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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
49/80

師弟。





※※微バトル、微 流血がありますので苦手な方はご注意下さい※※

















朝食が済むと、アメリは嬉々として稽古の準備を始める。


ベルトの金具に長剣を通し、鞘をかちゃりと固定すると、それをじっと見ていたクロノに釘をさす。


「クロノとはしないからね」

「……ああ」


すでに中庭の陽の下でユウヤは肩に剣を担いで待っている。


アメリは顔をくいと上げ、笑顔で応えて駆け出した。


気配にふと気が付くと、庭の角の柱の側で、先代がクロノを手招いている。

椅子に座った先代に言われるまま、その隣に別の椅子を運んできて、クロノも腰掛けた。


ふたり並んで剣を振る姿は、剣速も角度もぴたりと揃っていて、見ていて気持ちが良い。


無理な角度からの素振りが続いて、きつそうな動きが終わる。同じ時機に気が緩むのか、先代の声が掛かると、背すじにびしりと気が入る所まで揃っていた。


繊麗な動作に感心して、クロノは思わずほうとため息を吐く。


先代は機嫌よく顔のしわをさらに深くさせて、流派の起こりから話を始めた。


こういった話は嫌いではないので、クロノも興味深く耳を傾け、時折 質問を挟む。




「……えー? ねぇ、いつの間にあんなに仲良くなってんの?」


剣を振り、形を続けながら、ユウヤは楽しそうに話し込んでいる先代とクロノの方にちらりと視線を送っている。


「さぁ? お年寄り同士 話が合うんじゃない?」


年齢の話はしないように気を付けていたのに、何気なく口にしてしまい、アメリは心中で舌打ちをして、角度的に顔を見られなかったことにこっそりと息を吐いた。


「クロへいちゃんがお年寄りだったら、俺どうなるの?」

「……クロノは、話し方がホラ……何でもよく知ってるし……」

「じじくさいってこと?」

「ユウヤは違うでしょ?」

「まぁーねぇー……」


なんとか話を逸らせて上手くごまかせたのかと、アメリがちらりと様子をうかがうと、それより前から横目で見ていたらしいユウヤと目が合う。


「……なに?」

「そんなクロへいちゃんがステキ! だぁい好き!! なのかと思って」


始まった、とアメリは数歩 後ずさって距離を取る。


お互いに相対して、間合いを測る。

こうして人をからかい、茶化したりして苛立たせるのがユウヤのお定まり。


ここから仕合が始まって、決着はひと突きで決まる。


ふたりの顔から表情が抜け落ちる。


「……他にもステキでだぁい好きな所がたくさんあるけどね」

「……参ったねぇ。アメリから惚気話を聞くなんて」


会話とは裏腹に、ふたりの間にはいつ引き千切れてもおかしくない程にぴんと張った糸のようなものがあった。

そうと分からぬように静かに大きく呼吸する。


「じゃあ、降参したら?」

「ははは……面白いこと言うなぁ……アメっ子ちゃん」


引き合って切れるのか、緩めるのか、引くのかを互いに読み合う。


ふとその糸を解いたユウヤは、陽動に見せかける為に、突きを繰り出すのを一瞬止め、同時に前に足を踏み込んで、長くしなるように腕を伸ばす。


アメリはどうにか体を捻って寸での所でユウヤの剣を躱し、自分の剣を前に突き出す。


後先考えず反射で動いた身体は、簡単に均衡を崩して、進行方向の斜め後方に放り出されそうになる。


自分の剣先に肉を切る手応えを感じる。


瞬時に柄を手放して、後ろに倒れる勢いのまま、石床に手を突き後方に回転した。


「ユウヤ!」


両足が床に付くと、強く引いた枝が元に戻る速さで立ち上がってユウヤの方に向かう。


「刺した?!」


手応えは確実にあったが、どこをどれだけかは見ていなかった。


ユウヤは剣を握った手で右の脇腹を押さえている。シャツが見る間に赤く染まる。


「刺してない……掠っただけだ」


手をどけて確認すると、指の長さ程に線が入っている。血はどんどん溢れ出し、傷は深そうだったが、命に関わるものではなさそうだった。


アメリはぎゅうと目を閉じて開いた。


「……はあ……良かった……」

「良くないわ! 最後まで見て無かっただろ!」

「……はい」

「剣を放り出すな、握っとけ!」

「……はい」

「……まぁ、俺の突きを躱したのと、その後の立ち上がりの速さは良かった」

「…………はい」

「相手が俺だから手を離したのか?」

「……わかりません」

「まだこれを使う気なら」


ユウヤはひとつ息を吐き出して、アメリの放り出した剣を拾って柄を差し出す。


「離すな……相手が誰でもだ」

「……はい」


両手で剣を受け取ったアメリは、胸の前でそれを抱きしめるように握った。


ユウヤは血濡れてない左の手で拳を作ると、アメリの頬をぐりぐりと押す。


「……サヤにお裁縫してって頼んでくれない?」


こくりと頷いて踵を返すと、アメリはサヤを探しに台所の方に駆け出した。



息つく暇もなく瞬刻の内に終わってしまった攻防に、クロノはその場を立ち上がるのが精々だった。


厳しい師の顔をしていたかと思うと、ユウヤはふにゃりと表情を緩めて自分の師を振り返った。


「久しぶりにやられちゃいました」


軽く笑ってはいるが、腹から溢れた血は、剣を伝いぽたりぽたりと落ちて、白い石床に丸い染みをいくつも作っている。


先代もひとつため息を吐くと、よいしょと立ち上がり、腰に引っ掛けていた布を取り出してユウヤの腹を押さえた。


「……いつまでも自分の方が体が効くと過信しとるからこうなる」

「あははー……ですねぇ」


小突かれながら、ユウヤは今まで先代のいた椅子に座らされる。


「あれの背が伸びた分、腕も伸びとるとは思わんかったか」


注意はしていたと歯を見せて笑うユウヤの腹に、先代は受け取っていた剣の柄をぐりぐりと押し込んだ。


稽古中の怪我はいつでも起こり得るし、日常よく目にする。


この呑気な雰囲気はどこでも一緒なのかと、クロノも苦笑いするに留めた。




サヤにひと針ひと針お小言をもらいながら腹を縫われる。


その姿を、神妙な顔をしてアメリは見守っていた。


「……ヤダ、アメっ子ちゃんたら……そんなに見ないでよ」

「……だって」

「お父さんのお腹ぷよぷよ……とか思ってるんでしょ!」

「思ってない!」

「クロへいちゃんの方が引き締まってステキだわぁ……とぉっ!」


話の終わる前にサヤは糸を必要以上にくっと引いて結ぶ。


「……止めなさいユウヤ」

「あ、はい。ごめんなさい」


腹に布を巻いてひと通り処置が終わる。


アメリはユウヤの前に膝を付いて、腰に佩いていた剣を外して、両手で差し出した。


ユウヤは表情を引き締めて掲げられた剣を見下ろすと、そのままアメリに視線を向ける。


「……何のつもりだ」

「……あ! ちがう!」


思いの外ユウヤが怒っているので、誤解されたのだと、何をとは言わずにすぐに否定した。


適切な言葉を探すのにしばらく考えて、アメリは落ち着いて言葉を返す。


「ここに帰って、稽古したらね……返そうと思ってたから。……これ、『ユウヤの剣』だもん……『次のユウヤ』も使うんでしょ?」


ユウヤは手のひらで顔をひと撫ですると、大げさに息を吐き出した。


「ああもう、紛らわしい時に紛らわしい渡し方しないでくれる?」


アメリは少し頭を傾けて、にやりと口の端を持ち上げる。


「やめちゃうと思ってびっくりした?」


神妙な面持ちで剣を捧げ持たれては、これを悔いて剣を置いてしまうのだと思われても仕方がない。


アメリ以外の全員が困ったように眉を下げている。



両手で捧げ持たれた『ユウヤの剣』。


端から端まで見事な彫刻の入った美しい白金の剣を、ユウヤはアメリから受け取った。




「ユウヤが今持ってるのと替えよう!」


いい思い付きだと言わんばかりに笑っているアメリの鼻を、ユウヤは思い切り摘んだ。


「だーれーがー交換なんかするか! 俺の剣は俺のだ!……ニタの所に行け!」

「ええぇぇ?」

「んもう、めんどくせーから、今から行ってこい」

「うぅー……」

「うーうー言わない。ホラ、行った! ついでにクロへいちゃんに町を案内してあげなさい」


不服そうにのろのろと立ち上がったアメリの後を追おうとしているクロノを、ユウヤは手招いた。


「道中はこれでもかってほど仲良く歩いてやるんですよ?」


小声で話すユウヤに耳を寄せ、意図するところを気持ち良く汲んで頷く。


「特に若い男連中に見せ付けておやりなさい」

「……心得ました」


クロノは喉の奥で笑う。


ここで虫も泥も付けられない。

遺恨は残さぬよう見事 完遂してみせると意気込んで背筋を伸ばした。



石のアーチの前でアメリが振り返り待っている。


すっと伸びた背中は真っ直ぐにそちらに向かう。

右手を掬うように握って、繋いだ手に注意が行っている隙をついて頬に口付けをする。


ますます斜めに傾いたアメリの機嫌の悪そうな顔をクロノは笑顔で見つめ返して、ふたりはそのまま石のアーチをくぐって出て行った。


「ふふふ……うちのお婿さんの頼もしいこと」

「……それはそれでムカつく」

「忙しいわね、ユウヤも」


くすくすと笑っているサヤの頬に負けじとユウヤも口付けた。




白い壁に沿うように歩く。


しばらく行った所でアメリはクロノを見上げた。


「……なに話してたの? さっき」

「町の男連中に、夫婦だと見せ付けてこいと」

「ああ……良いね、その話……乗った」


無駄に言い寄られたり、説明したりも面倒なので、あっという間に伝わる町の噂話を逆手に取って、存分に広めてもらおうという案は実に効率が良い。


アメリは右の手もクロノの腕に絡めていく。


「こうやって歩く?」


クロノは手を解いて腰を抱き寄せた。


「この方が良くないか?」


慣れない姿勢によたよたと足を縺れさせると、ぐいとクロノを押した。


「ダメ……これ歩きにくい」


笑い合っていつものように手を繋ぎ直す。

耳に口付けられて、アメリは身を引いた。


「ねぇ、もうちょっと人の居る所でしてよ」

「……いつもと言っている事が逆だな」

「……家に帰るまでだからね?」

「分かった」

「ホントに分かったの?」

「……認識が違ったら済まない」

「……それ、分かってるって言わないんじゃない?」


むっと顔をしかめるアメリを見下ろして、クロノは口の中で笑った。


「……これからどこに行くんだ?」


ああとアメリは先の方を指す。


「詰所の手前まで行くんだけど、職人のニタさんのところ」

「職人?」

「うん……鍛治職人」

「新しく(あつら)えるのか」

「ユウヤの持ってるのは合わないって解ってたけど……」


突き詰めて拘れば、長さも重さも、均衡はそれぞれの使い手で違う。

それは差し置いて師の手に馴染んで使い込んだものが欲しい、そういう気持ちもクロノには分かる。


「……ひとり立ちしろということだな」

「うぅー……まだまだなのに……」

「一番弟子の座は『次のユウヤ』に……」

「ううぅぅー……」


また不服そうに膨らんだ頬を、クロノはつついて空気を抜いた。






大通りから外れて細い通路を進み、町の端に位置する辺りまでやって来た。


近隣より少し大きめに見える建物をくるりと出入り口の方へ回る。


サザラテラの家は、塀は高いが門扉は無い。


遠慮なく内側に入って、アメリは大きな声でこの家の主を呼んだ。


周りを囲む部屋の倍はありそうな工房から、武人と言われても納得しそうな覇気と体格とを携えた男が現れる。


アメリの姿を認めるとぐっと寄っていた眉根を開く。


「アメリッサ! 帰って来た話は本当だったんだな!」

「うん……久しぶり」


ニタは逞しく太い腕でアメリの両脇を持ち上げて、子どものように振り回した。


アメリもいつものことなのでされるがままに笑っている。

くるくると回転するとアメリを地面に下ろした。


「……よく帰って来た」

「……まあね……奥さんは? ちび達も元気?」

「ああ……あいにくさっき出掛けてな……」


会話をしながらもアメリの両腕を持ち上げ、うんうんと頷いてから、ニタは何の前置きもなく工房に引っ込んで行った。


しばらくすると一振りの剣を持って現れる。


にやりと口の端を持ち上げて、アメリに振ってみろと手渡した。


「……これは?」

「お前の剣だ……」

「……え?」

「随分前に作ったからな……少し調整しよう」

「前に……作った?」

「ああ……お前が旅に出た後だ。ユウヤに頼まれた」

「……ユウヤ、に」

「随分と酔狂なもんだと思ったが……俺も嫌いじゃないからな……お前に渡せる日が来て嬉しい」




持っていた剣をニタに返すと、ちょっとごめんとアメリは振り返る。




痛みを我慢するような顔で歩み寄るアメリを、クロノは優しく抱きかかえた。










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