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中年エスパーの大冒険  作者: 奏多 晴加
第一章 異邦人
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B4 陽はまた昇る

 昨日、2個目の太陽が稜線りょうせんに差し掛かったのは18時33分だった。

 今日も同じ時間だった。つまりこの世界も1日は24時間だ。

 太陽が複数個あるのに多少は暑いが無事に過ごせる。2つの太陽で俺のいた世界の太陽1個分の熱量と変わらないのだろう。


 テーブルの上にランタンが置かれ、魔力をめ込んでいるという水晶が差し込まれた。


「ゴーシさん、今日の夕食は・・・」

「あぁ、結構です。私とアンは車に戻ってもよろしいですか?」

「・・・はい」


 今日もラプラーさんたちは寂しそうな顔をした。俺ってつきあいが悪い? だってしょうがないじゃない。若い頃は新人類と呼ばれていたくらいなんだもん。


 キャンピングトレーラーに戻るとまずはアンに御飯をあげた。

 自分はレンジでチンする御飯にレトルトのカレーをかけて食べた。

 キャンピングトレーラーには1泊する程度の食料しか積み込んでこなかったが俺の人生の中で大きな災害が何回かあり、何かあったときのために1週間分の非常食も積んでいた。アンのドッグフードもそれくらいはある。

 でも明日からはラプラーさんに食事を提供してもらった方がいいかもしれない。なるべく非常食に手をつけたくないのだ。

 シャワーも浴びたが、そろそろ給水タンクに水の補充をしなくてはならない。タームに排水タンクの汚水を捨てさせるのを忘れていた。これも明日しよう。

 クーラーボックスから缶ビールを取り出し1本だけ飲んだ。

 他にすることがないからもう寝てしまおう。こんなに早く寝るのは高校生のときの新聞配達以来だ。まだ20時にもなっていなかったがダイネットを畳んでベッドにして寝た。


(あ。アンを夕方の散歩に連れていっていないや・・・)




 今日は日の出(ひので)前に起きた。まだ4時だったが空が明るくなり始めていた。

 サバイバルナイフの柄についているキャップを外すとコンパスになっている。こういうときは昔からある道具の方が役に立つ。この世界も太陽は東から昇るようだ。

 手早く着替え、アンを散歩に連れて行こうとするが、ぐずぐずしている。まだ眠いみたいだ。もうしばらく寝かせておいてやろう。

 窓からみた「木造平屋の分校」も目覚めてはいないようなので、カーテンを閉めて久しぶりに瞬間移動テレポーテーションをした。サラリーマン生活ではほとんど使っていないスキルだったが、多分大丈夫だろう。

 飛んだ先は最初に俺とアンがたどり着いた山の中。何か石像、石碑、鳥居等という目印の有無を調べたが、凸凹の山道があるだけで何もなかった。


 瞬間移動テレポーテーションでキャンピングトレーラーに戻り、扉を開けて外に出た。「木造平屋の分校」のまわりを散歩してみた。タームが建物の裏手にロバや山羊やぎを引いていっていたので家畜小屋でもあるのだろう。

 山羊やぎはいた。とり小屋もあった。ロバと荷馬車は見当たらなかった。そう言えば昨日は朝、見かけただけでタームとは会わなかったな。

 今日はラプラーさんに通訳してもらい、排水タンクの掃除や給水タンクに水の補充をしてもらおう。


「ーーーーー」


 声がしたので振り返るとボンさんがいた。隣にはまだ幼い女の子がいた。これがタームの妹、ムオイなんだろう。


「おはようございます」

「ーーーーー」


 俺を呼んでいる雰囲気だったので近づいたら、そのまま建物の中に案内された。ムオイちゃんは家畜小屋まで行き、山羊やぎを連れ出している。昨日、タームが山羊やぎの世話をしていたな。今日はムオイちゃんがするのか。

 事情聴取されている部屋に通された。まだあたりは薄暗いがこいつらは起きて活動しているのか。

 ほどなくラプラーさんがやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます、早いですね」

「まだ朝食までには時間があります。お話でもしましょう」

「いえ。アンと散歩に出かけたいのでキャンピングトレーラーに戻ります」

「散歩、ですか?」

「はい」


 この世界では犬を散歩させないのか? そういえばボンさんもムオイちゃんも犬っぽい人だ。犬みたいな人はいても犬はいない?


「ゴーシさんはまだこちらに来て間もないので、地理も不案内でしょう。ムオイと一緒に散歩へ行ってください」

「はぁ。では支度をして外で待っています」


 ラプラーさんがボンさんを呼んで何かを言っている。

 俺はキャンピングトレーラーに戻りアンを起こし、ハーネスとリードを付けた。お散歩バッグに飲料水のペットボトルを1本入れて準備完了。

 キャンピングトレーラーから出ると山羊やぎを連れたムオイちゃんが待っていた。


「ムオイちゃん、よろしくね」

「・・・」


 ムオイちゃんは黙ってうなずいた。うん、兄貴と違って控えめな感じだし目つきも悪くない。

 シャイな女の子という感じだが、頭から耳が出ているし尻尾もある。ワンコだね。

 俺はお散歩バッグからジャーキーを取り出し1本はアンに、1本はムオイちゃんにあげた。

 アンに食べさせながら「どうぞ、どうぞ」と勧める仕草をしたが、ムオイちゃんはジャーキーの臭いを嗅ぐとポケットにしまった。警戒心が強いのか。タームはすぐに食べたぞ!


 俺はアンを連れ、ムオイちゃんは山羊やぎを連れて山道を下る。昨日引き返した道の少し先に平らに開けた場所があった。そこで山羊やぎに草を食べさせるようだ。

 ちょっとした草原だったが、アンはうれしくなったのか走り出した。ふだんは一緒に走らないのだが、俺も一緒に走った。

 俺は超能力で超体力のスキルを持っているので、本気を出せば犬よりも速く走れる。俺のいた世界ではそんなことをしていれば怪しまれるが、ここは異世界だ。近くにいるのもムオイちゃんだけだし、もしかしたら彼女もこれくらいの速度で走れるかもしれない。犬だから。


 こちらの世界に来てからろくに散歩していなかったせいか、アンは大喜びで走り回った。

 30分くらい走り回ったら満足したようだったので、キャンピングトレーラーに戻ることにした。


「ムオイちゃん、そろそろ戻ろうか」

「・・・」


 ムオイちゃんは黙ってうなずいた。無口なのかな?

「木造平屋の分校」に戻るとムオイちゃんは山羊やぎを家畜小屋へ戻しに行った。

 キャンピングトレーラーに戻ってアンに御飯をあげ、俺はフルーツグラノーラに豆乳をかけた朝食を食べた。

 少し汗をかいたのでシャワーを浴びたかったが、給水タンクにはほとんど水が残っていないので我慢した。

 今日こそは排水して、掃除して、給水しなくては!


 今日もコーヒーメーカーでコーヒーを作り、携帯ポットにいれた。ビスケットは昨日全部食べてしまったので、今日はお茶請けがない。

 アンを連れて「木造平屋の分校」の中に入るとラプラーさんたちが待っていた。


「ゴーシさん、一緒に朝食を食べましょう」

「すいません、もう食べてきました」

「そうですか・・・」


 あ。また寂しそうな顔をした。悪いことをしちゃったのか。そんなに俺と一緒に食事がしたかったのか。ラプラーさんたちは昼食は食べないようなので、次回は夕食だ。今日の夕食は一緒に食べてあげよう。

 今日の事情聴取はないはずだ。昨日、チェックポイント集を作成したので俺のいた世界の情報はまとまっている。


「ゴーシさん、今日からはこの世界の言葉を教えます」

「はぁ」

「読み書きも覚えてください。でないと昨日作っていただいた書類が・・・」


 そうだった。俺は日本語でチェックポイント集を作った。ラプラーさんは会話はできても日本語の読み書きができないようだ。日本語の書類では意味がない。


「そうですね。一生懸命覚えます」

「まずは挨拶から覚えましょうか。こんにちは、これは『こんにちは』です」

「あ、あの教科書とかないんですか?」

「・・・ありません」

「・・・教科書も作りましょうか?」

「是非、お願いしますっ!」


 い気味にラプラーさんが返事した。この人は書類とか一切作らないのだろう。

 聞き取り調査だってチェンマーさんにメモを取らせていたし。


ずはABCから始めましょうか」

「お任せしますっ!」


 俺より前にこの世界に来たやつらはどうしていたんだろう。

 長い時間の聞き取り調査や会話だけで言葉を覚えることに誰も疑問を持たなかったのか?

 午前中はこちらの世界のアルファベット表と簡単な挨拶一覧を作って終わった。


「そろそろ昼休憩にしましょうか」

「あの! ゴーシさんのために昼食を用意しているんです!」

「・・・じゃあ、ご馳走ちそうになります」


 何でラプラーさんは俺と一緒に食事をしたがっているんだ?


「この家ではこの世界の生活に慣れてもらうことも重要なのです。異世界から来た方は食事に苦労される方が多いので・・・」

「そうなんですか?」

「口に合わないとか、臭いが駄目とか」

「材料が違うのかな?」

「多分、ほとんど変わらないとは思うのですが」


 何が違うのか、実際に食べてみないと分からないな。

 俺は食べ歩きを趣味にしていたし、独身生活も長いのである程度は料理も作れる。余りにもひどい料理だったら俺が作ってやるか。


「ちなみに食事ってボンさんがつくっているんですか?」

「そうです」

「・・・料理に体毛が入っちゃうんじゃないんですか?」

「大丈夫です」

「食べておなか痛くなっちゃう人は今までにどれくらいいました?」

「慣れない世界で胃腸が痛くなる方はいました」

「私はおなかが弱いんですが」

「とりあえず、食べてみてください」

「・・・はい」


 出てきた料理はパンと野菜いため、スープだった。

 パンはイースト発酵させていないようでナンみたいだ。手でちぎってスープに浸して食べてみた。

 スープは薄味で塩以外の調味料が使われていない感じがした。

 もう少し煮込んで素材からエキスを出せば味も良くなりそうだが、何故なぜしないのだ?

 野菜いためもシャキシャキ感がないし、塩分も控えめでちょっと食べづらい。


如何いかがでしたか?」

「野菜いためもスープも、もう少し塩胡椒こしょうが利いている方が好みですね」

「味が薄かった?」

「ええ。塩以外の調味料はないのですか?」

「はい、塩も手に入りづらいのでたくさんは使っていません」

「はぁ」


 キャンピングトレーラーのギャレーには塩も胡椒こしょうもある。冷蔵庫には醤油しょうゆやワサビ、柚子ゆず胡椒こしょう等も入っているが、ホイホイ使っていたらもう手に入らないのだろう。

 我慢して食べ続け、この薄塩料理に舌を慣らしていかねばならないのか。


「香辛料とか胡椒こしょうは手に入らないのですか?」

「あるにはあるのですが、胡椒こしょうはとても高価なんです」

「ハーブは?」

「ハーブ?」

「香草と言えば通じますか?」

「香草?」


 難しい日本語は分からないみたいだ。俺よりも先にこの世界に来ていた日本人はこういう会話をしなかったのか。


バゴオン(bagooneg)は?」


 これはフィリピンの調味料というか、オキアミの塩辛だ。ちょっと臭いがフィリピン料理にはよく使われている。俺はちょっと苦手だ。


「海辺の漁村では作っているようですが、ここは山奥なので・・・」

「・・・もしかして、ここが山奥だからいろいろな調味料が手に入らないのでは?」

「そうですね、それが大きな理由ですね」

「物流が良くない?鉄道や高速道路はないのですか?」

「ありません。そうですね・・・うーん、ゴーシさんの世界で例えるならこの世界の文化レベルは江戸時代くらいですか」


(フジャッケンナ! フジャッケンナ!)


 確かに千里眼で見た村の生活様式は江戸時代か、中世ヨーロッパって感じだったが、江戸は最盛期には100万人都市だったのだから文化レベルは世界的に見ても高かったと思うぞ!

 食べ物だって江戸前寿司ずし天麩羅てんぷら、二八蕎麦(そば)うなぎかば焼きがあって・・・、あぁよだれあふれてくる。食は文化なのだ!


「魔法で何とかならないのですか?」

「ワタシに瞬間転移魔法(ウォープドライブ)が使えれば、買い出しにも行けるのですが・・・」

「はぁ・・・」


 俺は瞬間移動テレポーテーションができる。大体の場所を教えてもらえれば千里眼を飛ばして着地地点も確認できるから、行ったことがないところでも問題ない。

 でも「私、実は超能力者なんです。瞬間移動テレポーテーションもできます」と告白したら、別の施設に連れて行かれてしまうかもしれない。それは嫌だな。

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