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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
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ようりょう。







なんとなく予想はできるが、確実を取りたい。


「……どっちがアメリの寝台だ?」

「さて、どっちでしょーか?」


左右対称に同じものがある部屋。

散歩から戻ってあとは眠るだけという状態になって、ふたりは部屋が見渡せる端の方に並んで立っていた。


薄い黄色が基調の掛け布、ついさっきまでアメリが包まり蹲っていた寝台か、きれいに整えられてひとつの乱れもない白が基調の掛け布がある寝台か。


「こっち」

「当たり……聞かなくても分かるでしょ?」


アメリとネルの髪の色に合わせて掛け布が揃えられていた。


クロノはそうだろうと予想はしていたが、間違って選んでしまい、ネルの寝台で眠ることはどうにも憚られる。


複雑なこの心境を言葉で伝えるのは難しい。


そこを苦労して伝えたとしてもアメリには分かってもらえないような気がしていた。



白い掛け布を勢いよく剥いでふわりとさせた後、アメリはその中に滑り込んだ。


「はい、クロノもどーぞ」


掛け布を持ち上げて、寒いから早くと空いている場所をぽんぽんと叩いている。


クロノはのそのそと横に行き、いつものように背中から抱えて眠る体勢を整えた。


「……明日は客間に……」

「えー? 私の部屋があるのに、なんで客間で寝ないといけないの?」

「ここはネルの部屋でもあるだろう……申し訳なさが違う」

「申し訳なさ?……なんの?」


確かに自分の家の客間で眠るのはおかしな気分がするだろう。

クロノは複雑な心境と自分の口下手とを秤にかけて、はるか遠い理解までの道のりに、奥歯の方からしてくる苦味を堪える。


アメリと別々の床で眠るなんて有り得ない。


ここで意地を張るものでもないから早々と折れる。


「……足を」


冷えたアメリの足先が自分の足の間に割って入る。たったそれだけのことで、さっきまでのもやもやもきれいに無くなって、力一杯 抱きしめたくなるのだから、単純でおめでたい自分の思考に気持ちよく依存することにした。


冷たい足が温まるまでアメリは眠れない。


それまではぽつりぽつりと話を続ける。


「あ?……そうか」

「なんだ?」

「次のユウヤとサヤの部屋になるから……ここは私の部屋でもないなって……」

「……アメリの部屋は私の屋敷に」

「うん……だね」


体を抱き寄せてぴたりと引っ付くとアメリは少し笑っておやすみと告げる。


足の先はまだ冷たい。


「おやすみ、いい夢を」


首の後ろに口付けをして、それからアメリの呼吸が寝息に変わるまでは、もうしばらくの時間が必要だった。




夜が明けるのとほぼ同時に、アメリは朝食作りを手伝いに、寝台を抜け出すと素早く身支度を整えて部屋を出て行った。


ひとりこのままでいるのもどうかと思って、クロノも部屋を出る。


中庭にはユウヤの姿があり、剣の稽古の最中で、顔や首筋には汗の粒が浮いている。



流れるような見事な剣捌きを目の当たりにすると、どうにも仕合ってみたくなる。


その昔に見たこの流派の剣士は、思い返せば多分に我流の動きをしていたのかもしれない。

腕を上げる為だと誰とでも手合わせしていたのを今でも覚えている。


以前から知っていたものと、今見ている剣とでは全くの別物に見えた。


目線も手足の先の先までも所作事があると思えるほどに美しい軌道を描いている。


アメリの剣捌きを見た時も同じことを思ったが、ユウヤの剣はさらに研ぎ澄まされ、無駄が一切無いように見受けられる。


幾度となく申し出てはその度にいつも断られているから、きっと正統な使い手は他流派とは手合わせしないものだと、クロノはそう理解していた。



一区切りついたユウヤが、中庭の隅で所存なげに立っていたクロノに、おはようと声を掛けた。


「早起きですなぁ……もっとゆっくりしてれば?」

「おはようございます……疲れはすっかり取れました」


クロノは中庭に向けて足を踏み出す。


きっと断られるだろうと思いつつ、無理を承知でユウヤに手合わせを申し込んだところ、特にどうと言うことは無く、あっさりと了承を得た。


手合わせをする運びになって急いで準備をする。


にこにこと笑っているユウヤと向き合い、釣られてクロノも笑い返す。


剣先を合わせて始まった手合わせは、始めは軽く受けて軽く返してと、流す程度だった。


それがそのうち斬り結ぶごとに、どんどん剣速が上がっていく。


受ける剣に重みは感じない、容易く弾けてもそれを補って余りある速さで次の手が来る。


ユウヤの剣をどうにか躱し、跳ね除けもできずに、肌を切り裂く寸前のところで、なんとか剣を滑らし軌道を逸らせるのが精々になっていた。


これ以上速度が上がってしまえばもう捌ききれなくなる。


クロノはこれからどうすべきか、距離を取って考えようにも、なかなかユウヤの勢力範囲から抜け出せないでいた。



「あー!! ずるい! なんで?!」


朝食ができたと呼びに来たアメリは、中庭に走って飛び出ると、怒っていますと分かりやすく両手を腰の上に置いた。


ユウヤはにっとアメリに笑い返して、剣先を肩に担ぐ。


「いやー、アメっ子ちゃん! やっぱすごいね、クロへいちゃんは!」

「……クロへいちゃん……」


あっさり始まった手合わせは、アメリの登場であっさりと終わってしまった。


クロノが手にした剣を下げて構えを解くと、アメリが足音も荒く歩み寄る。


「どうして私より先に、クロノがユウヤと稽古してるの?!」

「あれ、そっちに怒って行くんだ? ヤダナニ、お父さんの取り合い?」


にやにや笑っているユウヤに、アメリは無言で睨み返して、続けてクロノを睨み上げる。


「……アメリが手合わせしてくれないからだろう?」


するりと頬を撫でるその手を、アメリは腹立たしげにぺしっと叩いた。


「嫌だからしないって言ってるでしょ!」


ふいと顔を逸らせると、近付いて来た時と同じ勢いで台所に向かって歩き去って行く。


「あーああ、朝から怒らせるなんて……ダメだねぇ」


にししと笑いながらユウヤは剣を納める。

クロノも鞘に手を掛けた。


「騎士団長も伊達じゃない。さすがに強いわ」

「やめて下さい、満足に相手も出来ていなかった」

「いやいや、きっと本気のクロへいちゃんに、俺は勝てないね」

「今ので結構 本気だったのですが」


ユウヤはふふふと意味ありげに笑う。


「考え方が違うから、そう思うだろうけどね」


何か試されているような気がして、クロノは今の言葉の意味を汲もうと思考の枝葉を伸ばしていく。


「アメリは手合わせしないよ、これから先も……多分ね」

「……なぜ」

「クロへいちゃんが強いから」


どういうことなのか、示唆めいた言い方に、クロノは今ひとつ回答が出せない。


ユウヤはふと声を漏らして苦笑いする。


「あの子には、戦い方を教えてない……俺が教えたのは、殺し方」


考え方が根本から違う。


ユウヤの言っていた全てが繋がって、クロノの皮膚の上をひりついた痛みが走る。


戦場からしばらく遠退いていたクロノの剣は、人を殺めるものから、人を捕らえる方を重視する剣に変わっていた。

周りを削ぎ落としながら崩して膝を突かせる剣。


アメリは姫様を守る為、自分を生かす為、その役目を果たす為、一撃で相手を地に沈める剣を教え込まれた。


知らずクロノは痛みを堪えるような顔をしていた。


「手を抜く方法も教えなかった。あの子は手加減なんて知らない……だから相手が強いほど嫌がる……やればどちらかが確実に大ケガしちゃうって解ってるんだ」


クロノは胸に溜まった熱を冷ますために息を大きく吸い込んだ。


ヒドイ親だねとユウヤはへらりと笑う。


その言葉に大きくかぶりを振った。


「だからこそ、最後まで姫様を守れたんです……」

「んーでも結果、きちんと教えられなかった俺の甘い部分が、あの子を殺したんだ」

「それは違う……ーー本人の甘い部分が生死を分ける……アメリはそれを分かっていました」


森に倒れてその命が消えようとしている時も、希望を繋ぐことに全力を注いでいた。


甘いから負ける、負ければその先に進めない。

それを全部飲み込んで、負けた恨みも、死にゆく悔しさも差し置いて、大事な人を託すことを第一に据えた。


「先代が俺をいつまでも弟子扱いしてた意味を痛感したね……アメリを我が子のように可愛がると怒られたのも、どうしてだか解ったよ」


弟子として厳しく徹底的に剣を仕込んでいれば、もっとアメリに有利に働いた部分があったかも知れない。


それでもと、クロノは奥歯を噛み締める。


アメリには剣術より何より、必要なものがあった。


「……アメリには厳しい師よりも、あなた達のような優しい両親が必要だったと思います」


自分を軽んじて、生きることに執着なかったアメリは、それでも自分以外を大切に出来た。


姫様を我が子のように思って、そう接していたのは、親がどういうものかと知っていたから。

そう在れたのは、すぐ側に素晴らしい見本があったから。


血の繋がりなど関係無いほど、強い別の繋がりがあることも、その結び方も、もうすでに身をもって知っていたから。


「やぁ……嬉しいこと言ってくれるねぇ……」

「技を高めるのは素晴らしい、でもそれを思い続けることすら難しい時もあります」


だよねぇとユウヤは自分の手の中にある金属の塊を見下ろす。

ふへと力無い笑いを零すと、力強く顔を持ち上げた。


「しょうがないじゃんねぇ? だってネルもアメリも可愛かったんだもんなぁ……まぁ今もそれはずっと変わらないんだけど。

わかる? ただ可愛いんじゃなくて、すんごく可愛いの……もう……すんごくだよ?!」


誰に憚ることもないと、空に向かって両腕を広げる。


舞台に立つ役者のように大袈裟に、体は踊るように、声は歌うように、ユウヤは続ける。


「もうホント正直でさ……純粋っつーか無垢っつーか。

ころころ走り回ったり、どこかに行こうとすると付いて来たがるとことか、ふたりして真っ直ぐ見上げてくる目とかね。


普段は澄ました賢そうな顔してるくせにさ、心から嬉しそうに笑うから、こっちはとんでもなく幸せな気分になるんだぁ。


あと、寝てる時の顔とかなにもう、ほっぺたとかふわふわで甘そうなの、食べちゃいたいって何度思ったか……ていうか何回か食べたよね、実際……」


「……ユウヤ……そのくらいにして朝食にしましょう?」


いつまで経ってもやって来ないユウヤとクロノを呼びに来たサヤが、中庭の端の方で呆れたという風情で立っていた。



全員が揃って食卓に着いたものの、昨夜とは明らかに様子が違っている。


「アメっ子ちゃん、なんでそんな遠くにいるのかい? お父さんと一緒に食べよ……え、何その顔」

「ユウヤ気持ち悪い……」

「えええ? なんでぇ?」

「声が大き過ぎるわ、ユウヤ」

「あら、聞こえてた?」


溢れちゃうんだからしょうがないよねと勢いよく立ち上がり、アメリを追い掛け回し始める。





これでもかという絶妙な間合いでサヤの一喝が出るまで、きゃあきゃあと子どものようにふたりは走り回っていた。











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