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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
50/80

試合に負けて、勝負で勝つ。






自分が故郷に帰ることなど、考えてもいなかった。


『姫様付き』と決まったあの日から、役目を終えればもうこの世界で生きる理由は無い。


『姫様付きは帰らない』そのつもりで死を意識して、それを思うと何でも出来る気がした。

サザラテラにも、両親の居る家にも、二度と帰らないのだと、そう思いながらこの地を後にした。


自分だけが、そう思っていた。


ユウヤはきっと帰ると信じて新しく剣を誂え(あつら)、サヤはネルの手紙を大事に置いてくれていた。


薄情な自分が嫌になる。


「……自分のことしか考えてなかった」

「……そうは思わないが」

「だってそうだもん」

「……そうか……さあ、アメリ」


背中を優しく叩いていた手は離れて、緩やかな束縛からアメリは解放された。



再びニタから手渡された剣は『ユウヤの剣』よりも少し細く、その分 軽く感じる。

鞘の全体に丁寧に彫刻が施されて、抜けば黒や白に向こう側が見える。

鞘には透し彫りがされていた。


アメリは少し離れて広い場所でしばらく剣を振る。

好みを告げるとニタは少し待っていろと工房に足を向けた。

その後をアメリも付いて行く。



工房は以前にユウヤと訪れた時と変わらない雰囲気がした。


汗が吹き出そうなほど熱く篭ったような空気。

それでも炉の火は落とされている。

雑然とした工房を、物を避けながら、あちこちうろついてからニタの側に歩み寄った。


「……落ちてない」


ニタは木槌で鍔を叩きながらひとつ笑い声をあげる。


「今はチビの仕事だからな」


そこだと指した器の中には、砂粒ほどに小さな球が入っている。覗き込んでいるクロノに器を手渡した。


「……溶かした鉄が炉の周りに散って落ちるの。それを探して拾うのが楽しかった」


黒く煤けた小さな球を探す、小さなアメリを想像して、クロノは炉の方に目を向けた。


アメリは以前との違いを見付けようと周囲を見回す。


「……忙しい時に来た?」


砥ぎかけのまま置いてある剣や、その順番待ちのものがたくさん立て掛けられている。同じような形のものがざっと見ただけでも二十振りほどある。


「……ああ、隣町のが病気になったとかで急に頼まれてな」

「ふーん……」

「さぁ……アメリ、もう一度確かめてみろ」


希望通り少し長く、重心が移動している。

問題ないと『アメリの剣』を受け取って、ニタの工房を後にした。




足はそのまま詰所の方に向かった。


厩舎の様子を覗いて、我が愛馬たちのご機嫌を伺う。


一番奥にはグレン、その手前にいるキース、二頭は主人の登場に足をかいて鼻を鳴らしている。


焦がしたような飴色の馬に、アメリはその辺りにあったブラシを手にして近付いた。


危うく靴下と名付けられそうになったキースは、由来の靴下を履いたような白い足先を忙しなく踏み換えてアメリを待っている。


「ちょっとお外に出ようね」


柵の横木を抜いていると、アメリにぐりぐりと白に近い枯れ草色の鬣を擦りつける。

甘えているキースを撫で回せば、奥にいたグレンが我もと柵を蹴る。


「わあ! 折れるったら! クロノ!」


後ろの方で笑っていたクロノがグレンの顔を叩いて宥め、下がらせてから同じように外に出る準備を始めた。



広々とした草原が見渡せる詰所の裏手に出て、ブラシを当てていると、若い男がふたり、こちらに歩いてくるのが見える。


腰に長剣を佩き、そのベルトにはハイランダーズの紋が型押しされていた。

この地を警衛している者だとすぐに分かって、クロノは軽く手を上げる。


「ぅわ! ロイ ベージとエディ ルース!」


アメリは嫌そうに声を上げると、自分はキースの後ろに隠れるようにぐるりと走る。


アメリの姿に、ロイとエディは困ったように顔を見合わせた。

片方は両手を上げ、それをひらひらとさせている。


「もう変なことしないって」


前に立ちはだかるようにしていたクロノに手を差し出して、握手をすると自己紹介をした。


キースの後ろに隠れているアメリをばつが悪そうな顔でちらと覗いた。


「あー……昔、ちょっといたずらしたんですよね」

「ちょっとじゃない!」


離れた場所から反論の大きな声が聞こえている。


ロイとエディは叱られる前の子どものような表情で、クロノを見上げて苦笑いを浮かべた。


「アメリの気を引きたくて……ガキだったんですよ! 分かります……よね?」

「会ったら謝ろうって、話してたんだって!」


元やんちゃ小僧の、よりやんちゃそうなロイがアメリに声を掛けた。


「ふたりのせいで虫が嫌いになった!」

「だから、ごめんて!」


キースの首にしがみついて唸っているアメリを少し振り向いて、クロノはくくと喉を鳴らす。

大きな虫が嫌いなのはこのふたりが原因かと、ロイとエディを見下ろした。


「謝る他に、何か用があるのか?」


牽制のつもりで言った言葉に、ふたりの表情が一気に明るくなる。


「あの、お忙しくなければ、剣の稽古をお願いしたくて!」

「是非、お願いします!」


こういう申し出は他所の詰所に寄った際にもよくある。


クロノはアメリを振り返って、構わないかと手を差し出した。

つい条件反射で手を乗せると、クロノの側に引き寄せられて、そのまま肩を抱かれた。


「どうぞ、好きにしたら?」


アメリは馬の世話をするつもりでそう答えると、足腰立たなくなるまでしごいてやると、目の前のふたりには聞こえない声でクロノが囁いた。


そんなこと望んでないのにと眉を下げているアメリの頬に口付けをすると、ふたりを引き連れて、さっさと離れた場所に移動を始める。




二頭が満足するまでブラシをかけ終えてから、その辺りに放して自由にさせる。


アメリは近くにある木の影に入って座り、剣で試合っている三人を見た。


ロイとエディはユウヤにも稽古をつけてもらったのか、剣筋は自分のそれと似通った感じがする。


主流の剣捌きと良いとこ取りをしたいのだろう、剣幅はクロノのものとアメリのものの中間くらいの太さだった。


クロノには軽々とあしらわれているが、そこそこ剣速もあるし、手数も多い。



嬉々として毎日のように嫌がらせをしてきていたふたりが、ハイランダーズになっているのが不思議で仕様がない。


悪たれが過ぎて、しょっちゅう町中の人に迷惑をかけては叱られていた。


何が何でもここを離れて、大きな町にでも飛び出して行きそうなふたりだったはずだ。

実際に、こんな何も無いつまらない町は出て行くと、大きな声で言い回ってもいた。


自分も含めて、先のことなんてどう転ぶか分からないものだと、地面にごろごろ転がされては立ち上がるふたりを眺める。


宣言通り、ふたりの足がまともに立たなくなると、クロノは機嫌良く鞘に剣を収めた。


それを見届けて、アメリは指笛を吹いてキースとグレンを呼び寄せる。


ふらふらしているロイとエディに世話をお願いして、二頭を厩舎に戻し、家に帰る道を辿ることにした。




詰所を出た所でアメリは呼び止められる。


声のした方に目を向けると、店の扉を勢い良く開け放って飛び出した人物に、アメリは駆け寄って行った。


「ティアナ!」

「おかえりなさい! 元気そうで嬉しい!」


ティアナは持っていた籠をアメリに押し付けるようにして手渡すと、自分はアメリの顔や肩を力強く撫でる。目には薄っすらと涙が溜まっていた。


ティアナは年が近く、よく遊んだ友達だと紹介する。


クロノが丁寧に挨拶をすると、ティアナも年頃の娘らしく恥じらって、もじもじとしながら挨拶を返した。


「あったかい……すごく良い匂いがする」


籠にかかった布をめくって、中を見る。


「パンは焼きたて。パイの方は昨日 焼いたの」

「好きなやつだ!」

「そ! 昨日アメリが帰ったって聞いて焼いたの。これから家まで持っていこうと思ってたら、通りかかるから、慌てて出てきちゃった!」


やったとアメリは子どものように笑って、籠をクロノに預ける。


中からパイを一切れ、崩れないように慎重に取り出して、クロノの口元に運んだ。


「おいしいよ、はいどーぞ」


口の中に入りそうなだけ押し込むと、残りの端の部分をアメリはにこにこしながら食べる。


「……どう?」

「おいしい……さすがだね!」


ティアナはまぁねと腕を組んで、当たり前とけらけら笑う。


「お店を閉めたら、家に行っても良い?」

「もちろん! 待ってる」

「みんなにも声掛けとく」

「はいはい、分かったよ」


いつもとはまた違う砕けた話し方のアメリを見下ろして、クロノは口元を緩めた。


アメリの手に残っているパイを持ち上げて、手ごと食べそうな勢いで口に入れる。


驚いて声を上げた後、アメリは顔をしかめて、クロノの服を摘んで引っ張った。


「まさか私の服で拭ってないだろうな?」


抱えた籠で死角になって、何をしたのか分からないクロノが眉を下げる。


「だって、指 舐めた」


お互い困ったような顔を見合わせていると、ティアナは声を上げて笑い出した。


「これはこれは……仲のよろしいことで」


じゃあまた夜にと、ティアナは店の方に戻っていく。

扉の前で振り返って手を上げたティアナに応えて、そのまま店に入るのを見送った。



一転して顔を曇らせたアメリに、クロノは手を差し出す。


「どうした」


唸ってるアメリに苦笑いを返す。


「……思ったよりも恥ずかしいな……」

「そうか?」


意図して仲良くしているところを見せようとしていたのは気付いていたので、クロノはそれにきれいに乗ったつもりでいた。


差し出した手にいつまで待っても手が乗ってこないので、アメリの頬をむにむにと摘む。


「上手くやっていると思うが」

「えぇ? クロノは恥ずかしくないの?」

「全く?」


いい加減に頬が痛くなってきたので、アメリはクロノの手を外してそのまま繋いだ。


さっきまで摘まれていた頬に口付けを落とされる。


「……やっぱり恥ずかしいな……」

「まあまあ人目は多い。狙い通りで良かったじゃないか」

「どうしてそんな何でもない顔ができるかな」

「何でもなくはない……嬉しいよ」

「……悔しい」

「何故そこで悔しがる」

「……負けた気がする」

「何の勝負をしているんだ」


アメリは自分の腰にクロノの手を引くと、自分はクロノの腰に両腕を回してぎゅうと抱きついた。


「……ほっぺた伸びるからもう引っ張らないで」


拗ねているような声と、アメリの可愛らしい仕草に、腹の内側を焼く思いがして、クロノも抱きしめ返す。



周囲に仲睦まじさを知らしめるための詮術として。


そうとは解ってはいても、これではこのまま寝台に引きずり込んで離したくなくなってしまいそうだった。



「……クロノ、顔真っ赤……」

「……参りました」

「……もうちょっとしっかりしてよ、騎士団長様」

「……うん」

「いつもみたいに格好良いとこ見せて?」


好きそうな顔を貼り付けて見上げると、クロノからもう許してくれと唸るような声が漏れて出た。






勝ちを取ったようでアメリは気分を良くして、ふふと得意気に笑った。
















おまけの六翼ちゃん。




アメリが帰った当日の話。






『ロイとエディの“ぼんやり眺め丘”』





所長のザムダから聞いた衝撃的な知らせに、ロイとエディはしばらく口もまともに聞けなかった。


ポットにあった煮詰まった茶をちびちび飲んで、苦味で気を確かにしていく。


「……人妻て……」

「……なぁ……」

「帰ったと思ったら、人妻……」

「しつこいな、お前……」

「しかも総長夫人……」

「うーん……まぁ、見初められますわなぁ」

「可愛いもんなぁ……」

「そりゃぺーぺーの田舎騎士の嫁には納まんねーわな?」

「まあな」


ふたり揃って重たい溜息を吐き出して、椅子の背もたれにぐったりと体重を乗せる。


「もうちょっと、こう……優しくしとけば」

「あんだけのことしといて、今さらよく言うよ」

「ていうか、お前がコガネムシなんて背中に入れるから」

「その後に背中を叩いたのお前だろ」

「カマキリ顔に投げつけたくせに」

「カミキリムシ蹴って頭にぶつけた奴に言われたくないわ」

「……ひどいな」

「ひどい……そりゃ嫌われる」

「バカだな」

「ホント、バカしかない」

「……ガキでしたな」

「可愛かったもんなぁ……アメリ」

「いじわるしたくなっちゃうんだもの……」

「まあ、その後ネルにやり返されたけど」

「やり口が巧妙過ぎて今思い出しても背筋が寒いわ」

「ロイ大泣き通り」

「うるせぇ“エディごめんなさい川”」


町中の人にもその地名が通用していることと、本人たちが甘んじて受けていることで、心の底から反省していると。

伝われと思っているうちにアメリッサは『姫様付き』になってしまい、ネルが亡くなって、その冬を越えると旅に出てしまった。


あの時期、細い路地を走り回って一緒に遊んでいた同年代の誰もが、一斉に子どもであることを止めた。


お互いに確認もせず静かに、皆それぞれに大人になる準備を始めた。



「帰って来てくれて、良かった」

「うん……嬉しいな」

「会えたらちゃんと謝ろう」

「許してくれるかな」


さあなと残りの苦いお茶を一気に飲み干して、午後の見回りの準備を始める。


「どこから行く?」

「“アメリぼんやり眺め丘”からだろ」

「“こっそり見送り小路”も寄って行きますか」



ふたりの間でしか通用しない地名に、ひひひと悪ガキの顔で笑って、元悪たれふたりが詰所を後にする。















て!

なんかいい感じで終わってますけども。

アメリからしたら相当なトラウマ案件ですよ、と。










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