……まあ、それは、……私、なんてことを」

「リリィは知らなかったんだ、気に病むことはないよ」


母親が亡くなっていることは王城の記録に残っていた。例えもし父親が亡くなっていたとしても、それは報告しないといけないし、王の許しもなく勝手に領主を宣言することもしてはいけない。


「では……マルコット様はお若くして領主になられたのですね」

「苦労も多かったけど、今こうして務められているからね。両親もきっと私を誇らしく思っているに違いないよ」

「……そうですね」


マルコットの向こう側に見えているハンナの顔が青ざめて見える。


今のもっともらしい話のどれかに、とんでもない嘘があるに違いない。それが最悪なことで無ければいいけど。


ハンナは本当のことを知っている。

聞くならマルコットにではなく、ハンナの方だと決めて、つまらない話を適当に切り上げて、疲れたからとさっさと客間に戻れるように運んだ。



客間に戻る間に、どうやってハンナから話を引き出そうかと考える。


何も思いつかないから、ハンナの立場ならと想像してみた。


仕事ができて、真面目に長年 屋敷に勤めている。言うことは聞くけど、それ以上はない。主人は絶対ではない……のは、マルコットを主人と認めていないからか。


どうにかそこを突つけたら本当の話が聞けるのかもしれない。


それなら自分にはもう、賭けのような選択肢しかない。


部屋に戻ってしばらく様子を見つつ、沈黙の重さに耐えきれなくなって話を切り出した。


「……ハンナさん」

「はい、何でしょうか」

「どうしてこれの事、何も言わないんですか?」


アメリは寝台まで行って、枕を除ける。

短刀を手に取ってハンナによく見えるように前に突き出した。


「怪しいと思いませんか、私のこと」

「……今この屋敷に居るのは、そのような方ばかりです」

「はは……なるほど、そうですね。それなのに、マルコットには報告しないんですね」

「いちいち報告していたらキリがありません」

「本当の主人じゃないしね?」

「……旦那様は……」

「マルコットじゃないんでしょう?」

「……ええ、そうです」

「本当の領主はどこにいますか?」

「何故あなたがそのような話を……」

「えっとですねぇ、私、とってもとっても偉い人の命令で、このお屋敷にやって来たんですよ、実は」

「どういうことでしょうか」

「どうもこうも無いです。マルコットが偽の領主をやっているから、本物を探しに来ました」


ぼすっと寝台に腰を下ろして、手にしていた短刀を元に戻して、その上に枕を被せる。


ハンナは懸命に考えているのか、落ち着きが無くなって、手を握りしめたり擦り合わせたりしている。


「エグバートは生きている?」

「……はい」

「この屋敷のどこかにいる?」

「敷地の隅の、離れにおられます」

「ハンナさんがひとりでお世話をしているんだね、私が来てから大変だったでしょ? ごめんなさい」


アメリが大丈夫だと言う度にあっさりと部屋を出ていったのは、自分の本当の主人の為だった。


他にいる侍女たちは年が若い人ばかりに見えた。


自分の立場が悪くならないように、アメリの世話はお手付きの若い侍女ではなく、年嵩のハンナに任せた。負担は相当に重かっただろう。


「エグバートが生きていると自分の目で確認したいんだけど、案内してもらえる?」

「それは……」

「まあね……怪し過ぎて信用できないよね」


寝台の上に膝を抱え上げて、どうしようかなぁとそのまま横に転がった。


ごろごろしながら唸っているとハンナがくすくすと笑い出す。


「……今まで可愛らしいお嬢さんのフリするの大変だったんですよぅ」

「とてもお上手でした。すっかり騙されておりました」

「本当? ものすごく気を遣った甲斐があった!」


ハンナは背筋をぴんと伸ばすと、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。


「あなたが旦那様をその目で確認するとどうなるでしょうか」

「申し訳ないですけど、どちらにしても良いことにはなりません。マルコットの誤りは取り返しがつかないし、エグバートの不行き届きも看過されることはありません。ザンダリル領は廃領と聞きました」


ハンナは罪を言い渡される罪人のように目を閉じて話を聞いていた。


「廃領より他に、旦那様に何か科せられるのでしょうか」

「……それは私が決めることではないし、分かりません、ごめんなさい」


神妙な顔で眉間にしわを寄せていたハンナは、しばらく足元の床を見つめていたが、ふと表情から力が抜け、そのままの顔をアメリに向けて頷いた。


「ご案内いたします」


重荷を下ろしてしまったようなその顔に、アメリは返す言葉が見付からない。



屋敷と比べてみれば、粗末な物置小屋のような建物の中にエグバートは居た。


充分に陽の当たらない、影の多いその離れで軟禁されている。外を出歩くことを禁じられて、何もかも諦めてしまい、気力を失って、足腰が萎えてしまってる様子だ。


姿を見て、ひと言でも交わすと、気の毒さが増してくる。


もうすでに取り返しのつかないところまで来てしまっている。

今のこの状況で、アメリに出来ることなどほとんど無い。


離れにハンナをそのまま残して、ひとり屋敷に戻ることにした。





さっきみたいにクロノに会えたら良いのにと思っていると、出会ったのはホルスで、見咎められて腕を掴まれ、壁に背中を押し付けられる。





これさっきやったからもういいのにとアメリはよく晴れた空を見上げた。











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