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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
53/80

スミスのユージャック。






数日は中央詰所の記録保管室と宿の往復をしていた。


特に新たな発見はなく、何も起こっていなければ、予兆めいたものを見聞きもしない。


町は訪れた日と同じ、人の出入りも多く、賑やかで騒がしい。



スミスは隣国との行き来がしやすいために、人も文化も混ざり合い、自国とも隣国とも言えない独特の雰囲気がある。

元は城塞なのでほぼ全ての建物が頑強な石造り。

町は雨が降る前の雲のような色をしているのに、通りを歩く人々は、浅黒い肌によく似合う色鮮やかな布を衣服の上に纏っている。


隣国はクロノの母親の国。

スミスにはクロノと同じように、この国と隣国と両方の血を受け継ぐ人が相当数住んでいた。


そうなると城都とは逆に、雪のように白い肌のアメリの方が目立つ。

『色持ち』と好奇の目で見られるのでも悪感情を表されるのでも無いが、祭の夜以上に、近かろうが遠かろうがお構い無しに愛を叫ばれる。


初めての景色を楽しんで、二日ほどは外套を着込みフードを被ってあちこち出歩いたが、その後は食事か詰め所の往復以外に進んで出かけなくなった。


ここしばらくは宿の中で、ひたすらにこの町の記録をただ読んで過ごしていた。




詰め所からの帰り道、宿とちょうど中間にある食堂に入る。


間口が全部開いている作りの食堂で、町やそこを歩く人々を眺めながら食事をした。


クロノとアメリがふたり掛けの小さめの卓に向かい合って座っていると、すぐ横から椅子を運んで、男がよいしょと間に入るように座った。


「ホントに来てたんすね」

「……せめてひと声かけてから座れないのか」

「やーやー。この人がウワサの奥さんすね。どーもー、こんにちはー」


笑顔で手を差し出す男に、アメリも手を出して握り返した。


「なんだー。すんごいキレイな人じゃないすかー。めちゃくちゃ不細工って聞いてたんすけど、アレっすね、他所の奥さんお嬢さんのヒガミとネタミってやつっすね、旦那がモテると大変すねぇ」

「……余計なことしか言えないのか」

「あー、腹減った!……俺もおんなじやつ下さーい!」


店の奥に向かって声をかけるのと、クロノが額に手をやって溜め息を吐き出したのとが同時だった。


「……詰め所から記録を持ち出したのはお前か?」

「…… そのことっすよ……俺、これに半年以上かけてんすよ? もう、旦那のせいであそこの奴ら、ソワソワしちゃうし、張り切っちゃうしで、やり難いったら……」

「……そうか、それは悪かった」

「んーまーいいんすけど。もうそろそろ知らせなきゃって思ってたんで。話が早くていいや」

「……ではその半年の成果を聞こう」

「へ? いいんすか?」


男はちらりとアメリの方を見て、クロノに再度、無言で確認を取った。


会話には我関せずと言った感じでアメリは食事を続けている。


「……構わない、話せ」

「ああ……へー……そういう感じなんすね」

「何がだ」

「いやいや、良いすね、隠しごと無しなのって」


にっと笑うと男はもう一度アメリに手を差し出した。今度は手のひらが縦向きではなく、上向きに。


アメリが手を乗せると軽く握り返され、指先に口付けられる。


「初めまして、ヨエルです……奥方様、お会いできて光栄です」


打って変わった紳士の所作にアメリが小さく吹き出す。


「初めまして、こちらこそ会えて嬉しい。ヨエル、アメリッサです」

「……手を離せ」


数段低いクロノの声に、総長そんな人でしたっけとヨエルは大きな声で笑う。


「話したいんですけど、ちょっとここじゃアレなんで、後で宿に行きますねー。そん時に話しましょー」


ヨエルは目の前に運ばれてきた食事に早速手を付ける。




町のどこにでも、いくらでも居そうな男に見える。


髪はぼさぼさで無精ひげのヨエルは、アメリと目が合うとにっと人好きのする顔で笑った。

捲り上げられた袖からはたくましい腕が見えている。日に焼け、力仕事をしていると一見して分かる。

夜の酒場で大勢と賑やかに飲んで騒いで、愛を叫び求婚してくる男たちの内の一人に紛れて居ても、きっと見分けがつかないだろう。


町に溶け込むためにそう見せかけているのか、元々その様な人物なのか。


さっきの上品が染み込んだ紳士的な所作と、豪快に食事をしている今のヨエルと。


反するものが同居していて、気持ちが良いほど切り替えが早い。


第六大隊がどこまで、どのくらい国中に散っているのかは知らないが、今まで行った町のどこかにもヨエルのような人が居たのかと思うと、町の酔っ払いを見る目が変わりそうで面白くなってくる。


「ユージャックっていう名前の人は、みんなこんな感じ?」


アメリが頭を傾けて笑いかけると、口一杯に入ったものを吹き出さないように手で押さえてヨエルは笑う。


「……っすね、だいたい似たようなもんす……変な所を気にするんすね」

「そう?」



大した話もしないうちに、後から来たはずのヨエルの方が先に食事を終えて、じゃあ後でとふらりと店を出ていった。




宵の始まりに約束通り、ヨエルは宿に現れる。


例の抜き取った記録の束と、それと変わらない量の紙の束を小さな卓の上に積み上げた。


「……裏付けは細かく取ったつもりなんで、ほぼ間違いない話だと思って下さい」


クロノは頷いて自分の向かいにある椅子をヨエルに勧めた。


「……話せ」

「……本当にここで話して良いんですか?」


部屋に二つしかない椅子を明け渡して、寝台の隅に腰掛けているアメリを振り返る。


「うん? 私、邪魔? 出て行こうか?」

「構わない……聞かせたくない話なら、最初からここに来いとは言わなかった」

「……まあ、こんな時間に奥方様ひとりで外に出せませんよね」


にやにや笑うヨエルをクロノは睨み上げる。


「余計なことはいいから、そこに座れ」


じゃあとヨエルは椅子に座って、紙の束の上をぽんぽんと叩いた。


「早い話、このスミスに武力が集まって、そのままザンダリル領に流れてますね」

「武器か?」

「や、武器だけじゃない、人も、です。騎士崩れや傭兵がかなり集まってる」

「……どっちに仕掛けるつもりなんだ」


この国と隣国の間にあるザンダリル領は、橋ひとつ渡るだけで、どちら側にも行ける。


「あちらが何かしているような動きは無いです……ザンダリルは我が国の為、とか言って人集めしてますが、どうですかね、あちらが情勢を悪くしてまでスミスを落とすような利点は無いですから」


隣国とはもう百年以上も友好的な関係が続いている。


例えもしそこを覆して戦をこの国に持ち込もうとしていたとして、この国と境を接する部分はいくらでもある。

ならばわざわざ落とし辛い要塞都市ではなく、もっと簡単に攻め入る場所から仕掛ければいい。


「最近になってやっとあちら側がざわざわしてる感じですし。お隣のせいにしていますが、こじ付けにしても無理があるって言うか、もうほぼ言い掛かりですね」

「……この鉱脈か……」


紙をぱらぱらめくっていたクロノの手が止まる。


「……うーん、だと思います。動機が分かり易過ぎて、ちょっと笑っちゃうんですけど。仕掛ける理由がそれくらいしか見えてこないんですよね」


アメリは寝台を下りてクロノの後ろ側に回り、手元を覗き込む。


「このウルビエッラって隣の国にあるの?」

「……そうだな」

「最近採掘されてこっちに売られる宝石は、そのウルビエッラ産が多いみたいです」

「ふーん……そこの宝石の鉱脈が欲しいんだ……え? ザンダリルってバカなの?」

「っぷは!!……失礼。なるほど、奥方様を側に置いておかれる気持ちが分かりました」


アメリは顔を上げてかくんと横に倒した。


「うん? なんのこと?」

「……それは俺の口から申し上げると怒られそうだ。寝台に上がって総長から聞いて下さい」

「……なにそれ。睦言なんて聞きたくない」


ふいとクロノから離れると、アメリはそのまま壁際まで下がって背中を預け、腕を組んだ。


「……お前は本当に余計な言葉が多いな」

「それも俺の仕事の役に立ちますから」


くくくと笑って、ヨエルも背もたれに体重を預ける。


「……話は分かった……陛下にご報告しよう」

「……ですね、もう充分揃ってるんで、第二隊の奴に渡そうと思ってたところです」


事は国同士、戦に関わるので、いくら騎士と言えども青銅の証を持つハイランダーズや、まして信用はあってもその辺の商人に預けられるはずもない。


ヨエルがここを離れる訳にもいかないので、定期的に訪れて知らせを運ぶ第二隊の到着を待っていた。


「うん……私からも手紙を書こう」


騎士団長の蝋封があれば運ぶ速度は格段に上がり、国王陛下の手元に渡る確実さも変わってくる。


「予定ではいつ頃来るんだ?」

「そうですね、早くて四、五日先かと思います」

「……そうか、分かった」

「あれ?……いやいやいや、総長、一瞬 私のこと考えたのに、なんで無かった事にするの?」


壁にもたれたまま腕を組んでいたアメリが、足を組み替える。


こちらを振り向いている眼光鋭いクロノに、にっと笑い返す。


「私が運べば早い」

「止めてくれ……」

「でも、そう考えたでしょ?」


無言を肯定と捉えてアメリは続ける。


「その第二隊の誰かがスミスに着く頃には、私が陛下にそれを渡せる」

「……えっと、本気で言ってます?」


ヨエルが心配そうな表情で、アメリとクロノを交互に見やる。


「私の方が手っ取り早く陛下に会えるし……でしょ?」


クロノは大きく溜め息を吐き出した。


「ここで私を使わなくて、どこで使うの? このまま部屋にずっと置いておく気?」

「……あの時サザラテラに帰しておくべきだったな」

「残念でした……でも総長はいつだって『今選べる最善』を取るでしょう?」

「……その中には不本意で仕様がないこともあるというのを忘れるな」


うわぁ、と声を漏らして顔が怖いとアメリは笑う。


「あ……と。では、奥方様がこれを陛下に届けに上がるってことですかね?」

「……任せて。城都まで三日で帰ってみせるから」


クロノからはなにも反論が出ない。

それでアメリが無理を言っているのでも、甘さを含んだ見栄でもなく、適切で可能なアメリの能力なのだとヨエルは納得した。


肩をすくめてひとつ笑い声を漏らす。


「……なるほど、奥方様が務まるわけだ」

「色々使い道があって便利でしょ?」

「……そういう言い方をしないでくれ」





ヨエルが部屋を辞した後、クロノは自分の前にアメリを座らせる。


「本気で帰ると言ったのか?」

「本気の話し合いじゃなかったの?」

「茶化すな……どういう事か分かって言ったのかと聞いているんだ」

「私なら出来ると思ったから言ったの。……クロノだってそう思ったから何も言わなかったんでしょ?」


苦いものを奥歯で噛みしめるようなクロノの頬に、アメリは手を伸ばす。


「……私はなんでも構わない。ずっとこの部屋で大人しくしてろって言うんならそうしても良い。でもそれじゃあクロノは私が気になって何も出来なくなる。邪魔だもの」

「……そんな風には思わない」

「でもどう考えたって邪魔」


この先に戦の色が濃くなれば、町が荒れだすのは分かりきった事。本当に戦になっしまえば、いよいよクロノの足を引っ張るしかなくなってしまう。

ここら辺が私の引き時だとアメリはにやりと笑った。


手を取られて引き寄せられるまま、クロノの膝の上に座る。


「……そんなに信用できないかなぁ?」


アメリの腰を抱えている腕に力が入る。


「……心配なんだ」

「……あなたの奥方様を見くびらないで欲しいんだけど。まあまあ馬にも乗れるし、そこそこ自分の身は守れるはずですよ?」

「そんなことは分かっている……分かっていて、それでもだ」


苦しいと腕を叩いて力が緩まると、アメリはクロノの頭を抱えて唸る。


「……離れるのも嫌だ」

「ええぇぇ?……参ったな……」

「……今度は私の勝ちだな」





寝台に引きずり込まれそうになって、アメリは抵抗を試みる。





明日のことを考えて休ませてくれと訴えても、アメリはずっと負け通しだった。











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