E2 ありがとう あなた
「言っとくけど俺の車は4人乗りだからな。ジュリーとエリックさん、エリックさんの奥さんを乗せたら満席だ。ドーラは乗れないぞ」
「ロール卿!ロール卿!」
ドーラは王様と話をしているエリックじいさんを呼んだ。
「がははははは、ドロシー殿。如何なされたか?」
「これからノリとジュリーと一緒にノリの魔法の師匠のところに行くんだけど、ロール卿は行かないよな?」
「がははははは、ドロシー殿がノリの師匠ではないのか?」
「あたしの妹が此奴の師匠なのよ」
「がははははは、一緒に御挨拶に伺いたいのだがこの後、王様と結婚式の打ち合わせがあるからなー」
「んじゃ、あたしが代わりに挨拶してきてやるよ」
「がははははは。では、宜しくお願いいたす」
「ノリの車で行くから、お昼までには帰ってこられるよ」
エリックじいさんは笑いっぱなしだ。よほどこの結婚が嬉しいのか。
ジュリーもずーっとニコニコしているし、これで良かったんだなぁ・・・。
こんなオッサンが若い娘さんの御両親に「お嬢さんを僕にください!」なんて、挨拶に行ったら反対されるか「一発殴らせろ!」とか言われると思っていたのに、今の俺は大歓迎されている。
ちなみにアンが何処の馬の骨か判らない犬に乗っかられたら、犬好きの俺でも相手の犬を撲殺してしまう。それがマスティフでも絶対に噛み殺す。
・・・可愛い孫娘の結婚相手がこんなオッサンで本当にいいのかなぁ?
「あの・・・エリックさん」
「がははははは、何ですか?婿殿」
「ぐっ!」
そうきたか!今まで俺のことを「ノリ」って呼んでいたのに、いきなり「婿殿」なんて呼ばれたら精神的ダメージを受けてしまうではないか!
「こ、こんなおっさんがジュリーの結婚相手で本当にいいんですか?」
「がははははは、ノリは最高の婿だ!」
「はあ・・・では、これからもよろしくお願いします」
「がははははは、がははははは、がははははは!」
「うふふ。御爺様、とっても嬉しそう!」
「はははは、はははは」
すげー、歓迎されている。まいったなー。
「そうと決まれば早速、イサのところへ行こうぜ!」
「ちょっと待って。ジュリーはそのままの格好で構わないのかい?」
「うふふ。そうですね、ノリユキさんの親代わりに当たる方への御挨拶ですから着替えて、御土産でも用意しましょうか?」
「俺も何かと準備があるから、今から1時間後に庭の東屋集合ってことで」
「遅い! 40秒で支度しな!」
おいおい、ドーラおばさん。そのまんまの台詞じゃないか。
「俺はまだ髭も剃っていないし、イサさんのところに持っていきたいものもあるんだ。そんなに急いでいるなら瞬間転移魔法で跳ぼうよ」
「嫌だ。あたしは車で行きたい」
「じゃあ、支度ができるまで大人しく待ってろよ!」
「ひとりじゃ退屈だから、ノリの部屋で待ってる」
「好きにしろよ。ジュリー、ちょっと早めて8時半出発でいいかい?」
「いいわ」
ちゅっ!
「わあっ!」
「うふふ」
ジュリーが抱きついてきて、ホッペにちゅーされちゃった。
「それじゃまた後でね!」
ジュリーは足早にレイクウッドの間を出て行った。
「ひひひ、ノリ。愛されてやがんな!」
「まぁね!」
うーん、やはりジュリーは可愛いかもしれない。
交際期間0日で結婚しちゃったから、お互いのことはよく知らないけど此方の世界ではそれも普通なのかな?
「王様、私たちはこれからイサさんのところに結婚の報告に行ってきます」
「そうか、そうか。よろしく言っといて」
「つきましては、ちょっとお願いがあるんですが・・・」
「なんや? なんや?」
「プラームっ!」
「はい、一ノ瀬様」
「アンに御飯をあげてくれたか?」
「はい、滞りなく」
「よし。それと俺は今からアンと『迷いの山』にいるイサさんのところに行ってくる」
「畏まりました」
イサさんから借りた『魔法の本』をエコバッグに入れ、腰にジャングルマチェーテとサバイバルナイフを差した。
お城とイサさんの家との間の街道には魔物も出るから、準備だけはしておく。
「おーい、ノリーっ!部屋に入れろー!ぎゃあ、ぎゃあ!」
部屋の窓の外でドーラがぎゃーぎゃー、騒いでる。
瞬間転移魔法で跳んで来れなかったようだ。
「プラム、ドーラが部屋に入ってこられないということは、この魔方陣が織り込まれた絨毯が役に立っているということだ」
「しかし、一ノ瀬様は・・・」
「俺が使っているのは『魔法』じゃなくて『超能力』なんだ。だからこの絨毯が敷かれていても大丈夫なのだ」
「超能力・・・ですか?」
「まぁ、似てて非なるものだ。プラムは気にしなくていいよ」
「畏まりました」
「入れろー!入れろー!ぎゃあ、ぎゃあ!」
「あの・・・宜しいのでしょうか?」
「いいの、いいの。放っておきなさい」
リビングに置いたキャンピングトレーラーから外した鏡を見ながら、3日ぶりに髭を剃った。
このシェーバーも、書斎コーナーに置いてあるノートパソコンも、ポケットのスマートフォンも、そろそろ充電しないと動かなくなっちゃう。
ドーラの雷撃魔法で何とかならないかな?
交流50Hz、電圧100V、電流20Aって指定して雷撃魔法が使えれば、充電だけじゃなくてコーヒーメーカーも動かせるのに。
あ、コーヒーはプラムが淹れてくれるか。
「いい加減にしろよ!」
「あ!」
「すみません。私が窓を開けました」
「ぎゃーぎゃー五月蝿かったから仕方ないか」
「何であたしがこの部屋に入れないんだ!ぎゃあ、ぎゃあ!」
「蚊取り線香を焚いているからだよ!」
だいたい「ひとりで部屋にいると退屈だから」という理由で俺の部屋にくるかなあ?
俺が迷い込んでくる前は何をしていたんだよ。
「ノリ!ノリ!」
「何だよ、騒がしいなあ」
「これ、冷凍食品って奴だろ?」
ドーラが俺の準備したクーラーボックスから冷凍パスタを見つけやがった。
「そうだけど、もう溶けているだろ?」
「いや、まだ冷たいぞ」
「そう?」
「・・・食べてみていいか?」
「朝ご飯を食べたばかりだろ」
「冷凍食品は別腹なんだ」
真顔で言いやがった。
こいつ、アホなんじゃないのか?
「この部屋には電子レンジがないよ」
「大丈夫!あたしには熱風魔法がある!」
「じゃ600wで5分30秒、温めて」
「?」
「そんなこと言われても分かんないよな。後でキャンピングトレーラーの電子レンジで温めてやるよ」
「やった!」
昨日、開拓地で勝手に水路を作っちゃった借りがあるから、いいか。
「早く行こう!早く食べよう!」
「判った、判った。プラム、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
「あ、そうそう。俺、ジュリーと結婚することになったから」
「え!?」
「アン、おいで!」
アンを抱き上げ、ドーラの手を握り、瞬間移動でお城の庭の東屋へ跳んだ。
「早く、早く!」
「落ち着け!」
ドーラに急かされ、キャンピングトレーラーの鍵を開ける。
天気が良かったし、昨日コーヒーメーカーを使っただけだから、バッテリーが満タンだ。
「ドーラ、これが電子レンジだ。この機械はマイクロ波を照射して、食品に含まれる水分を・・・」
「そんな説明はいいから、早く!早く!」
「はいはい」
ティレレ、ティレレ、ティレティレレ
「できたのか?」
「そうだよ」
「何時『チン』って言うんだ?」
「今、したじゃない」
「・・・あたしには『チン』という音は聞こえなかったぞ?」
「あー、もう!昔の電子レンジは『チン』ってベルが鳴っていて、それから電子レンジで加熱することを日本語では『チンする』って言うんだよー!」
「ふーん」
出来上がったのは俺のお気に入りの「マスカルポーネのボロネーゼ」だ。
「美味い。ソースもいいが、麺の茹で加減が絶妙だ」
「なかなかイケるだろ?」
「僅か5分ちょっとでこんな料理が作れるのか・・・」
ドーラは口の周りをソースまみれにして、あっという間に平らげた。
朝食を食べたのに、よく入るなあ。正に別腹!
「もういいか?出発の準備をしたいんだが」
「もう冷凍食品はないのか?」
「それでお終いだよ」
「じゃあ、あのパンはあるか?」
「まだ2、3個ならあると思うよ」
「食わせろ!」
「ドーラ、食べ過ぎだぞ。また今度な」
「・・・今度って何時だ?」
「そうだなぁ、食糧が尽きてしまったときだ」
「・・・今、食わせろ」
「あのなぁ。アレは非常食だって言っただろ?お腹が空いたときに食べるもんじゃないんだよ」
「・・・買う」
「へ?」
「あたしに売ってくれ!」
「ヤダよ。この世界じゃパンの缶詰なんて手に入らないんだろ? 売っちゃったらそれでお終いじゃん」
「・・・ひとつ、出そう」
「やだ」
「じゃ、思い切ってふたつだ!」
「俺が昨日、勝手に作っちゃった水路の工事費と同じじゃないか。パンの缶詰1個でドーラが儲け損ねた分を相殺するつもりだろう?」
「今食べた冷凍食品でアレはチャラにしてやる。パン1個にふたつ出すんだ。悪くない話だろ?」
「うーん、考えておく」
「ちっ!決断の遅い男だね!けっ!」
「金じゃお腹が膨れないからね」
パンの缶詰1個に数千万円も支払おうなんて、やはりドーラはアホだ。
「もう出発だ」
「判ったよ」
キャンピングトレーラーから降りると、お城のメイドさんたちが荷物を抱えてやってきていた。
「ありゃなんだい?」
「塩、胡椒、ハーブと徳過瑟斯魔牛の肉」
「へぇー、イサのところに持って行ってやるのかい」
「イサさんのところは食糧事情が悪いみたいだからね」
「ふーん」
「高給取りの姉が援助してやればいいのに」
「あいつはあいつで王様から給金をもらっているんだから、いいんだよ!」
「どのくらい?」
「兵士1人分だったかな?」
兵士1人分の給金がサラリーマンの平均給与と同じと仮定すれば、イサさんやボンさんたち5人と『迷い人』を食べさせていくにはギリギリだ。
ましてや迷い人だって、いつもひとりだけという訳ではないみたいだから、預かる人数が増えればそれだけ食費が多くかかる。




