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図書室

図書室〜初夏〜

作者: 鮎沢琴美


僕の唯一のシリーズ短編ですが

前作を読まなくても大丈夫だと思います、たぶん。


設定は夏です。

季節外れですがよろしくお願いします。

 僕の居場所、図書室。


 今日は一学期の終業式だった。


 夏休みの課題のために多くの生徒がこの場所を訪れた。静かなこの場所が好きな僕は少しうんざりしたが、生徒が去った後、僕はもっとうんざりした。


 「今日からあなたたちを図書委員に任命します」


 図書室の先生が声高らかに言った。


 「というわけで、これから図書室の大掃除を始めたいと思います」

 「はーい」


 僕の隣にいたもうひとりの図書委員は嬉しそうにしていた。

 どうして?

 四月に入学して出会ったはじめての知り合いが彼女。たぶん僕と同類、そして変わり者。


 「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

 「私、委員やってなかったから嬉しくて」


 委員ってそんなに嬉しがることだろうか、どちらかといえば、嫌々仕方なくやるというイメージが強いと思っていたが、いろんな考え方があるんだな、まあ彼女に関してはおかしくもなんともない。


 「君も嫌な顔をせずに嬉しそうにしないと」


 迷惑な提案をした九谷先生はたぶん生徒からの好感度が高い。理由はわからないが先生の雰囲気と言ってしまえば、まあそういうことになる。


 「大掃除と聞いて嬉しそうにできるのは隣の方ぐらいです」

 「本当は嬉しいくせに」


 彼女はまた嬉しそうに言う。


 「それはない」


 それはない、うん、嬉しくはない。でもまあ、僕はするんだろう、どうせ暇だし。ほぼ毎日ここへ来ていたわけだし。学校内唯一の僕の居場所だし。


 「わかりました、やりましょう」


 そして先生による大掃除の簡単な説明が始まった。床を箒で掃いて、雑巾で拭く。机を拭く。書棚のほこりを落とす。窓を拭く。聞いていたら引き受けたことを後悔した。出るわ出るわで、大掃除だもんな、と無理に自分を納得させたが、


 「じゃあがんばってね、先生は用事があるから」


 先生はやらないの?というツッコミを封印して気合を入れた。


 「やるわよ」

 「やけに気合が入ってるんだな」

 「私にとって掃除は趣味みたいなものだもん。部屋の掃除なんてしない日がないくらいよ」


 趣味が掃除なんて僕には考えられない。足の踏み場もないわが部屋を思い出した。少し片付けなきゃな。そう思いながら掃除用具入れから箒をとりだそうとすると、


 「ちょっと待って。床を掃く前に本棚のほこりを落とします。先に床を掃除してから本棚をするとまた床が汚れて二度手間になるからね。その辺にはたきがあったと思うからそれを持ってきて。あと埃が口とか鼻に入らないようにハンカチを当てたほうがいいわよ。そうしないと咳き込んで掃除どころじゃなくなるから。埃を全部落としたら床を掃くからね。よし、じゃあまず窓開けてね、換気も掃除のうちなんだから」


 いきなり饒舌になった彼女に僕は戸惑いながら「うん」と返した。

 とりあえず言われたとおりに窓を開ける。この時期特有の生温い風が一瞬顔に当たった。

 グラウンドでは生徒が部活動にいそしんでいる。とても健康的で僕とは程遠い存在のように思える。

 ああ、なんて高校生らしいんだ、僕も高校生だけど。

 振り返って彼女を見るとハンカチを口に巻き、はたきを持ち、古本屋のおばさんのような雰囲気になっていた。


 「大掃除開始」

 「了解」


 なぜかそういってしまった自分が恥ずかしい。気を取り直して。


 「じゃあ僕はあっちから叩いていくから、君はそっちからお願いします」

 「了解」


 なぜかそういってしまった自分が恥ずかしいのだろう、彼女もおそらく。


 黙々と二人ではたき始めた。図書室内にキラキラとほこりが舞うのがわかる。彼女の言うとおりハンカチを巻いていてよかった。これを吸い込むと咳き込むどころか病気になりそうだ。 一列目をはたき終えた頃、彼女がこっちに来た。ハンカチをはずし何かを持ってきた。


 「何だろコレ?」

 「これは紙だね」

 「それは知ってるけど。この文字」

 「R?」

 「R」

 「・・・・・・さあ、次はこっちの棚だ」


 僕がそう言って移動しようとすると、彼女は僕の腕を掴んで引っ張った。


 「ちょっと待って。これはきっと何かのメッセージよ」


 彼女の悪い癖が始まってしまった。物事を何でもミステリっぽく捉えてしまうのだ。そういえば今日は『鬼影村殺人事件』を読んでいたな。彼女はどうも影響されやすい。


 「そう何でもおもしろいことにはならないよ、じゃあ聞くけどRは何と言うメッセージ

なんだろう?」

 「それを解くのがあなたの役目でしょ」

 「なんでだよ」

 「他にこんな紙はないかしら」


 そう言いながら彼女は勝手に本棚の捜索を始めた。仕方なく僕ははたきを置いて図書室のいすに座り、せわしなく動く彼女を見ていた。ああ、とても平和だ。しかし最近蒸し暑くなったものだ。この学校に入学して初めての夏休みが明日から始まる。僕はどう過ごそうかなと考えていた。


 「ちょっと」


 くつろいでいた僕にも捜索命令が出された。


 「はい、捜索開始します」


 二人して大掃除のはずが謎の紙切れ探しになってしまった。僕は何をやっているんだろうか。


 はあ。


 あ?


 「あっ、あった」


 不本意ながら僕は新たな謎の紙切れを見つけた。

 

 『5×5+1』


 「見つけたよ、意味はわからないけど」

 「なんだ、たった一枚か。私なんてもう三枚見つけたんだから」

 「それはすごい」


 『R』

 『L』

 『P』

 『V』

 『5×5+1』


 五枚が見つかり、それ以上の収穫はなかった。まあ30分探したんだからこれ以上ないだろう。よく30分も探したもんだ、僕も彼女も。


 彼女は図書室の机に並べた五枚とにらめっこし、その次に僕を見ていった。


 「この謎解けた?」

 「ちょっと待って」


 このカギカッコの後に、

 「僕は五枚の紙切れを見ていただけで何も考えてなかったし、勝手に僕が解くということになってるし、君が言い出したんだから君が解けばいいじゃないか、そしてさっきの大掃除への情熱はどこに消えたんだ。」

 というツッコミを続けて言いたかったが、言っても無駄ということが直感的にわかっていたのでそれを言うかわりに

 「今考えてるところ」と僕は言った。

 「そっか、わからないか。仕方ない、私も手伝おう」


 立場が逆ですけど。


 「たぶんこの暗号を解くカギはこの計算式よね」

 「まだ暗号かはわからないけどね。計算すると26だね」

 「26よね」

 「26だね」

 「26か」

 「26ねえ」


 一瞬の沈黙の後、彼女が声を張り上げて言った。


 「私わかっちゃった。26ってアルファベットの数だわ」

 「うん、そうだね」

 「もしかしてわかってた?」

 「うん、かなり前に」

 「く、くやしい」


 彼女の反応がおもしろかったので僕は努めて冷静に返答した。しかし、その先がわからない。アルファベットは26個だ。だから何だ?それがわかったところで他のアルファベットのカードの意味は?そう考えている横で彼女がぶつぶつ何か言ってる。


 「Rは18番目で、Lは12番目で、Pは16番目で、Vは22番目よね。うーん、あんまり関係ないかなあ」


 彼女は机に26個のアルファベットを書きながら考えていた。僕もそのアルファベットの列を見た。彼女はカードに書いてあった4つのアルファベットを丸で囲っていた。


 「きっと何か意味があるはずなのに、何もわからないわ。そっちは何かわかった?」

 「僕もわからないよ、ただ大事なのは26じゃなくて式のほうだと思うけど」

 「それはそうだけど、この式にどういう意味があるのかしら」


 もう一度僕と彼女は机のアルファベットを見た。


 ABCDEFGHIJKL

 MNOPQRSTUVW

 XYZ


 「・・・・・・ん?ちょっと待てよ」


 僕はさらに5枚のカードをもう一度見た。


 「5×5+1・・・・・・もしかしたら」

 「どうしたの?何かわかったの?ねえ?」


 僕は机に26個のアルファベットを書き始めた。


 「アルファベットなら私がもう書いたじゃない。ねえ?」

 「わかったんだ、謎が解けた。ただ君が思うようなメッセージが隠されていたわけじゃないと思う。誰がこの暗号を残したかがわかったんだ」

 「誰なのよ、それは」

 「まあ、とりあえず大掃除の続きをしよう。早くしないともうかなり時間がたってる」

 「もう教えてくれてもいいじゃない」

 「大掃除が終われば教えるよ」

 「仕方ないわね、時間も時間だし」





 *

 

 

 

 

 「ごめんなさい、少し遅くなっちゃったわね。大掃除は終わったかしら?」


 図書室の主、九谷先生が戻ってきた。


 「ばっちりです、大掃除も暗号も」


 僕が言うはずだった台詞を彼女は高らかに言った。


 僕が解いたのになあ。


 「暗号を仕掛けたのは九谷先生、あなたですね」


 別に何の事件を解明したわけでもないのだが、某名探偵っぽく彼女は言った。


 「あ、ばれちゃった?」

 「私がすべて解きました。ってのはウソで私の隣の人物がすべて解きました」

 「さすがね、私が見込んだだけのことはあるわ」


 一体先生は僕の何を見込んだのだろう。


 「二人とも読んでいる本がミステリばっかりだったからその推理力を試したかったの。まあ大半は私の好奇心だけどね。でも素人が考えたのはやっぱ簡単だったか」


 僕はここでやっと口を開いた。


 「いや、結構難しかったですよ。彼女が机にアルファベットを書いてるのを見てピンときたんです。三割は彼女のおかげです」

 「えー、三割だけ?」

 「そんなもんだと思うけど」

 「半分は私の活躍じゃない」

 「それはない」


 「ホント二人は仲がいいわね、こっちが恥ずかしくなるくらい」





 「そんなことありません」






 二人声が合ってしまった。






 僕と彼女はこれからもこの場所で高校生活を送るのだろう。

 みんなとは少し違うかもしれないが一応の青春というヤツを。

 明日から夏休みだから、少しの間、彼女と会えなくなる。


 寂しくなんかないし

 何てことないのだけど

 なんだか・・・・・・


 ・・・・・・なんだかなあ。


 僕は図書室の机に残った九谷先生を示した暗号の答えを消しゴムで消した。


 大掃除終了。


 二学期もよろしくお願いします。


 僕の居場所、図書室。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


暗号がなぜ九谷先生を示すのか。

それは登場人物になったつもりで解いてください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。図書という文字を見て読みに来ました。私も図書という単語が入った小説を書いている最中なので(笑 シリーズ3作品すべて読ませていただきました。とてもキャラクターの設定が良くて、いいコ…
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