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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
ななつの世界とおもり姫
17/80

花の名前。






※この回は子どもに対して酷い扱いがあったと示唆する表現がされています※



不快な思いをしそうな方はご注意下さい。



心の準備はよろしいでしょうか。




では、どうぞ。








先代のユウヤ視点になります。
















顔色の悪くなったネルを部屋の隅の椅子に座らせて、連れて帰ってきた女の子から話を聞くことにした。

おっさんふたりが寄ってたかるのも可哀想なので、ここはサヤに側に付いてもらう。


俺と友人のエイドリクは、机を挟んだ向かい側で大人しくしていることにした。


見た目はネルによく似ている。

というより、ふたりで一対なのだから似ていなくてはおかしい。俺とサヤもよく兄妹と間違われた。顔立ちも髪や瞳の色も似たような感じだ。

ネルは夜のお月様のような金の髪で瞳は昼間の空の色。その子は昼に見えるお月様の髪で、宵の色の瞳をしている。どちらも目を見張るような『色持ち』だ。顔立ちもしゅっとして賢そう。

冷静そうなあの顔が、ネルと同じで笑うと絶対に可愛いんだろうなと思った。

ネルは間違いなく片翼を見付けた。



赤ん坊のネルを初めて見た時のような感覚に体が震える。俺の心も間違いないと、大声を出して叫びたい気分だった。そわそわする俺を向かい側からサヤが睨んでいるので、ビシッと座り直してにっと笑い返す。

小さく溜息を吐いたサヤはその子の頭を優しく撫でた。


「お名前は? お家はどこか言えるかな?」


その子は少しだけ頭を傾ける。まるで質問の意味が分からないかのように。


「なまえ……も、おうちも、ない」

「お父さんとお母さんは? どこにいるの?」

「……いない」

「えっと……あなたは、なんと呼ばれているの? みんなから」

「……いろいろ……おい、とか、おまえとかすきなようによぶ」

「そ……そう。あ……そう、そうだ。わたし、私はね、サヤっていうのよ。あそこの端っこに居るのがネル……そっちの人はユウヤとエイドリク」


あわあわしながら何とか取り繕って一生懸命話をしているサヤ。

ウチの嫁は可愛くてヤバいなとか思いながら、隣のエイドリクと目を合わせる。何だか嫌な感じを同じように味わっているのか、エイドリクがくいっと目で合図した。


「……ちょっと、サヤちゃん少し席を外すね」


俺とエイドリクが揃って席を外す。

どういう事か察したサヤも話を合わせた。


「ええ、どうぞ……ネル、そんなすみっこにいないで、この子と遊んであげたら?」


ふわふわと微笑みを浮かべたネルがこくんと頷いて、あらやだウチの子まで可愛いかよ! とこっちまで顔が緩む。背中にどすっと重い衝撃を受けて、気を取り直すと部屋を出た。




「往復してきた事を考えたら、ネルはそう遠くまでは行ってないだろう」

「うーん……結構いい服着て、ちゃんとご飯も食べてるみたいだし」

「嫌な予感しかしないな」

「やっぱり?」

「驚くほどの『色持ち』だからな」

「どうしよう俺、泣きそう……」

「まだ早い。待っていろ、ちょっと様子を見てくる」

「ありがとう、エイちゃん……」

「礼はいいからその変な呼び方を止めろ」


エイドリクを見送って、部屋に戻るとそこにはサヤしかいなかった。

困ったような悲しそうな顔をしているのは、俺も同じような顔をしているからだろう。

サヤにくっつきたくなって寄り添う。ふたりで窓辺に立って庭に目を向けた。


立派なお屋敷にお似合いの立派な庭は、主人の好みできらびやかな花壇みたいなものは無く、すっきりと広い草原のように緑の絨毯が広がっている。

ネルは女の子と手を繋ぎ、その中をただ歩いていた。何を話しているのか、ネルが女の子の方に顔を向けるとその子は時々頷いたり、ちらりと見つめ合ったりしている。


「エイドリクが調べてきてくれるって」

「そう……ねぇ、あんなに小さいのに」


ネルの肩の少し下に、女の子の頭の天辺がある。

同い年の子どもより少し小さめのネルより、さらに一回り小さく見える。


「……『ひとり』だわ。あの子、ひとりなの」

「……もう違う。だろ?」

「そうね……もう違う」




思ったよりも早くエイドリクは屋敷に帰ってきた。

表情は沈痛だし、吐き出す息は重苦しい。

予想は当たっていたのかと、心の中に澱が溜まっていく。勧められて椅子に座ると、その向かいにエイドリクが腰掛けた。


「相当……人が出て探し回っているみたいだ……聞いても誰とは答えないが、あの子だろうな」

「エイドリク? 誰が、探してるの?」

「町でふらふらしてる酒飲みまで、金を払って探させ……」

「んんんん、違うよエイドリク」

「……下男が采配を……」

「娼館の、だろ? 変に気を遣うなよ」

「……そうだ」

「……どこの?」


耳鳴りが止まらない。指の毛までちりちりする。

渾身の刺突の一閃が出た時の、あの心がすっと冷えて針のようになる感じ。


「……頼む、落ち着いてくれ」

「なに? 俺は落ち着いてるよ……これまでにないくらいね」

「ユウヤ、お願い……座って」


サヤにそう言われていつの間にか自分が立っているのに気が付いた。目で見ればサヤが俺の腕を引っ張っているのに、その感覚はない。


「ああ……サヤ。そんなに悲しそうな顔しないで?……俺がみぃーんな、ぶっ潰してくるからね?」

「止めてくれ、ユウヤ」

「大丈夫、バレないようにするから」

「俺がお前を捕らえる事にはなりたくない」

「なに言ってんのハイランダーズ(おまえら)が放ったらかしてたからこんな事になってんだろ?」

「……そんなに簡単な話じゃない」

「は!……知ってるよ?」


娼館に行くにはピンキリだけど金が要る。高級な所は、普通の庶民じゃ手の出ない金額だ。じゃあ誰がとなると、そこを使っているのは大金持ちや貴族だ。

いち騎士がしゃしゃって出てどうにもならない事くらい分かってる。


「じゃあなに? エイドリクが何人集まったら、お前らがどれだけ束になったら無くなるんだよ……無くなんないだろ? だから俺が行くの、わかる?」


壁際に引っ掛けていた剣を手に取って、腰の後ろに回す。ベルトの金具に固定する音で気分が切り替わる。夏から冬みたいな、昼から夜みたいな。


「いい加減にして…… 何て自分勝手なの、ユウヤ」


あ……ヤバい……この低音、これ、アレ。本気の本気で怒っている時のヤツだ。


「腹が立つから何? どこかを潰して何なの、何になるの? ……ユウヤはどこかに自分の怒りをぶつけたいだけじゃない。それで何? ユウヤはすっきりするでしょうね、良かったわね!」


雷の速さを持つと、もっぱら評判高い自慢の腕を活用して、剣を元の位置に戻すとサヤの隣にすぐさま座った。向かいに居るエイドリクが目を見張っている。

ね、俺、雷みたいに早いでしょ?


「どうして!!…… 誰もあの子の気持ちを……あの子の事を考えないの?」


全部、全部サヤの言う通り。俺は何も考え無く思うままに怒りをぶつけようと、ぶつける先を探していただけ。怒りの力を別の方向に曲げないと、俺は何もかも失くしてしまう、この俺の愛しい人も。


「……そうだね……ごめん。ごめんね、サヤ……泣く?」


この胸に飛び込んでおいでと腕を広げる。飛び込んできたのは、サヤの掌底。心臓の上を見事に突いた。本気で打たれなかった事に感謝しよう。


「今は泣く時じゃないでしょ……バカ……」


俺の奥さん、可愛いくて、儚げなのにすんごい掌底打ってくるの。誰よりも心は強いわ、もう、ホント。


「……好き……」

「は? ほんと、バカ」

「うん……バカでごめんね?」


ぎゅうぎゅう抱きしめると顔が真っ赤になるとこなんて、もう堪んない。


エイドリクが溜息を吐きながら席を立ってどっかに行った。


俺たちはその夜を屋敷で世話になることにになった。




次の日も、庭の中をネルが付きっきりで過ごしている。

昨日とは違って可愛らしい服に着替えて、髪の毛もきゅっとまとめて結っている。


昨夜 子どもたちが眠った後、サヤは自分の服をほどいてあの子の為に服を作り始めた。

あの子はお人形のように良い服を着ていたけど、なんていうか色が重苦しい、大人の女性が好むような、言いたくは無いけど扇情的な、そんな色の服だった。

気分が悪い、腹が立つと根性で一晩かけてサヤはあの子の服を縫う。俺も見えにくい所を手伝った。それにエイドリクの侍女さんも手伝ってくれた。


そんなサヤ入魂の、渾身の服は緑の草に映えて、お日様の下にいるあの子にとても似合っている。


みんな揃って庭木の陰で用意してもらったお茶を飲む。ネルの至れり尽くせりなお世話ぶりは、見ているこっちがちょっと引いちゃうくらいの甲斐甲斐しさだ。


「……ねえ、ユウヤ。この子は名前がないんだって。付けてあげようよ」


この率直な思い付きにくらくらする。俺たちがおいそれと踏み込めない部分にも入っていけるその純粋さを、俺は素直に尊敬したい。


「……そうだな……俺たちも何て呼べばいいのか、アレだし……ねぇ、サヤ?」

「そうね……ネル、その子によく合う名前をみんなで考えましょう?」

「うーん……女の子の名前……そうだ! 好きなものの名前にしたら? ねぇ、君は何が好きなの? 」

「……カエル」

「カエル?!……カエルかぁ、良いよね、緑の感じがきれいだし」

「あ……さっきそこで見つけたんだよね」

「……ああ、それで」

「他に好きなものは?」

「テントウムシ」

「あーまぁ、可愛いよねころっと丸くて……模様もオシャレだし……」


どすっと背中に衝撃。

見なくてもサヤに睨まれているのが分かる。


「うーん……あ! あれは? あそこにある白い花」


庭の端、鉄柵に蔓草が絡まり、緑の生垣に手のひらほどの白い花がぽつりぽつりと咲いている。

細長い花びらが八重に集まって、中心はほんのり薄い青紫色。花は立派で豪華な雰囲気なのに、一輪だけぽつんとある様が、なんだか気高く感じてこの子にぴったりだと思った。

さぁ、でも困ったぞ。俺はあの花が何なのか知らない。

離れた所に控えていた、侍女さんを振り返った。


「あの花は、アメリッサです……品種の名前までは分からないんですけど、庭師に聞けば……」

「アメリッサ! 良いじゃない、可愛らしい響きだし、あの花もこの子にぴったりな感じがすると思わない?」


ですよねー。

やっぱり俺の奥さんはよく分かっていらっしゃる上に、俺の息子の目の付け所の良さたるや!


「アメリッサ、アメリッサ……アメリ……アメリ良いね! どうかな?!」


ネルが女の子の両手を持って、アメリ、アメリと呼びかけている。にこにこ笑顔を向けると女の子もネルと同じような笑顔を浮かべた。

やばいかわいい。めちゃくちゃ可愛いんですけど?!


「君の名前はアメリッサにしようよ!……アメリって呼んでも良い?」


花が咲いたみたいにふわりと笑って、嬉しそうに頷いた。

横にいるサヤが両手で顔を覆っている。抱き寄せて耳元で泣く?と聞いたら小さく頷いてしばらくは俺の腕の中にいた。



何もやましいことは無いので歩いて帰ると言ったら、本当に勘弁してくれとエイドリクに泣き付かれた。

仕様がないので城都の外まで馬車で送ってもらう。

真っ直ぐ帰ればサザラテラまで半月急げば十日。

これから忙しくなりそうだ。





それじゃあ、息子が誘拐した女の子をそのまま攫って、家に帰ろう。

俺の娘にして、大事に大事に育てよう。

息子の方をもう一度がんがん鍛え直して、もう誰にも君に辛い思いをさせないように。

本物はどうしているか分からなかったから、俺たちが新しいお父さんとお母さんだよ。

アメリッサ。かわいいアメリ、俺たちの娘。


あ、でもアレ。



先代に自分の子どもって思ってるのがバレたらめっちゃ叱られるから、そこは内緒な。












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