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ホワイトクリスマス(2部構成 後編)

秋から冬へと季節が移ろい、私の足も屋上から遠のいた。

あの短い会話からあと彼と話をすることはなくなったし、また彼と会うこと自体も稀になり、完全になくなった。

あの髪の色なら例えフロアがちがってもちらりとは社内で見かけることがあってもおかしくはないし、端正な顔の彼が女性社員の噂話にもなってもいいのに、彼に関する話はまったく聞く事はなかった。


彼、とは、私の想像の産物でしかなかったのかと本気で悩み、寒風のなか屋上に行ってみたこともあるが、彼と会うことはなかった。

空気のようにただそこに在った彼に思いを馳せた日々が続いた。


今日は雪が降ると朝の出かける前にお天気ニュースが告げていた。

キャスターたちがホワイトクリスマスだと浮かれていたからだろうか、私もまた少し心が躍る。

そのせいか、雪がちらつくというのに昼休みにまた屋上へと階段を上がる。

彼がいなくても雪が見れたらいいと言い聞かせるようにドアを開ける。


やはり彼はいない。

落胆する気持ちを押し込めるかのように、ちらつく雪を綺麗だと見つめる。

掌で受け止めると溶けて消えるのをずっと眺めていた。


「やはり変な女だな」


突如掛けられた声に振り向けば、初めてみる立つ彼の姿があった。

寒いと言って近づく彼は煙草を銜えたまま隣にならぶ。


「変なのは」


寒いせいだろうか、彼がいるからだろうか。


「変なのは、お互い様じゃないですか」


多分、その両方のせいで声が少し震えた。

彼が息だけで笑うのが聞こえて、顔に熱が上る。

そうかもなと答える彼に何も言えないまま、この雪で火照った肌が少しでも戻ればいいと願う。


どれぐらい肩を並べて無言で雪を見てただろうか。

顔はまだ熱いのに、指先がかじかんできた。

ポケットから携帯電話を取り出そうとしたがうまくいかず、地面に落ちた。

少し滑って彼の足に当たって止まる。


「どんくせぇ」


言いながら携帯電話を拾ってくれて、ほらと私に差し出した。

ありがとうと受け取ろうと手を伸ばすが、何を思ったのかすぐに引っ込めて操作を始める。


「あの、私の」


言い終わらないうちに操作を終えて、手を添えてしっかりと私の掌に置いた。

触れた彼の指もまた冷たくて、でも携帯電話は少し熱を持っていた。

彼を見ると煙草をくゆらせて口の端を上げている。


「なに、ですか?」

「何も。そろそろ業務に遅れるぞ」


しっしっと犬を追い払うかのように手を振るので、釈然としないながらも前と同じようにありがとうと呟いて背を向けた。

今度はしっかりと背中に視線を感じていて、振りかえることはできなかった。

屋上よりはまだ寒くはない屋内階段でそっと携帯を開いてみる。

何も変わり映えしない画面を確認して駆け下りた。

弾む息は白くて、彼の煙草の煙のようだと思った。



終業時刻ピッタリに突如として鳴る携帯アラームにびくっとして、慌てて画面を確認する。

『屋上』とアラーム名が出てきて、彼の顔が浮かんだ。

そうか、昼休みのあの時に彼がこの操作をしたのかと合点がいき、アラームを止めると机の上の整理を始める。

幸いにして今日の分の仕事は片付いていたし、家に変えるだけの日々に変更はない。

同僚たちの好奇の視線も痛いが、それに応える気はないのでさっさとロッカーへ向かい、ダウンジャケットに腕を通し荷物を持った。

向かうは階下ではなく屋上。

ただの悪戯なのかもしれないが、どうせ何の予定もない身なのだ。

また屋上から雪を見るのも悪くはない。

重たいドアを開けると、私を追い払ったままの立ち姿で彼がいる。


「遅い」


そう吐き出す彼の息は白い。

向かい合うのはなんだかできなくて、彼の隣に並んで街を見下ろす。


「ずっとここに?」

「んなわけねぇだろ」

「ですよね」


なんでここにいるのか。

なんで私がここにくるのか。

なんでアラームなんて仕込んだのか。


「なんで来た?」


聞くよりも先に聞かれて、あぁずるいなと思う。


「あなたが呼んだんじゃないんですか」


答えればそうだなと返ってくる。

なんなのだろう、この会話は。


「ただの悪戯ですか?」


聞けばそうかもなと返ってくる。

やはり、なんなのだろう、この会話。

もどかしいようで。でも嫌ではないから困ってしまう。


「本当に変な女」

「そうですか」


そう言われても嫌じゃないのはそこに侮蔑や嫌悪がなく、咎めるわけでもないからかもしれない。


「この俺を見ても騒ぐでも脅えるでもねぇし。まるで空気みたいに扱いやがる」


それは至って普通のことなんじゃないだろうか。

私は彼とは友達でもなければ知人でもないし、人となりさえ知らないのだから。


「…かと思えば、ただの悪戯にこうしてわざわざ律儀にやってきやがる」


それは私が変なのではなくて彼が変だからなんじゃないだろうか。

抗議すべきかと彼に視線をやれば彼と目があった。

その目が思いのほか感情を載せていなくてガラスのように見える。


「なんで、来たんだ?」


もう一度同じことをぶつけられても私の答えは変わりはしない。


「あなたが、呼んだからですよ」


私の答えに彼は泣きそうな顔で笑う。

その目にどんな思いを馳せてるのかはわからないけれど、彼は笑う。


「メリークリスマス」


この良き日を――。

季節外れもいいとこの2部作でしたが、ここまでお読みくださりありがとうございました。

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