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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
かしこいくろい大きいの、かしこいしろい小さいの。
52/80

良い子はここに。 ☆おまけつき






城塞下の中央詰所、その記録保管室に通される。


突然の騎士団長の訪問で詰め所内はにわかに騒がしくなったが、その騒がしさが外に出て大きく広がらないよう厳重に口止めをして、更に人払いを指示した。


保管室には担当の騎士がひとり、その部屋の前で積み重なる日々の記録を几帳面に整理していた。


案内を頼むと人の良さそうな顔がふんわりと頷いた。


「先月にあった街道沿いの盗賊の記録を見せて欲しい」

「はい……それならこちらです」


窓はあっても開け放たれることはなく、外側の木製の鎧戸までぴたりと閉じられている。

暗い部屋は湿気が多く、気持ち黴臭い空気が充満していた。


人ひとり通るのがやっとな棚と棚の隙間を進む。


「ここ一年ほどの記録はここからこの辺りまでですね」


担当の騎士は棚の中ほどから端までを指で示した。


「左にあるものほど最近の記録になります。お探しのものは……これです」

「……分かった。他にも見せてもらおう」

「どうぞ、ご自由に……あの、奥方様はこちらへどうぞ。お茶を用意しますので」

「……どうして?」

「え? いえ、その……中には酷い内容のものもありますし……奥方様のような方は見ない方がいいのかと」

「ああ……お気遣いありがとう……でも大丈夫です」


にこりとアメリが笑うと、担当の騎士も釣られて困ったように笑い返し、そうですかと小さく答えた。


「……では、私は先ほどの場所で仕事の続きをしていますので、何かありましたら声を掛けて下さい」



火気を持ち込むことがあまり好ましくない場所なので、ランプひとつだけだをこの部屋に入れた。


それをクロノに手渡し、担当騎士は慣れ親しんだ暗い通路を、太陽の下を歩む速度で去っていく。



狭い通路の床に明かりを置いて、クロノは騎士が渡してくれた綴りをめくった。


「……じゃあ、私はこっちから見ていくね」


アメリが右端の綴りを持てそうなだけごそりと棚から抜いて床に置き、自分も床に座り込んだ。


「本当に見る気か?」

「……そう言ったけど?」

「……外で他の騎士の相手をするのが面倒だから、ここに残ると言ったのかと」

「……それもなくはないけど。ちゃんと手伝う気だからね?」

「……そうか」


クロノも右端の綴りを棚から持てるだけ引き抜いて、棚に背を預けるアメリと向かい合うように床に座り、反対側の棚にもたれ掛かった。



当該の記録はすぐに見つかった。


ドバイシー商会の荷車は街道沿い、城壁の目と鼻の先で盗賊に襲われたとある。

背後から追われて、城壁内に逃げようとしたが叶わなかった。


怪我をしたのはひとり、馭者をしていた商会の若者。腕を長剣で切られて負傷。

それに命の危険を感じた主人は、商品をすぐに諦め、抵抗はせずに速やかに荷馬車ごと盗賊に渡した。


荷の内容は、衣料用の生地がほとんどで、薬草や香辛料などが数点、その他に頼まれた細々とした包みや、手紙、と箇条書きで記録は残っている。


主人のテリーが城壁の扉にいる常駐のハイランダーズの元に駆け込んだ。


クロノはこの報告を書いた者の署名を見て、名を頭に入れると、この他に盗賊に襲われた件に目を通していく。



ふと顔を上げてアメリを見ると、もういくつかに目を通しており、気になるものとそうでないものの綴りを積み分けていた。


「何かあったか?」

「……んー。こっちのはだいぶ前の話だから……後でこれ見といて……」


クロノの側に積まれた数冊を、少しそちらへ押すと、目線を今読んでいるものに戻した。


アメリはぱらぱらと紙をめくっては、時折 気に掛かる部分を詳しく読んで、を繰り返している。



クロノは今手にしている綴りを隅から隅まで読み、アメリは少し前からの記録をざっと見ていく作業をしばらく続けていた。


「ん? ……あれ?」


アメリが綴りの表に書かれた日付を見て、周りのものも確認すると、立ち上がって背にしていた棚も順に目を通した。


「なんだ……?」

「うん……今年の初め辺りが抜けてる……見当たらないんだけど」

「今年の初め?」


クロノも自分の周りに積み上がっている表紙を確認した。


「……無いな」

「ちょっと外のあの人に聞いてくるね」

「ああ……いや、呼んで来てもらえるか?」

「分かった、待ってて」


アメリはクロノと、積まれた記録の束の間に少しだけ見えている床に器用に足を運んで、通路を出入り口に向かい、その後は暗い中を手探りで進んでいった。



程なく外で仕事をしていた騎士とアメリは戻ってきた。


目が慣れないせいで、アメリは騎士の背中に引っ付くような距離で歩いている。


その様子が腹立たしく苛ついたが、クロノは顔に出さないように気を入れ替えると、件の綴りについて話を聞いた。


「おかしいですね……最近ここに出入りしたのは自分だけです」

「ここからの持ち出しは許可しているのか?」

「詰め所の外へはもちろん許可していません」

「それならこの詰め所のどこかにあるはずだな」

「ええ……少しお待ち下さい、探して……あ……ちょっとすいません!」


何か思い当たったのか急に慌てて、くるりと方向を変えると、走って部屋を出ていった。



暫く時間が掛かると踏んで、目を通すべき綴りとそれ以外を分け、必要無さそうなものを棚に戻した。


部屋の外に出て、陽の差し込む明るい通路で目を慣らす。


そのうち担当の騎士が、もうひとり別の年上に見える騎士を引き連れて戻ってきた。


「私がここを離れて警邏番の時だけ、担当している人です」


連れてこられた騎士は、分かりやすくしまったという顔をしており、担当騎士に背中をどんと叩かれると、その時のことを唸るようにして話し出した。


「先日、一度ですが、白金の証を持った方がいらっしゃいました。しばらく中におられたんですが、数冊抱えてここから出てこられて」

「……その後はどうした」

「別の部屋を貸して欲しいと、で、案内しました」

「……それで?」

「少しして様子を見に行ったら、その人も持ち出した記録もなくて」

「……その報告は?」

「しました!……こいつではなくて、部隊長にですけど」

「僕はその話、どこからも聞いてませんよ?」

「それは俺のせいじゃ……いや、俺のせいか……でもな!」


ふたりは言い争いに発展しそうな勢いだったが、はとクロノの存在を思い出して、揃って申し訳ありませんと頭を下げる。


「……今後こんなことは許さない、その甘さを改めておけ。で? その白金の証の者は何と名乗ったんだ?」

「はい……部屋に入った人の名簿が……」


扉の横の机に積まれた紙の束の中から、名簿を探し出して、その名を見付ける。


「第三大隊の、ユージャックという方です」

「ユージャック……うん……そうか、それならいい。その内 間違いなく記録は戻るだろう……心配ない」

「……はい、分かりました」

「私もこれを詰め所から持ち出そうと思う。しばらくは近くの宿に居る予定だ……これに目を通したら返しに来る。もしまたユージャックが来たら、私がスミスに居ること、宿に会いに来いという話を伝えてもらいたい」

「は……い、分かりました」

「……待て待て、いくら相手が私でも、持ち出しを許可しても良いのか?」


皮肉を込めて冗談めかして笑うクロノに、勘弁してくださいとふたりは泣きそうな顔で笑った。




記録を数冊抱えてクロノとアメリは宿に戻った。


明るい場所で気分を新たにして綴りをめくる。


アメリは長靴を脱いで床に座り、椅子を机がわりにしてその上に記録を広げた。


すぐ側で椅子に腰掛けているクロノを見上げる。


「……ユージャックって誰?」


そんな名前の人物が第三大隊に居ると、話にすら聞いた覚えがない。

とはいえ第三大隊は人数が多いので、アメリも全員の名を完璧に覚えている訳でもない。

宿に戻ってどんな人なのか聞こうと思っていた。


「第三大隊のユージャックは、第六大隊の人間のことだ」

「ん? 第六?」


第六大隊、大隊長の名は聞いているが、アメリは会ったことがない。それ以外、第六隊の騎士の顔も名も知らない。


第六大隊は第五大隊の下級的な位置にあると、表向きには、そう知らされている。


内向きにしたって、第六隊の任については、白金の証を持つものしか知らない。


市井に紛れて民やハイランダーズにも監視の目を向け、諜者に近い任に就いている。

秘匿性の高い部隊だと教えられていた。


「……良かった、余計なこと言わなくて」

「うん……良い子だな、アメリは」


子どものように頭を撫でるクロノの手をぺしりとはたいて除ける。

子どものように拗ねたアメリに、クロノは声を殺して笑う。


「第六大隊の人がハイランダーズとして行動する時に、第三大隊のユージャックだって名乗るってこと?」

「そうだ。……第六隊の騎士が動いているということは、アメリ……当たりを引いたな」

「当たり?」

「アメリの勘が冴えているという話だ」

「あらら、そうなんだ?」


アメリは他人事のような口振りで笑って、真っ直ぐ椅子に向かって座り直すと、背筋を伸ばした。


「じゃあ、もうちょっと気合を入れて見直そうっと」

「……良い子だ」


今度はクロノの手が頭に乗る前にその手を払うことに成功した。

忍び笑いをする気配にむっと眉間のしわを寄せながらも、アメリはもう少し記録を細かく読むために集中した。




「……どうにも断片が細かすぎて、全体が見えてこないな」


日が暮れかける頃になって、クロノは目を落としていた綴りから顔を上げて、盛大に溜め息を吐き出した。


「ドバイシー商会は、周囲の町を回っては、その後スミスとサンダリル領を往復……」

「なに運んでんだろうね」


丸まっていた背中を反らして、アメリは両腕を上に伸ばした。



スミスの西側に位置するサンダリル領は、隣国との境にある大きな川の中洲にあり、隣国とスミスとを橋で繋いでいる。


「……これはドバイシーを捕らえれば済むような話でもなさそうだな」

「ふーん……そう……」

「すっかり影も見なくなった盗賊も気になる」

「サザラテラでもその隣町でも、盗賊の話なんて聞かなかったもんね?」

「……アメリ、私はしばらくスミスに留まろうと思う」

「うん……どうぞ?」

「……貴方はサザラテラに戻りなさい」

「は? なんで?」

「時間が掛かりそうだ、このままスミスに居て、何かあってもいけない。ここからならサザラテラも近い、迎えに行くまで……」

「いやいやいや、なに言ってるの、騎士団長」

「……アメリ?」

「私、結構 役に立つと思うんだけど? 使えるものをきちんと使いこなしてこその騎士団長でしょう?」

「もしも危険な目に遭ったら」

「じゃあ、危険な目に遭わないように使いこなしてよ」

「……参ったな……」

「はは! また勝った!」


勢いよく立ち上がると、アメリはクロノと向かい合うようにその膝の上に跨った。


「勘も冴えてるし?」


クロノは苦み走った顔をさらに険しくさせる。


ゆっくりと肩に両腕を乗せて、クロノの頭の後ろで指を組んだ。

アメリはご機嫌な様子で少し首を傾げる。


「それに良い子だし」


クロノはアメリの腰に両腕を回す。


「頼むから、本当に良い子にしていてくれ」

「ふふん……任せなさい?」



ぎゅっと寄っていた眉間から力が抜けて、がくりと項垂れると頭をアメリの肩に乗せる。




クロノはさっきよりもさらに盛大な溜め息を吐き出した。



















アメちゃんと、愛馬のキースさんです。


髪型をお揃いにしてみました。


ご笑納下さい

挿絵(By みてみん)



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