窓際の祈り
雨の止まないこの街で僕は作られた。こぶし大に丸められた新聞紙に、布をかぶせ、新聞紙が落ちないよう、紐で止める。シンプルな顔を描かれ、完成する。てるてる坊主、容易に作り上げることができるそれだが、与えられる使命は、壮大なものだ。雨を止ませる。小さな体に祈られるものは大抵がこれである。今日も、降り止まない雨に僕は止んでくれと、お願いをする。そんな小さな願いを当たり前のように無視して雨は降り続ける。僕は無力だ。そんな僕に、祈り続けてくれる君は、いつも同じ時間に出掛け、同じ時間に帰ってくる。「いってきます」「ただいま」てるてる坊主の僕に、声をかけてくれる。こんな一言が嬉しくて、涙が流れそうになる。モノの僕には無縁の代物だが、流れそうになるのだ。そんなある日、君が風邪をひいた。熱もあるようだ。一人暮らしの君には、看病してくれる人もいなければ、見舞いに来る人もいない。僕が人だったら。そんなことを考える。当然、そんな考えは叶う訳もなく、苦しそうに咳き込む君を眺めるしかできなかった。「大丈夫?」そんな言葉もかけられないのかと、自分を恥じる。雨の降り止まないこの街、毎日が雨で、空気も冷たい。この雨を、止めることができたら君は風邪をひかなかったかもしれない。こんなに苦しまなくて済んだかもしれない。僕に力があれば……。そんな強い思いを少し汲み取ったのか、空は少しだけ、雨の勢いを殺した。君を思う。そんな簡単なことで、僕は強くなれる、この思いが空に届くのだと。だが、君の苦しみは、消し去ることができない。空の機嫌を伺うことはできても、身近なものへの思いは全く届かない。これが、てるてる坊主として作られた僕の宿命。空に祈り続けることをやめれば、それはもうただのガラクタに成り下がることと等しい。だが、大切な人を苦しませ続けることのほうがよっぽど辛いものがある。心を持った、てるてる坊主の些細な祈りだ、君の苦しみが少しでも和らげば。ただそれだけの祈りを空は受け取るのだろうか、お前はてるてる坊主だ、その祈りは聴き受けられないとはじくのか、きっとはじかれるだろう。祈っていいことは、空の機嫌。それ以外は祈ってはいけない。ある意味これは誓約なのだろう。動けない変わりに、天を仰ぐ力を。そんなところだろう。天を仰ぐ……。聞こえはいいが、できることなんてこれポッチもない。雨を止ませる代わりに、君の苦しみを止められたら。僕の祈りの方向が空ではなく、君を向いたら。それは、誓約の破棄を意味する。誓約は破ってはいけない。破ってしまえば、僕の意思が消え失せ、ただのモノへと変わるだろう。意思を持たぬ存在、それは果たして、この世に存在するのか否か、僕には到底わからないが、そんなことはどうでもいい、今は、君の体が心配だ。一刻も早く良くなれば。そう、空に祈り続ける。翌日、君の顔から苦しみの色が消えていた。空への祈りが届いたのか、ただ君が丈夫で治ったのか、僕にはわからないが、天を仰ぎ感謝する。君の風邪が治ったのは、あなたのおかげだと。雨は、降り止まないが君の苦しみは止まった。てるてる坊主の僕には祈ることしかできないけれど、その祈りが誰かを救うことができるのなら、僕は祈り続ける。これがいつか止まない雨を止めることができるかも知れないから。いつもの時間に君は出掛ける。「いってきます」とてるてる坊主に手を振って。