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中年エスパーの大冒険  作者: 奏多 晴加
第三章 きみの朝
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D2 いま目覚めた子供のように

「何をしとるんや?」

「お、お庭からですみません」

「かっかっかっ、ノリはお盛んやな。夜はセーラ、朝はプラムか。結構、結構」


 夜も朝も相手はアンなんだけどなぁ。

 立ち上がり服に付いた芝を払うとレイクウッドの間に入っていった。部屋と言っても引き戸が開けられていて庭に出るテラスと一体化している。


「おはようございます、王様」

「おう、おはようさん。ここに座ってや」


 王様は自分の右隣の席を指差した。王様の左隣の席はいている。


「遅くなってすみませんでした」

「ええ、ええ、ワイも今来たところや」


 隣のテーブルには品の良さそうな御婦人と幼い子供が座っている。


「紹介しときまひょ、アレがワイのワイフ、アイビー。その隣が娘のエヴェット、エバちゃんや」

「初めてまして、一ノ瀬様」

「おはようございます、いちのせさま」


 あら?王妃様と王女様だ。奥さんは美人で娘は可愛かわいい。親子モデルみたいだ。エバちゃんは王様に似なくてよかったな。


「初めてまして。昨日から王様にお世話になっています、一ノ瀬紀之です。えー、私がいた日本は今から400年前から150年前までは江戸時代と呼ばれておりまして、その頃は二八にはちそば屋と言うのが街のあちこちにありました。なぜ二八にはちそばかと言うと・・・」

「ノリ、挨拶はもうええ。はよ食べよか」

「くっ!」


 昨夜ゆうべ、王様に「オモロイこと、言え」って言われたから、朝から「時そば」で頑張ろうと思ったのに・・・。

 他のテーブルを見ると晩餐ばんさん会で会ったような気がするじいさんたちが何人か座っている。

 もしかしたらこの国のお偉いさんたちなのかな?


「よっ!」


 いきなりドーラが宙に現れ、王様の左隣の席に落ちて座った。

 瞬間転移魔法(ウォープドライブ)で現れるのはビックリするからやめようよ!


「へへへ、間に合ったみたいだな」

「ドロシー殿、おはよう」

「やぁやぁ、みなさん。おはよう、おはよう!」


 遅れてきた癖に偉そうだ。


「ドーラ、もっと普通に移動できないのか?歩いてくるとか・・・」

「へっ!女と抱き合って飛んできて、庭で転げ回ったやつに言われたくないね!」

「お前、何処どこで見ていたんだ!?」

「ひひひひ、内緒だよ!」


 ドーラも千里眼クレヤボヤンスが使えるのか?

 見ていたんならもっと早く朝食会に来いよ!


「ノリ、あれやってくれへんか?」

「あれって?」

「日本人は食事の前に、ほれ、何かいうやろ」

「あぁ、いただきますっ!」

「「いただきます」」


 あれ?唱和した。みんなも知っているんだ。

 テーブルに料理・・・というか御飯と味噌みそ汁が運ばれてきた。焼いた切り身の魚に生卵、焼き海苔のりに納豆まである! 味噌みそ汁が豚汁だったら「某家」で630円の朝食と一緒だ。


「王様、これは?」

「ふふふ、日本風の朝食や。ノリ、ええやろ?」

「はい、この世界に来て5日目。まさか白米と味噌みそ汁を再び口にできるとは思いませんでした」

「これも先人たちのおかげや。ノリの前に来た日本人たちが苦労して醤油しょうゆやら味噌みそを造って、稲作を普及させ仕舞しまいには納豆まで作りよった!」

「俺、感動しています」

「せやろ?カイア国にいれば日本食も食べ放題や。ここはええ国やろ?」

「はい、いい国です。鎌倉幕府です!」


 俺はこう教わった。今は「いい箱つくろう、鎌倉幕府」らしいが。


「ちっ!あたしはこの『箸』ってやつがどうも苦手なんだよ」

「フォークとスプーンを持ってきてもらえば?」

「でも、納豆は好きなんだよ」

「へぇー、日本人でも苦手っていう人がいるのに」

「フォークじゃ納豆をき回すのが大変なんだ。かといって箸も上手うまく使えない。ノリ、どうしたら良いと思う?」

「・・・はぁ。ほら、貸してみろよ」


 最初から俺に納豆をき回させるつもりだったんだろ? 目がそう言っているぞ!

 俺はドーラから納豆の小鉢を受け取ると箸でき回してやった。

 陶芸家で美食家の大先生は424回、き回してから食べていたそうだが、俺の食べ方はまず1分くらいき混ぜてから和辛子を入れ、また1分くらいき回して少し醤油しょうゆを垂らす。そしてまた1分くらいき回して少し醤油しょうゆを垂らす。醤油しょうゆを2回に分けて入れるのがポイントだ。


「おい、ノリ。まだかよ」

「納豆はな、き回せばき回すほど甘みが出てくるんだ。もうちょっと待ってろ」

「生卵も入れようぜ」

「ダメだ。納豆に生卵は邪道だ!俺的には許せない」

「えー、あたしは好きなんだけど。そいつを米にかけて、この海苔のりで巻いて食べるんだ」

「ちっ!だったら黄身だけにしとけ」

「えー、面倒だよ」

「ほら、貸してみろ!」


 卵を割って黄身を落とさないよう、白身だけを小鉢に落とす。両手の殻に黄身を行ったり来たりさせればいいだけだ。

 納豆の小鉢に黄身を落とし、ちょっとだけ醤油しょうゆを追加してき回す。うん、こんなもんだろう。


「ほれ、良くんで食べるんだぞ」

「ひひひひ、これこれ!」


 ドーラはフォークとスプーンを使い、器用に納豆卵御飯を海苔のりで包んで食べている。

 そこまで器用にフォークとスプーンが使えて、何故なにゆえ「箸」が使えんのだ!


「ノリは生粋の日本人なんやな。納豆をそんなんしてき回して食べるのは知らんかったわ」

「是非、試してみてください!」


 エバちゃんの納豆もき回してあげようかな?と思って王妃様のテーブルを見たら、こちらはパンケーキと目玉焼き、ベーコンにソーセージって・・・アメリカンブレックファースト!?

 其方そっちが良かったな・・・俺は朝はパンとコーヒー派なのだ。


「あちらはパンケーキなんですね」

「せや。アイビーはあんまし日本食は好きやないし、エバもまだちっこいんで箸がよー使えんのや」

「ははは、そうでしたか」


 王様!小さい頃から箸使いを教えるべきです!

 そう言いたかったが、やめておいた。「ほな、エバが大きゅうなるまで一ノ瀬殿が教えたって」とか言い出すに決まっているからな。


「ところでノリ。セーラとの結婚式は何時にしまひょか?」

「はぁーーーーっ? いきなり何を言い出すんですか?」


 金髪さんは昨夜ゆうべは「報告」しなかったのか!?

 そうしたら、せめて朝食会前に「報告」しておけよぉ!


「相手はああ見えて侯爵家の御息女や。ちゃんと責任とってや」

「ノリは手が早いな。あ、そうか。手が早いんじゃなくてエロいんだったな。ぎゃははは」


 王様は何か勘違いしているし、ドーラは涙を流して笑っているし、どうなっているんだ。


「王様、俺は責任を取らなきゃいけないことなんてしていませんよ」

「せや、せや。ノリんとこの国と、この国では習慣がちゃうわな。この国では同衾どうきんしたら夫婦も同然なんや。せやから責任を取って・・・」

同衾どうきんなんてしていません!昨夜ゆうべもアンと一緒に寝ましたから!」

「ほんまか?」

「本当です」

「犬と寝た・・・ノリはそういう性癖やったんか・・・」

「違いますっ!アンは俺の娘みたいなもんで、王様が想像しているようなことは一切していません!」

「ほんまか?」

「本当です」


 なんで俺とアンがそういう関係だと思われるんだ!?不条理な話だ!


「セーラ、セーラ・サン=ジョルジュ!」


 王様は叫んだ。しかし、何も起こらなかった。


「おい、セーラはどした!?」

「今朝はまだ見かけませんが・・・」

「誰ぞ呼んできてぇ!」

「了解しました」


 衛士のひとりが部屋から走り出た。


「プラム!」

「はい、王様」

昨夜ゆうべはどやったんや?」

「はい。昨夜ゆうべ遅く、サン=ジョルジュ様は一ノ瀬様の部屋にお越しになられました」

「ほんで?」

「お2人でお酒を飲み・・・」

「ほんで、ほんで?」

「そのままサン=ジョルジュ様はお帰りになりました」

なんも、ないんかーい!」

「そう言ったじゃないですか」

「セーラはまだか!」


 朝食会が事情聴取の場に変わってしまった。まいったな。


「ぉ、ぉ、ぉぅさま・・・ぉそくなって (すみま)せん」


 ぐったりとした様子で金髪さんがやってきた。


「どうしたんや?大丈夫か?」

「ぁ、ぁたまがぃ (たくて)、気 (持ち)ゎるくて・・・」


 こりゃ二日酔いだ。何てったってブランデーをストレートで3杯も一気飲みしたからな。

 急性アルコール中毒にならないか、ちょっと心配していたんだぞ。


「セーラ、昨夜ゆうべはどやった?」

「ぇぇぇ?ゅぅべ?」

「せや」

「ちょっといいですか?」


 俺は見るに見かねて金髪さんに水を差し出した。


「ぁりがとぅ、ご (ざい)ます」


 コップの水を一気飲みして、少し楽になったようだ。


「・・・昨夜ゆうべのことは・・・よく覚えていないです」

「覚えてない?」

「い、一ノ瀬殿の部屋に行き、一緒にお酒を飲んだところまでは覚えているのですが・・・」

「ノリ、セーラに何ぞ魔法を?」

「まさか!俺はそんな魔法、まだ教わっていないですよ!」

「一部だけの記憶を消す魔法なんてないよ、消すなら全部だ!」


 ドーラなりの助け舟を出してくれたのか、な?


「ま、これで俺の潔白が証明されましたね」

「セーラが覚えていないだけで、ほんまはあんなことやこんなことも・・・」

「何もしていないってプラムも言っていたでしょう?」

「せや、せやったな。はぁ・・・」


 王様は何だか残念そうだ。


「王様。この国の法律は知りませんが、俺の国ではお互いの同意がないまましちゃうと、刑法第177条により有罪、3年以上の懲役なんですよ。俺は同意なんてしていないし・・・」


 本当の条文では被害者が女性を想定しているが、ちょっと脅しておこう。


「有罪・・・」

「犯罪行為ってことです」

「犯罪・・・」

「あはははは、この国じゃ『王様は絶対』なんだから、ノリの言うことなんか気にしないの!」


 ドーラが王様の背中をバンバンたたいて元気づけている。

 少しくらい元気がない方が俺は助かるんだけどなぁ。

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