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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
56/80

小さいの(白)と、中くらいの(茶)。






「よし、じゃあ確認だ」


陛下はひとりずつそれぞれの顔を見て、順に話をする。


「まず、ラフィ」

「はい」

「お前はこのまますぐにザンダリル領に入って、マルコットの気を引け。で、こちらの準備が整うまで気を散らして、蜂起を少しでも遅らせろ」


アメリが何よりも引っかかるのは、陛下の思い通りに動けるかどうかより、移動の事だった。


腰とお尻が心配でしょうがない。今だって許されるなら寝転んでしまいたいほどだ。


「……これからすぐじゃないと……ダメですか?」


気にかける所はそこかと陛下は笑い声を上げる。


「お前、いつ戻ったって?」

「ついさっきですよぅ」

「スミスから何日かけた」

「二日半……」

「よし、半日やろう、明日の朝に発て」

「……はぁい」

「それともうひとつ。エグバートを探せ」

「本物の領主の方?」

「そうだ、この報告書じゃ姿を見たとも何とも書かれてないからな」


こくりと頷いたアメリの顔を両手で捏ね回しながら、今度はアルウィンの名を呼んだ。


「進軍してると気付かれないようにこっそりやれ。道中も王軍だと気取られないようにスミスに向かえ。戦じゃないからな、民にも、もちろん隣国にも被害を出すな。不要な戦闘は控えろ」

「はい」


百もの騎士が移動するのに、こっそりも何もないが、知らないだけで方法はいくらでもあるんだろうなと思いながら、さすがにアメリにも我慢の限界がきて、陛下の手を強引に引き剥がした。


「指揮は誰だ」

「第三大隊長に」

「うん、良いだろう。ムスタファ、必要なものだけ抜いて、後は全部アル坊やに渡してやれ」


卓の上で広がっている報告書から、主にマルコット ザンダリルの不正に繋がるものだけを宰相閣下は抜き取っていく。


「オリバー、抜け道がないようにガッチガチに証拠を揃えろ。ザンダリル廃領の準備を整えておけ」

「承りました」

「ぃよーし! それぞれ抜かりなくいけよ……んんん……いいな、久々に面白いぞ」


椅子の上で楽し気に身悶えると、陛下は伸びをするように両腕を突き上げる。


「陛下は周辺国と、他の領地への対応をして下さいよ」

「分かってるよぅ、ん任せとけぃ!!」


陛下は勢いよく立ち上がって、自分の机でペンを取り、書き付けた紙をアメリに渡した。


真っ白で厚みのある上等そうな紙は、つるりとした手触りで、周りに細かい模様の金の箔押しがしてある。美しい紙には、それにとてもよく似合った流麗な文字がひと言だけ書かれていた。


「『ラフィと一緒に行っといで』……なんですかこれ」

「ローハンに見せてやれ」

「……え? そんなことの為にこんなにきれいな紙を」

「大事に取っておけよ、お前の夫が怒る前にもそれを出せ」

「は! そうか! ありがとうございます、陛下!」


これで陛下から命を受けて仕方なくの証拠ができた。クロノが怒りの持って行き場を失う大事な紙を抱きしめる。


「それぞれ大いにやるように……下がれ」





ふわふわと暖かい回廊を、ふわふわした足取りでアメリは歩いた。


「しっかり歩いて下さい」

「うーん……終わったと思ったら、急に眠気が」


陛下からもらった大事な紙も、手の先でふわふわと揺れている。


どうにか屋敷の渡り廊下まで戻ってくると、扉の前でモーリスが待っていた。


「各隊の隊長と副隊長を呼んでくれ、私の部屋だ」

「分かりました」


顔を見た途端に出された指示で、モーリスは早足で去って行った。


振り向いて、ふわふわしているアメリをアルウィンは見上げる。


「平気、まだやれる。心配ご無用」


片手を前に出して、みなまで言うなといった態度のアメリに言葉を返さず、アルウィンはすたすたと屋敷の中に入っていった。

ふたりはそのまま一階の仕事部屋へ直行する。



アルウィンは玄関広間の奥に仕事をする為の個室を持っている。続きの隣の部屋には第一隊の副長以下が常に半数は詰めている。部屋を覗いて副長ともうひとりを名指しで呼んで同席させた。


第六隊は城内に居ることはまず無いので呼ばれない。第二から第五の大隊長と副長が招集される。


集まれば少なくとも十人以上になる。するとこの仕事部屋では座る場所さえ苦労しそうだった。


「……落ち着かないな、座ったらどうです」


アメリはふわふわとしたまま、本棚に詰まった背表紙をぱたぱた指でなぞったり、窓辺で外を見たりとうろうろしていた。


「……動いてないと寝そうなの……腰とお尻が痛いから座りたくないし」

「全員が揃ったら動き回れなくなりますよ」

「そうなったら頑張るから、それまでは許して下さい」


アメリがこくりと頭だけ下げると、副長と他の騎士が声を殺して笑う。我が隊長の苛々にいつも平気な顔で返すアメリが面白い。


持ち場に居たそれぞれが少しずつ集まって、すぐに部屋の中がごちゃごちゃとしだした。


アメリは覚悟を決めて長椅子の端に座る。

隣は当然のようにハルが陣取った。


モーリスが気を利かせてアメリが帰ったこと、蝋封付きの手紙を陛下の元へ運んだことは伝えていたので、誰もこの場で驚いた顔もしなければ、いきなり質問もしてこない。

さすが侍従長とアメリは心の中で拍手を送った。


中には城都に下りて仕事中の者と、非番の者も居るが、抜けているのは副長で、各大隊の隊長は第六を除いて勢揃いする。


隊長たちとアメリが椅子に座り、その背後を囲んで副長たちがぐるりと壁際に並んで立っている。


威圧感とむさ苦しさが緊迫感と相まって『息苦しい』が部屋に充満している。


今集まれる全員が部屋に入ったところで、アルウィンが今回の概要から話し始めた。


「ザンダリル領において、隣国の襲撃に備える為との理由で兵力が集まっている。その実、隣国の鉱山を纂するのが目的だと第六隊から報告があった。

陛下は第三、第四大隊から百騎、内密にスミスに入るようにと命じられた。大三大隊長アンディカが指揮を。速やかに、静かに事の鎮圧に当たれと仰せだ」


アルウィンは淀みなく話を進めていく。


「それで、ローハン」

「はい?」

「お前は奥方様と一緒にザンダリルに先行しろとのお達しだ」


アンディカの後ろに控えていたローハンが壁から背を離して、少し前に出る。


アメリは例の紙を持ち上げてそちらに向けた。


「またざっくりした命令ですね」


眉を八の字にしていつもの呑気な声を上げる。


「ちょっと待って、ローハンはどうでもいいけど、なんでアメリがザンダリルに行くのさ」


ハルが場を取り仕切っているアルウィンに噛み付いて、すぐ隣にいるアメリを見た。


「……詳しい事は奥方様に聞いてくれ」

「……無理、めんどくさい」

「なにそれ、いや、その前に総長はどこにいるの?」

「総長はスミスだ」

「アメリひとりで帰ってきたの?」

「……うん」

「総長がどのように動くか知っていますか」

「あー……や、何か考えてる感じだったけど、決まっては無かったみたい……ヨエルと合流とか何とか……」


言っていたような気がするが、寝台の上でこと(・・)の最中に話をしただけで、途切れ途切れ、結局 最後まで聞いた記憶がない。


「……私はその報告を預かってすぐにスミスを出たし」

「スミスで総長と落ち合う方法がありますか」

「うーん、どうだろう。スミスの騎士たちは総長が滞在してるのを知ってるけど……あ?」

「なに? 何か考えがある?」

「総長は目立つから私のキースを貸して欲しいって。ということは、目立たないように何かをするつもりじゃないかと思う」

「ヨエルと一緒か……策があるなら邪魔はしたくない。総長と落ち合おうと考えない方がいいな」


隊長たちは顔を見合わせ、互いに頷き合って総長不在で事に当たると確認した。


「……ではこれから細かな話を詰めよう。その前に、奥方様」

「はい……もういい?」

「どうぞ、ご退室下さい」

「やった! ローハン、朝一の鐘で厩舎に集合、後は明日ね」

「奥方様もざっくりした指示ですね」

「ハル、と言う訳でキースが居ないので、良い子を選んで貸して下さい」

「分かったよ……ねぇ、ホントに話してくれないの?」

「……しつこく聞いたらアルウィンが教えてくれると思う」

「押し付けないでもらいたい」

「ふふふ。じゃあね、みんな。お仕事頑張って!」


あちこちぶつかりながら、よたよたと狭い部屋からアメリは抜け出した。


ニーナがお風呂と食事を用意してくれると言っていたので、真っ直ぐに自分の部屋に戻る。

厨房でも寄って、侍女たちの顔を見たいが、疲れがその気を邪魔していた。


半分寝ながらお風呂に入り、更にもう半分寝ながら食事をして、朝早く起こして下さいとだけどうにか伝えて、陽が落ちきる前に寝台に倒れこんだ。




翌朝、荷物をまとめて支度をする。

衣装部屋の隅に立て掛けているものが目に入って、それを手に取り、しばらく考える。


自分は闘いに行く訳ではない。

でも戦に参加するのに変わりはない。

無くてしまったと思うくらいなら持って行こう。


大弓と矢筒を手に取って、腰の後ろに剣を佩く。



静かに控えている侍女たちに見送られて屋敷を出て、厩舎に向かった。




夜が明けたばかりの白っぽい空を見上げる。

いきなり雨に降られることは無さそうだなと、まだ早い春の、冷たい空気の中でぶるりと体を震わせた。


厩舎に顔を出した途端、アメリは朝の挨拶をする間も無くハルに抱きしめられる。


体が持ち上がって、地面に足がつかない。


「心配だよ! どうしてアメリがこんなこと!」

「……あー。聞いた?」

「陛下は何を考えてるんだ」

「んー……そこまで陛下も期待してないと思う。上手くいったら面白いねくらいじゃないかな」

「それでアメリに何かよくないことでも起こったら……」

「大丈夫だよ、危ないことしないし」

「アメリがそう思ってても、どうなるかなんて」

「心配しないでハル……それと、もう下ろして」


地面に足を付けて、苦しかった体に息を大きく吸い込んだ。


気遣わし気に覗き込んでくる顔を見上げて、アメリはふと笑い声を漏らす。


「総長を裏切るようなことは絶対にしない。……みんながやりやすいように手伝いたいだけだから」

「アメリ……いいかい。総長も他のみんなも、そんなの後の話だよ。自分のことを一番に考えて」

「……はい。ハルも気を付けてね」


がくりとハルは項垂れて、腹の底から息を吐き出すと、大きく吸い込んで顔を上げる。


アメリの顔に手を沿わせて、反対側の頬に口付けた。


「無事でいるように願っている者がいるって、忘れないで」

「うん。私も願うよ、ハル。ご武運を」

「いいかローハン。アメリに何かあったらお前を半分にしてやるからな!」


ハルは振り向いて、後ろで静かに見守っていたローハンに大きな声を出した。


厩舎で準備に追われていた全員が顔を振り向かせて、柵の中にいた馬たちが驚いて落ち着きを無くす。


ローハンはいつもと変わりない顔でにこにことしていた。


「はい……でもその時には先に総長に八つ裂きにされるので、その後で良かったらいくらでもどうぞ」

「……そこはさ。そうならないように努めます、任せて下さい。じゃないの?」

「ああ……そうですね」


ローハンはくっと眉間に力を入れて、任せて下さいと拳を握りしめる。


「出来る限りで頑張りますから」


言った時にはいつもの気の優しい顔に戻っていた。


思わずアメリも同じような顔になる。


「よろしくお願いします、ローハン」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします、奥方様」




ハルが用意してくれたのは、茶色に白と濃い茶のまだら模様の馬だった。


馬具は騎士のものではなく、飾り気が無くて質素、農村部でよく見かける分厚くて頑丈な重たい手綱だった。


少し体が小さいけど、その分 脚周りががっしりしている。よく走ってくれそうなのが頼もしい。


荷を固定して厩舎の外に一緒に出て行くと、忙しい準備の手を止めて、かなり多くの見送りがいた。

なんなら各隊長まで揃っている。


アメリもローハンも、この大げさな感じにうわぁと声を漏らして、揃って狼狽する。




王城で鳴らされる朝一番の鐘の音を聞く前に、先行部隊は城壁の門をくぐって春の野を駆け下りた。


日の出ている間はひたすらにスミスを目指して西に進む。











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