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六翼の鷹と姫の翼  作者: ヲトオ シゲル
精霊と王の森
11/80

あるところに。





姫様に強制的に仲直りをさせられてから、ユウヤの態度が軟化した気がする。


明らかに笑顔を見る回数が増え、引き締まった表情をしなくなった。その代わりに時折考えに耽るように目を伏せ、目が合えば何か言いたげに見つめ返している。

すぐに諦めて唇を結んで目を逸らす。


体に触れることに抵抗しない。

手を差し伸べれば躊躇いがちにではあっても重ねて、握れば弱く握り返される。腰を支えれば体重を軽く預けられる。

それ以上のことはなくても、それだけで満たされた気になるのだから、自分は何と単純なんだろうと少し情けなくも思う。


あの夜の前までのように、気易く心を見せてくれなくなった。

それは自分で招いてしまった結果だ、もう元のように笑いかけてもらえなくとも、諦めはしないが、今それを求められるような自分ではない。


ユウヤの心と向き合わなかったのに、自分を見て欲しいなどと、どの口が言えるのか。



これ程までに目を奪われたひとは居なかった。


その姿を、仕草のひとつひとつをいつまでも見ていたい。落ち着いて話す声、姫様との少し高くて早い話し方、笑い声。

遠くを見る瞳、すぐそばで見上げてくる眼差し。

自分を置いても大切な人を守ろうとする心、それを成そうとする精神を持つ人。

そのすべてを尊く思う。


長いこと生きてきたのも、この為のような気すらしてくる。

王と国に忠誠を誓った今までを、捨ててしまっても構わないと、そう思えるような、そんなひとに出会ったのは初めてだった。




言葉にしなくても、付き合いの長い部下にはすぐに知れて、何故か部下からありがたく休暇をもらってしまった。

今頃ここぞとばかりやりたい放題しているだろう。心配でも自分の手に余る事はしない男だと、これも長年の積み重ねで知っているので、気を揉むだけ損をする。


自他ともに認める『下手くそ』だ。

どこまで言葉にできるのか、どこまで行動に移せるのか。

あの夜を無かったことにはしたくない。

ユウヤを失わないために。

今は目の前のことに出来る限りを尽くすしかない。





泣き出す姫様を抱きかかえている自分の顔も、今にも泣き出しそうだと、この人は気付いているのだろうか。

心が押しつぶされそうな声で、大丈夫、ここに居ると、言い聞かせているのは誰にだろう。

ユウヤはどれだけの夜、これを繰り返してきた。


取り返しのつかない事態に遭うなど考えたくはない、何も知らない訳にはいかない。

約束を違えるのはユウヤからの信を失う事になる、それでも。


どうしても目の前のこの人を。





「詮索はしない約束だが、どこで何をするのか、話せる範囲でいい、教えてくれないか」



銀の縁取りがされた瞳は伏せられて、湛えられた水は何かのきっかけで溢れそうに見える。

どこまで話すか考えているのか、開きかけた唇は空気を取り込んでまた閉じる。


すうすうと寝息を立てる姫様の顔を覗き込んで、そっと背を撫でるとひとつ息をこぼした。


ユウヤは顔を上げて、話し始める。

誰とは言えないけれど、と前置きして。


「むかし、あるところに、それはそれは美しい人がいました。その人は賢くて、物静かなとても優しい人でした」


ユウヤは笑みを浮かべて、姫様のふわふわの髪の毛の先に指を巻きつける。


「あるとき、その人は、運命の人と出会い、あっという間にふたりは好き同士になったのです」


寝物語を聞いているような、歌うような声。

ゆっくりと、ゆっくりと言葉を選んで話は続く。


「ふたりの間に可愛らしい赤ん坊が生まれました。しかし身体が丈夫ではなかったその人は、赤ん坊が大きくなるまで見届けられないと気付いたのです」


ぽろり、と目から零れ落ちて、その粒はあっという間もなく掛け布に吸い込まれて消える。


「亡くなる前にその人は、お願いをしました。この子をある場所へ連れて行って欲しいと。自分が連れて行くはずだったその場所まで、どうかその子を連れて行って欲しいと。その人の願いを叶えたくて約束をしました……約束を果たすため、赤ん坊が旅が出来るようになるまで大きくなると、一緒に旅に出ました……とさ」


おしまい、とユウヤは締めくくった。


「……その話の結末はどうなるんだ?」

「……さあね。色々あったけど、親切な人に助けられて、どうにか辿り着くと思うけど?」

「辿り着いた先で、その……幸せになれるのか?」

「そのために旅に出たんだから、そうなるんじゃない?」

「山を越えて隣の国へ行くのか?」

「ここまで来て違うって言えないけど……それは内緒」

「どうやって山を越える気だ」

「……迎えが来るの。そこまでは一緒に行けない……クロノが一緒じゃマズい」

「何故だ」

「や、何言ってんの『ハイランダーズ』さん。正規の手続き無しに国境を越えるのに」

「……ーーああ、今言ってしまえばマズいのには変わりないだろう?」

「私なら、クロノは大目に見てくれるかも?って」

「それなら迎えと落ち合うまで……」

「だーかーらー。あちらもそういう手続きは踏んでないから、こんな人目のない所で会う段取りなんだって。しかも……多分、ていうか絶対、その道って、ハイランダーズは知らない道だと思う……」

「そ……れは、それで、大問題じゃないか」

「……私がものすごーく嫌がった理由が?」

「そうだな……納得した」

「クロノみたいな、ハイランダーズ丸出しの人と居るとこなんて見られたくないんですけど? クロノが私の立場ならどう思う?」

「ああ……邪魔だな」

「分かってもらえて良かった。……まぁ、今までのはただの昔話だけど」


だから約束は全部そのまま継続でお願いします、とユウヤは笑う。

一緒にいたずらを仕掛ける同志に、秘密の相談でもするように、口の中で笑って唇の端を持ち上げる。


地面の上でそっと触れ合った手をそのまま握ると、手のひらを返して握り返された。

その手を取って口付ける。


「話にくかっただろう……それでも話してもらえて嬉しかった」

「そう?……なら良かった」


ただの昔話ですけど、と念を押して、ユウヤは姫様の頭に自分の顔を埋めて、抱きしめる腕に少しだけ力をこめる。




「さあ、交代しよう……休んでくれ」


今もきらりと光る水を湛えたような目元に口付けすると、やめてと笑いながら押し退けられた。

柔らかな抵抗も絡めとって自分の中に抱き込んでしまいたい。

ぐいと胸を突き上げる衝動を、何とか押し留める。


「お休み、良い夢を」

「……おやすみ」





さあ、それではどこまでがただの昔話なのか。


職務上、人の話を聞くのには慣れているし、それこそ大小、様々な信じられない話を、さも真実のように語られてきた。

ここからここまでときれいに線を引くのは難しい。

が、聞かされた話を素直に全部信じるほど、間抜けなつもりはない。


真実は知りたい。

でももっと知りたいのは、ユウヤと姫様のこの先だ。


ユウヤは自分にも他人にも嘘を吐くのが上手い。

それを本人も分かっていて、器用に使いこなしている。


話を信じたくなるよう、巧妙に、それと分からぬよう嘘が紛れ込んでいるに違いない。

幸せになる為の旅をする。

本当にそうならどんなに良いだろう。


だがするりと飲み下すことは出来ない。


今朝、出迎えたユウヤの姿が頭から離れない。

人を思いやる一番の方法が、その人を冷たく突き離すことだと。

そんな方法しか無いと泣いているように見えた。






朝日が森の色を変えていこうと、心の中身は変わらない。


例え話が嘘だろうと本当だろうと。変わらず、ただユウヤの助けになりたい、ただ支えになりたいと。

揺るぎない想いが募っただけだった。



どんなに整えようとしても、引っ掻き回した有様。


折り合えない自分と喧嘩し通し。




あの日、

見上げた岩の上のユウヤと、初めて出会ったあの時から。




ぐちゃぐちゃでどろどろの、自分の中身に気が付いてしまった。














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