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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
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スミスの壁。






故郷とはこういうものなのかと感じる。



もちろん生家も未だ残り、領主の座は譲って久しく経つが、領地も継続してある。


ではその場所が自分の故郷かと考えた時、懐かしさを覚えるような想い出が少ないこと、記憶も薄れて曖昧な部分が多いことに気が付く。


初めて訪れたこのサザラテラにこそ郷愁という言葉が浮かんでくるのが不思議だった。



居場所は無いと、自ら遠退いた。

それはきっとアメリも同じで、その実、あえて深く人と関わらなかったアメリと、関わり方を知らなかった自分との差が確実にある。


伸ばされ、差し出される手を、見て見ぬふりをするアメリと、その手すら見ていなかった自分との差。


差し出されたものが助けだと気付かず、その前を通り過ぎたのかも知れない。

それほど何も見ようとしていなかったのだと、今なら分かる。




サザラテラでの最後の夜は、子どもであった時を共に過ごし、特に仲の良かった人々がアメリの元に訪れた。

その中には例の若いハイランダーズのふたりも混ざっている。


中庭に卓を持ち出して、それぞれ料理を持ち寄って賑やかに過ごす。


離れていた距離と時間を埋めようと、話は尽きることがなかった。


その中でアメリは静かに微笑んで、時折り困ったような顔をする。


命を捨てる気でいたアメリと、ただただ帰りを喜ぶ周囲との思いの違いに、戸惑いを隠せない様子でいた。





いよいよ城都に帰る予定の日になって、サザラテラ唯一の墓地に足を運んだ。


その中の一角が代々のユウヤとサヤたちの為の場所だと案内される。

もうすでに何人も訪れていたのだろう、ネルの墓標の前には、色とりどり、様々な花が手向けられていた。


先代にユウヤとサヤが続き、アメリもクロノも、道中で摘んだ花を捧げる。


「なんだか不思議な感じがずっとしてるんだけど」


ふと力無くユウヤは笑って、墓前で振り返り、順に家族ひとりひとりと目を合わす。


「この下にネル坊主は居るのに」


足元を見下ろして口の端を持ち上げる。


「世界のどこかで、今も姫様の側で、役目を果たそうとしてるんだとか……そのネル坊主の隣に居るんだとずっと思ってたアメっ子ちゃんが、今はクロへいちゃんの隣に居るとか……何ていうか、俺は思い違いをしていたのかなって」


全員が無言で話の続きを促す。


「役目を、必要以上に重くて、厳しいものだと思い込んでいたのかもしれない……世界は俺たちにもまぁまぁ優しくて、それなりに救いを用意してくれるもんだな、ってね……俺の言ってることが分かるか、アメリ」


突然の質問に困ったような顔をしているアメリの頬を、両手で挟んでユウヤは自分の方に向かせる。


「欲しがれば、自分の元に来るんだよ……お前はもっと欲しがらないとダメだ」

「……なにを?」

「……ほらコレだ……クロへいちゃん、ウチのかわい子ちゃんによくよく教えてやってくれない? 面倒になった途端に考えるのを止めちゃうからさ」


唸っているアメリの頬を包んでいる手にぐりぐりと力を入れた。


「よろしくしてやってよ」


クロノは胸に手を置いて、強く拳を握り締める。


「決して貴方たちを裏切ることはしません。アメリに誓ったことはこの胸の中に確実にある。見失うことも、失くすこともない。証明してみせます」


目を見張ってユウヤは笑う。


「……やだーん、カッコいい……え、なに、クロへいちゃんて、ずっとこの調子なの?」


我がかわい子ちゃんを見下ろして答えを待つ。


「……割とそうかな、面白いでしょ?」


耳まで赤くなったクロノの背中で、先代の手がばしばしと鳴った。


気にするなと言いたかったのか、まあ頑張りなさいと言いたかったのか、なにも語ろうとしない先代に、その真意を聞く勇気がクロノには湧かなかった。




来た時とは違い、町の出入り口となる場所で別れの時を過ごす。


友人たちに、ユウヤたちを神格視しているような年嵩の人々、直接は関わりの無い町の住人まで集まってきて、大勢の人に見送られた。


笑顔しかないその場所と大切な人たちに、アメリはまたねと約束をしてサザラテラを後にした。





町を出てハイランダーズの道を通らずに、そのまま街道を行くことにする。


城都までは少々遠回りになるが、西端の主要都市であるスミスに立ち寄って、大きな街道から帰る予定を立てた。


スミスまであと数刻の街道上で、クロノとアメリは立ち往生している一台の荷馬車と行き合った。


同じくスミスに向かっている途中の商人の荷車で、片側の車輪のひとつが主軸から外れてしまい、傾いた荷車を持ち上げようとしているところだった。


力仕事ができそうなのは主人の男と、年若い従者だけで、もうひとりは人当たりの良い笑顔の若い女性しかいない。


クロノが手助けを申し入れて、早速 荷車の修理が始まる。

クロノと若い従者が太い木材を使って、梃子の要領で荷車を持ち上げ、主人が車輪の修理をする。


その間アメリは若い女性と、軽くするために少しだけ下ろした荷の側で、和やかに話をしていた。


修理が終わると、向かう場所が同じなのでそのまま一緒に街道を進み、スミスの門前で別れた。




隣国との境に位置するスミスはかつて要塞であった。


街道と町とを区切る堅牢な城壁はそのまま残っており、人が通る扉と、荷車など大きなものが通る扉とは別々にある。


隣国からも多く人が訪れもするので、城壁にはハイランダーズが常駐しており、人々の出入りを記録していた。


大きな扉の方は様々な荷車が列を長くして順番を待っている。


最後尾に着いた商人たちが手を振って、アメリはそれに応えて手を振り返した。


荷をあらためるにも時間がかかるから、ほんの少しずつしか前には進まない。商人たちが城壁を抜けるのはまだまだ後になりそうに見える。



対して小さな城壁の扉は、混み合うほどの人はおらず、特にクロノが白金の証を示して名乗れば、すんなりと町の中に入ることができた。


いつもの通り詰所を覗いた後、近くの宿を紹介してもらい、部屋に荷物を置いてから、これもいつもそうしているように町の中を歩く。


美味しそうな匂いを外の道まで漂わせている店に入って、食事を取ることにした。


「ねぇクロノ、さっきのテリーさんたちはもう町に入ったかなぁ?」

「どうだろう、もう少し掛かるかもしれないな、その前に随分と並んでいたからな」

「……積荷を調べられるんだよね」

「……そうだな、何だ?」

「その記録って、クロノは見れる?」

「気になることでもあったか?」

「私は修理に手を出して無いから分かんないんだけど」

「……うん?」

「重くなかった?」

「……荷車は重いものだろう、どうした?」

「匂いが」

「……匂い?」

「どこかで匂ったことがあるなって、考えて……油の匂いだったから」

「うん……一から説明してもらえると助かるな」

「あぁ……えっと。車輪を直してる間、私、ケイトさんに生地を勧められてたんだけど。その生地に匂いが付いてて」


修理のせめてもの礼にと、取り扱っている様々な生地を見せられたが、アメリは興味がない上に、荷物になるからとやんわりと断りを入れた。


生地自体に匂いが付いていることは珍しくない。


素材の匂い、染料や、上等なものになると香が焚き染められていることも総長夫人になってから知った。


アメリが気になったのは、それらのものとは違う匂いで、その違和感に今になって何の匂いだったのか思い出したからたった。


「油の匂いだって、今思い出して……私が持ってる剣に付いてるのと同じような匂いだなって」


新しく作られた剣には錆止めと、鞘との滑りを良くする理由もあって、それ専用の油が塗られる。


使い込んでいくうちに木製や革製の鞘に油が染み込んでいき、馴染んでしまえばもう違った匂いになってしまう。


新しく(あつら)えていたから、アメリはその匂いに思い当たった。


「その油が積荷の中にあったのか、新しい剣があったのかは知らないけど、匂いが移りそうな布と一緒に運ぶのはおかしいな……って」


そこまで油の匂いは悪くはないが、決していい香りとも言えない。

少しだけ甘いようでも、重たい油の気がする匂いが付いてしまって、生地が売り物になるんだろうかと違和感を覚えた。


「……そうか、分かった。そうだな、記録を見るのは難しくはない……後で見に行こう」


もし大量に剣が運ばれていたのなら事だと、それ以上は今は考えないようにする。


クロノは向かい側に座って食事を続けているアメリの頬を指の背でするりと撫でた。


目線を上げてアメリは笑い返す。


「いちいち触らないといけないの?」

「うん……無意識で手が出るな」

「……じゃあしょうがないね」

「仕様がないな」




食事を終えて、城壁に付随する詰め所に足を運んだ。


ここ最近スミスに訪れた者の記録を全て出すように指示をして、詰所内の机でそれに目を通す。


「ドバイシー商会……これだな」


手分けして探していたアメリも顔を上げて、身を乗り出してクロノの手元を覗き込んだ。


「積荷は布類、生地のみとしか書いてないな」

「ふーん……じゃあ、そうなのかな、私の気にし過ぎだったみたい」

「……いや、もう少し見てみよう」

「うん? いいよ、別に」


綴りをめくり、名を辿っていた指が止まってそこを叩いた。


「……三日前にも来ているな……間隔が短過ぎる」

「そう? そういうこともあるんじゃない?」

「……そうだな」


言いながらもクロノはそのまま遡って記録に目を通す。


様子を見に覗いた騎士に、ドバイシー商会について心当たりを聞いた。城壁の警衛を主にしている詰め所なので、頻繁に出入りしている者とは顔馴染みになることも多々ある。


「ああ、そう言われれば最近よく見ますね……主人じゃなくて、使いの若いのも割とよく来るかも」

「ドバイシーって、そういや先月の賊が出た時に巻き込まれてなかったか?」

「……賊?」


もうひとり、追加の記録を運んできた騎士が思い出したように話に入ってきた。


「先月、街道沿いに盗賊が出たんです。荷馬車ばかりを襲ってて、人死には出なかったんですけどね、荷はほとんど持っていかれて……街道を警邏するようになってからは、盗賊の話は聞かなくなりましたね」

「その時の記録はあるか」

「ああ、それはここじゃなくて、城塞下の中央詰所にあるはずです」

「……そうか、済まないがこれはもういい……片付けてくれ」

「はい……ドバイシー商会に何かあるんですか?」

「いや、気にするな……対応も今まで通りにしてくれ」

「……分かりました」


腑に落ちない顔をしている騎士たちに、くれぐれもと釘を刺してその場を後にした。




思案顔をして足早に歩くクロノ、アメリもその後を付いて行った。


「……そんなに気になる?」


振り返って思い出したようにアメリの手を取ると、人の多い賑やかな通りを、町の中心部に向かう。


「そうだな、少し……」

「ただちょっと思い付いただけなのに……なんか、ごめん」

「何を謝っているんだ、その必要は無い……私も少し気になってきたからな……アメリは宿に戻って休みなさい」

「んー……いい。私でも居れば何か手伝いができるでしょ?」

「……じゃあ、頼もうか」

「うん、そうして」




アメリの頬に口付けを落とすと、しっかりと手を繋ぎ直して、ふたりは中央詰所に向かった。









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