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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
精霊と王の森
3/80

糸と糸。






時はほんの少し遡る。


「ウサギがとれましたよ」


小石と葉っぱを並べ、何かに見立ててひとり遊んでいる少女に、ユウヤは岩の上から声を掛ける。


「うさぎ?!……どこ?!」


ユウヤが戻って来たのが嬉しいのか、ひとり退屈だったが新しい友達が増えると期待したのか、少女のはちみつ色の髪はふわふわと揺れ、同じ色の瞳が落ちそうなほど見開かれている。

表情も周りの空気もきらきらと輝いて見えた。


「……あっちに置いてきました。大きいからお腹いっぱいになりそうです」

「食べる……の? あの鳥みたいに?」


獣に取られないように見張りをと頼んでいた白い鳥は、血抜きの為に首に刃を入れて、木の枝に逆さに吊るしていた。


彼女は見張りの意味を解っていて、実行はしている。気にしてそちらの方を意識しているけど、なるべく見ないようにしているのは知っていた。


かわいそうだとは言わなかった。それは礼を失する事だと解っている聡明な子。でも残念そうなのは言葉にしなくても見て取れる。


殺したのかと言外に言われて、ユウヤは苦笑いする。


「そうですね、私も姫様もお腹が空いて限界ですからね……食べましょう」

「食べ方がわからないって言ってたのに」

「さっきそこで人と会いました。その人が食べられるようにしてくれます」

「人と会ったの?」

「ええ、ハイランダーズみたいです」

「どんな人? やさしい人?」


この国ではあまり良い思いはしないであろう、褐色の肌、烏の濡れ羽色のくるくると波打つ髪。それでも瞳はこの森のような深緑だったのを思い出す。


質素でも上等そうな布地の服だった。

所作も話し方も洗練されていると感じた。ハイランダーズの証は白金(しろがね)、ならそれなりに地位があるのだろう。


地位があるならあの肌や髪の色は余計に冷遇されるだろうに、卑屈な所は微塵も感じさせない態度だった。

立派な体躯で身体も精神も鍛えている、そんな自信が溢れて見えたのかもしれない。


「……悪い人ではなさそうです」

「なんていう人?」

「クロノと名乗っていましたが」


それなりに地位があれば家名も付いて長い名前に違いない。聞いたのは通り名か、もしかしたら偽名かもしれない。ハイランダーズの証を見せてもらったが、そこまでは確認できなかった。証は偽物に見えなかったし、本物を他人から盗んだかどうかまでは判らない。疑い出せばきりがない。言ったところで何も始まらない。

何よりこの腹ぺこ地獄から救ってくれそうな人と会えたのだ。

ユウヤは自分の勘に従うと決めたからここに戻ってきた。


加えて『道の上』だ。

無駄に不安がる必要はない。


「ここに来る?」

「来ません」

「どうして? どうやって鳥を食べるようにするの?」

「ウサギのところに持って行って、食べられるようにする事を……捌くと言うんですが、クロノに捌いてもらいます」

「わたしもそこに行く! クロノに会う!」

「それはダメです」

「ユウヤだけズルい!」

「うーん、ずるい……ですか? でもダメです」


無いとは思っていても、何かあってからでは遅すぎる。自分より明らかに強そうなクロノと争う羽目になった時、勝てるかどうかと聞かれたら、はっきりと答えるのは難しい。


「うさぎが見たい! ユウヤだけズルい!」


吊るされた鳥もまともに見られないのに、と多分もう理屈でどうこうという話ではなくなったのだろう。我慢することが多すぎて、歯止めが利かなくなっていた。

目にいっぱい涙が溜まっている。泣いても愛らしい表情に、わがままを聞いてあげたいが、もしもの事があった場合、引き換えにするものの方が大き過ぎる。

おでこに口付けして、ぎゅうと抱きしめた。


「いいですね、ここで待っていて下さい。お願いです、姫様」


こうしてゆっくり言い含めると、それ以上彼女が何も言えなくなるのは知っている。小さな子どもの大人の部分を利用するのは本当に気が引ける。

きゅっと目を閉じると頬に涙の粒が転がった。

姫様は体の横で両手を握りしめてこくりと頷いた。

ユウヤは心の中でため息を吐いて、もう一度小さな女の子を抱きしめる。今度は優しく。


「すぐに戻ります」


木の枝から鳥を外して、クロノの元へと道を戻る。

その後ろから少女がこっそり付いて来ていると、ユウヤは気が付かなかった。






誰にとっても思いがけない出会いを済ませて、三人は少女の先導でしばらく進んで行く。


そのうち少しだけ開けた、平らな地面のある場所に到着した。周りを囲む大木と岩が壁の役割をしている。人が四、五人ほどなら寝られそうな、野営地にふさわしい場所だった。


実際ここはふたりの野営地で、荷物は小さくまとめて置かれ、中央には火を使った跡。

大木を背にする場所にはその辺りから集めてきた柔らかそうな葉や草が敷かれ、何かの巣のようになっている。


良い場所だからいつか世話になる事があるかも知れない。クロノは歩いてきた距離と方向、おおよその位置と周りの景色を自分の頭の地図に書き込んだ。


「ここで捌ける?」

「ああ……そうだな、あっちの岩の向こうで」

「わかった、見ていてもいい?……できればやり方を教えてもらえたら嬉しい」

「構わないよ」

「わたしもする!」

「ダメです」

「もう! ユウヤはすぐにだめって言う! わたしもしたいのに!」

「……楽しいことじゃないんですよ」

「そんなの知ってるもん!」


ユウヤは少女に向かって何かを言おうと大きく息を吸い込んだものの、額に手をやってそれを飲み込んだ。しばし考えた後、わかりましたと小さな声を吐き出した。

クロノに向けられた視線は、済まない、ともお願いする、とも言っているように見えた。


「……いいのか? こういうことに、慣れていないように見えるが」


それはまるっきりユウヤにも当てはまりそうだが、それはあえて言わないようにする。

必要があって教えて欲しいと言っているのに、水を差す事はない。


「できればあまり……ああ、でも……」

「わかった、任せてもらえるか?」


クロノは背負っていた荷を下ろすと、中から薄手の麻袋を取り出して広げた。


「それなぁに?」

「仕事を頼みたいんだが、お願いしても?」

「はい!!」

「この袋の中に、羽を集めてもらいたいんだ」

「はね? あの鳥の?」

「ああ、やってもらえるか?」

「羽を取るの? 鳥から?」

「……できるか?」


くたりと岩の上で伸びて動かない二羽の鳥と一羽の兎、クロノと麻の袋を順番に見て、また目線は鳥に戻った。

自分があの鳥から羽を千切って取るのだとやっと想像が追い付いたのか、少女は自分の小さな手のひらを見下ろした。

ユウヤは静かに返事を待ち、クロノもそれに倣った。

少女はまた鳥を見やって、やがて小さく頷いた。


「やる……できる……」

「そうか、それならお願いしよう」


少し手本を見せて、後を任せた。

最初は鳥に触れるのも恐々という様子だったが、次第に慣れて作業に集中していった。

毟っては手にいっぱいになった羽を袋に入れ、こぼれて風に舞う羽を追いかけたりしている。


目を細め、うっすらと口の端を持ち上げて、春の陽だまりにいるような顔をしている。

稚い少女を微笑んで見守っているユウヤに見惚れている自分に気が付いて、クロノは天を仰いだ。

針葉樹の枝葉とその間に見える細切れの空を見て心を落ち着ける。大きく静かに深呼吸をした。


「ユウヤ、貴方はこっちに」

「ああ……うん。お願いします」


ちょうど作業に良さそうな岩を見付けて、その上に兎を乗せた。腰の後ろにある短剣を抜き取って刃の具合を確認する。問題なく使えそうだ。

その様子を見ていたユウヤはクロノのすぐ横に屈み込んだ。


「やっぱり捌くのはそういう刃物だね……」

「持っていないのか?」

「うん……どうしようか困ってた……ありがとう」


礼を言うユウヤは先ほどとは違って冷静そのものの顔をしていた。言い方を悪くすれば無表情。それでも見惚れるには充分だが、あの微笑みは無条件で向けられるものではないらしい。


「姫様のことも……ありがとう」

「……いや。ーー始めようか」

「はい。お願いします」


手順を説明しながら、時間をかけて丁寧に処理をしていった。途中で丸裸になった鳥も加わって、まるまる一羽はクロノの助言を借りながらユウヤがひとりで捌いた。

内臓は足が早いので、栄養があって美味しい部分だけこれから食べることにして、残りは少し離れた藪の中に置いてきた。この森の他の生き物にお裾分けだ。兎の毛皮は開いて乾かす準備もしたし、鳥の尾羽も持ち帰れるように丁寧に布で包んだ。

これだけで軽くふた月分の稼ぎだ。

再確認してもやっぱりユウヤは必要ないと言う。


捌いた肉の保存方法に話が至った頃には、太陽は傾きかけ黄色が濃くなっている。

ひと段落ついて、まだ急げば自分の野営地に戻れるかと逆算していると、クロノの元に鳥の羽でふかふかになった袋を抱えて少女が駆け寄ってきた。


「はい、クロノさん!」


差し出された麻袋の前に手を出す。


「これは君が頑張ったのだから、その報酬だと思うといい。どうぞ、差し上げよう」

「ユウヤ! これもらった!」

「そうですか、良かったですね。素敵な枕になりそうです……姫様、お礼を」

「あ……クロノさん、どうもありがとう!!」


勢いよく押された袋の口から、ふわりと数枚の羽が散った。風に運ばれるその羽を追いかけて走り回る。

可愛らしい姿を見ながらクロノは手早く荷物をまとめにかかる。


森の中に女性をふたり。ひとりは幼く可愛らしい少女で、もうひとりは時間を忘れて見惚れてしまうほどの女性。心配で仕様がないし、名残惜しくて堪らないが、だからと言ってもう自分は必要とされていない。

深入りしてほしくなさそうなのは、ユウヤの態度を見れば充分に伝わっていた。

いつまでも長居していては、今度は自分の寝床を心配しなくてはいけなくなる。


「クロノさん、帰っちゃうの?」

「ああ……急がないと陽が暮れそうだ」

「ちょっと、待って。せっかく教えてもらって捌いた肉があるから……たくさんあるし」

「クロノさんも一緒に食べようよ……ダメ?」

「私は構わないが……いいのか?」


ユウヤは困ったように少し眉を下げる。


「不本意だけど、そこまで恩知らずじゃない……それに」


クロノの荷の横にぶら下がっているものを、ユウヤは指差して少し首を傾げた。


「私たちは調理器具を持ってないから」


荷の横で金属製の大小の鍋や器がぶつかり合って小さな音を立てた。


呆れてすぐには口が聞けない。


「……何もなしでどうやってここで過ごしているんだ」

「全部を細かく言う義理はないけど、その鍋の分ぐらいなら話しましょう」

「……そういうことなら謹んでお貸しする」



担いでいた物を下ろして速やかに荷を広げると食事の準備を開始する。









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