教えて! ハル先生!!
幕間になります。
ささっと読めるよう、短かめで、会話を多くしております。
楽しんで頂けますよう。
では、どうぞ。
第二大隊は、ハルが大隊長を任されており、馬術に特化された部隊。
いくら凄まじい剣の使い手だろうと、弓の名手であろうと、馬上で武器を扱えなくてはお話にならない。
また、ハルのように思いのままに馬を走らせることは、どんなことにも必要で不可欠でもある。
人数こそ他の隊に比べて少ないが、そこは隊長の人柄なのか、隊舎が同じこともあってか、第三と第四隊から常に人がやって来て、いつも楽しそうで賑やか。
この第二から第四大隊がハイランダーズをハイランダーズたらしめる、言わば顔のような存在だ。
アメリはその賑やかな厩舎で馬の世話を手伝いながら、ふと思い立ってハルに質問を始めた。
ハルは今までにどのくらいの女の人と付き合ったのか。
スエルにブラシをあてて毛並みを整えながら、その向こう側で干し草を均して寝床を作っているハルを覗いた。
質問に答えたのは、周りにいる騎士たちだ。
曰く同時に複数だったので数えるのは困難だ、とか、最初の100人までは面白がって数えたがもう止めた、それも大昔に、などいくらでも話が出てくる。
周りで好き放題 言っている騎士たちの軽口に、ハルはにこにこと笑っている。
その女の人たちのことは全員好きだったのか。
聞くと、今度はハルがもちろんと即答した。
「ねえ、ハル……好きってなに?」
「ああ……それ、僕に聞いちゃう? いいよ……教えてあげる」
道具を部下に放り投げて、アメリが持つブラシも周りの部下にぽいと投げ渡す。
ハルはアメリの手を取って、ダンスを踊るようにくるりと回して方向を変え、最上級に恭しく扱って厩舎の出口を目指す。
背中から総長に気を付けろとか、死ぬ前には自分を隊長に推してからにしてくれと大声を出されて、ハルは部下たちに片目を閉じて返事をした。
厩舎近くの石造りの建物は、第二、第三、第四隊の詰所になっている。
全員集まればかなりの大所帯になるが、今の時間はほとんどが出払っていて、ひと気は無い。
食堂のある広い場所ではなくて、二階の隊長格の部屋が集まっている場所にアメリは案内されて、その中のひとつに通される。
一番良さそうな椅子に座らされて待っていると、ハルが隣の部屋からお茶の入ったカップを持ってきてアメリに手渡した。
「で、さっきの話の続きなんだけど」
「ねぇ、その前に。閉めないの?」
アメリは部屋の外、廊下に通じる扉の方に目を向ける。隣の部屋に通じる扉は気にならないが、出入り口からは冷気が流れ込んできて、さっきからどんどん部屋の空気が入れ替わって冷えている。
「いや、さすがに総長の奥方様と同じ部屋にいるのに、閉めてちゃまずいでしょ」
「そういうもんなの? じゃあ、がまんする」
アメリはお茶の入った器を両手に持ってそこから暖を取った。
「そうか、ごめんね。寒いよね」
ハルが壁際の長椅子から毛布を取り上げて、そこに顔を近付ける。誰のか分からないけど、まぁ、臭くは無いから大丈夫だよと、アメリの膝に広げてふわりと乗せた。
「好きってなに……ねぇ?」
ハルはアメリの向かい側に椅子を置いて腰掛けた。足を組んでその上にさも悩まし気に頬杖を突く。
「アメリは総長のこと好きなんだよね?」
「は? 当たり前でしょ、何言ってんの?」
素っ気なく言ってお茶をすするアメリ。
「当たり前かぁぁ……ふぅぅぅぅん……でもさ、みんなの前であんな聞き方したら、アメリは総長のことどう思ってんのかって、変に勘違いされるよ?」
「え? だってハルの好きの話を聞いてたのに?」
「んー、まぁそうだけどさ」
「あれ? もしかして……だからここまで連れて来てくれたの?」
「だってあのまま続けられないでしょ」
「あ、なんか……ありがと」
どういたしましてとハルはお茶に口を付けて微笑んだ。
「僕の好きの話なんて参考にならないと思うけど?」
「あ、自覚はあるんだ」
「まあね」
「でも……いろんな形の好きを知ってるでしょ?」
「うーん……どうだろ……なにか、不安なの? 総長のこと?」
「ああ……逆だよ……私が総長を不安にしてるかなって」
「え、何その俄然 楽しそうな話」
ハルは椅子を揺らす勢いで前のめりの姿勢になる。
「私、好きの種類が少ない気がするんだけど」
「種類?」
「うーん、家族とか、友達として、とかの種類」
「総長はどこの種類に入ってるの?」
「……それが、どこにも入ってないから、なんかごめんってなってる」
「あー……はは……男として見てない……の?」
「ううううん……そこなんだけど、そもそも男としてってナニ?」
「う……そこからかぁ……そうだね、恋愛対象、恋人や夫に出来るかどうか……ってことになるのかな? 一般的に」
「そういうのは、分かる。けど……えっと、私、今まで男の人をそんな風に考えたことが無いから」
「そうか……アメリにとって、男ってなに? どういうもんなの?」
「道端でいきなり愛を叫び、酔っては大声で求婚をし、俺の女になれと絡んできたり、話のついでに恋人になれと迫ってくる面倒な人」
「おっと……それは僕も含まれてるね」
「うん。今のは嫌味で言ったから」
「ふふふ……かわいいね、アメリは」
「うん、よく言われる」
お互いに鏡でも見たようににっこりの見本の顔で笑い合う。
ハルは前のめりの姿勢を解いて、背もたれに体を預けた。
「……大変だったみたいだね……男に良い印象が無いのはよく分かったよ」
「もう、うんっ………………ざりっ!!」
「よく嫌いにならないでくれたもんだね」
「……良い人がいるのも、知ってるから」
「そうだね……ねぇ、総長はどうしてアメリのその『うんざりする男たち』の中に入らなかったの?」
アメリは天井を見上げて、椅子の上に足を上げて膝を抱える。
「……そういうの全部、なかったから……かな」
「いきなり愛を叫んだり?」
「うん……初めて会った時……そうだ……弓の腕前を褒めてくれたんだった」
「くっ……そうだったんだ……じゃあ、その時に他の男とは違うって思ったんだね?」
「……今 気が付いた」
「ふはっ!……気が付いて良かった……良いんじゃない? 今ある好きの種類の中に、無理に総長を入れなくても」
「そう……なのかな?」
「良いと思うけどね、それで」
「でもなんか、クロノに悪いなぁって……」
「ごめん、話 変わるけど、総長はアメリのことをさ、好きだよ、愛してるよ、とか言うでしょ?」
「……言わない。し……言われたくない……聞いたら嘘だって思っちゃうんだよね、道端で散々言われてきたから」
「あ、言われたくないんだ?」
「言わなくても、分かるし」
「ちゃんと伝わってる?」
「大事にされてるし、好かれてるんだろうなぁって……」
「ならさ、何も悩むことなくない? お互い好き同士ってことで、アメリが気に病む必要なし!!」
「ぅぅぅぅん……そうなのかな?」
「あの人がさぁ、アメリが好きで好きで堪んなくて、どこまでだって追いかけてくのは、もう変わらないよ? だから、アメリが嫌じゃないうちはそうさせてあげてよ」
「……ていうか、クロノが私を要らなくなるまでは、だね」
ハルがいつか感じたアメリへの小さな不安は、今もまだ消えない。
時折 見る嘘くさい綺麗な笑顔もまだ減らない。
それでもアメリなりに、面倒だと言い切った男について、可愛らしくも悩んでくれた。
ハルは思ったことを素直に言葉に乗せる。
「……アメリがそんな風に考えてくれて、すごく嬉しい。うちの総長をよろしくね」
「んーでも、いいのかな、こんなんで」
「アメリと帰ってきてからこっち、もう、気持ちが悪いくらいご機嫌だよ……今だって最っっっ高に機嫌が良いに決まってるね、絶対だよ!」
「……良いなら……良いか!」
「良いよ!!」
ばっちーんとお互いの両手を合わせて打ち鳴らす。ありがとうと笑って、来た時よりずいぶん気分が軽くなった顔でアメリはハルの部屋を出て行った。
アメリと自分が使ったカップを片付けようと、両方を持って隣の部屋に入る。
「ふっ……くっ……あはははははは!! 顔が真っ赤っか!!」
「……黙れ」
「良かったねぇ? 『下手くそ』が功を奏しまくってる!」
「……うるさい」
ばさりと紙の束を置いて、クロノはハルから真っ赤な顔を背けて窓の外を見た。
下を歩いているアメリの後ろ姿に、口の端が持ち上がるのを必死で堪えている。
「はいはい、いつまでも見てないで……やっぱり全然 進んでない。しっかりしてよ、もう」
ハルはにこにこ笑いながら机にある紙の束を、ついとクロノに押しやった。
「どうせ途中から資料なんてちっとも見てないんでしょ?なんなら今日はもう仕事自体無理かな?」
ハルを睨み上げるとクロノは無言で席を立ち、静かに部屋を出て行った。
ハルはその場で両手と両膝を突いて、床をばんばん叩きながら笑い声を上げる。
□□□ざっくりすぎる解説□□□
ハルエイクロイド先生は、第ニ大隊、大隊長。
馬術に特化し、戦場では最前線と本陣を繋ぐ伝令として動く部隊です。
ただ今 ものすごい平穏なので、もっぱら他隊に馬術を仕込んだり、お馬のお世話をしたり、主に遠く散らばる隊長格を繋ぐ連絡係をしています。
第二大隊、大が付くけど総勢20名以下。
小隊長はふたり。




