旅立ち(?)
アメリカ合衆国 ニューヨーク。灰色の空が広がる中、この地から一人のおデブが旅立とうとしていた。艶やかな光沢を持つイタリア製の生地で仕立てた黒のオーダーメイドスーツ、一流ブランドのネクタイ、ピカピカに磨かれた靴。そして、収まりきらない横っ腹!足の爪先から髪に至るまで隅々まで手入れをほどこすほど暇なその男は、温厚そうな笑みを浮かべながら一人の男に話しかけた。
「レンジ、フライトまでの時間は?」
車のなかで男は部下に尋ねた。
(何回言わせたら気がすむんだよ……。もう三十回はいったぞ。あと、俺の名前家電じゃないし!)
「……あと一時間あります」
レンジと呼ばれた男は答えた。本名、レジナルド・マンガーノ、通称“レッジ”。澄んだ瞳に艶やかな金髪……。年齢は20代~30代といったところか。ハリウッドでデビューしていてもおかしくない抜群のスタイルと甘いマスクの持ち主――と自分では思い込んでいる。同じように黒のスーツを着こなしている。
「一時間か……。ところで、コルボはどうした?」
「今日は来れないようです。大事な仕事があるとかいって寝てました」
「委員会だと? 俺は何も聞いてないぞ」
「無理もないです。何せ休憩ですから。ベガスのボスのシマに動揺があったようで。死者も何人か出たらしんです。そのことでちょっと仲介を求められてて」
「なるほどな。ベガスのボスたちは、我々の身内の人間に仲介を求めたのか」
「はい。コルボからは俺からあなたに伝えてくれと」
「はいはい、わかった。わかりましたよ!ったく、うるせーな……。パトリックたちによろしくっ!!」
「はい。首領もお気をつけて」
「おいおい。気を付けるも何も向こうは銃の携帯すら禁じられてる国だぞ。それに向こうにはすでにノロイがついている。何も心配することはないだろう」
「しかし、万が一と言うこともありますので」
「相変わらずドアホな男だな。まあ、いい。組織のことをよろしく頼むよ」
そう言って男は金持ちの象徴品ともいえる高級車、黒のロールス・ロイスから下りた。
この男こそ、アメリ全土のマフィアをまとめ、エロ本市場を統一したメタボナーノ・ファミリーの首領、“チャールズ・J・メタボナーノ”である。こうして彼は縄張りとしているニューヨークをあとにし、日本に向かった。