C2 言わなきゃわからない
幾つかの階段を上ったり下ったり、右に曲がって左に曲がってと複雑な道順を経て大きなドアの前に着いた。
「ここが謁見の間だ」
金髪さんはそう説明すると大きなドアの両脇に立っていた警備の兵士に何かを言った。
ドアが開かれると目の前は大きな階段だった。長い階段を上るとようやく広間に出られた。今は誰もいないが多分、ここがこのお城の中心部なのだろう。敵に攻め込まれてもすぐに到達できないよう複雑に作ったんだな。
(敵って魔族? ここに2人も魔族がいるんですが・・・)
部屋の奥にまた階段があり、その上には立派な椅子がある。あれが玉座か。
「イサさん、俺は王様に会うときの作法なんて知らないんだけど」
「大丈夫です、王様はざっくばらんな性格なので・・・」
「あんなもんに頭を下げたっていいことないぞ?」
「ドーラは黙っていて!」
「へいへい」
玉座の置かれた階段の下に立っていると、慌ただしく数人が駆け込んできた。
「お待たせした、イサ殿。はぁはぁ」
「王様、御機嫌麗しゅうございます」
「ほんで、それが今回きた『迷い人』か。はぁはぁ」
「はい、地球という星の日本という国から来た一ノ瀬紀之にございます」
「ほーっ、日本か。『こんちは』、はぁはぁ」
小太りで赤鼻のおじさんに日本語で挨拶された。これが・・・いや、この方がこの国の王様なのか。王冠も冠っていないし、ぱっと見は町工場のオヤジって感じだ。
よっぽど急いでいたのか、王様は息を切らしている。
「王様、初めまして。日本から来た一ノ瀬紀之です。これは・・・アンです」
思わずアンを娘と紹介しそうになった。こんな席で、真顔で犬を娘と紹介したら変な奴だと思われてしまう。それでなくたってイサさんやお金髪さん、雛には変な奴と思われているし。
「よく来てくれたな、一ノ瀬殿。日本の方は以前にも数人訪れているので安心してくれ。ほれ、君らを護衛していたコーメも先祖は日本人だぞ、はぁはぁ」
やはり雛には日本人の血が入っているのか。王様は数人を引き連れてきていたが、後ろの方に雛もいて王様に紹介されると会釈した。
っていうか、王様はまだ息を切らしている。これはもう少し痩せた方がいいな。
「すらすらとポンギー語を話すと言うことは・・・そこにいるドロシー殿に魔法をかけてもらったのか」
「はい、今し方」
「そうか、そうか、それは良かったな。ドロシー殿がいないと言葉の習得に時間がかかるからなぁ・・・それでナンボだった?」
いきなり関西弁・・・というか、ポンギー語なのにそう聞こえる。
「はい、お代はサービスしてもらいました」
「ほんまか?」
「チョコレートを1枚、もらったよ」
「おぉ! チョコレートかぁ! ええなぁ」
「あんた知っているの?」
「知っとる! 甘くて、それでいてほんのり苦みもあって・・・ワイが幼き頃にやはり異世界から来た者に貰ったことがある。でも、それっきり食べたことがない・・・」
俺より前にここに来た誰かからチョコレートを貰ったのか。王様にとってチョコレートは思い出の味なんだろうな。
「あの、イサさんの家に戻ればもう1枚くらいあったと思いますが・・・」
「ほんまか!? ナンボや?」
「いえ、お金なんて・・・」
「貰っとけよ。お前、この世界じゃ無一文なんだろ?」
「そうだけど・・・」
「ドロシー殿の魔法1回分と同じだけ払いまっせ!」
「では次に来るときには持ってきます」
「帰り道もセーラとコーメを護衛につかせるから、こいつらに渡してくれ」
(えぇーっ、またついて来るの!?)
思わず顔に出てしまった。もうおっさんなのだから嫌なことがあっても顔に出しちゃいけないと頭では判っているが、ついついやってしまう。
「そんな顔しなはんな! こいつらが気に入らなければ他の誰かを護衛にするわ。おーい、誰か見繕ってやって!」
「いやいや、金髪・・・えーっと、セーラとコーメで大丈夫です」
「さよか? 気に入らんかったら遠慮なく言うんやで」
「大丈夫です、気に入っています」
「ほんなら、ついでに種付けもしておいてや」
「はぁ!?」
この王様はいきなり何を言い出すんだ!?
「大丈夫よ、此奴はかなりエロいから」
「ドーラさん?」
顔が引き攣った。こんなことになるんだったら、エロいことじゃなくて六法全書のイメージでも流し込めば良かった・・・。
「同じ空間の空気を吸っただけで孕んじゃいそう」
「ちょ、ちょっとドーラさん!」
「さよか! 同じ空気を吸っただけでなぁ・・・。そんなんやったら国中を回って、若い娘をみんな孕ませてもらいたいわ! わっははは」
王様、笑っていていいのか?
「この国では男がみんな兵隊に持って行かれてなぁ・・・若い女はぎょーさんおるから、手当たり次第孕ましてや」
「王様がそんなことを言っていいんですか?」
「少子化対策や、かまへん」
「はぁ」
初対面の異世界の男に種付けを頼むなんて、変わった王様だ。この国ではどれだけ男が不足しているのか。
「立ち話も何だから、ちょっとあっこで話そか」
そう言えば謁見の間だというのにこの王様は玉座にも座らず、立ち話だった。
案内されたのは綺麗に整備された庭園の東屋だった。
「香茶でええか?」
「はい」
王様が合図するとメイド服の女性が給仕してくれた。さすがにお城では犬のメイドさんではなく人間だ。
「さて、聞いているのかどうか分からんが今、ウチら魔族と戦争をしているや」
「伺いました、魔族は人間を滅ぼそうとしているって・・・」
「せや。アホな話やが彼奴らは人間を滅ぼせば元いた世界に帰れると思ってるねん」
「何故、人間を滅ぼせば元の世界に帰れると?」
「それはこっちが聞きたいくらいや。訳がわからん」
「・・・今、ここに2人ほど魔族がいるんですが」
「魔族っちゅーても半分くらいが戦争をしていて、半分くらいが人間との共存を望んでいる。で、もう半分がどっちつかずや」
おいおい、半分が3回出てきているぞ! 素直に三つ巴ってことでいいのか?
「イサさんやドーラは・・・」
「イサ殿やドロシー殿は共存派なんや。せやからこうして迷い人の受け入れを手伝ってくれたり、諸国を回って魔法で病人を治したり土木工事をしてくれたりしとる」
「ワタシは昔のようにみんなで仲良く、協力しあって暮らしていければ良いと思っているので・・・」
「あたしも殺し合いなんて真っ平ごめんだね」
「ドーラはそんなこと言っても、実は魔族のスパイだから諸国をふらふらしているんじゃないのか?」
「くっ!お前こそ魔族のスパイだろ!」
「何言っているんだ、俺は4日前にこの世界に来たばかりだぞ!」
「まぁまぁ、喧嘩しない、喧嘩しない」
どういう発想から俺が魔族のスパイになるんだ?魔族にはそういう変な思いつきをする奴が多いから「人を滅ぼせば元の世界に帰れる」と言い出したんじゃないのか?
「お前、本当は魔族だろ?」
「はぁ?何で俺が魔族なんだ!」
「・・・お前、イサには黙っているようだが魔法が使えるだろう」
「何を根拠にそんなことを言っているんだ?」
「お前の魔力、あたしには見えているんだよ!」
「はぁ?俺には魔力なんてないしー!」
「一ノ瀬殿、それは本当のことか?」
「本当です、俺は日本から来た普通の会社員です!」
「一ノ瀬さん、怒らないから本当のことを言ってください」
「イサさんまで・・・、俺は嘘なんてついていません!」
俺は超能力者だが魔法使いではない。大体魔力なんて怪しげな力は知らないぞ。
「ドロシー殿、一ノ瀬殿に魔力があるのは本当なんか?」
「あぁ本当だ。そんなことで嘘を言ってもあたしには儲けがないからね」
「ドロシー殿が儲けなしで言っているから本当のことなんやろな」
「俺は魔力なんて知らないって言っているのに・・・」
「一ノ瀬さんは御自身に魔力があることに気づいていないだけなのでは?」
「イサ、此奴はあたしが仕込んだ使い魔をすぐに見つけて握り潰しやがったんだ。そんな奴が自分の内に秘めた魔力に気づかないと思うのかい?」
くっそー、ドーラをからかうつもりで言った俺の一言で、こんな窮地に追い込まれるとは!正に「口は災いの元」だな。
事と次第によっては投獄され兼ねない。
ついさっきまでこの国の若い娘に種付けしてくれと言われていたのに、すっかり魔族のスパイ扱いだ。まいったね。
「みなさん、俺の目を見てください。これが嘘をついている男の目ですか?」
「少し白目が濁っていますな」
「何かエロい目つきだ」
「くっ!」
散々な言われようだ。
「大体、本当の名前を隠していたのが怪しい」
「それは・・・」
「何か名乗れない訳があったのですか?」
「いや、それは・・・」
「一ノ瀬殿、この際腹を割って話しまひょ」
「・・・」
どうする?どうする?
アンをちらっと見た。今話している言葉が分からないせいなのか、不安そうな目をしている。俺に何かあればアンの身も危なくなる。
腹を括るか。
「最初に本当の名前を名乗らなかったのは申し訳なかったです。それは突然異世界に迷い込んで初めて会ったイサさんが信用できる人なのか、どうなのか判らなかったので用心をしたからなのです。そして俺は本当に魔法使いではありません。魔族でもないです」
「じゃあその魔力は何なんだ?」
「魔力があるなんて本当に知らないのです」
「それだけ大きな魔力を持っていて魔法が使えないっていうのは不自然なんだよ」
「・・・俺には魔法なんて使えません。使えるのは・・・」
「使えるのは?」
「・・・超能力、です」
「「「はあ?」」」
3人がハモった。
「超能力って何だ?」
「手を使わずに物を動かせる念動力とか・・・」
「とか?」
「遠くまで見える千里眼なんかが使えます」
「ふーん」
俺の能力を詳しく説明する必要はないだろう。簡単に、しかも適当に説明した。
「イサ」
「はい」
ドーラがイサさんに目で合図した。イサさんは持ち歩いていた鞄から折り畳まれた紙を取り出してテーブルに広げた。魔方陣だ。
「ちょっとそこに手を置いて魔力を流して」
「俺には魔力なんて・・・」
「あー、いいから手を置いて!」
「はぁ」
俺は渋々、魔方陣に手を置いた。
「魔力を流して」
「だから魔力なんてないって」
「掌に向けて力が流れてゆく感じを思い描いてみて」
「はぁ」
(力を流す、力を流す・・・)
魔方陣から水が溢れ出してきた。
「ほらぁー、やっぱり魔力があるじゃない」
「・・・俺だってこんなことができるだなんて知らなかったんだ。嘘じゃない、信じてくれ!」
「はいはい、信じてあげますよ」
「一ノ瀬さん・・・」
溢れ出した水がテーブルから流れ落ちた。力を流し続ける限り止めどなく水が出てくるようだ。
「わんっ!」
アンが珍しく吠えた。そうか、喉が渇いていたんだな。
こんな怪しげな水ではなく、持ち歩いていたペットボトルから水を飲ませてやった。
「魔力があるからって、俺は魔族なんかじゃないんだからな」
「わかった、わかった、はいはい」
「俺は指だって5本あるし、口から卵も産まないし、魔◯光殺法はちょっと頑張ればできるかもしれないけど・・・本当に魔族じゃないんだからな!」
「とりあえず、好戦派のスパイじゃなさそうだから今日から魔法の修行を始めるか?」
「へ?」
「ちゃんと師匠について魔法の修行をすれば、あたしほどじゃないけど金を稼げる魔法使いになれるぞ」
この世界で金を稼ぐ方法とか、まだ考えていなかった。
俺の超能力が金になるのか。
「魔法の修行って、誰か教えてくれる人がいるの?」
「いるよ」
「何処に?」
「あんたの目の前さ」
「え?」
「今からあたしのことは『ドロシーお師匠様』と呼ぶように!」
いやいや、ドーラの弟子になりたいなんて言ってないし!
「ドーラが魔法を教えてくれるのなら一ノ瀬さんも立派な魔法使いになれますわ」
「俺、ひとりで修行したい」
「馬鹿ねぇ、ひとりで修行するよりも師匠について修行した方が上達も早いし、魔法も多彩になるのよ」
「じゃあイサさんに教わりたい」
「イサが使える魔法なんてショボくて人に教えられるレベルじゃないわ。イサは魔方陣を書いてそこに魔力を流すしかできないのよ」
「一ノ瀬殿、こう見えてドロシー殿は優秀な魔法使いなんや。ドロシー殿と同じ魔法が使えて、人に協力的な魔法使いが増えるのは大歓迎やで」
「・・・ドーラみたいに諸国を回って人に協力する魔法使いって何人くらいいるの?」
「あたしだけだよ」
「え?」
「せやからドロシー殿はあっちこっちの国で引っ張り凧なんや」
・・・3人がグルになって俺を言い包めているような気がする。




