D4 ひといろ足りない虹のように
「そろそろ働くか」
「俺、まだ髭も剃っていないんだけど」
「そんなのはどうでもいい。あたしの部屋に行くよ」
「ちょっと待ってて。プラム!」
「はい」
「バスルームにランドリーバッグがかけてあるから中に入っている衣類を洗濯してくれ。それと俺が魔法の修行中はアンの面倒をみていてくれ。それと書斎コーナーの机の上にノートパソコンが置いてあるが、絶対に触るな。それと・・・」
「ノリ。1度にいろいろ用事を言うなよ、プラムが可哀想だろ」
ついつい1度にいろいろ命令してしまうのは俺の悪い癖だな。気をつけよう。
「あぁ、判っている。プラム、すまないな」
「一ノ瀬様、お気になさらずにどうぞお続けください」
「それと・・・俺は昼食を食べる。サンドイッチでいいから用意しておいてくれ」
「畏まりました」
プラムは優秀なメイドだ。1度にいろいろ頼んでも全て遺漏なく熟してくれる。
「あたしの部屋に跳ぶよ」
「ちっ、好きにしろよ」
ドーラは俺の腕を掴むと瞬間転移魔法で跳んだ。
「ここがあたしの部屋だよ」
ドーラの部屋には中央に大きなテーブルと、その周りにはたくさんの椅子が置いてあった。
これって、会議室?
「お待たせ、入んな」
今度は部屋のドアを開け、外にいる誰かに声をかけている。
するとお姉さんたちがゾロゾロと部屋に入ってきた。
「誰?」
「あたしの手下」
手下って、ドーラは盗賊の頭領か!
「ノリは初めてだろ?あたしの隣に座んな」
「そりゃ昨日の今日だから何でも初めてだろ」
「最初に言っておく。魔法の修行中はあたしに一切、口答えしないこと。返事はすべて『はい、先生』だ」
そう言えばプラムも返事は「はい」と「畏まりました」だけだったな。
「判ったよ」
「違う!『はい、先生』だ」
「ちっ、細かいなぁ」
「ガタガタ言っているとイサんとこに行って、お仕置きしてもらうよ!」
「はい、はい、判りました。せんせー」
「もうひとつ。あたしを年寄り扱いしたら雷撃魔法だからね」
年寄り扱いで電撃か。「浮気したら電撃」ってことにしてくれないかなあ。
そうしてくれればドーラに虎柄のビキニを無理矢理にでも着せよう。
「はい、はい、せんせー」
「『はい』は1回でいいんだよ!」
「はい、せんせー」
見た目だけなら俺より年下だから真面目に返事するのが馬鹿らしいんですけど。
「そんじゃ、これから作業前の打ち合わせだ」
「はい、せんせー」
手下と呼ばれていたお姉さんたちが大きなテーブルに、大きな紙を広げだした。
覗いてみたら簡単な地図に線と数字がいろいろ書いてある。
「何これ?」
「今日、作業する範囲の図面だ」
「これが図面?」
「こいつらが事前に現場を測量して、あたしの作業する範囲と内容を書き込んでいるんだ」
「ふーん」
こんな簡単な測量図面で作業するのか。昨日も目分量で街道を舗装していたから、図面があるだけマシなのかな。
「ちゃんと作業の内容と範囲を決めておかないと、ギャラ交渉ができないからね」
「意外と真面目に仕事に取り組んでいるんだな」
「まあね。ノリがひとりで仕事をするようになっても、見積もりや施工はあたしのように真面目にやるんだよ。この仕事は信用第一さ」
「俺の職場では安全を1番優先していたけどな」
俺は勤め先で労務部に所属していて、安全衛生も担当していたことがある。
「・・・安全って何だ?」
「作業員が怪我をしないように注意したり、現場で事故が起きないように事前に危険箇所を確認したり・・・」
「怪我や事故がないように気をつけるのは当たり前だろ?」
「その当たり前が、作業員の不注意や慣れにより守られないんだ」
「ふむ」
「だから安全な作業しているか、監督する人を選出して作業を見守らせたり、作業する人全員の安全意識を擦り合わせたりするんだ」
「ノリ、あたしが危険なことを分かっていれば十分だ。それに、あたしが仕事をしているときに誰かに見張られても、そいつが仕事の邪魔になるだけじゃないか?」
「ちっ!これだから『ひとり親方』は安全に対する意識が低いんだよ・・・」
「五月蠅いわね!怪我したくなかったら、あたしの仕事に巻き込まれないよう、自分のことは自分で注意すればいいんだよ!」
俺のいた日本でも一昔前の土木作業員は「怪我と弁当は自分持ち」だったが、この世界では「安全」に対する考え方が遅れたままだ。
・・・「ドーラ組」だけなのかもしれないけど。
「とにかく!ここではあたしのやり方でやるんだ。ノリもいいな!」
「はい、せんせー」
はい、はい言うことを聞いていて、適当に切り上げよう。
「午前中はここと、ここをやる。午後からはあたしは病人の面倒を見るからお前らは1日中、仕上げ作業だ。見ていないからって手を抜くんじゃないよ」
「はい、ドロシー様」
20人くらいいる「手下」は素直にドーラの言うことを聞くなぁ。
でも、これだけの人数を引き連れていろいろな国に行くのは大変そうだ。
「この子たちはドーラと一緒に各国を旅しているの?」
「いいや、王様が用意してくれた手下さ。違う国に行けばその国の王様が手下を用意しておいてくれる」
「現地作業員?」
「まぁ、そういう言い方もあるな」
「測量とか図面作成とか、その国の人に任せて誤魔化されたりしないの?」
「ふふふ、そこが信用なのよ。あたしは信用があるから誤魔化す王様なんていないわ」
「ドーラは誤魔化されていたって気が付かないだけなんじゃないの?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!そんなことする国があったら辺り一面、焼け野原にしてやるわ!」
俺がイサさんと師弟契約したとき「魔法は世のため人のためだけに使うんだ。絶対に戦争なんかに使うなよ!」と言っていたくせに、自分の都合で国を焼け野原にするのか!
自分勝手な奴だ。
「で、今日やる作業って何なの?」
「先ずは王様に頼まれている城壁の修理だ」
「あー、そういえば昨日もそんなことを言っていたな」
「それじゃ、やるか! アマンダとクラリスはあたしについてこい! お前らはフェナについて後から歩いてこい!」
「はい、ドロシー様」
お姉さんのひとりが図面を丸め筒に入れている。その他のお姉さんたちは足早に部屋から出て行った。
「ねぇ、何でこの国は女の子ばっかりが働いているの?」
「男がみんな兵隊に取られているからねぇ」
「でも、ここって戦争をしている国に思えないんだけど?」
「実際に魔族とドンパチやっているのは『大キーリーランド』さ。この国は『大キーリーランド』に男衆を送り込んでいるだけだよ」
俺の知らない国の名前が出てきた。『大キーリーランド』って何処だ?
「『大キーリーランド』って何処にあるの?」
「ノリ、そんなことより今は仕事だ。真面目に働いているから、美味しい御飯に有り付けるんだぞ?」
「あぁ、そうだったな」
ドーラの手が空いたときにまた聞いてみるか。
「アマンダ!クラリス!あたしの手を握れ! ノリ、あんたもだよ!」
ドーラの手を握った途端、すぐに瞬間転移魔法で跳んだ。
何をそんなに慌てているんだ。
ドーラはせっかちな性格でおっとりしたイサさんとは大違いだ。本当に姉妹なのか?
「ノリ、ここだよ」
瞬間転移魔法は一瞬で遠く離れたところに移動できるが、跳んだ先の地形や気候が分からないと服装や靴が選べない。
今の俺が正にそうだ。
「何だ?このドロドロの地面は」
「この城壁は湿地帯に面しているからねぇ」
俺なら事前に擬似分体で跳ぶ先を調べておく。
がさつなドーラはそういう手間を惜しむ。俺はがさつな女が嫌いだ!
「勘弁してくれよーっ」
「嫌なら浮かんでいればいいじゃないか」
ドーラの足元をみたら、ちゃっかり宙に浮かんでいる。
「いいか。城壁は石を積み上げて築かれている。崩れた場所を持ち上げて、新しい石を詰め込むんだ」
「新しい石って、ここは湿地帯で石なんて見当たらないけど?」
「ふふふ、ここが魔法使いの真骨頂さ」
「真骨頂?」
「見てな!」
ドーラは宙に浮かんだまま腰を落とし、両腕を前に構えた。
「はぁーっ!」
城壁が持ち上がり、大きな石が湿地帯から浮き上がってきて、崩れていた場所に詰め込まれていく。
「湿地帯の底に沈んでいた石を詰め込んでいる!?」
「半分、正解で半分、間違いだ」
「?」
半分の意味がわからん。昨日、王様の言っていた「半分」は1/3のことだったし。
「湿地帯の底の泥を、魔法で石に変えてから詰め込んでいるのさ!」
「すげーっ!」
ドーラが魔法でやっていることは「物質変換」か!?
これって、マジで錬金術じゃないのか?ヤバイよ!ヤバイよ!
「ふうーっ、どうだ!これがあたしの魔法の力だ!驚いたか!」
「すげー!すげー! リアルがちにすげーっ!」
「ふふふ、だろ?さぁ、あたしのことを敬いまくれ、奉りまくれ!わっははははは」
気持ちよさそうに高笑いしてる。
昨日、街道に石畳を敷いたときは何処からあれだけの量の石を持ってきたのか不思議だったけど、泥を石に変えられるくらいなんだから造作もなかったのか!
「いきなり泥を石に変えて城壁に詰めるっていうのは無理だと思うから、ノリはあたしのアシスタントだ」
「はい、せんせー!」
「あの崩れているところを魔法で持ち上げるんだ。できた隙間にあたしが石を入れていく。できるだろ?」
「はい、せんせー!」
城壁を持ち上げるなんてやったことがないけど、念動力で何とかするしかないか。
「クラリス!」
「はい、ドロシー様」
「ノリに図面を見せて、持ち上げる高さを教えてやれ!」
「畏まりました」
クラリスと呼ばれたお姉さんが俺に向かって図面を広げた。
「頂点をこの高さに合わせます」
「判った、やってみるよ」
「ノリ!ちゃんと持ち上げてるんだぞ!」
「はい、せんせー」
最初に1番上の石を持ち上げ、高さを揃える。
下に空いた隙間にその下の石を持ち上げて、また隙間ができるから石を持ち上げる。
これを繰り返してドーラが石を詰め込む隙間を作った。
「こ、こんなモンで・・・いい、か・・・」
念動力で支えているが、重くて身体に力が入る。
「ノリ、それじゃ後から沈んじゃうだろ?もっと高く上げておくんだ」
「ぎぎぎぃ・・・そ、そうなの?」
「いいから、あと頭1つくらい上げな!」
「は、はい・・・せ、せんせぇ」
頑張って、もう40~50cmほど持ち上げた。
「うぅぅ・・・これで、どうだ」
「ま、こんなモンか。はぁーっ!」
俺の持ち上げている城壁の隙間に大きな石がみるみるうちに納まっていく。
「もう、いいぞ」
「ぷっ、はぁー。はぁはぁ」
これはかなりの重労働だ。肉体労働をしている訳ではないのに全身、汗だくになった。
昼食はサンドイッチじゃなくて、梅干し入りの「日の丸弁当」を頼めば良かった。
「アマンダ!図面を確認して奴らに指示しろ!」
「はい、ドロシー様」
何時の間にか城壁の下には「ドーラの手下」が待機していて、何か作業している。
「あれは何をしているの?」
「城壁が崩れにくくするために、詰め込んだ石の向きを整えているんだ」
「彼女たちも魔法使いなの?」
「いいや、奴らは『魔術師』さ」
イサさんは『魔法は魔族が使い、魔術は人が使う』と言っていたな。
「魔法と魔術は何が違うの?」
「魔法は魔族が使い、魔術は人が使う」
「大して変わらないのか・・・」
「馬鹿野郎!大きく違うじゃないか!」
「人か魔族の違いだけでしょ?」
「魔族は身体ひとつで魔法が使えるが、人は道具を使わなきゃ魔術が使えないんだ!」
「へぇー」
「だから道具を使わなくても魔法が使えるノリは『魔族』と一緒なのさ。あたしのお仲間だ」
「俺は『人』だから、そこは違うと思うけど・・・」
千里眼で見てみたら、「ドーラの手下」たちは杖を振って石の向きを細かく変えている。
俺からしてみれば、魔法使いも魔術師も「便利な土木作業員」でしかないんだけどなぁ。
「見ろ。石の向きを整えたらちょうど良い高さになっただろ?」
「本当だ」
「これは経験を積まないと、ちょうど良い案配が見極められないんだ」
「へぇー。これって持ち上げておく高さを計算して、数値化していないの?」
「・・・そんな必要はない!あたしの経験値で十分なんだよ!」
「数値化して、マニュアル化しておけば誰でもできるように・・・」
「あたししか魔法が使えないんだ!そんなモン必要ない!」
(いやいや、ここにもうひとりいるじゃん!)
ドーラはひとりで何でもできるから「みんなで力を合わせて物を作る」という考えがないんだ。
自分さえ良ければそれでいい、そういう考え方だから自分勝手になっちゃうんだろうな。
「ノリもたくさん修行して、ちょうど良い案配を身体で覚えるんだ!」
「・・・はい、せんせー」
俺は会社員で職人の経験はない。
昔の職人さんは親方からそういうふうに仕事を教わると聞いたことがあるけど、会社は仕事をマニュアル化してあるし、身体で覚えるような仕事でもないからピンとこない。




