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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
エルカ サザラテラ
43/80

いやいやいやいや。






新章の始まりでございます。



よろしくお願いいたします。




では、





どうぞ。














城都の屋敷はまだ冬が根気強く居座っていた。


日陰に積まれた雪山は形を変えずにそのまま、目には分からない微妙な加減で、ほんの少しずつしか小さくならない。

それでも日向はようやく地面が顔をのぞかせるようになってきた。

吹雪いてもそれは一時のことで、一晩中という日はなくなった。

水分の多い塊の襲撃を避けるために、誰も木の側や軒下には近寄らなくなった、そんな頃。


急遽 思い立ったアメリの里帰りの申し出に、クロノは一緒にと即答する。

仕事が忙しいだろうからひとりで帰ると遠慮していたアメリの目の前で、その場にいたアルウィンに仕事をほぼ丸投げする荒業を繰り出して、半ば強引にクロノが里帰りに同行することが決定した。




道中でアメリは普段に増して楽し気に語る時と、何ごとかを思い出しているのか無口で、どこか今ではない時を見ているような顔をする時とを交互に繰り返していた。

そんな彼女の側で常に寄り添えていること、特に最重要事項である余計な邪魔が入らないことに、満たされていく想いをクロノは存分に味わった。



ひとつ街を抜け、ひとつ丘を越えるほど緑が増えて、ちらほらと花の咲いているのも見える。

優しい日差しと冷たさが緩んだ風の中を、ふたりは馬で駆けている。


街道を使えば半月はかかる距離だが、先にある楽しみを思って足は早まる。

ハイランダーズの開拓した道を通り、旅慣れたふたりの移動というのも手伝って、城都を出てから七日目にこの場所までたどり着くことができた。



城都より南西に位置し、この国の西端のさらに端にあるサザラテラ地区。


小さなサザラテラの町並みを見下ろせる丘に上がり、そこでアメリは馬を下りた。


「ここから歩いてもいい?」

「うん?」

「姫様と……歩いて出て行ったから。何となくだけど、歩いて帰りたい」

「ああ……もちろん構わない」

「クロノはここに来たことがある?」

「いや、サザラテラは初めてだ……きれいだな」


アメリは丘の上から見渡せる、白で統一された、積み木のように四角い家々の並ぶ、その端の方を指差した。


「あの辺に家がある……町の入り口を通らずに、このまま丘を下った方が早いから」

「そうしよう」


外套と襟巻きを取って、今朝ぶりに見たアメリの頬に隙をついて口付けをする。


「もう! やだ!」


アメリの分かりやすいご立腹も可愛いだけだとクロノは口の片方を持ち上げる。

ここ最近、口付けの回数が増し過ぎだと注意が訓戒の度合いにまで達していても、クロノはどうやって隙を掻い潜るかに神経を注ぎ、控えようという気は無いに等しい。


「さあ、行こうか」


むっと眉間の幅が狭くなったアメリの手を取って、反対の手に握った手綱の先にいる二頭に合図をし、両方が大人しく付いてくるのを確認すると、クロノは丘を下り始めた。



町を迂回するように進む。



長い下りが終わって、次に小さな丘を登り始めた時、アメリはその歩みを止めた。


「クロノ……ちょっとここで待ってて」


早口に小声で言うと、口の前に人差し指を立てた。それから丘の上にひょろりと生えている木にその指を向ける。


弓使いのアメリは相当に目が効く。


クロノは目を眇めて確認しようとしたが、アメリが何を見付けて指をさしているのか分からなかった。

何だと声を立てずに表情で訴えてみても、返ってくるのは悪巧みを思い付いた子どものような笑顔だった。


両手でここにいろと示すと、アメリは腰の後ろで佩いている剣を鞘ごと外して手に持ち、姿勢を低くしてそろりそろりと丘を登り始めた。




上手い具合に風下にいることに、アメリは笑い声を漏らしそうになる。

唇をきっと結んで堪えるのに専念する。

草を踏む音をこれ以上大きくしないようにと慎重に足を運んだ。


喉が詰まって目の周りが熱を持つ。

気を取り直そうと静かに深呼吸して、込み上げてくるものをその辺りに散らすように首を振る。



いつものように腕を枕に、足を組んで寝転んでいる姿を目指して、少しずつ近づいていく。



あまり慎重になり過ぎて気付かれては台無しだから、最後は早足に一気に間を詰めて、鞘の先で寝転ぶその人の太腿を軽く叩いた。


「ユウヤ! 時間!」


ごろりと寝返ってひとつ唸り声を上げたユウヤの腿を、笑い声を漏らしながらアメリはびしびしと叩き続けた。

ここにいる間に毎日のように続けていた、いつもと同じに。




「……これは……夢かな」


顔を覆った腕の下から情けない声が聞こえてくる。


「……夢にしては痛いと思わない?」

「ダメ……お父ちゃん腰が抜けて起き上がれない」


伸びてきた腕をアメリは両手で掴んで引っ張って、ユウヤを起き上がらせる。


ぼろぼろと涙が伝うユウヤの頬を、アメリは服の袖でごしごし拭った。


「……びっくりした?」

「……し過ぎて、吐きそうなんだけど、俺……」

「……ただいま、ユウヤ」


ひと息に立ち上がったユウヤは、今度はしゃがみ込んでいたアメリの手を引いて立ち上がらせると、ぎゅうと抱き付いた。


「おかえり!俺のかわい子ちゃん!!」


ユウヤは少し腰を落として軽々とアメリを抱き上げ、丘を一直線に走り下って、きゃあきゃあと子どものように一緒に笑いながら、そのまま家の中庭に続くアーチをくぐった。




ご近所なんていないが、あれば向こう三軒両隣から人が飛び出してきそうな大声で、先代とサヤを呼んでいる。


サヤを役目ではなく親からもらった本当の名を呼んでいるあたり、ユウヤもここまで走って戻る間に配慮をぽろぽろ落としてきたのかとアメリは笑った。


木登りで幹にしがみつくような格好でいたから、地面に下りようと足を解くと、さらに持ち上げられて高い位置に抱え上げられる。


「じゃなくて、下ろしてって、ユウヤ」

「ヤダヤダ! 離したくないもんね!!」


アメリのお腹にユウヤは顔を押し付けて、昔、まだ小さな頃によくしていたように思いきり息を吹き付ける。

ぶるぶる小刻みに震えるのがくすぐったくて、アメリは身を捩ってケンカ中の猫の鳴き声を上げる。


どすっと後ろから受けた衝撃に、アメリが振り返ると、下の方にハシバミ色の頭が見えた。


「ただいま、サヤ!」


息をするのがやっと、声なんて出そうにない様子を見て、アメリはサヤの頭にそっと手を置いた。

何だか逆な気がすると笑いを漏らすと、サヤはユウヤごとぎゅうとアメリを抱きしめる。


お腹と背中と熱くて湿ったような息がかかって、アメリはもぞもぞと体を動かす。


「いや、ホント。下ろしてユウヤ……サヤの顔が見たいから」


ずるずると下ろされて、地面の感触を足の裏で感じてひと息ついた。


サヤと向かい合ってさっきとは逆の袖で顔を拭う。


「……サヤ、背が縮んだ?」


ここを出る前は変わらなかった背の高さが、今では頭ひとつ分 高くなっている。顔を傾けて、アメリはサヤの顔を覗き込む。


落ち着いてきていたサヤが、また顔をくしゃりと歪めて、ぼろぼろと涙を零し始めた。

うっすらとそばかすが浮かんでいる上を大粒の涙が何度も滑り落ちていく。


「……わぁ、俺のサヤ、最高カワイイ……こっちへおいで!!」


両腕を広げたユウヤを見向きもせず、サヤはアメリに抱き付いて、小さく唸り声を上げ始めた。

そっと抱きしめ返す。


「お腹が空いた……サヤのご飯が食べたいな」


何度も頷いて、息を整えようと深い呼吸を繰り返した。数回で落ち着いて、自分で涙を拭って顔を上げる。

いつも通りのサヤの笑顔はふわりとした春の日差しに似ている。


「……お帰りなさい、アメリッサ……ごちそうをたくさん作るね……手伝ってくれる?」

「うん、もちろん!」



ゆっくりとした小さな足音がして、サヤの後ろから手が伸びてくる。


「アメリッサか……」

「先代! ただ今戻りました」


節くれだったしわだらけの手がふらふらと伸ばされて、アメリはそれを両手でぎゅうと掴んだ。


「お迎えはまだまだ先と思っておったが」

「私はお迎えじゃありません。まだずっと先まで待ってて下さい?……役目を、終えることが出来たので……帰ってまいりました」

「そうか……うん。……よくやった、ご苦労だったな」


右手の矍鑠(かくしゃく)も、左手の威厳も最初から無いみたいに、今はただの好々爺のような顔で頷いている。


先代こそすっかり体が縮んでしまったように見えて、アメリはきゅっと唇を引き結んで、口の端を持ち上げる。




白い石の敷き詰まった中庭も、周りを囲むように並んでいる我が家も、何だか小さく見えるのは、きっと今 自分がとんでもなく大きなお屋敷に住んでいるせいだと周りを見回した。


ここを出る前に二度と戻ってくることは無いと思っていた場所に、心の中でただいまと声を上げる。


無くなってはいない、自分の目で見て、地面を足で踏んで、ここの空気を吸い込み、陽の光を頬で受け止めて、今も変わらずにあったんだとそう思えた。

形のない思い出になっていたものが少しずつ形を取り戻していくのがわかる。


何度もユウヤに寝転がされた石の中庭も、稽古で熱くなった体をネルと並んで冷やした石の壁も、反対に温かいサヤのいる部屋の中も。


あの頃感じていた何もかも、ここに置いて行った全部がアメリの中に戻ってくる。





「えぇー……と? アメっ子ちゃん?……あそこにいる、ごりごりの武人っぽい人は誰かな?」


中庭の出入り口を振り返ると、所存無げに、それでもいつもの優しい笑顔のクロノが、アーチの石柱に寄りかかって立っていた。


「あ……忘れてた」

「なに? アメリの知り合い? ちょっと今お取り込み中だから。手合わせも出来ないし、これ以上 弟子を増やす気もないから」


悪いけどと言いながらあっち行けと振っているユウヤの手を、アメリがびしりと叩いた。


クロノの元に駆け寄って、手を引いて中庭の真ん中まで戻ってくる。



何となく事態を察した複雑そうな顔がふたつと、明らかに気を悪くした顔がひとつ並んでいる。


「えっと……この人、クロノ……クローディオス ノアさんね……私、この人の妻になりました」


きゅっと手を握り返されて、アメリはクロノを見上げる。


クロノが初めましてと丁寧に挨拶し、自己紹介を始めようと口を開きかけると、ユウヤが強引に割って入る。


「えぇぇぇ? いやいやいやいやいや……むりむり、むりだわぁ」


アメリからふと表情が無くなって、今までより数段低い声が漏れて出る。


「ていうか無理も何も無いし」

「いやいやいやいや」

「いやいや言われても……」

「いやいやいやいやいや」

「は?……ユウヤ?」



見兼ねたサヤが苦笑いしながら放っておきましょうと案内を始めても、しばらくユウヤはいやいやとそれしか口にしない。




それでもぴったりとふたりの後ろを付いて回る。
















新章はアメちゃん帰郷編、これより開幕でございます。









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