D8 少女の誇り
自分の部屋に戻る前にアンを迎えに行かないと。
俺は瞬間移動で城の庭に停めてあるキャンピングトレーラーに跳んだ。
先ずはプラムに渡すコーヒー豆と、トイレに置いてある予備のトイレットペーパーをいつも持ち歩いているエコバッグに入れた。
「さて、と」
擬似分体で広い庭の何処かにいるアンを探した。
「あれ?」
キャンピングトレーラーの隣にある東屋にアンとジュリーがいる。
すぐにキャンピングトレーラーから降りて、アンのもとに向かった。
「ここで待っていたの?」
「ええ、17時に魔法の修行が終わるとおっしゃっていましたから」
「アンはもう夕方の散歩に行かなくていいな」
「わーん!」(いつも夕方の散歩は忘れちゃっているクセに!)
「ジュリー、明日の朝の待ち合わせ場所もここでいいかな?」
「ええ、いいわ」
「じゃ、今日1日アンの面倒を見てくれてありがとう。また明日」
「またね」
アンを抱き上げ、瞬間移動で自分の部屋に跳んだ。
「プラーム!今、戻ったぞ!」
「おかえりなさいませ、一ノ瀬様」
「今晩は確か、何処かの晩餐会に招待されていたな」
「はい。レッシュ侯爵家から招待を受けております」
「そのレッシュ侯爵家って、何処にあるんだ?」
「城を出てすぐのところにあります」
「プラムも一緒に行くんだろ?」
「いえ、私は城に残ります」
「じゃ、俺とアンの2人だけで行くのか」
「あの・・・犬は・・・やはり・・・」
「やっぱりダメかな?」
「獣人も入れませんし・・・」
「ま、しょうがないか。アン、またお留守番をお願いします」
「わん!」(いいよおー)
昼間、庭を自由に歩いてジュリーにも遊んでもらっていたおかげか、アンの機嫌がいい。
「でも・・・。ひとりで知らない人の家に行くのはなんか嫌だな。ドタキャンしちゃおうか?」
「ドタキャン、ですか?」
「土壇場でキャンセル、略してドタキャン。急に取りやめることだよ」
ガチャ
コネクティングルームのドアが開いて、誰かが入ってきた。
「晩餐会の招待をそんな理由で断るつもりなのか!」
金髪さんと雛だ。
「相手は楽しみに待っているだろうし、用意した料理を全て無駄にしても一ノ瀬殿は構わないと言うのか!」
「いや、そこまでは考えていなかったよ」
金髪さんは激おこプンプン丸だ。
「それに一ノ瀬殿はひとりではないっ!私たちが護衛としてお供する!」
「そうなの?」
「王様から一ノ瀬殿の護衛を任されていると言ったはずだ。その任務はまだ解除されていない」
「二日酔いはもう大丈夫なの?」
「くっ!」
金髪さんは俺を睨んで歯ぎしりしている。
俺が何か言うたびに睨むから、俺のことは好きじゃないんだと思うけど、また今晩も部屋に来るんだろうな。
「んじゃ、みんなで御飯を食べに行くか」
「おひとりでなければいいんですね」
「おう、俺は寂しん坊将軍だからな」
「では、早く支度して!」
「着替えを持っていないから、このままの格好でいいよね?」
「本来であれば正装をしていただきたいのですが・・・」
キャンピングトレーラーのクローゼットには、ポロシャツやジーンズといった着替えは何着か常備しているが、スーツは置いていない。
「プラム、何処かに洋服屋さんはないの?」
「街には仕立屋もございますが、今からですと服を仕立てても間に合わないかと存じます」
「既製品でもいいよ」
と言っても、俺の身長に合うスーツは「大きなサイズ」の専門店に行かなきゃ売っていない。
「一ノ瀬様には晩餐会の招待状が何通か届いております。今後のためにも仕立屋を呼び、寸法を測っていただいた方がよろしいかと存じます」
「そう言えば俺、この国のお金を全く持っていないんだけど・・・」
「お金でしたら、王様からお預かりしております」
「へ? 王様は部屋や世話係、護衛まで用意してくれた上に、俺にお小遣いまでくれるの?」
「いえ、チョコレート代だとか・・・」
そうだ。王様に板チョコをあげたときに「ドロシー殿の魔法1回分と同じだけ払いまっせ!」って言っていた。
「それって、どれくらいなの?」
「35万ペソです」
「ペソ?」
ペソと言えばスペインで使われていた通貨単位だ。この国は昔、スペインに統治されていたことがあるのか?
「私たちの年俸と変わらん額だ。あれがそんなに高価な物だったとは・・・」
そういえば金髪さんは王様に板チョコをあげるのを見ていたな。
「よほど貴重な品なのでしょう」
「金よりも高価だと?」
「王様にとっては金よりも貴重なのですよ」
「そうか。そうだったのか」
スーパーで100円くらいで売っていた普通の板チョコなんだけど、此方では手に入らない分、価値が上がっちゃうんだ。
「仕立屋にスーツを注文するのも、俺のスケジュールに入れておいてくれ」
「畏まりました。あの・・・」
「なんだ?」
「魔法の修行の休日は何時でございますか?」
「そうか、休みの日か。明日、ドーラに聞いておくよ」
「よろしくお願いいたします」
週休2日、週40時間の修行で、それを超過する場合はドーラと協定書を取りかわさないと、な。
「プラプラと歩けば丁度いいくらいの時間につくだろ?行くか?」
「着替えないのか?」
「正装を持っていないって言っただろ」
「正装じゃなくても、仕方ないと思うが・・・。幾ら何でもその泥だらけの靴とスラックスでは失礼だろう」
「あ!」
昼間の作業で湿地帯にズッポリハマったんだった。
「すぐに洗って乾かす」
「一ノ瀬様、魔法は・・・」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっと待ってて」
バスルームに入り、スニーカーとジーンズを脱いだ。
水がかかってしまうというのに、ここにも魔法が使えないようにする魔方陣を編み込んだという絨毯が敷かれていた。
(俺が使うのは超能力だから、関係ないか)
バスタブにスニーカーとジーンズを投げ込んで、高圧温水洗浄能力で泥を落とした。
ざっと落ちたら温風乾燥能力で乾かす。
「お待たせ」
「・・・やはり、あの絨毯も不良品でしたか」
「いや、いいの!いいの!気にしないで!」
プラムには俺が魔方陣が織り込まれた絨毯の上で「魔法」が使える理由を後で教えておこう。
「よし、セーラ、コーメ。参るぞ!」
「「はい」」
「プラム、アンを頼む。それと19時になったら、クーラーボックスに入っているドッグフードを中の計量カップ、すり切りで2杯分をボウルに入れてアンに食べさせてくれ。それと深皿の水は新鮮な水に取り替えておいてくれ。水が減ったら継ぎ足しておくんだ。それと・・・」
「一ノ瀬様、どうぞお続けください」
「それと、此れが俺のコーヒー豆だ。プラムに預ける」
「承知いたしました」
うーん、プラムはいいな。1度にいろいろ用事を言ってしまう俺の悪い癖を受け入れてくれる。本当はプラムを連れ歩きたいくらいだ。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
俺と金髪さん、雛は部屋を出た。
城の出入り口までは結構な距離を歩かなくてはならない。
晩餐会にお呼ばれした家は城からすぐのところにあると言っていたが、城から出るまでに時間がかかりそうだ。
立ち止まって辺りを見回し、金髪さんと雛の顔をじっと見た。
「一ノ瀬殿、どうされた?」
「何か忘れ物でもしましたか?」
「いや。・・・お前ら、絶対に、絶対に内緒にしとけよ」
「はい?」
金髪を右腕で、雛を左腕で抱きかかえ、瞬間移動で最初に城へ来たときに車を停めた、馬駐に跳んだ。
「い、いきなり何を!?」
「こ、ここは何処?」
「お城の馬駐だ。さ、行こうか」
「一ノ瀬殿、もしかしたら今のは・・・」
「今朝、ドーラとの喧嘩の原因となった『瞬間転移魔法』さ」
「こ、これが瞬間転移魔法・・・」
「城の中を好き勝手に転移しているのを注意した手前、ドーラに俺も瞬間転移魔法で移動していることがバレたらマズイんだ。お前ら、黙っておけよ」
「はい、わかりました」
「こ、これが瞬間転移魔法・・・」
金髪さんは震えている。転移酔いでもしたのか?
「誰か、俺を招待した家の場所を知っているか?」
「レッシュ侯爵家の場所は存じていますが・・・」
「なになに?」
「一ノ瀬殿は歩いて行かれるおつもりなのですか?」
「また俺に抱かれて瞬間転移魔法したいの?でも、俺はその家を知らないんだ」
「いえ、馬車が用意してあるので・・・」
「えーっ!?」
マズイ。馬車を用意しているということは、衛士や御者は俺が城から出てくるところで待っている。
表から回り込んだら「一ノ瀬殿も瞬間転移魔法で城内を移動している」って噂になっちゃうかも。
ドーラに知られると面倒だな。
「お前ら、何か聞かれたら『庭を散歩していて、そのままここへ来た』って言うんだ。いいな」
「はい」
「なんで、そんな嘘を?」
「嘘ではない。俺たちは庭を散歩していて、そのままここへ来たんだろ?」
「え、え?」
「セーラ、一ノ瀬殿はそのようにしたいのです。話を合わせましょう」
「わ、わかったよ」
雛は物わかりが早くて助かる。
お城の出口付近まで歩くと4頭の馬が引く4輪馬車が停まっていた。
「もしかして、アレ?」
「そうです。一ノ瀬殿のために王様が用意してくださったんですよ」
「軽油が簡単に手に入るんだったら俺の車を出したんだけどな・・・」
俺のいた日本では宮中行事でしか見たことがないような豪華絢爛の馬車、だ。
身分不相応な乗り物だけど、王様が俺のために用意したというのだから、その厚意に甘えよう。
「お待ちしておりました、一ノ瀬様」
御者衣装を着た若いお姉ちゃん、3人に頭を下げられた。
「3人がかりで動かしているの!?」
「この馬車なら妥当な人数だと思うが?」
「あ、そう」
何処の職場も女性しか見かけないな。
「どうぞ」
踏み台を用意してくれたが、俺の身長だとなくてもかまわないんだけど。
向かい合わせに座席があるが、後部の中央にデンと座った。
「では、出発いたします」
「セーラとコーメは乗らないの?」
「私たちは後ろに立っています」
この馬車には屋根がないから会話をするには困らないが、6人くらい乗れる座席にひとりでは持て余しちゃうな。
「座席があるんだから座れば?」
「護衛が座るなんて、聞いたことがないぞ」
「そうなの?」
すぐに着くみたいだからいいか。
お城に渡る木製の跳ね橋が架けられ、馬車は城下町へと進んでいった。
が、目的地はお城のすぐそばだった。
「あれがレッシュ侯爵家だ」
「わぁー、ザ・お屋敷だね」
赤坂にある迎賓館くらいデカイ屋敷だ。
レッシュ侯爵家はお金持ちなのか。こりゃ美味しい御飯が期待できるな。
「これなら歩いて来ても変わらなかったんじゃない?」
「一ノ瀬殿、此方では地位ある者は近い距離でも馬車で移動するのだ」
「ふーん」
馬車は屋敷のエントランス前で止まり、後ろに立って乗っていた御者がまた踏み台を置いてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「一ノ瀬様がお見えになりましたーっ!」
エントランス前にいた女の子が屋敷に俺の到来を大声で伝えている。
内線電話とかインターフォンが無いから大変だ。
「おおおー!一ノ瀬殿、ようこそいらっしゃいました!」
「お招きいただき、ありがとうございます」
昨日会ったじいさんズの中のひとりが出迎えてくれた。このじいさんのことはよく覚えていないけど。
「ささ、此方へ」
「はい」
廊下の装飾も豪華なモンだ。ついつい、キョロキョロしちゃう。
「い、一ノ瀬殿。あまりキョロキョロしないでくれ。こっちが恥ずかしい」
「だって、俺はこの国に来てまだ1週間も経っていないんだぜ。見るもの、聞くもの、全てが珍しいんだ」
「それにしては、この国に随分と馴染んでいるようだが?」
「そうか?」
この世界は何処となく、小さい頃に遊びに行った田舎のおじいちゃんの家に似ている。
トイレに入れば「お釣り」があり、灯りはランプ。
御釜を竃で炊き、お風呂は薪で沸かしていた。
ここは・・・懐かしい感じがするんだ。




