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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
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お父さんはつらいよ。






「……っもー! ホント腹立つ! ユウヤどっか行って!」


ぶうたれた顔で、それでもふたりの後ろにぴったり付いて回り、何をしても何を言っても嫌そうな態度を全面に押し出し、文句を垂れ流すユウヤを振り返って、アメリはとうとう我慢の限界がきて大きな声を張り上げた。


「嫌だ! 離れないからな、バーカ!」

「はぁ? 何言ってんの?!」


呆れてどうしていいか分からずに、サヤの方を見て助けを求める。


サヤはくすくす笑いながらも、助ける気は無いと首を横に振っている。


中途半端に手を出したりしない主義をこんな所で貫かなくてもいいのにとアメリは額に手をやった。

隣の人を見上げる。


「なんか……ごめんなさい」

「いや……楽しいよ」

「えええ? なにが?」


クロノは指の背でアメリの頬をするりと撫でて、口の端を持ち上げた。


「はいはいごめんなさいよー」


わざわざふたりの間を割って入って、ユウヤは前を行くサヤの肩を抱いた。


「ちょっと奥さんアレどう思います? やあねー?」


こそこそと話し合っている両親にアメリは分かり易く顔をしかめる。


「本当に……ごめんなさい」

「謝る必要はない……もっと辛辣かと覚悟していたから、少し肩透かしを食らった気分だ」

「ん? なんで?」

「かわいい我が娘がいつの間にか、どこの畑で採れたとも知れない夫を連れてくればな」

「畑って……まぁ、そうだとしても……かわいい娘が連れてきた人に嫌な態度を取らないで欲しいんですけど!」


後半はユウヤに向けて言葉を投げかける。

そのユウヤはそのままむぎゅうとサヤに抱き付いていて、とんとんと背中を叩かれている。


鼻をすするような音が聞こえてきて、アメリはため息を吐き出した。


「……そうだ、ユウヤ。ザムダさんの所に、グレンとキースを連れて行って欲しいんだけど……」


この場をなんとかしたくて、とりあえずユウヤをどこかに行かせようとアメリは提案する。


「……なに、誰それ」

「馬だよ、私とクロノの……外にいるんでしょ?」

「ああ……すぐそこに」


ユウヤは駄々っ子のようにサヤに纏わり付いてぐずぐず鼻を鳴らしている。


「ヤダ……遠いメンドくさい」


息を鋭く吐き出して、アメリは再度しっかりとクロノの手を握り直す。


「面倒なのはユウヤの方じゃない……もういい、行こう、クロノ」


建物の影になった通路から中庭を歩き出すふたりの背中に、慌てたようにユウヤの声がかかる。


「ちょ! 待った! どこ行くの?」

「帰る!」

「帰るって……今帰ったばっかりなのに、どこに……」

「城都に帰る! ユウヤなんか知らない!」

「いやいやちょっと……なんでそうなるの?」

「……は? なんでそうなるの? なんでそうなるのって言ったの?」

「アメリッサ、ユウヤも……もういい加減にしたら?……クロノさんが困っているわよ?」


いつもより低いサヤの声にユウヤとアメリは居住まいを正した。

これ以上サヤの声が低くなるのをどうしても避けたいふたりは、無言のままに示し合わせる。

そろりとサヤの方を振り返って、親子三人とも同じような笑顔を互いに見せ合う。


さっきまでの険悪な空気は無かったかのように、一瞬にして和やかで穏やかなものに変わった。


むしろこの変わり様の方にクロノは困惑する。


にこにこと笑顔を振りまくサヤの声は透き通り、建物に反響して、不思議とよく、とてもよく聞こえる。


「ユウヤは馬を預けに行ってくれる?」

「わかった!」

「アメリッサは私の手伝いを」

「がんばります!」

「クロノさんは……」

「……一緒に馬を連れて行っても?」

「ええ、もちろんです……ユウヤ、案内をよろしくね?」

「う……ぐ……うん……行くぞ!」


身を屈めて口付けをしようとしているクロノを上手に邪魔して、ユウヤは石のアーチに向けて歩き出した。

苦笑いでその後をクロノは追って行く。



「アメリは何が食べたい?」

「サヤのご飯なら何でも!」


ふたりの背中を見送って、アメリはサヤの元に駆け寄っていく。





サザラテラの町はきれいに整えられた印象を受ける。


どの家も白い壁、屋根は平たくて、四角い形をしている。建物や部屋ごとに別の用途で使われる様式で、コの字やロの字で配置されて庭を囲むように建っているので、一目で中の様子は窺い知れない。


景色が整然として見えるのも、白く四角い箱のような形が真っ直ぐな道に並んでいるからだった。



アメリの馬を引きながら先を歩くユウヤは、振り返りもせずに突然 話し始めた。


「ハイランダーズか?」


先ほどまでの嬉しくて仕様がない感じは微塵もない。


「ええ……そんなに解りやすいですか?」

「いや……知り合いが似た雰囲気だから」


エイドリクの事かとすぐに思い当たったが、同時にアメリから内緒にと言われていたのを思い出して口をつぐんだ。


「だからザムダの所か……」

「その方は?」

「ここのハイランダーズ」

「なるほど」


道中どこへ行っても先ずその地の詰所に立ち寄っては様子を見ていたので、アメリはそこを汲んでくれたのかと、クロノは口の端を持ち上げる。


「……あの子とはどうやって……なんでこんなことになったんだ?」

「アメリの旅の途中で……いえ、もう最後のほうですね、出会ったのは……話をしても?」

「ああ……頼む、この先で」


家の並ぶ通りの小さな路地、というよりは家と家の隙間のような細い通路を複雑に曲がって抜けると、なだらかな新緑の丘が連なる場所に出た。


丘の間をゆるりと川が横たわる。


馬を丘に向けて放すと、ユウヤは川の見える木陰に腰を下ろした。


クロノもそれに倣って並ぶようにして腰を下ろす。



アメリと出会ってからどう過ごしたかを、クロノは順を追って話をした。

なるべく私見は交えないように、目にした事実だけを言葉にする。


一時はクロノがユウヤの役目を引き継ぎ、姫様とネルの元まで共に行ったこと、命を落としたアメリが姫様の力で息を吹き返したこと。


役目やこの世界について、不出であるべき話の一端を聞き、知ったこと。


どうにも職務上の報告のようになってしまい、クロノは自分の『下手くそ』ぶりが気になって仕様がない。


ユウヤは口を挟まず、川の流れや遠くの丘を見ながら、最後まで話をただ聞いていた。

言葉になっていない大声を張り上げ、長く見える両腕と両足をぐんと伸ばして、そのままの勢いで真っ直ぐうつ伏せに寝転がった。


「あー惚れるわ! そりゃ惚れる!……くっそ! 俺が女だったら間違いないもの! イチコロだもの!!」


突然のことにどう対応していいのか、クロノは笑って噴き出しそうになるのだけは何とか堪えた。


ユウヤはごろりと横向きに寝返って、地面に頬杖を突いてクロノを見上げる。


「……いえ、惚れているのは私の方です」

「……ムカつく」

「生涯をかけて口説き落とし続けるつもりです」

「いちいち……ていうか、俺にまで格好つけるの止めてくれない?」

「いや……そんなつもりは」

「……くはー……なに天然? 無意識? 人たらし?」


我慢しきれず噴き出した息をなんとか拳で押さえようとしても、もう遅かった。

散々、頑固だ高圧的だ、下手くそだヘタレだと周りに言われてきて、人たらしは初めて自分に向けられた形容だった。


大体、人たらしとはハルのような柔和な人間の為の言葉ではないのか。


「くっ……そんな事、初めて言われました」


うわぁ、と驚いたように思わず声を漏らしたユウヤを間違いなく親子だなと思って、クロノはまた可笑しくなる。


「年下なのにこの落ち着き……憎たらしい」

「申し訳ない……」


国の秘密に関わる事なので、戴名していることも、本当は随分と年上であることも言えない。

そこを含めて侘びを入れると、ユウヤは長い長いため息を吐き出して、それを勢いに立ち上がる。


「アメリの言う通り、無理も何もない、あの子はあんたを選んで受け入れた……それは解った……なら、お願いだからあんたはなるべく間違えないようにしてくれ」

「もちろん。違えないよう、最善を尽くします」

「あの子が何もかも捨てたくなくなるように」

「……はい」


くるりと向きを変えてとぼとぼと歩き出した背中を追って、クロノは立ち上がる。


馬を呼び寄せて二頭の手綱を手に付いて歩いた。





家とは真逆にあるこの町の端にハイランダーズの詰め所がある。


町の入り口のそこは商店と宿がいくつかあるだけ、決して賑やかとは言えないような場所で、だがこここそがこのサザラテラの中心の場所だった。


どの地の詰め所でも、大体いつでも入り口の扉は開け放たれたままになっている。

ここも例外なく扉は開かれており、戸口からユウヤが奥に向かって声をかけると、ここの長であるザムダが返事をしながら奥の部屋から顔を出した。


「なんだ、ユウヤか……どうした?」

「馬を預かってくれないか?」

「構わんが、わざわざここまで連れてこなくても……そちらは?」

「あんたんとこのお偉いさんだよ……だからわざわざ端まで来たの」


クロノの身形やグレンの装備をみてすぐに納得したのか、ザムダはクロノに手を差し出した。握り返してお互いに軽く自己紹介する。


クロノが名乗っただけで察したのか、ザムダは目玉がこぼれ落ちそうな程に瞼を持ち上げ、目を見開いている。


「何でまた、貴方のような方がこんな田舎町に! 何があったっていうんです?!」

「はあ? なに、あんたそんなに偉い人なの?」

「偉いも何も、知らないのか、ユウヤは!」

白金(しろがね)だっていうのは見りゃ分かるよ」

「この方はその頂点だよ!」

「……は?! マジか?! 聞いてないぞ、そんな話は!!」

「申し訳ない、言いそびれた……」

「なんだ、あんた! なんで!!……ーーまぁ、いい、この話は後にしよう……とにかくザムダ、この人の馬と、アメリの馬を」

「アメリ?! アメリッサが帰ったのか?!」


迂闊にも口を滑らしたことにユウヤは舌打ちをする。

確実に今日中にはアメリが帰ったと知れ渡って、周りが騒がしくなる。

しばらくこっそり静かにしていよう、なんなら誰にも知られないようにと思っていたのに、自分のせいで台無しになってしまった。


「……ああそうだよ。いいか、頼むからそっとしといてくれ? しばらくは誰にも何も」


北の方角を向いて膝を地面に落とし、手を合わせ指を組んで、祈りの言葉を神に捧げている。

礼を尽くしているザムダにユウヤの言葉は届いていないようだった。


アメリからこの地の人は皆 信心深いと聞いていたが、思った以上だとクロノは認識を改める。


「ザムダ! 話を聞け!……いいか、特に若い連中には喋るなよ?!」


分かったと軽く返すザムダに、苛立たし気に唸り声を上げている。


クロノも若い連中と聞いて、どんな事態が起こるのか、何となく予測が付いて眉をしかめる。


「私からもお願いしよう、くれぐれもよろしく頼む」


アメリの言う威圧感を意識して纏わりつかせて歩み寄ると、さすがにザムダも顔色を変えて神妙に頷いた。


「その……総長殿がここにおいでになったのと、アメリが帰ったことと関係が?」


それだと便乗してユウヤもザムダに歩み寄る。


「そうそう、うちのアメちゃん、この人の奥さんになったから、そこんとこ良く考えて」


今度こぼれそうな程目を見開いたのは、クロノの方だった。方便だろうとは分かっても、こんなにすんなりと受け入れられたような言葉に、驚いて声が出ない。


ユウヤがばしっとクロノの背中を叩いた。


気を取り直してザムダに大仰に頷いてみせる。


「その通りだ……期待する」

「は……はい、了解です」





気性や体調を説明して馬を預けると、早々に詰め所から引き揚げて帰宅の一途を辿る。


行き道以上にぎくしゃくとした雰囲気で、微妙な距離感を保ちながら、クロノはユウヤの後を付いて歩いた。


途中いきなり足を止めたユウヤの横に並んで様子を伺う。


「どうしました?」

「……また面倒なのが」


ユウヤの目線の先に、にやにやと笑みを貼り付けた若者が、こちらに向かって歩いて来ているのが見える。


「何代も前に、ちょこっとだけ融資をしてもらった商会の小倅……てめぇは何もしてないくせに、いつまでも恩着せがましいんだ、親子揃って……アレはアレで親のスネかじり倒してどうしようもないクソガキ。小者だよ……すんげー小者。ああ、もう、めんどくせーなぁ……」


説明の間にもどんどん距離は縮まって、相手はやはりユウヤに用があるのか、真っ直ぐこちらに向かって来ている。


ユウヤの眉間にしわが寄っているのを横目に見て、自分も同じようにしわが寄っているとクロノは額を指で揉んだ。


「ユウヤ! 探したよ!」

「なんだ、何の用だ?」


あからさまに嫌そうな態度を取っているのに、その若者のにやにや笑いは治らず、ひとつとしてわきまえないように見えた。


クロノをちらりと見やるとユウヤに向かって首を傾げる。


「アメリッサが帰ったって?」

「……どこで聞いた?」

「ウチの出入りの商人が、隣町でアメリを見掛けたとか言ってたが……本当なんだな?」


大きく舌打ちをして、気持ちが良いほどすっぱりと悪態を垂れた。


ここも似た者親子だなとクロノは妙に感心する。


「だったらなんだ……長旅で疲れてるから邪魔すんな……ていうか、お前 嫌われてんだから顔も見せんなよ」

「なんだよ、そう邪険にしないでくれよ。あんたよく俺にそんな態度とれるよな?」

「お前こそいつの話をいつまでする気だしつこいな……俺もお前もなんの貸し借りも無いだろ」



それにしても、とクロノは相手を見る。

確かにユウヤの言う通り、面倒そうな小者に見えた。この態度でこの調子で、何をどう動かせると思っているのか、何が出来る気でいるのか。

初対面で判断するのもどうかと思うが、どうにも頭の悪さしか見えてこない。





ははと軽薄そうな笑いをひとつ上げると、今度は反対向きに首を傾げる。


「つれないなぁ、将来の息子に……お父さん」


ユウヤはこれでもかと息を吸い込んで、地の震えるような野太い声を張り上げる。





「お前に父と呼ばれる筋合いはない!!!!」










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