C9 朝がくるまえに
アンにブラシをかけて、ついでに自分の髪も整えた。
困ったことにこの部屋の鏡は歪んでいた。部屋の豪華さには不釣り合いの3級品だ。
明日にでもキャンピングトレーラーにある鏡を取り外して持ってこようかな。
「行くか」
「あの・・・申し訳ございませんが王様主催の晩餐会ですので、犬は・・・」
「やっぱり、ダメかな?」
「獣人も出入りできませんので・・・」
「ま、仕方ないか。アン、すぐに戻るから、またお留守番をお願いします」
「わん!」(早く帰ってきてね!)
「では、御案内いたします」
プラムに案内されてテメキュラの間に向かう。城の中だからジャングルマチェーテとサバイバルナイフは部屋に置いてきた。
雛は俺の部屋から直接、テメキュラの間に行くようで一緒に歩いている。護衛というだけあって城の中でも帯剣しているが、アッパッパに剣帯は不釣り合いだ。
「一ノ瀬様がお越しになられました」
「どうぞ」
テメキュラの間は披露宴会場のようなテーブル配置で、正面には主賓席があった。
席は半分くらい埋まっていたが、じいさん、ばあさんばかりが座っている。
「披露宴みたいだね」
「一ノ瀬様のお披露目です」
「はあ!?」
いつ、俺が主賓になったんだ!?聞いていないよー!
晩餐に招待されただけ、だと思っていたのに何てこったい。
瞬間移動で逃げ出しちゃおうかな。キャンピングトレーラーにはまだ非常食があるからここで食事しなくてもいいし。
でも王様が美食家みたいだからお城で出される食事にも興味があるし、どうしよう。
「どうぞ、こちらに」
俺が入り口付近でフリーズしていたら、プラムが着席するよう声をかけてきた。
「一ノ瀬様、緊張しなくても大丈夫です。みなさんで楽しくお食事していただく会ですから」
「ああ・・・」
「コーメ様もこちらに」
「私も主賓席なのか?」
「はい、コーメ様とセーラ様で徳過瑟斯魔牛を仕留められたと伺っておりますので」
「私は末席でいい」
「俺も末席にしてよ!」
「いえ、王様からの御指示ですので」
「・・・わかりました。一ノ瀬殿、行きましょう」
「ええー、王様の命令って本当に絶対なんだ」
「命令ではなく『御指示』です」
「・・・」
雛に背中を押されるようにして主賓席に座った。
会場を見渡すとじいさん、ばあさんは入り口付近の席に座っていて、主賓席近くのテーブルはまだ人が座っていない。
「まだ人が来るんだ・・・」
「本日の晩餐は60名ほどと伺っております」
「夕食はいつもこんな感じなの?」
「いえ、いつもはもっと質素です。今晩は特別です」
「ふーん」
雛も主賓席に座っているが、金髪さんと雛が徳過瑟斯魔牛を仕留めたお祝いというより、俺が城に来たからなんだろう。大歓迎だな。
「早かったんだな」
金髪さんがやって来た。昼間と違ってえらくめかし込んでいるぞ!?
結婚式に着ていくようなドレス姿、だ。
金髪も縦ロールになっている!
「昼間とは大違いだな」
「ああ、祖父母が『今晩くらいは着飾れ!』と五月蝿いんでな」
「ふーん」
孫娘が徳過瑟斯魔牛を仕留めて大喜びしているのか。
王様がこんな晩餐会を開いてくれたんだ。じいさん、ばあさんに晴れ姿を見せてやれ!
・・・それにしちゃ雛の格好は質素だな。
「よっ!」
いきなりドーラが現れた!
こいつは城の中でも瞬間転移魔法で移動しているんだったな。
「へへへ、今晩のメインは徳過瑟斯魔牛だな」
「この世界では魔物も普通に食べるんだな」
「ノリのところは食わないのか?」
「俺のいた世界では魔物なんていなかったよ」
「魔物がいなけりゃ狩りも楽だろうな。あ、そう言えば狩りはしないんだっけ?」
「狩猟が趣味っていう人はいるけどね」
「なあ、『すーぱー』って何だ?」
昼間のことを覚えていやがった!
「スーパーとはスーパーマーケットの略称だ。言ってみれば『超市場』だ。何でも売っていて、しかも安いんだぞ!」
「何!?肉以外も売っているのか!?」
「魚も野菜もあるし、酒やジュース、牛乳、調味料、インスタント食品に冷凍食品もある」
「・・・ノリ、食いモンを凍らせたらダメだろ。嘘はいかんよ、嘘は」
「昼間も言っただろ?俺がいた世界では『食事は電子レンジでチンする』って。あれは冷凍食品を電子レンジという機械を使って温めるということなんだ」
「!」
「驚いたか!」
「・・・ノリ、あたし『冷凍食品』を食べてみたい」
「ドーラは電子レンジを持っていないだろ?」
「・・・魔法で何とかする」
「熱風魔法の温度調整ができない魔法使いが、冷凍食品の解凍を上手にできるとは思えないんだけど・・・」
「くっ!」
ドーラがワナワナ震えている。よっぽど冷凍食品が食べたいんだな。
もしかしてドーラも俺や王様と同じ食に拘る『旨いモン好き』なのか?
まだキャンピングトレーラーに冷凍食品が残っていたかな?クーラーボックスに入れておいたからあっても溶けちゃているな。
「みなさん、お待たせ、お待たせ」
王様が部屋に入ってきた。王様の後ろにはいつもの取り巻きではなく着飾ったお嬢さんたちがついている。側室? お妾さん? 愛人? まさか娘?
愛人にしろ、娘にしろ、ちょっと人数が多いんだけど。
「王様、本日はこのように盛大な晩餐会にお招きいただき、ありがとうございます」
「かまへん、かまへん。かたっくるしい挨拶は抜きや」
お嬢さんたちは手前のテーブルに着席した。これで満席か。壁際にはメイド服を着た使用人が並んでいる。プラムもその列に並んでいた。
「えー、お集まりの皆さん。本日、迷い人一ノ瀬紀之殿の協力で、セーラ・サン=ジョルジュとコーメ・ヒタチインが恐ろしき魔物、徳過瑟斯魔牛を仕留めました。魔物を仕留めた2人の剣士を讃えるとともに、その成果を皆で分かち合いたいと思う」
「おー!」
「挨拶はこんなモンで切り上げて、先ずは乾杯や!ノリ、挨拶がてら乾杯の音頭をとってや」
あら!?最初は王様らしい挨拶だと思っていたのに、いきなり砕けたな!
これを合図にメイドたちが一斉に動いて、テーブルのカップに酒が注がれた。
俺は酒が入ったカップを片手に立ち上がった。
「ただいま御紹介にあずかりました私、一ノ瀬紀之と申します。乾杯の発声の前に簡単な自己紹介をします。私は4日前に地球という惑星にある、日本という国からこの世界に来た迷い人です。えー、日本にいたときの私は会社勤めを・・・」
「かたっくるしいどー!もっとオモロイ事を言え!」
「そうだ!そうだ!」
「・・・」
何で王様が先頭切って野次っているんだ?
この国は、こんなのが王様でいいのか!?
「こほん。ヘェヘェヘェ〜イ!、シャバダバダディ〜!、イェーイ! 俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けで、父さんは胸やけで、母さんは霜やけだった。わかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ〜!」
40年くらい前に流行した松鶴家千とせさんのネタを丸パクリして披露してみた。
俺が小さい頃は、クラスのみんなが真似をしていた爆笑ギャグなのだ。
「一ノ瀬殿は御苦労されていたのだな」
「ノリは夕焼け人間だったのか、だから魔力もあんなに・・・」
「この国ではそんなこと気にしまへんさかい、大丈夫やで」
ネタなのに真顔で心配されてしまった。こうなったら大ネタだが「芝浜」 か「文七元結」 あたりを熱演するか!?
王様がエセ関西弁を喋っているから上方系がいいのか?「らくだ」 くらいしか覚えていないけど、俺に上手く演じられるか?
ええーい、こうなったら謙虚に前座ネタだ!「寿限無」でいこう!
「えー、昔から子は鎹と申しまして・・・」
「ノリ、もうええ。乾杯したって」
「・・・はい。・・・皆さん、かんぱーいっ!」
「王様に、2人の剣士に、迷い人に、乾杯!」
何か弄ばれた気分だ。ウチに帰りたい・・・。
「ま、今日も無礼講や、みんな好きに飲んで食ってや!」
「おー!」
あ、今日「も」無礼講なんだ。ほんと、ざっくばらんな王様だな。
カップの酒を一口飲んだが、葡萄酒だった。口当たりもいいし、アルコール分も低いようなのでこちらでは水代わりに飲まれているのかな?
「ノリは徳過瑟斯魔牛の頭も血もほおってきてしまったようやな」
「ドーラに言われて血抜きしたんですよ、頭は気持ち悪かったし・・・」
「城に跳ばすんやったら血抜きはいらんかったのに」
「なんで?」
「血も食べられるんやで。血に内臓や脂なんかと香辛料をいっぱい混ぜて、腸に詰めて茹でるんや。こいつをちっと炙って食べると葡萄酒とよく合ってなぁ」
そりゃブラッド・ソーセージだ。ちょっと癖があるけど、たくさん香辛料を入れて作れば美味しいかも。
イサさんは塩もそんなに手に入らないと言っていたけど、流石「王様」というだけあって、塩も香辛料もバンバン買っているんだな。
「頭も角は加工していろいろな道具になるし、脳みそは珍味なんやで。それをほおるなんて、もったいない、もったいない」
「すいませんでした・・・次に魔物に出会ったらそのままお城に跳ばしてもらいますね」
「そのままじゃなくて、ちゃんと仕留めてから跳ばしてーな!わっははは」
王様はただお金をバンバン使う人ではないようだ。徳過瑟斯魔牛も頭から内臓、血液まで無駄なく使うみたいだし。
使うところは使い、締めるところは締める。浪速の商人みたいだ。
「ほな、そろそろノリに紹介しまひょか」
「今度は小噺で攻めます!手始めに山にいったおじいさんが芝を刈らずに草刈ったという噺でも・・・」
「いやいや、ノリの自己紹介ちゃうわ、ほれ、はしっこからいけぇ」
主賓席に近いテーブルの端に座っていた女性がすくっと立ち上がった。
「一ノ瀬様、初めまして。私はヴェローニカ・レナータ・レッシュと申します」
スカートを指で摘まんでちょこんと頭を下げた。まだ高校生くらいの容姿なんだけど、気品が感じられる。いいとこのお嬢さんか?
「ロニーは16歳でちょうどええ年頃やな。家柄もええし、ノリにはぴったりや」
「はぁ?」
「次ぃー!」
ロニーの隣に座っていた女性が立ち上がった。こちらもまだ若そうだぞ!?
「私はジュリエット・ライラ・ロールと申します。一ノ瀬様にお目にかかれて光栄です」
この子もスカートを指で摘まんでちょこんと頭を下げた。こちらもお嬢様だな。
「ジュリーは19歳でちっと歳がいっているが、気立てはええで。ノリにはぴったりや」
「ちょ、ちょっと王様!」
「次ぃー!」
「ステファニー・ヘンリエッタ・マクブライドです。一ノ瀬様、よろしくお願いいたします」
「ステフは17歳。見ての通りのナイスバディや。身体も丈夫やし、ノリにはぴったりや」
「ストップ!ラプラプ!」
「わ、いきなり名前を呼ばれてびっくらこいた!」
「何なんですか、これは?」
「何って、ノリの嫁探しや」
「はぁ?」
「別にひとりに決めんでもええ。ノリなら側室を10人持っとってもだぁれも文句は言わん。何ならここにおる女、全部娶ってや」
「ちょっとぉ!俺は王様とだって、今日会ったばかりですよ?」
「せや。せやからこういうことは早い方がええんや」
「俺は結婚する気なんてないよ!」
「ノリは日本に残してきた嫁はんに気をつかっているんか?」
「俺は独身だ!嫁などいない!」
「せやったら丁度ええがな。選り取り見取りやで」
「雛・・・コーメ、助けて!」
俺は隣に座っていた雛に助けを求めた。
「一ノ瀬殿、一応・・・私も・・・一ノ瀬殿の嫁候補なのだが・・・」
「はあ!?」
雛は頬を真っ赤にしながら下を向いた。
まいった。これじゃ「四面楚歌」だな。
「あたしには助けを求めないの?」
「ドーラは・・・いいや」
「なんでよー!あたしはノリの魔法の師匠だよ?もっと頼ってよ!」
「師匠はイサさんだっちゅーの!」
どうせドーラに助けを求めたって「ノリはエロいオッサンなんだから全部、娶っちまえよ」というに決まっている。
別に嫁が欲しくない訳じゃないんだけど、いきなり20数人をひとりで相手するお見合い大会はキツい。しかも相手はまだ10代ばかりだ。
「誰を選んだって断られやしないんだから。つまみ食いでも良いから、ちょちょっと選んじまえよ」
「ほら、やっぱりドーラはそう言うじゃん」
まいった。本当に瞬間移動して逃げ出しちゃおうか。
*1 松鶴家千とせさんのネタを引用しました。
*2 2つとも江戸落語の演目です。
*3 上方落語の演目です。




