ネル少年の事件簿。
新章のスタートは欧米の児童文学風味です。
では、
どうぞ。
お楽しみにいただけますように。
僕は裕福ではないどちらかというと貧しい、農家の五番目の子として生まれた。
両親からもらった名前はネル。
生まれてすぐに今の両親に引き取られた。
どうして引き取られたかというと、僕の親代わりの人たちは子どもを探していたし、そして本当の両親は実のところ僕を育てる余裕がなくて、どうしたものかと困っていた。
と、今までの話には全部最後の所に『らしい』が付く。
それはそうだ、僕の生まれたすぐ後の話だから、もちろん僕は知らないし覚えていない。
話は引き取ってくれた、今の両親から教えてもらった。
長い間待って、そしてやっと生まれた『僕』を探し出したらしい。
やっと見つけた子どもを、どのように引き取ろうかと思案していたけど、本当の両親は僕をどうやって育てようかと悩んでいた。
渡りに船、というやつだ。
案外すんなりと事が運んだと、これは僕が大きくなってから正直に話をしてくれた。
なぜ『僕』を探していたのかというと、それは僕でなくてはいけなかったから。
僕にしか、正確には『僕ら』にしか出来ない役割があるから。
そう教えられても、素直になるほどとは思えない。僕でなくてはいけない理由もなんだかよく分からない。
でもある日、僕はその理由のはしっこを知ることになった。
僕が五つになったばかりの頃、急に体がガタガタと震えて持っていたものをそこらにばら撒いた。
胸が苦しくなって、悲しくないのに涙が流れて止まらない。その場で蹲って、これは何だと、何が起こったのかと驚いた。
どこも痛くない、辛くもないし、悲しくない。
というより、嬉しくて、幸福とはこういうものなんだと感じた。神様なんて信じてないけど、神様みたいな何かから贈り物をもらったんだと思った。
でも目の前には何も無い。
だから居ても立ってもいられない。じっとしてなんていられない。早く行かないと。
早く探しに行かないと、僕のもう片方を!
「もう片方ってなに?」
とりあえずまき散らしたものを片付けて、涙が止まった頃に、僕はお父さん兼、師匠に聞きに行った。
僕のほっぺたを大きな手でぐりぐりと擦る。
泣いていたのがばれたのかと少し恥ずかしくなったけど、そのことは何も言わずに、僕を抱えるとそのまま持ち上げて肩の上に乗せた。
僕はハシバミ色の頭に掴まる。
「お前は冷静で面白くないな、ネル」
「おもしろくなくちゃいけないの?」
「いけなくはないけど……俺の時は嬉し過ぎてその辺をごろごろ転げ回って、その後はぴょんぴょん飛び跳ねてたぞ」
「僕もそんな気分だよ……ねぇ、これはなに?」
「お前のもう片方が、生まれたんだな、きっと」
「僕の片方が生まれる?僕はどっちもあるよ?」
体は前後左右、上下も全部みんなと同じようにそろっているのに、そう思って顔を覗こうとした。
「おい、ちょっ……真っ直ぐ座ってろって」
落ちる前に僕は姿勢を戻すと、下の方でふぅとため息が聞こえた。
「お前の片方って言っても、それはお前じゃない……おれにとってのサヤと同じように、お前にとってかけがえのない人って事だ」
「ユウヤにとってのサヤ?」
ユウヤとサヤがどんなふうか考えてみた。
ユウヤは僕のお父さんで、色々教えてくれるし、力持ちで格好いい。たくさん遊んでくれて、たまにやり過ぎてサヤに怒られる。
サヤは僕のお母さん。美味しいものをたくさん作ってくれて、優しくて、きれいな人。怒るとすごく恐いけど、その後たくさん甘やかしてくれる。
ふたりはとても仲良しで、一緒にいる時はどこかがくっついている。
「僕もなかよしになる子が、どこかにいるの?」
「ああ、いいね……なかよしになる子かぁ……いい響きだな」
うんうん頷いて、良いねと繰り返すユウヤの頭をべしべし叩く。質問に答えてない。
「ユウヤってば!」
「……おお、すまん。だな、そうだ。お前だけの特別な女の子だ、仲良しになる」
「え?! 女の子なの?」
「そうだぞ、お前は男だからな」
「そうか……男じゃないのか」
「え? なに……ネルってば男が好きなの?……想定外なんですけど」
「僕……弟がよかったのに」
「あは! もう! なんだもう! びっくりさせんなよ、ネル坊主ったら! もう!」
ユウヤが脇をくすぐってくるので、僕は落ちないように掴んでいたユウヤの頭から手を離す。いつもはちゃんと掴まっていろと言うくせに、それをさせないようにするなんて。こういうのをひきょうって言うんじゃないのか? 僕は怒ったけどそんな事はお構いなしだ。
地面に下ろされてからもユウヤは僕をくすぐり続けた。僕が参ったという頃には僕はくたくたに笑い疲れていた。
それからはただあちこちを旅して回った。
それはもちろん、僕のもう片方を探すためだ。
いることは分かっていても、どこにいるのかまでは分からない。近くに行けばすぐに分かるらしいけど、今のところそんな気はしない。
色んな所に行きながら、旅をする方法や、強くなるために体を鍛えたり、戦い方を習ったり、世界を知るために勉強したりと色々忙しい。
旅を始めてからは、ユウヤが昼間に稽古をしてくれる師匠。夜にはサヤが先生になって色々教えてくれるようになった。
ユウヤはサヤを見つけるまで、十年以上かかったと言っていた。
こんなふうに焦りと、イライラとじれったい気持ちを十年も我慢していたのか。
想像だけで目の前が暗くなる。
じゃあどうして生まれたばかりの僕がすぐに見つかったのかと聞けば、それは本当に偶然だった、幸運だったとサヤが教えてくれた。
どうやら幸運なのはユウヤとサヤの方で、僕は幸運じゃないらしい。
焦りが過ぎて、気が変になりそうだ。
我慢の限界が近い。そのうち自分の片方を見付けた時には、こんな思いまでさせてと理不尽に殴り付けそうな気がする。
僕の片方が生まれたと分かった時から、もう八年が過ぎようとしていた。
僕は十三歳、もうすぐ十四歳になる。
城都に初めてやって来た。
他にも大きな町には何度も行ったけど、賑やかさも、建物の規模も、人の多さも桁違いだ。
旅の途中でたまたま一緒になった商隊にくっついて来た。ユウヤの知り合いが城都にいるから会いに行こうと言い出したからだ。
ユウヤの知り合いなんかどうでもいい、僕は探さなければいけない人がいるのに、いい気なもんだ。
僕はその人の家の前まで付いて行った。
けど挨拶だけして、その辺りを見てくるとユウヤたちとは別に行動する事にした。付き合っていられない。
教えてもらった通り、細い路地には入らない。
怪しい雰囲気の所には行かない。
声を掛けられても無視をする。
僕みたいな『色持ち』は特に、男だろうとお構いなしに攫われるから気を付けろと、ユウヤからもサヤからも、ついでに一緒にいた商隊のみんなにも言われていた。
なるほど、今まで行った所ではただきれいだと褒められただけだったけど、こんなに注目されたり、声を掛けられると攫われるというのも大げさな感じがしない。
しかも声を掛けてくる奴はどいつもこいつも、怪しいで服を作って見事に着こなしている感じがする。その服だって、ぼろ布から上等なものまで色々だ。
本当に、何をしているんだ、僕は。
こんなふうに街をぶらぶらしている場合じゃないのに。
もう来た道を戻ってユウヤたちの所に行こうと足を止めた。
はずなのに、その足は思った方向とは別に向かって、気が付いた時には走り出していた。
このことか、と思った。
見逃したりしないのか、どこかですれ違っても気が付かないんじゃないのか、分かるってどんな感じなのか。何度聞いても心配ない、大丈夫だ、絶対に分かるからと言われ続けてきた。
分かった。
わかる、居るのが。
あの子が生まれた日に感じた、喜びを。
目の前に贈り物をもらった感謝、心から凄い勢いで溢れてくる嬉しさ。
全身が痺れる感じがする、力が抜けるのに、体の奥からどんどん湧いてくるから、もう色んなものを溢れるままに垂れ流している感じ。
心臓が破れそうだ。
僕の半分は、建物の扉の前の石段に座っていた。
その子も真っ直ぐ僕を見て、大きな目をさらに見開いていた。僕の事が分かるのかと思ったら、一気に顔が熱くなる。泣きそうだ。
「やっと会えた……僕のもう片方。僕の……君……一緒に行こう?」
手を差し出すと、その子は僕の手の上に小さな手を乗せた。
瑠璃色の目からぽろぽろと涙をこぼして、それはころころと服の上を転がった。とてもきれいだなとそれを見て思った。
ユウヤとサヤに会わせないと、早く教えてあげないと。それだけしか考え付かなくて、その子の手を引いて歩き出す。ぽろぽろ泣くその子と一緒に歩いた。
通りかかる人が、まあ可愛らしい妹さんねとか、あらしっかり見てあげないとだめよ、お兄さんなんだから、とか好き放題言ってくる。
兄? 何を言うんだ。
この子は僕のもう片方だぞ、伴侶だ。
なんて言い返すのも面倒なので適当に笑い返しておいた、大概これでごまかせると知っているから。
今は道行く人に構っている暇は無い。早くユウヤとサヤの元まで連れて行って、すぐにサザラテラに帰るんだ!
人はそれを誘拐という。
どこからどうやって連れてきたのか、名前はなんというのか。
何もわからない僕は、困ったような顔をするサヤと、腹を抱えて笑い、友人をばしばし叩いているユウヤの前で愕然とした。
僕は八歳の女の子を誘拐してきた、人攫いになってしまった。
今回はネル視点のため、児童文学風味でした。
本文には明記していませんが、ここで出てくるユウヤとサヤは、前の章のユウヤとサヤの先代になる人たちです。
もう少し話が進むと代替わりしますので、もうしばらくお付き合い下さい。
エピソードゼロ的なものだと思っていただけると幸いでございます。




