正体、いや変態
翌朝、またいつもの毎日が始まった。賢人はベッドから身を起こし、顔を洗い、トイレに長居をしてから居間へと歩いていった。
「おはよ~」
またいつものように挨拶を交わした。ごくフツーの毎日と思いきや、
「えっ? 何これ……」
目の前に広がっていたのは、卵を乗せたためにグチャグチャのトースト、緑色のソースをあしらった肉等。どれもホテルの朝食のような、豪華なものを作ろうとしたようだが、お世辞にも美味しそうとは言えないものだったった。それが放つオーラは、並の食事ではない。賢人の母、静子にはどう頑張っても到底作れるはずがない。
(……)
賢人は目の前に広がるモノを前に絶句した。するとキッチンの方から
「おはよう。どうだ? うまそうだろ~?」
高い声が聞こえてきた。衝撃の告白から一夜、父親(?)の声だった。
「これお父さんが作ったんすか?」
「まぁな。料理は得意中の得意でね。まーこれしきのことが出来なかったら、レストラン・チェーンの社長なんて勤まらんよ」
と、笑いながら話す。その手にはフライパンが乗せられており、もう片方の手にはトングがある。
「レ、レストラン・チェーン?」
「あ、言ってなかったっけ? 俺はアメリカでレストラン・チェーンの社長をしてんだよ。『ロー・マニア』ってんだけど日本にも数店舗を構えててね、結構美人のウェイトレスがいるからさ~。あと100人くらい美人を増やしたいと思っててるんだ。あははははははっ~」
驚愕の事実パート2
父親は地味に凄かった。そして、料理が下手すぎる。
「美人を増やすって……。あ、それで日本に?」
「まぁね。他にも用はあるんだけど」
(しかし、何でまた急にここに……)
そんな疑問が頭の中をよぎりながらも賢人はナイフとフォークを使って食べる、人生初の味を満喫した後、一時間ほどトイレのなかで苦しんだ。
学校には当たり前のように遅刻する、相変わらずの日々だった。担任の数学教師の、むさ苦しい大音量授業に始まり、催眠術師のような眠たくなる古典に耐えて、疲れを感じる頃には学校は終わった。辺りは昨日の天気とは違う、灰色の空に覆われていた。
家に着き、スマホの画面を覗くとメールが来ているのに気が付いた。
《Mogami-8110最上…》
(……最上から? 一体……?)
賢人は最上からメールをもらうなど今までにない。よほど暇のだろうか、メチャメチャ長い文だった。。
《久しぶり~♪今暇?メッチャ面白いゲーム見っけたんだけど!今桜橋ビルでやってるからお前も来いよ!それでさ~、……………………》
桜橋ビルは学校からそう遠くはない。自転車で15分といったところか。賢人はこっそり教室を抜け出すと急いで自転車をこぎ始めた。吹き付けるぬるい風と教師からの罵声を全身に受けて。
駐車場の中は妙にうるさかった。辺りを見回す賢人。すると次の瞬間、左足首がぐっと掴まれたかと思うと、賢人は急に引っ張られた。
段ボール箱であろう、積み上げられた物の陰に彼は吸い込まれた。物陰は座って姿を隠すのに十分だった。そして、賢人を引っ張りこんだ主がそこにいた。そこにいたのは最上だった。
「……お前、一体どうしたんだ?」
賢人は小声で話しかけた。最上は静かに答えた。
「……じ、実はさ、ゲームしてたらヤクザの連中に捕まりそうになっちまって。そいつ、メッチャゲーム下手くそでさ、からかいすぎたらぶちギレられた。なんか、いきなり大声あげてさ、恐る恐る覗いたらさ、水鉄砲だった……」
「水鉄砲……? え、でも一体何でそんな隠れてんだよ!」
「……中身賞味期限が10年前のコーラみたいでさ、メチャメチャ臭いんさ」
最上が今にも泣きそうな声で言った直後だった。
ブシュッ!
ダサい音が響いた。賢人たちのいたダンボンールの端のコンクリートの柱に黒い染みと鼻をつまむような臭いにおいが残った。
(こ、この匂い……。これが10年前のコーラのにおいなのかっ!?)
「てめぇら、この香り最高だろ?もっと嗅がせてやるから大人しく出てきやがれっ!」
耳障りな声が響いた 一人の男が立っていた。男の手にした水鉄砲からの銃口は臭いにおいを発していた。
(やっぱり……。 アイツの鼻イカれてやがる……!)
この世のものとは思えない独特の匂いが賢人と最上の鼻にくる。ふと、賢人は横にいた最上に目を向ける。最上は気絶してその場から動かなかった。白目をむいて。
しばらくして賢人はふと、敵の様子を確認しようと物陰からそっと覗きこむ。すると、ド派手な柄のシャツに黒のジャケット、大きく開かれた胸元からは刺青が除いている男を賢人は確認した。だが、それよりも重要なのは車の周囲の人影……男の回りにはあと、何人かいるようだった。
(ヤバいぞ、これ……。アイツら全員水鉄砲持ってんのかよ…。ああ、クソっ! 完全に俺らでどうこうならねぇ……! にしても、よくある台詞だ。もう少しましなこと言えないのかなぁ~。そして、くせぇ……)
台詞に対しては少し呆れながらも、賢人はゆっくりと立ち上がった。震える両手で静かに鼻をつまむ。この状況で自分達には何も抵抗する手段が無い。そして、相手は水鉄砲を所持している。
「んぁ? 誰だ、てめぇ~? あ、コーラの匂いに誘われてきたのか! そうか、そうか!!」
男はそう言うと水鉄砲を構え、賢人の前に付き出す。
(ちょっと待て、ちょっと待て! おいおい、こんなのありかよっ!? くさい、臭すぎる!! ああ、神よ、ゲームにつられた私がおろかでした……)
そう思って目を閉じた矢先、、、
ズドーンッ!
銃声が響いた。ゆっくりと目を開ける賢人。音を立てて男の手から水鉄砲が落ちた。何が起きたのかと疑問に思い、振り向くとそこには信じがたい光景が広がっていた。スミス&ウェッソン44マグナムを握り、黒のスーツを着て、目深に黒のギャップを被った太った男が立っていた。
(え? と、父さん!? 何でここに……?)
その姿は紛れもなく父だった。
「馬鹿者! 食べ物で遊ぶんじゃない!! 罰としてそのコーラ、イッキ飲みしやがれ! ほら、イッキイッキ~♪」
にこやかに笑いながら、静かに歩いてきた。手を叩きながら。
「けっ、勝手にほざきやがれよ」
男はそう言うと、ゴクンと一口コーラを飲んだ。すると、男は腹を押さえて倒れこんだ。
「て、てめぇ……。い、一体……?」
「俺の名を知らねぇのか? 僕の名はメタボナーノ。チャールズ・J・メタボナーノだよ~」
父は落ち着きのない高い声で答える。メタボナーノ……。それはアメリカの全土のエロ本市場を支配した犯罪組織、《メタボナーノ・ファミリー》の名。
男たちの顔から血の気が引いた。この男が……アメリカで変態と呼ばれているマフィアの一員、それもその首領が目の前にいるだなんて……。何をされるか分かったもんじゃない。
水鉄砲を床に落とし、男はその場に立ちすくんだ。腹が叫びをあげている。
普段はレストラン・チェーンの社長。夜は暗黒街の首領……。これが彼の父の正体だった……。