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10.出場、オール・オンボード!


 いったん三人娘と合流したミツルは、作業ロボットの背に乗って三課のブースまで戻ってきた。テントに入った彼と顔を合わせるなり、トクガワは普段よりダンディ分が割り増しの顔でうなずく。

「出場、しちゃいましょうか」

 緊急事態とはいえレンの無謀な提案を飲むとは。ミツルは思わずトクガワの顔を見つめる。

「いいんですか? 許可とか認証とか……」

「あれはウチの機材だし、緊急時の行動規定には〈用いることのできる機材は全て使用し〉ろって書いてあるから大丈夫」

「はぁ……」

 レンからの事前説明があったとはいえ、肩すかしを食らった感にミツルはキョトンとして踵を返す。そこへトクガワの手がポンと肩に置かれた。振り向けば、課長の目つきはダンディすら通り越し、絶対零度の鋭さを覗かせる。

「その前に一つだけ確認。ミツル君、今から何しに行くの?」

「それは…………救助です。逃げ遅れた人たちの」

 ただならぬ気迫に気圧され、ぼつぼつと告げたミツルに、トクガワは暖かな笑みを戻した。

「オッケー。カワラバン、録音取ったね?」

「バッチリッス!」

 イワオがボイスレコーダー片手に親指を立てるのを、課長は満足げに確認。そして録音を切るよう促してから、ミツルにウインクした。

「あとでコンプラに叩かれないようにね。重機を取り押さえに行くとか言ったら、職権のはき違えで吊し上げ食っちゃうから。あらためて行ってらっしゃい。あ、君たち君たち」

 トクガワはサクラたち三人を手招きすると、手を合わせて頼み込む。

「予算が少ないから、怪我しないようにね」

「まっかせといて!」「善処します」「気をつけますねぇ」

「頼むよお」

 こうして、初となる現場へ赴く準備は整った。

 あとは行動あるのみだ。



 ***



「LNGタンク繋げ! コンバット給油いくぞ!」

『アイサー!』

 折良く待機していた技術班の手で、三機に燃料パイプが接続される。送り込まれるのは液化天然ガス(LNG)。それが彼女たちの血液だ。

 電動が主流となったこの時代に、彼女たちが燃料を必要とする理由は瞬発力にある。電気は燃費と馬力がトレードオフであり、力を出そうと思えば駆動時間が、長持ちさせるなら馬力が犠牲になる。全身これ関節の巨大ロボットを駆動させるためには、古き良き内燃機関も理想回答の一つなのだ。

 技術班が忙しく走り回る脇では、衣装そのままにベレー帽に代えてヘルメットを被った三人娘が、ミツルの前に並ぶ。

「細かい事はリアルタイムでやるが、口頭でこれだけは伝えておく。人命優先だ。それを常に最上位目標に設定しろ」

「「「イェス・ティーチャ」」」

 三人がそれぞれの〈体〉へと走り、入れ違いにレンと、高照度パネルを背負って〈臨時発令所〉と化した作業ロボットがやってくる。

「モニタリング始めるよ。周囲の諸元はあらかた拾ってある」

 レンのジェスチャでパネルが起動し、周辺地図に避難状況や障害物の所在が重なる。空撮ドローンから送られてくる情報には、要救助者のトリアージ情報も含まれていた。黒サイン、死亡者がいないことに胸をなで下ろしつつ、ミツルは三機のテレメトリを開く。一角に操縦席ブロック(コフィン)に収まった三人の姿が映り、ミツルは緊張に乾く喉を鳴らした。

 三人娘の体は、重機の中枢部分を乗せた独立プロセッサであり、出場する際には一体化させる必要がある。技術班はこの一体化作業に〈オンボード〉の名を冠していた。制御板ボード組み込む(オンする)搭乗する(オンボード)をかけた駄洒落ではあったが。。

 見た目に人間と変わりない彼女たちだが、そのガイノイドボディには重機と接続するための接触端子が隠されている。足の裏、手の平、あとは頭頂部の計五つ。三人はヘルメットを被っていたが、あれは唯一接続が目立ってしまう頭部ソケットを隠すための飾りだ。

 サクラたちは素速くヘルメットにコネクターを繋ぎ、ローファーと手袋を脱いで操縦桿とペダルに、正確には偽装したコネクターに素肌を合わせた。内部で端子が持ち上がり、偽の肌を貫通してソケットに突き刺さる。さらにそれらを隠すため、グローブや安全ブーツに似せた固定具が手足を覆った。

『『『オンボードレディ』』』

 起動に際しての最終確認が放たれ、ミツルはそれを受けてダイアログに指を置く。係長であるレンが指を添え、二人の指紋と生体認証が読み込まれた。

「「オンボード!」」

 瞬間、計八機のガスタービンエンジンが、轟然と吸気を開始した。それは甲高さと轟きを一瞬ごとに増し、真の姿の産声となって青空に響きわたる。

『『『同期完了、オール・オンボード、コンプリート』』』

「続いてモード・アクティヴェイター了承、行動開始ドライブ!」

『『『開始ラン!』』』

「嬢ちゃんたちが出るぞ! 固定具外せ!」

 アキヒロ班長の号令に、三機を地面に固定してていたワイヤーが解かれた。

 真っ先に動いたのはスワローバード。四機のジェットノズルをエンジンごと下方に向け、出力に物を言わせて浮上。隣ではハウンドバードが変形し、背面エンジンの回転数を上げつつ足をグッとたわめる。

『安全に現場へ接近するため、サクラはブーストジャンプを使用するよ』

『アオイはこれを補助します』

 隣でテンガロンを押さえたレンが、二人の機動を検証して親指を立てる。ミツルは身を叩く二人の熱排気に負けじと声を張り上げた。

「了承!」

 ハウンドが天を睨んで跳躍。緊急ブースターのアフターバーナーが点火し、真っ青な炎を引いて白と赤の巨人が天を駆け上がる。その放物線の頂点で、待ちかまえていたスワローが翼下からマニピュレータを展開、両者は互いの腕にあるハードソケットを連結させた。

 通路を確保できない僚機を空輸。そんな芸当を可能とするため、三機はそれぞれ過剰とも言える推力を与えられていた。その気になれば、スワローは二機を抱えて飛べるし、ハウンドも他の機体を背負って走ることができる。もっとも、どちらも短距離に限定されるが。

 最後に残ったドルフィンバードが、バルジから腹に響く低周波のうなりを上げた。

『ヒトミは飛翔移動リフトムーブを要請しますぅ』

「了承だ、行ってこい」

 地面とバルジの間に幾条かの紫電が奔り、ついで排気とは違う涼しい突風を巻いてドルフィンが浮かび上がった。電磁推進艇(EMTB)はごく短時間であれば地面効果とイオノクラフト原理で水面から浮上できる。ドルフィンは対気電磁推進によるエアジェットを併用することで、さらに安定飛翔すら可能だ。

「いいね、いいデータが取れてるよ」

「はしゃぐなレン。死人こそ出てないが、こいつは本物の事故なんだ」

「それはわかってるさ……ああ、わかってる」

 三機がパビリオンの屋根に消えるのを確認し、ミツルと険しい顔のレンが改めてパネルに目を落とす。死者は確認されていないが負傷者は多数。さらに暴走する重機の影響で、救急隊や消防が現場に入れないようだ。

「まずは避難路の確保からいく?」

「だな――ここ、それとここのコンテナを退かせば、重機と反対方向へ向かう道ができるな。救急車は無理でも職員は入れそうだ」

 ミツルは三人の送ってくるログを逐次確認しながら、最適な場所へ誘導しようとパネルに指を走らせた。



 ***



 彼らとはパビリオンの屋根を挟んで反対側。コンテナが散らばったベイエリアに向け、三機は高度をぐんぐんと下げる。地面まで十数メートルの位置でスワローが連結を解除。ハウンドが両足のバネを利かせて着地すれば、スワローは変形しながらそれを追う。

 すでに展開しているマニピュレータはそのままに、機体下面をごっそり伸ばして縦に分割。ヒザの駆動系を展開させ、細くも逞しい両足と腰を形成する。機首上面はそのまま胸部となり、翼は肩のラインを形成、翼端のエンジンは完全に下を向く。後方の胴体上面は背中に畳み込まれ、付随する後部エンジンは背中に収まった。

 最後に後部胴体に収納されていた頭部がせり出し、猛禽を思わせるV字のゴーグルフェイスに両目が点灯、翼の上から回転灯が展開する。

 広場のレンガ敷きに降り立った二機の巨大ロボットを、救助に奔走していた職員たちが何事かと見上げる。そこへ今度はドルフィンが、形を変えながら静かに着陸した。

 三本ある電磁バルジの後方二本が駆動系を露出、展開させ、太くがっしりした脚へ。船底部分は左右に分割され、開いたすき間に脚を含む腰ブロック全体がスライドする。分割された船底は三本の爪を持つ太いマニピュレータになり、辛うじて甲板と呼べそうな細いブロックが肩となって支える。前方の単独バルジは畳み込まれて腹となり、その上から船首が胸部となって被さった。

 仕上げに上面に並ぶエンジンが背面へスライド。残った奇妙な構造物、潜水艦のセイルを思わせる突起が反転し、その根本からゴーグルフェイスが露出する。

 押し殺した歓声とでも呼ぶべき、声にならない戦きが彼女たちを包む。だが彼女たちは時を無駄にしない。使命に忠実に、そして機敏に活動を開始した。

 ドルフィンが豪腕でコンテナを確保し、軽々と持ち上げて移動する。ハウンドは持ち上げる事こそできないが、押し引きしてコースを拓く。スワローは孤立した要救助者までホバリング移動し、繊細な手で人を抱えては救急車の待つ駐車場まで搬送する。

 その場に居合わせた誰もが、巨大ロボットの胸に、キャノピーの奥に少女たちの姿を見、さらにスピーカーを通してその声を聞いた。

『進路確保したよ! 奥に八人取り残されてるから急いで!』

『このコンテナは可燃物が積載されてますねぇ、危ないので一旦海中に下ろしますよぉ』

『落ちついてください。すぐに救急車までお運びいたします』

 スワローに抱えられ空を運ばれながら、少年が不安と恐怖に震える。しかし彼はキャノピーの奥に見覚えのある姿を見つけ、途端に顔を輝かせた。

「ブルーバードのおねえちゃんだ!」

 そう呼ばれたとき、アオイは自分でも理解できないうちに微笑みを浮かべ、明るい声でそれに応えた。

『はい、もう大丈夫ですよ。おねえちゃんが救急車までぴゅーんって連れてってあげますから――』

瞬後。彼女の顔から陽射しが翳った。


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