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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
城都の上の紺碧の
29/80

ひとつぼし。






アメリ視点でお楽しみ下さい。


















自分の声が天井から降って聞こえてきて、アメリは上を向いた。


上品な光沢を放つ、ひと抱えでは足らない太さの柱。同じように磨かれた石床に足を付いて、少し怖くなるくらい高い場所で椀状の天井を支えている。

天井は十字に区切られ、それぞれに異なった文様が違う色で描かれていた。

四季を表しているのかもしれない、アメリはふと思い付いた。



息を吸って吐き出す。


落ち着こう。

勝手でいいんだ。クロノが私を要らなくなるまでは、私はクロノの勝手に付き合う。

それまでは出来る限りでこの人の妻でいればいい。

相応しく見えるように。

私がクロノの横に居る理由が誰にでも分かるように。


「きれいだね」

「うん?」


天井を指差して、アメリは自分に向かっている注意をそらした。はずなのに、それはほんの一瞬だけの話で、クロノの顔が近付いてくる。

手で遮ってそのまま押し返すと楽しそうに笑う。

ご機嫌なようで何よりだと肩をすくめた。



人が行き交う広間は、四方に道が分かれている。

天井の模様を四季だと勝手に決めて、道を覚えるのにちょうど良いから目印にする。春の方から来て、真っ直ぐ曲がらずに秋の方に向かって進んだ。

道はちっとも複雑じゃない。

ほぼ真っ直ぐ来た感覚。今のところひとりでも迷わずに帰れそうだなと思いながら、周囲の特徴を頭に入れる。

ただ途中で何度か見張りの人物に止められて、その度にクロノは行き先と用向きを言う。

王が居るんだから人の動きに厳しいのは当然の事なんだろうけど、ひとりで移動するのは面倒そうだなと考えた。

腰に長剣を下げた者、槍を持って立つ者、王城に務める騎士だろう。

上から下まで真っ白な服で金の飾りが付いているので、遠くからでもすぐに分かるほど目立っている。

態度は横柄で、見下す感じに苦笑いしかない。

王城の人はみんなこうなんだろうかと思うと疲れが増す。



ひとつ上の階に上がり、手前の方にある立派な扉の前で止まる。

そこに居る見張りの騎士にクロノは用件を伝え、アメリの背中に手を回すと、するりと撫でた。



なるほど、ここですかと扉を見つめる。


落ち着いて、冷静に。

話をきちんと聞いて、余計な事は言わない。間違っても響くほど大声は出さないように。

クロノが恥ずかしい思いをしなくて済むよう。

気を付けろと繰り返す。寒気がして両腕や腹の辺りには鳥肌がびっしり立っていた。

クロノを見て頷く。


笑え、気合いを入れろと息を吸い込んで、下腹に力を入れた。




扉が開いて、部屋の中に通される。

目の前の大きな窓の前には、大人ふたりは寝転べそうな机があった。

ただその上には本や紙の束が山積みになっているので、猫が丸くなる隙すら無さそうだった。

国王陛下が仕事をする場所だろうとアメリは推測するが、そこの椅子は空っぽ。


右の壁には一面に大きなこの国の地図がある。織物でできているように見えた。

もう片方の壁は、全て本棚になっている。その前にも仕事用の机があり、机の側には優しげな顔付きの男性が立っている。

扉のある壁際には、先ほど扉を開けた侍従の人と侍女らしき人。


石の床には大きな敷物、その上に背が低くて大きな卓と、卓を挟んで長椅子、反対側には椅子が二脚。

その前にもひとり、部屋に通されたクロノとアメリを真っ直ぐ見ている人がいた。


アメリより濃い、燻したような銀の髪、薄くて透き通るような空色の瞳、賢そうな顔立ち。

眼の色と顔は何となくネルに似ている気がする。


「よく来た、ここに掛けなさい」


声も佇まいもネルよりも随分落ち着いている。

ふわりと湧いた親近感のような気持ちも、クロノに背中を押されて煙のようにかき消えた。

クロノを見るとひとつ頷いて、もう一度 長椅子の方に背中を押される。





光。


光、みたいなもの。


姫様を説明する時にどう表現するか、それは大きくて強い光。

ものすごく暑い日の太陽に似ている。まったく熱は無いけど、何もかもを照らすような白い光。

実際に明るいのではなくて、心に浮かぶそれが頭の中だけに見える感覚。


今感じているのは、それに近い。


姫様みたいな、太陽のような強い光ではなくて。

夜空にある、一等 明るい星のような。

暗闇から自分だけに向けてひとつだけ届いてくる、真っ直ぐな白い光。

目では見えない、心に浮かぶ、光。


我が王。





アメリが後ろを振り返ると、開いた扉の陰になるような場所の壁にもたれて、男がひとり腕を組んで立っている。

口の片方を持ち上げ、とても楽しそうな顔でアメリを見ている。


私の命を懸けるべき人なのだと、姫様の時のように、そう感じる。


その場で片膝をついて、頭を下げた。

誰に教えてもらった訳でも無いのに、自然に体が動く。


「なんだクローディオス、教えたな?」

「……いいえ」

「本当かぁ?」

「陛下が何かするだろうとは思っていましたが、不安にさせたく無かったので」

「……ふん?……なら、話が変わってくるな。面白いぞ」


床を見ていたアメリの視界に、足先が入って立ち止まり、すぐに顔が近付いた。

アメリは驚いてその顔の持ち主としばらく見つめ合う。


国王陛下ともあろうそのお方は、しゃがみ込んでアメリと視線を合わせる高さにいた。


「いい面構えだな、賢そうだし」


アメリの顎に手を掛けて、右や左に向きを変える。遠くの方からわざとらしい大きな咳払い。


「……陛下、女性に対する言葉や態度ではないですよ……いい加減にしてこちらにお戻りを」


国王陛下は叱られた近所の悪ガキみたいな笑い顔で立ち上がる。


「名は?」

「アメリッサ……です」

「立て、アメリッサ」


干されたかや草の色の眼が弧を描き、同じ色の髪が揺れた。差し出された手にアメリは条件反射みたいに手を置くと、引っ張り上げられてそのまま歩いて長椅子に座らされる。

陛下はアメリのすぐ横にどかっと座って足を組み、その上で頬杖をついた。


「よし、それじゃあ聞かせてもらおうか……なぜ解った」


鏡でも見ているように、同じ角度でアメリの頭は傾く。

どうして国王陛下だと分かったのか、という事だろうか。それは言葉で説明するのは面倒過ぎる。


「……勘?」


ふは、と息を吐き出すと、陛下は後ろを振り返る。


「お前の奥方は勘で男に跪くのか?」


クロノは最初に立った位置から一歩も動かずに、その場所で手を後ろに回して真っ直ぐに立っている。眉を跳ね上げると、冷ややかに言葉を返した。


「陛下が余程 偉そうに見えたのでは?」

「おいおい……この軽い冗談を皮肉で返す男のどこが良いんだ?」


背もたれに腕を伸ばすと、陛下は腰の位置を変えてますますゆったりと座り直した。

アメリに気安い笑顔を向けて答えを待っている。


「……自分を曲げずに……貫くところ?」


アメリの頭が反対側に傾いた。対自分にとっては良いとは思えないところだが、その姿勢は尊敬できる。


「他には?」

「……体が丈夫……」

「は!……それから?」

「……私のことをよく……考えてくれるところ?」

「……陛下、そのくらいに」


正面に座っていた銀髪の男がクロノの方に視線を送る。

クロノは眉をしかめて怒りながら美味しいものを食べたような表情をしている。耳や首まで赤くして。



国王陛下は愉快そうに笑い声を上げるとアメリの肩をぐっと掴んで揺すった。


「いいぞ、お前! アメリッサ! 気に入った!!」


何が面白くて、どこが気に入ったのかは分からないが、国王陛下にはご満足いただけたのだろうと、アメリもやっと安心して肩の力が抜けた。


肩を抱いた手でアメリの頬をふにふにと陛下は引っ張って、顔を覗き込む。


「良いなぁこれ。……なぁ、俺にくれないか?」

「はあ?!」


後ろと前と、横から同時に同じことを言われて、陛下は膝を打って笑い声を上げる。ひとしきり笑い、それが治ると張りのある声で歌うように告げた。


「春節祭の後なら戴名式ができるな……ついでだから同じ日にするか」

「無茶を言わないで下さい」


ため息混じりに銀髪の男が返事をする。


「そ、じゃあ次の日に……各所に通達!!」


反論が来る前に、ぴしゃりと陛下は言い終えた。

本棚の前にいた気の優しそうな人が、胃の辺りに手を置いて力なく返事をする。

春の祭りに戴名の式、どんなものかアメリには分からなかったが、何だか大変そうな事が始まるのは、考え込み出した周りの人々を見て分かった。


「久しぶりだな……前はいつだった?」

「そうですね、少なくともこの二十年は無かったかと……」

「うん……たまにはこういうのもないとな、アメリッサ?」


陛下はにこにこしながら、またアメリの頬を引っ張った。


「よし……下がれ」


ひと言でその場にいた全員がそれぞれに動き始めた。




来た道を逆に辿る。

帰りの方が気持ち足が早いクロノはひと言も話さない。これから先を目まぐるしく考えているのだろうと、アメリは黙って付いて歩く。

途中で何か思い出したのか急に立ち止まると、クロノはアメリの方に体を向ける。

黙って見上げるアメリの頬をしつこく撫でた。

クロノの愛馬、グレンにするみたいに力を入れ気味に、脇腹を数回叩いてよしよしと撫でると、満足したのか、クロノはまた歩きだす。

もしかして陛下に頬を摘まれたのが気に入らなかったのかと考えた。

この程度で気に入らないなんて。

陛下は新しいおもちゃを見つけたとか、珍しい生き物と出会ったぐらいの目で見ていたのにと、呆れるしかない。



屋敷に戻ると、モーリスとニーナが待ち構えていた。


「アルウィンを呼んでくれ」


クロノは顔を見るなり指示を出す。返事をしてモーリスは足早にどこかに去っていった。


「アメリ」


呼ばれて後を付いて行く。

その階のふたつの扉のうち、階段に近い側の扉をクロノは開いた。そのまま中に通される。


「ここが貴方の部屋だ、自由に使うといい……分からないことは侍女頭に」

「分かった……」


中には侍女がひとり、お茶の用意をしているようだった。

扉の所にいるクロノを振り返る。今にも部屋を後にしようとしているクロノに慌てて声をかけた。


「クロノ、後で、説明」

「……そうか、そうだな。……済まない、後で話をしよう」


向き直ってアメリに歩み寄ると、陛下に摘まれた頬をまた撫でて、そこに口付けをした。

まだ気にしていたのかと、人目があるのは嫌だったけど、甘んじて受けておく。


「疲れただろう……休みなさい」

「うん……」



ニーナともうひとりが膝を折って、頭を下げる。




いつかはこのご大層な感じに慣れるんだろうかと、アメリは苦笑いしながらクロノを見送った。














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