E4 オムレツをつくりましょう
街道を順調に走る。
この世界には他に車はないし、信号も無いから快適なドライブだ。
「ところでジュリーの両親って今、何処にいるの?」
「母はロール家の領地で暮らしています。父は戦場です」
「お父さんが戦争に行っているんだね。兄弟は?」
「兄と弟の2人は父と同じく戦場です。妹は母と領地にいます」
「ジュリーは4人兄弟なんだ」
「庶子を入れたら何人、兄弟姉妹がいるのやら・・・うふふ」
「え、そうなの!? お父さん、やるなぁ」
「家は正室の産んだ子しか継げん。側室は『庶子』しか産めんからな」
「厳しいんだ」
「まぁな。戦場から生きて帰ってきた者が未だいないから、殆どの当主は『婿』か『曾孫』が欲しいのだ」
「戦争、厳しいんだ・・・」
「魔族と講話に向けての話し合いの糸口さえ持てないからな。あ、ドロシー殿・・・」
「いい、いい。気を遣わんでも。戦争なんてやりたい奴が勝手にやってるんだから」
「そんな言い方ないだろう? 魔族は人を滅ぼしたいんだから、人からしたら迷惑なだけだ」
「彼奴らは『人を全て滅ぼしたら元の世界に戻れる』って、勝手に信じ込んでいるんだから、あたしに何をどうしろって言うんだい!」
「い、一ノ瀬殿。ドロシー殿は過去に何度も各国からの依頼で魔族との窓口になっていただいているんです・・・」
「へぇー」
ドーラは人側に協力する魔族として働いていたんだ・・・。
それでも戦争が終わらないから、投げ出したのか?
「けっ!彼奴らは話し合いなんてしないよ!もう、うんざりだ」
「何で魔族は『人を全て滅ぼしたら元の世界に戻れる』って思っているんだろう?」
何気ない疑問が口から出ると、車内にいる4人の視線が俺に集まったのを感じた。
「そうか。ノリはまだ知らないんだよな」
「ノリユキさんは知っておいてもらった方がよろしいですね」
「一ノ瀬殿はまだ此方の世界に来て間もないからな」
「なんだよ? なんか皆知っているこの世界の常識っていうのがあるのか?」
後席真ん中に座っていたジュリーが前席まで顔を出し、俺の耳元で囁いた。
「うふふ。私たちは皆、多かれ少なかれ『魔族』の血が流れているんです」
「はぁ!?」
俺が今迄出会った『人』は、本当は魔族だった!?
それなら今、人を滅ぼすべく戦争している『魔族』ってなんだ?
漫画だったら俺の頭に上に数え切れないほどの「?」が浮かんでいるだろう。
「お前ら全員、『魔族』だったのか!」
「いや、私たちは『人』だ」
「『魔族』と『人』の違いって何だよ!?」
「『魔族』は魔法を使えるが『人』は使えない」
「たったそれだけの違いだけかよ! じゃぁイサさんは『人』だったのか?」
助手席に乗っていたドーラが俺の襟首を掴み、引き寄せた。
俺は運転中だっちゅーの!危ないだろう!
「イサは魔族であたしの妹だ。覚えておけ」
「判ってるよ!離せ、危ないだろう!」
「けっ!」
何だよ!? 魔法が使えない『魔族』が『人』なんじゃないのかよ?
「今の『人』には多かれ少なかれ『魔族』の血が流れている」
「それはさっき聞いた」
「『魔族』には『魔族』の血しか流れていない」
「ふーん、そしたら混血が『人』で純血が『魔族』なのか」
「そうだ」
「だったら最初からそう言えば・・・」
「混血でも魔法が使えれば『魔族』なんです。魔王がそう言うんだから仕方ないです」
何だかややこしいな。
今の俺に理解できたことは『魔王は我が儘』だということ。
王様なんだから多少は我が儘なところもあるのだろう。
「『魔族』はこの大陸にやってきた最初の種族なんです」
「へぇー」
「なんでも『魔族』は村ごと迷い込んできて、その後『人』が迷い込み『魔族』と交わり、現在に至っているそうです」
「何で『魔族』は自分たちの子孫でもある『人』を滅ぼそうとしているんだろ?」
「彼奴ら、自分たちの残した足跡を消せば元の世界に戻れると信じてやがるんだ。訳がわからん」
「何でそんな発想になるんだ?自分たちも『魔族』の子孫だろうし、子孫同士が仲良く・・・」
「子孫ではありません」
「へ?」
「最初の一族がまだ健在なのです」
「ドーラ、そうなの?」
「ふん!あたしの一族は長生きなんだよ」
「『魔族』がやってきたのって、最近の話なの?」
「今、使っている暦の始まりよりもずっと前だ」
「1000年以上も前!?」
驚いた。
この世界の暦は「迷い人」の誰かが作ったとイサさんが言っていたが、確か今年は1107年だ。
それよりも前にやってきて、まだ生きているってどうなっているんだ!?
「ねぇ、ドーラって幾つなの?」
「女に年を聞くモンじゃないっ!」
「んー、じゃ暦ができたとき、生まれていた?」
「ノリは暦の話をイサに聞いたんだろ?暦を作った『迷い人』の世話をしていたのがイサだ」
「げげーっ!」
びっくりし過ぎて車を街道からはみ出しそうになった!
ドーラもイサさんも1107歳以上だ!
マジで「妖怪若作りババア」だったんだ!
「くんくん」
「何であたしの匂いを嗅いでるんだ?」
「いや、1000年以上生きている人の加齢臭ってどんなんかなぁ?って思って」
「やめろよ!人を年代物のワインみたいに扱いやがって。あたしは若いから加齢臭なんてしないよ!」
「ははははは、そうっすね」
野生動物は歯を調べれば年齢が判るそうだが、ドーラの歯を研究機関に送って実年齢を調べてみたいな。
「だいたい暦なんてモンが無ければ、誰も年齢なんて気にしなかったのにぃ!」
「『魔族』には暦が無いの?」
「太陽が何回昇ったとか、夜が何回来たとか、気にしたことがないね!」
「農耕とかしてなかったの?」
「さあ?」
「さあ?って・・・」
「あたしは一族がこの世界に来てから生まれたから、元いた世界のことなんて知らないんだ」
「この世界に来てからって・・・ドーラも『人』との混血なの?」
「あたしは純血だよ。混血だったらこんなに長く生きていないさ」
「ふーん」
くんくんくんくん
「うおっほん! あー、後ろの方たちは何で俺の匂いを嗅いでいらっしゃるのですか?」
「い、いや加齢臭とはどのような臭いなのかと思って・・・」
「ノリは臭うのか?」
「俺もヤングだから加齢臭なんてしないよ!」
超体力のおかげでアラフィフになった今でも身体は若い。
会社の同期は『遠近両用眼鏡』をかけるようになってきたが俺は裸眼のまま細かい文字も読めるし、髪の毛だって痩せていない。
今もフサフサで床屋では梳き鋏で梳いてもらっている。当然、白髪もない。
だから加齢臭なんてする訳がない!
「うふふ、ノリユキさんは御爺様と同じ匂いがします」
「げ!マジで!?」
「私の大好きな匂いです」
「レモンみたい?」
「ふふふ、そうですね」
うん、ジュリーはいい子だ。
こんな子が嫁なら幸せな家庭が築ける。
ん?嫁?
「俺、ジュリーと結婚するんだよね?」
「ええ、ですからこうしてノリユキさんの御師匠様に御挨拶へ出向いているんですよ」
「ジュリーは・・・俺のところお嫁に来てくれるんだよね?」
「うふふふ、ノリユキさんが私の家に御婿に入るんですよ」
「やっぱり?」
「はい!」
どうしよう。
俺、ひとりっ子なんだよなー。
「ジュリー、言いにくいんだけど俺は婿には入れない」
「ええ!?どうして?」
「俺は兄弟姉妹がいないから、自分の家を継いで両親の面倒を見なきゃいけないんだ」
「そうなんですか?」
「先祖代々の墓守りもしなきゃならないし」
「ノリ、お前は元いた世界に帰れると思っているのか?」
「そうだよ」
「ふふふ、ノリユキさんが本気を出せば今日にも帰れるんですよねー」
「まあな」
「私も日本に連れて行ってくれるんですよねー」
「へ?」
「私とコーメも連れて行ってくれるんだよな」
「なんで・・・」
「あたしも日本に行ってみたい」
「ドーラまで・・・。何でそんな話になっているんだ!?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「昨夜、酔っ払って『みんな日本に連れて行ってやる』って言っていたのですよ」
「あ!」
俺は本気で念じたら何時でも元の世界に戻れると思っている。
次元転移能力が発動できないのは、俺がまだまだ本気になっていないだけだ。
でも、みんなを連れて行くって言うのは・・・酔った勢いだろう。
「皆んなを日本に連れて行くという話は置いといて、そんな訳で俺は婿には入れない」
「そんな・・・」
「結婚しないと言っている訳じゃないんだ」
「でも・・・」
「それにジュリーの兄貴や弟くんが死んだ訳じゃないんだろ?」
「・・・はい。たまに手紙が届きます」
「なら、兄貴か弟くんが家を継げばいいじゃないか」
「ノリ、聞いてなかったのか?生きて戦争から戻ってきた奴はいないんだ」
「聞いてたよ」
「お前、まさか?」
「戦争を終わらせればいいんだよ」
「簡単に言うなぁ」
「戻りたい奴を元の世界に戻してやれば、戦う理由がなくなる」
「・・・どうやって戻すんだ?」
「俺が本気を出せば・・・」
「じゃあ今、本気を出せ!お前は『やればできる子』なんだろ!?」
「・・・今日はやめておこう」
「ちっ!」
今はその気になれない。
俺が本気を出す時期ではないような気がしているだけだ。
「そろそろ到着しますね」
「あぁ」
木造平屋の分校という感じの建物が見えてきた。
3日しか離れていないのに懐かしい感じがする。
庭に車を停めたらタームが飛んできた。
「ターム、イサさんはいるか?」
「はい、イサ様は中においでです。一ノ瀬様がいらっしゃったことを伝えてきますので、少々お待ちください」
「あれ?」
タームは建物の中に走っていった。
3日前とはえらく印象が違うんだけど?
「タームって普段からあんなに丁寧な言葉遣いをしているの?」
「当たり前だろ?彼奴はイサの使用人なんだし」
「目つきが悪いからもっと小生意気なのかと思っていた」
「金狼族だから仕方ないだろ」
俺が思っていたよりもタームは好青年だったのか?
いや、確かに俺に対する態度はデカかった。
俺だけのときは舐めた態度を取っていたんじゃないのか?
犬は群れの中の上位者によく従い、命令に忠実だがタームは俺のことを自分より下位だと思っているに違いない。
1度、徹底的に痛めつけて何方が上位者なのか教え込んだ方がいいな。
「皆さん、どうされたのですか?」
イサさんが小走りでやってきた。
「御師さん、お久しぶりです」
「久しぶりって、まだ3日しか経っていませんよ」
「今日は御師さんに報告があります!」
「何ですか?」
「ジュリー、おいで」
「・・・はい」
俺はジュリーの肩を抱いた。
「俺たち、結婚します!」
「え?」
「・・・」
「俺たち、幸せになります!」
「え?え?」
「・・・」
「紹介します。俺のお嫁さん、ジュリーです」
「・・・」
「あれ?ジュリー、どうしたの?」
ジュリーは俺を見つめたままフリーズしている。
「私・・・お嫁には行けません。ノリユキさんがお婿に来てください。わぁーん」
ジュリーは泣き出してしまった。
「どうしたの?車の中でも話した通り、俺が戦争を終わらせるから・・・」
「わぁーん」
ジュリーはしゃがみこんで大泣きしている。
金髪さんはジュリーの肩を抱き、俺を見上げて睨んだ。
「『魔族』との戦争はもう長い間、続いているのだ。これは一ノ瀬殿がどうこうできる戦いではないことをジュリーは分かっているんだ!」
「どうして、俺が出来ないと思っているの?」
「くっ!国と国との戦争なんだぞ!?個人がどうこうできる訳なかろう!」
「ひひひひ、いや。ノリなら出来るんじゃないか?」
「ドロシー殿、何を根拠に!」
「何故ならノリは『やればできる子』だからさ」
「いい加減なことを!」
「大丈夫、大丈夫。まーかーせーてー!」
俺は某高校光画部OBと同じポーズを取り、胸を張って見せた。
「ノリ、吐いた唾は飲み込めんぞ!」
「あぁ、承知している」
「ノリユキさん・・・」
俺が本気を出せば、戦争だって終わらせてみせる。
ただ、生まれてこの方『本気』になったことがないだけだ。




