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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
55/80

賢い犬(白)。





☆今回、固有名詞がたくさん出てきます☆


ので、ちょっとお先にご紹介。

名前(役どころ)になっております。



国王陛下(国王陛下……そりゃそうだ!)

ムスタファ(宰相閣下)

オリバー(王執務室の文官)


ラフィ(アメリのあだ名、白い仔犬の意)

アルウィン(ハイランダーズ第一大隊、隊長)

ローハン(ハイランダーズ第三大隊、副長)

ヨエル(ハイランダーズ第六大隊所属)


マルコット アデル ザンダリル(名+氏+領地名 領主の息子)

エグバート アデル ザンダリル(ザンダリル領主)



あれコレダレ? となった時に戻って見て頂きますよう。ならないように気を付けたつもりです。


☆別に名前なんか気にせずサラサラ読まれても無問題ですよ! では、どうぞー!☆















屋敷の渡り廊下から王城に入るために三階まで上がる。


部屋の扉の前で待ち構えていたニーナがアメリの顔を見ると、いつになく大股で歩み寄ってきた。


「お帰りなさいませ」

「はい、ただ今帰りました……あ、この中にみんなのお土産があるからね」


革の包みを取り出してから、ニーナに鞄を渡す。

ついでにベルトも外して剣を預けた。


外套を脱いで襟巻きも取って、考えてみれば、野宿だからいいやと、丸二日 着替えをしていないのを思い出す。


シャツの胸元を掴んで臭ってみる。


「うーん……はは……ちょっと着替えてきてもいい?」


後ろにいるアルウィンを振り返ると、返事の代わりにアルウィンは眉を跳ねあげる。


「すぐ戻るから!」


と言いながらも、ニーナに着替えを用意してもらっている間に体を拭こうとして、結局それなりに時間がかかり、髪を直すべきだと言われて、またそれなりの時間が過ぎた。


部屋を出るとアルウィンは渋い顔をして、廊下の窓枠に寄りかかって腕を組んでいる。


「……申し訳ない」


アメリは頭をこくりと下げる。


「……女性にしては早いですよ。待ちましたが」

「はい……」

「待ちましたが」

「え……二回言わないと気が済まない?」

「何ですか?」

「あ……ごめんなさい」


やっと気が済んだアルウィンが先に立って廊下を歩き出した。




暖かい日差しが当たる王城の回廊を歩く。


早足の城の侍女たちは、アルウィンとアメリの姿を認めるとゆっくりとした足取りになる。

決まってどの侍女もアメリの方に挨拶の言葉をかけてきた。


アルウィンからは大した反応がないとことと、アメリの愛想が良いのがその理由。


そして何故かこのふたりの組み合わせが一番多く声をかけられるし、返事をするととても喜ばれる。


次点はハルと一緒の時。


ハルにこの話をすると、城内には少年が居ないから、それがふたり(・・・)も揃って歩いていれば人気も出るよねと笑っていた。


見た目だけは少年のふたりに、中庭に居る王城付きの侍女たちが手を振っている。


大きい方の少年が手を振り返すと、侍女たちは嬉しそうに声を上げて笑う。


「やめてもらえませんか、緊張感の無い」


少しだけ振り向いている小っちゃい方の少年にアメリはにやりと口の端を持ち上げる。


「緊張感ふり撒いて歩く必要ないでしょ。アルウィンと私の組み合わせは人気があるんだし」

「……くだらない」

「それで楽しい気分になってくれるんなら良いことだと思うけど?」

「こちらは一つも楽しく無いのですが」

「いいのいいの、アルウィンはそのままで。にこにこできる人がすれば良い」

「……まぁ、損はしなさそうです」

「そういうこと」

「性格が歪みそうですけど」

「それ私のこと?」

「性格が歪みそうですけど」

「また二回言った!」



王の執務室の前にやって来ると、部屋の大きな扉の前で、王城の騎士の横にベルが立っていた。


「ありがとう、ベルが知らせに走ってくれたんだね」

「お帰りなさいませ、奥方様」

「はい、ただ今帰りました」

「……ではこれで」

「あれ? 何か用事があって待ってたんじゃないの?」

「いえ……お顔が見たかっただけなので」

「ふふ……ニーナにお土産を渡したからね」

「はい、ありがとうございます」


声をかけられ、向き直るともうすでに執務室の扉は開かれて、その手前でアルウィンが待っている。


アメリは両手で顔を叩いて、心の中でよしと気合を入れる。ここから先は面倒だからと言っていられない。ベルにじゃあねと笑って執務室に向かった。


中に入ると、国王陛下はこっちだと、長椅子と低い卓のある方でひらひらと手を振っている。

ここに座れと自分のすぐ隣を叩いた。


アルウィンを横目に見ると、自分は遠慮すると目で訴えている。椅子から離れた場所で後ろに腕を回して真っ直ぐに立つ。


「いつまでもムスタファがしつこくてな。ちょうど休憩したかったところだ、助かったぞ」

「陛下の仕事が一向に進まないのがいけない」

「ほらほら、ラフィ早く座れ」

「こんにちは陛下、宰相閣下。お久しぶりです」


これ以上長く挨拶をしたり、別の場所に座ろうものなら、頬を摘まれて顔を捏ね回される。

最低限の挨拶をして、アメリは言われた通りの場所に腰かけた。


「よし、今日は何だ? お前の夫が愛人を作ったから、その女を戴名でもしたらいいのか?」


にやりと笑っている陛下に同じように笑い返す。


「蝋で封をして、私が運んで来たら面白いですね」

「なんだ、違うのか。外れたぞムスタファ」

「……私を巻き込まないで下さい」


アメリは預かった手紙を向かい側に座っている宰相閣下に渡し、革の包みの紐を解き始める。


陛下はアメリに菓子を食べさせようと、ひとつ口の前に運んでいる。


断ると面倒が増えるので、アメリは口を開けた。

ちゃんと好みに合わせて、甘みを抑えた焼き菓子だった。それを用意して、今も手早くお茶を淹れている侍従にお礼を言う。


いつの間にか手紙は陛下に渡っている。


「私の碌でもない説明より、こっちを見て下さい」


革の包みを取って、束になった記録とヨエルが作った報告書を卓の上に出していく。


陛下はそれらに素早く目を通し、宰相閣下は側に控えていた文官にザンダリル領の記録を全て出すように指示をした。


「は! やってくれるな、ザンダリル……しょうもない思い付きを実行するような小悪党の印象はなかったがな」

「……陛下……これは、領主ではありませんね」


ムスタファが卓の上に広がっている報告書の一部を指で叩いた。


「マルコット……息子がいたか?」

「ヨエルは、兵や武器を集めているのは、若い男だと言ってました。その人が領主だって」

「そうだったか? オリバー!」


壁一面の本棚の前の机で、オリバーと呼ばれた人の良さそうな文官が、本をめくり、ものすごい勢いで該当の箇所を探している。そう待たずに返事があった。


「領主の届けは二十三年前に出されたきりで変わっていないです。領主はエグバートとなっています」

「だろ? 最近 交代したんなら覚えてるはずだ」


アメリは事情が飲み込めなくて、少しだけ頭を傾けていると、向かいにいるムスタファ閣下が、手短に説明を始めた。


「領主になる者は、まずその前に陛下に会わなくてはいけない。子や、それ以外に領主の座を渡す時も、両方揃って陛下にその旨を知らせる決まりだ」

「……マルコットは陛下に何も言わないまま、自分が領主だと言っているってことですか?」

「どうやらそのようだ」

「良いんですか?」

「良い訳ないだろラフィー……これだけで軽く地位剥奪もんだよー」


陛下はアメリの肩に腕を回し、その手でアメリの頬をむにむにと摘んでいる。


クロノといい、陛下といい、何が楽しいのか。摘むのなら、もっとふっくらした頬を摘めば良いのにと、今は関係のないことをアメリは考えていた。陛下を止めて欲しいとムスタファに目で訴える。


「陛下、おやめなさい、総長夫人が迷惑そうな顔をしていますよ」

「俺だってどうせ摘むんなら、もっと肉付きのいいもの摘みたいわ」

「やっぱりか!」

「でも他の場所を摘んだらクローディオスに怒られるからな。頬で我慢してるんだ、許せラフィ」

「そもそも気安く触れるのが間違いです」

「そう言うな、隣に女が居れば触れたくもなろうよ」

「……あ、じゃあ、私は立ちますから」


移動しかけたアメリを行かせまいと、陛下は肩に置いた腕に力を入れる。


「総長夫人を立たせておく訳にもいかない。こちらに掛けなさい」


ムスタファが自分の横の椅子を手で示す。


「わかった、わかった」


陛下は手を上げてもうこれ以上は触れないと、少し座る位置を変えた。


「あの……よろしいでしょうか?」


文官のオリバーが遠慮がちに声をかけ、陛下が頷くと、ではと話し始める。


「一年ほど前に領地の開拓に、農具の購入と農夫を雇うという理由で下賜の申し入れがありました」

「ほう、農具と農夫ね……え? 受理してんの?」

「はい、申し入れ額よりは下回っていますが、国庫から支出されています」

「たはー。やらかした! 謀叛者に金あげちゃったよ俺、カッコ悪ーー」


国王陛下がずるずると椅子から滑り落ちる手前まで腰をずらして、自分の額をぺちりと叩いている。


「その申し入れがマルコット名義です」

「え? ほんと?」

「はい」

「領主がマルコットになってる?」

「ええ、比べてみましたが、父親の筆跡では無いように見えますので、おそらくマルコット本人の署名と思われます」


ぐいと体を起こして陛下は座り直す。


事情が飲み込めないアメリにも、事が好転したのが分かりやすかった。


「いいねぇ、毟り返してやろう、そうしよう」


ひひと笑っている陛下は、悪いことを思い付いた悪ガキに見える。


要は武器を買い、兵を集めるお金を、陛下が国のお財布から出してあげたけど、くれと言ったのがニセの領主だから、この話は無かった事にという訳かと、アメリは何となく理解する。


「この報告からすると蜂起も間近って感じたからなぁ。それなりに急ぎたいな。お隣さんには迷惑かけたく無いもんなぁ……アル坊や!」

「はい」


アルウィンが今までの位置の半分程に距離を縮める。


「すぐに動かせるのはどれくらい?」

「城都を薄くしない限界が二百です」

「あら、そんなに? いやいやその半分で充分。用意して」

「はい」

「いつ出れる?」

「三日いただきたい」

「いいよーやっちゃってー……あと、ラフィ」

「え?! はい?」

「ほら、ここ見てごらん」


陛下は机の上の報告書を一枚取り上げて、アメリの前に持ってくる。


「これね、領主邸の使用人の内訳……ほとんど女」

「……はい」

「偽の領主様は相当の女好きだと思うんだけど、どう思う?」

「ああ……それなら別の紙にも同じようなことが」

「うん?」


アメリは報告書の中から、出入りしている者に関する書面を見付けて陛下に差し出した。


「なるほど、仕立て屋と宝石商ねぇ……回数が飛び抜けてる。相当つぎ込んでるな……お前ならどうだ、ラフィ」

「何がですか?」

「マルコットを誑しこめるか?」

「陛下、何を考えておられるんですか」


ムスタファが冷ややかに声を低くして国王を睨んでいる。


へらとその目を受け流すと、アメリにそのままの顔で続けた。


「うーん、そうねぇ。あわよくば寝首を掻いてもらいたいけど……」

「そんな間者のような真似をさせられますか」

「だよねぇ。……だから、マルコットを誑しこんで時間稼ぎしておいで。できるだろ?」

「……やれと言われれば」

「奥方様?」


アルウィンが声を硬くして呼びかけているが、アメリはそちらを振り返らなかった。


「誑しこんで時間を稼ぐより、こっそり忍び込んで寝首を掻く方が簡単で手っ取り早い……」

「奥方様?!」

「は! いいぞ! やっぱりお前は賢い犬だなぁ……よしよし」


陛下はアメリの頭を撫でて、これをお食べと菓子を口の前に持っていく。

賢い犬よろしくアメリは菓子を口の中に入れた。


「まぁ、首を取ってこいとは言わんよ。それこそ俺の方がクローディオスに寝首を掻かれそうだ」

「あ……でもスミスに戻ったら、間違いなく総長に怒られる」

「なんだ、俺の頼みは聞いてくれないのか? ん?」


困ったような顔に、アメリも同じように困った顔をする。


「……怒ったら怖いので」

「そうか……ふーん……しょうがないな……じゃあ、命令だ」

「陛下! 総長夫人です、騎士ではありません」

「だからさ、アル坊や。騎士じゃ出来ないから、出来そうな者に命じるんだ」


アルウィンが踏み出して進言するも、命を下されればそれを覆すことは出来ない。


その国王陛下の顔はずっとアメリの方を向いている。


「誑しこんで、時間稼ぎ……」


難しい顔をして唸るアメリの顎を、陛下はするりと指で撫でる。


「なに、お前のその見目を使えば問題ない。ちょっと駄々を捏ねればあっさり言うことも聞くさ。進軍してザンダリルに詰めるまでの間だ。そうだな、ひとりで難しいなら、ローハンを連れて行け」

「ローハン? 第三大隊の?」

「そうだ……あれも俺の可愛いワンコだからな。クローディオスもローハンなら文句を言うまいよ……そういうことだ、アル坊や。お前のとこの大事な奥方様の為に急ぐことだな……ラフィも、期待するぞ?」




国王陛下は焼き菓子を一つ取り、アメリの口の中に放り込む。








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