秋晴れ(2部構成 前篇)
日差しを優しく感じるのは夏の日差しをまだ憶えているからだろうか。
時折吹く風は冷たいが、日の当たるここにいると汗さえかきそうだ。
掌で日を遮り、うっすらと目を開く。
蒼くどこまでも広がる空には雲もない。
良い秋晴れの日だ。
隣で自分と同じように横になっている男をちらりと見やる。
寝てるのか起きてるのかわからないが、規則正しくかすかに上下する胸に何故か安堵をおぼえる。
名前も知らない相手だ。
話すらしたことない。
わかるのは同じ会社に勤めているであろうということのみ。
だってここは会社の屋上なのだから。
2ヶ月ほど前の夏の終わりくらいから天気の良い日は昼休みにここに来るようになった。
適度に広く眺めもいい場所なのに、社員がわざわざ屋上まで出てくることはない。
人との関係につかれてしまった私は居心地良くてこうして居座っている。
初めて来たときは一人だったのだけど、翌日来ればこの男があとから来て特に話しかけるでもなく避けるでもなく、まるで私なんかいないかのようにごろりと横になった。
居心地悪かったけども、この男が来たからと起きて出ていくのもなんだか負けたような気がしてそのまま午後の就業開始まで陣取っていた。
いつも同じ時間で屋上に来て、屋上から出る私とは違い、男は私より早く来ていたり遅く来たり、来なかったり午後の業務が始まる前に起きることもなくそこにいるようだった。
どうやら私がここにくる前から彼はここにいて、だから誰もこなくなって、後から彼の居場所に居ついたのは私の方なのかもしれないと気付いた。
仕事してるのか分からない変な男だが、私に構うでもなくむしろ私をいないもののように気にしていないところが変に気にいって、私もまたこの男の存在を空気のように感じていながら、いるとどこか安心してしまうまでになってしまった。
およそサラリーマンとは言えない色の髪は陽に当たり金糸のようにさらさらと風を受けて流れる。
綺麗だと見惚れていたら、男と目が合い形の良い唇が動く。
「変な女」
その声があまりに良くて、言われた内容が理解できずにぽかんと見返す。
ふっと笑うそのしぐさすらどこか夢のようで見つめる事しかできない。
「昼休み終わるぞ」
そう声をかけられてやっと頭が動き出して、少し遅れて体も動かして起きた。
「ありがとう、ございます」
変な女って言われたと御礼を言ってから気付いたけれど、腕時計を見れば急いで戻らないといけない時間で。
パタパタと背中とスカートを払ってから階下に降りるドアを開けた。
ドアを閉める前にちらりと彼を見たが、彼がこちらを振り向くことはなかった。