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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
城都の上の紺碧の
33/80

高不器用率。 ☆おまけつき








ひと月ほど経過しました。














冬の足並みが急激に早まって城都を包み覆った。



もう半月もすれば年が改まる。

少し前に待望の暖炉に火が入って、今では昼間の時間でも燃えている。

この間降った初雪は、寝て起きた時には足首まで埋まる程度積もった。

そこからは日中に雪が溶けて無くならないまま降ったり止んだりを繰り返して、日に日に雪は深くなり、手付かずの場所はアメリの膝上の高さまでになった。


朝起きると稽古の前にまず雪を横に寄せて、鍛錬場まで続く道を作る所から始まる。


綺麗に降り積もった雪の上をアメリは嬉々として走り回ったり、飛び込んで行ったり、果てには大勢で雪玉をぶつけ合う。雪と汗でびしょ濡れで屋敷に戻って、毎日のようにニーナに叱られていた。


奥方様教育も、日増しに高度になっていく。

アメリも侍女たちの熱の入り方が変わってきたのを感じる。戴名式の準備から、式の流れや女性の作法、所作、決まり事など、覚えなくてはいけない事が山積みになっている。




自分の部屋では暖炉は休みなく働いているが、今はその下の階、何もない広い部屋を使って、ダンスの練習をしていた。


アメリより少し背の高い侍女のベルが男性役としてリードする。

踵の高い靴と、必要以上に布の量が多いスカートを身に付けて動き回るのは、慣れないアメリには苦行に近い。

とはいえ、机の前にじっと座ってものを覚えるよりも、体を動かしている方が楽しい。

度々 起こる失敗にも、侍女たちと声を上げて笑いながら踊っていた。


「また踏んだ……! うう……ごめんなさい」


ベルの足を何度も思い切り踏み付けて、自分の出来なさと申し訳なさで床に転がるアメリ。


「床の掃除は頼んでないぞ?」


唸りながら転がっているとクロノの声が上から降ってくる。


「私にだって掃除ができるんだって、皆に見てもらってるだけだもん……」


床に寝転んだままふてくされた顔でアメリは憎まれ口を叩く。


「そんなやり方では、アメリに掃除は任せられないな」


差し出された手につかまると力強く引き上げられて、ふわりと浮かぶように立ち上がる。

クロノは恭しくアメリの手を取って、その甲に口付ける。


「一曲お相手をお願いできますか? 総長夫人」


アメリは嫌そうな顔を前面に押し出した。


「……仕事は?」

「息抜きくらいさせてくれ」


同じような顔をクロノも返す。

アメリは気を取り直してにこりと笑うと、裾をわずかに持ち上げて淑女の礼の形をとった。


「……丈夫そうな靴だから心置きなく踏めそうで、安心ですわね、総長様?」



しっかりと握られた手、体重を預けてもぐらついたりしなさそうな腕に、アメリは少し目を見張る。


「足元を見るな」


腰に添えられた手にぐっと力が入ってクロノに引き寄せられ、ふたりの腰は隙間なくぴったりとくっ付いていた。アメリは気持ちのけ反り気味になる。


「……背筋を真っ直ぐに、顔を上げて私を見ていろ」


にやりとクロノの口の端が持ち上がる。


「曲を」


壁際に座って大きな弦楽器を抱えているニーナが心得たと弦を弾いて弓を振る。


心地良い低音のゆったりとした曲が始まった。


「剣術と同じだと思え……相手の呼吸に合わせて」


クロノは分かり易く息を吸って吐いてみせた。

師から教えを受ける時も、戦う相手と向き合ってその出方を見る時も、確かに呼吸には気を配る。

アメリはクロノと息を合わせた。


すうと息を吸い込んで足を踏み出すクロノに合わせて足を引く。


途中で何度か足の運びを間違えて、その度に下を見るなと言われたが、最後までクロノの足は踏まなかった。

特にあれこれ難しく考えることもなく、クロノに引っ付いていき、押されれば引いただけ。

大きな失敗もなく曲が終わる。

腕から解放されて流れるように礼をした。


見ていたニーナもベルも手を叩いて喜んでいる。



アメリの眉が下がっているのを見て、クロノはふと息を漏らす。


「上手く出来て何故そんな顔をするんだ」

「だって、一回も足を踏まなかったから……」

「踏みたかったのか?」


ううんと唸って、解せない顔をしているアメリの頬をつるりと撫でた。


「歩幅だ」

「うん?」

「アメリの一歩は、女性にしては大きい……だから相手役が女性だと踏んでしまう」

「ええ? そんなこと?」

「足元を気にしているから歩幅が毎回違う」

「……そうか……」

「それから自分で動こうとし過ぎだな……私は楽で良いが」

「いいならいいでしょ……」


ぷくりと膨れたアメリの頬を摘んで空気を抜いた。


「もっと身をゆだねてもらえると嬉しい」


壁際のふたりに聞こえないような声で、クロノに耳元で囁かれ、アメリは眉をしかめて距離を取る。


「……まだ休憩するの? もう戻れば?」

「……曲を! ……間違えなくなるまでやるぞ?」


アメリの舌打ちと、小さな悪態は音楽でかき消される。

笑いながら手を取ると、クロノはアメリの腰を強く引き寄せた。




夕食が終わると、暖炉に追加の薪はくべられなくなる。


火は少しずつ小さくなっていくが、熾火でもその前に居れば充分な暖かさを保っている。


アメリは暖炉の前の床に座り込んで、ふくらはぎを揉んでいた。

足の先まで隠れるような長いスカートを着るのに、大変な思いまでして踵の高い靴を履く必要はあるんだろうかと考えながら。

ニーナにも誰にも聞けない、返ってくる答えは分かっている。必要に決まっているから履く、そのひと言だろう。

他人の足元まで、いったい誰が気にするというのか。この室内履きを履いていたって、きっと誰も気が付かないだろうに。

お腹がふくれて、暖かい場所。疲れも手伝ってアメリはふわふわと取り留めもないことを考えていた。


クロノとはあの後、結局日暮れまで特訓が続いた。ゆったりした曲から、その倍の速さの曲まで、これだけは覚えておくべきと言われたものは何となく踊れるようになった。


出来なかった事が出来るようになるのは楽しい。

今になってやっと疲れたのに思い至る程度には。



「……どうした、足が痛むのか?」


アメリのすぐ後ろで床に座ると、クロノはそのままアメリの腰に腕を巻き付けた。


「んーん……だるいだけ」


笑っている気配が後ろでして、首筋に口付けを落とされる。

音と感触でぞわりとしてアメリは身じろいだ。


「もじゃもじゃ……くすぐったい」

「こっちを向いて」


両肩を掴まれて押されたので、体ごと回ってクロノと向かい合わせになるように座り直した。


日中は髪を束ねているけど、寝る前には解いてしまうので、結局もじゃもじゃはどこかしらに当たってくすぐったくなる。

髪は耳に掛かる長さになったので、ずいぶんましになったけど、それでもこそばゆい。


クロノはアメリの足首を両手で握って、そのまま上に向かって揉んでいく。


「んあ゛あ゛……」

「何だその声は……痛いのか?」

「ちょうど良い……」

「そうか」


短く笑って嬉しそうに手を動かしている。


「靴が合って無いんじゃないのか?」


足の親指と小指の付け根の辺り、それから踵の皮がめくれてしまった。クロノはその事を言っていた。


「あんな靴履いたことないし……ていうか、あんなに踊らされると思ってなかったし」

「……お薬もお塗りしましょうか?」

「いいよ……どうせ明日には治ってるから」


戴名すると聞いた時にクロノから説明はされていた。

王と国に長く仕える為、時を止めた人は死ににくくなる。

病気になることはほとんど無い。傷ならひと晩である程度は塞がる。軽いケガなら二日もあれば完治する。内臓が潰れるか、頭と体が離れでもしない限り、なかなか死なない体になるらしい。


実際アメリの足の皮がめくれた部分は乾いて、薄く新しい皮膚が張っている。痛みも押さえたりしなければ感じない。

なんならこんなに丁寧に足を揉まれなくたって、明日には見事に回復している。

ただ今のだるさの為に揉んでいただけだった。


クロノだってそんな事は私よりも分かっているはずなのに、そう思いながらアメリはクロノの手元を見ていた。


「……辛くはないか?」

「うん? 気持ちいいよ?」

「……ここに来てからの話だ」

「ああ……全然。みんなとても良くしてくれるし」

「……そうか」


クロノは下を向いたままアメリを見ようとはしない。薄く笑って熱心に手を動かしている。


アメリは心の中で謝りながら、綺麗に笑顔を作る。まだ同じだけ返せないから。

だからせめて。


「平気……大丈夫。まだまだやれるね……」


クロノの側に居よう。

居るだけだけど。


「……そうか」

「……あ、でも寒いの辛い。特に朝」

「これからもっと寒くなるぞ?」

「あああ……やっぱり大丈夫じゃないかも……」

「あれだけ毎朝、雪で遊んでおいてか?」


クロノの手を掴むと、そのままアメリは立ち上がって、手を引いた。


「明日も遊ばないといけないから、もう寝よう」


立ち上がったクロノはアメリをぎゅうと抱きしめる。


やっぱり首筋に当たるもじゃもじゃがくすぐったい。




翌日、雪の降る中をグレゴールは荷物を抱えてやって来る。


今回は共を連れている。素朴な雰囲気の若い女性だった。ニコラの里の編み物職人だとグレゴールは簡単に説明する。


仮縫いの衣装ができたので、ここで一度試着をしろと、荷物をどさりと置いた。


「服を脱げ……その前に、総長殿には出て行ってもらおうか」

「……何?」


明らかに機嫌を悪くしてゆらりと立ち上がったクロノの背中をアメリは扉の方に押していく。

急いで机まで戻って紙の束を集めて、強引にクロノに渡した。


「自分の部屋で仕事して」


傷付いた! と分かり易く顔に貼り付けたクロノの脇腹をばしばし叩く。


「……だって、どんな衣装か、今見られたくないんだもん……だから……ね?」


アメリはにこりと笑って見せて、これ以上ないくらい絶妙な角度で頭を傾け、これ以上ないくらい柔らかな声を出す。


何も言えなくなったクロノが赤くなった顔をごまかしながら部屋を出る。


部屋を出てしばし。

何事も無かったように荷を解いていたグレゴールがぽつりとこぼす。


「……ちょろいな」

「……でしょ?」


ニーナとニコラが笑いを必死で堪えている中、共に付いて来た女性ひとりだけは状況についてこられずにぽかんとしていた。



仮縫いの衣装を着て、その丈の長さに、裾を持ち上げてアメリは眉を下げる。


「長過ぎじゃない?」

「その靴で歩き回る訳じゃないだろう?」


ニコラお手製の室内履きを見下ろした。


「靴が変わっても引きずりそうなんだけど……転ぶ。絶対に踏んで転ぶ」

「それよりも、だ」

「それよりって……」

「何故ここの布が余るんだ? ああ?」


グレゴールは腰の辺りの布を引っ張りながらアメリを睨んでいる。


「は?……べつに」

「別に? なんだ、別にいいと言いたいのか? 俺はシワの寄らない服を作ると約束したんだぞ、それなのにお前の方が体型を変えてきたら、こっちはどうしたらいい? 合わせろよ、服の方に。なんだ、メシもろくに食ってないのか? このままだとお前の腹に布を巻き付けてぎゅうぎゅうに縛って調節することになるからな? いいか、それが嫌ならこの前の体型に戻せ。これ以上細くするな、太り過ぎるな!」


食事の量は減ってない。

むしろ毎回大丈夫かと心配されるほど食べている。

ここ最近の雪遊びや、慣れない奥方教育で体を動かしているからじゃないのかと思い当たったが、それ以前の話も考えられる。


「えー? この前に測った時が太ってて、今、元に戻ってるのかもよ?」

「だったら何だ?」

「くく……なんでもなぁーい……わかった、気を付けとく」

「そんな生温いことだから体型が変わるんだ……おい、奥方じゃあてにならん。お前らがしっかりしろ」


結局ニーナたちに矛先が向いて、アメリは声を出して笑い出した。


「お前……俺の服を無様に着るのは許さないからな」

「わかった……完璧に着こなして見せるから」


にやりと笑い返すと、グレゴールはふんと鼻息で返事をする。



最高の仕事をしてくれるのなら、最高の状態に持っていくことで返したい。





心意気だけは表したアメリに、何とか落ち着きを取り戻したグレゴールは試着を再開した。






















おまけの六翼ちゃん。





『雪遊び』





広場に集めた雪は水を撒きながら日々踏み固められて積まれ、人の背丈の倍以上になっている。

毎朝休まず続けられる除雪と雪山作りの重労働で、騎士団員たちがなぜ屈強で我慢強いかがなんとなくアメリにも分かる。


天辺を目指してハルとアメリはその山を登った。


「……で、氷室に入れる為の雪だから、固く締めないといけないってわけ」

「へぇ……なるほどね」

「よしっと……さぁ乗って、アメリ。足で速さを調節し……ちょっと待って!!」


ハイランダーズ特製のソリは勢いよく急角度を滑って下りて、止まらないままずいぶん先の雪の壁にぶつかって、乗っていたアメリを空中に放り投げた。

着地点がいくら柔らかい雪の上でも、見ていた団員たちの笑顔が引きつり、青ざめる。


「……いや、おい! これヤバいって!」


人の形に開いた穴に慌てて走り寄る途中で、大きな笑い声を上げながら、雪にまみれてひょっこりアメリが顔を出す。


「びっくりした! おもしろ!」

「……びっくりしたのはこっちですって!」

「もう一回、いってみよー!!」

「いや、マジ気を付けて、奥方様!!」


山の天辺ではハルがしゃがみ込んで腹を抱えて笑っている。



賑やかな外を見ながら、クロノはさっさと仕事を片付けなければと机に向き直る。











その後、速攻で仕事を終わらせて、アメちゃんのダンスレッスンに乱入するクロノ。









そしておまけまんが。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)









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