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グリグリと頭部を押し付けてくる幼子に、フェネアンはただ茫然としていた。トレートルの体を緩々と引きはがし、表情を引きつらせる。
「なぜだ……トレートル、オレはお前のチップから、オレに関する情報の一切を消去したはずだ!」
「消去されてましたよ! なんでですか! あんな大怪我して研究所まで帰ってきて突然追放されるだなんて話をして! かと思えば! ボクはっ、フェネアンさんのことをっ、全部消されていました! なんでなんですか!」
「お前をあいつの所持バンボルにするためだよ! いや、マジでどうしてオレの事を思い出した! どうやって!」
「トレ君、フェネアンさんがいなくなってから一ヶ月もの間に……二桁に届くほどのエラーを起こして、研究所で修理することになったんですよ」
トレートルと言い合いをしている間に来ていたのだろう、先ほど館内放送で響き渡った女性の声が正面から聞こえた。フェネアンはトレートルの体をガッシリと捕まえたままそちらに顔を向け、ヒュッと喉を鳴らす。
「いくらチップを消そうと、トレ君の脳みそ自体はセントラルのコンピュータにあります。チップの中からフェネアンさんのことをどれだけ消そうと……ううん。きっとセントラルの中のデータから消しちゃったとしても、トレ君はエラーを起こしてたと思いますよ。だって真っ白になったトレ君を助けたのはフェネアンさんなんでしょ?」
「……じぇ、な」
声だけを聴いても解らなかったのに、その姿を見れば、七年前にお見舞いに行っていた少女であることがすぐにわかった。その幼い顔には、しっかりと面影が残っている。
そもそも、なぜトレートルが自分の事を思い出したのかよりも、彼がどうしてここにいるのかを先に疑問に思うべきだったのだ。
「もう、ひどいよフェネアンさん! 急に居なくなっちゃうなんて。それに、トレ君もすっごく苦しんだんだよ! トレ君、何度も何度もエラーを起こして、顔をクシャクシャにして泣いてさぁ! なにかを忘れてる気がするのに、何を忘れてるのか思い出せないって! 修理してもメンテナンスしても全然ダメで、私がプログラマーになってからやっとチップを修正出来て! 私もトレ君も泣かすなんてサイテー!」
「ジェナ……お前、眼鏡……」
そう。彼女は自分と同じような形の眼鏡をかけていた。スーッと背を冷たい汗が流れていくのを感じ、胴体にきつく抱きついて来るトレートルの事を無意識に抱きしめる
「度なしのダテ眼鏡ですぅ!」
「ま……紛らわしいわ! お前、オレがっ施術を失敗したのかと……!」
「フェネアンさんの真似ですぅうう! 最年少での研究所所長も頑張ってフェネアンさんの真似をし続けたおかげですぅ! 総務局長にお願いしてフェネアンさんをファルケに呼んだのも全部! フェネアンさんに! 会いたかったからですぅ!」
だんだんジェナの声が震え始め、ボロボロと涙をこぼし、同時にトレートルの体も震え始めてフェネアンは表情を強張らせた。どうすればいいのかと手が宙を迷い、ガシガシと頭を掻くとジェナの体を無理やり引き寄せる。
ボスンと、フェネアンの肩口に額を乗せる形になり、ジェナはますます体を震わせて泣き始めた。ポンポンと背を叩いてやると、首に腕を回してギュッと抱きついてくる。
「……オレがいたら、気にするだろうと思ってよ。よく頑張ったな。二十二で所長になれるだなんて、これから先、誰にも真似できないだろうよ。実力主義のファルケで、本当によく頑張ったな」
「フェネアンさぁん。寂しかったよぅ、急にいなくなるなんてひどいよぅ。私……フェネアンさんと同じになりたくて、すっごくすっごく頑張ったよ」
「あぁ、あぁ。頑張った。トレのチップの修正も、よく出来たな。……お前、研究所をずーっと出たくて、ようやく出られて。そんなオレをここに呼び戻したんだから覚悟はできてるんだろうな? 甘やかさねぇぞ」
「上等です! ちゃんと所長やってるところ、見せてあげるんだから!」
「ボクもきちんと、ジェナさんをさぽーと出来てるところ、見せてあげるんですから!」
グスグスと涙を流すジェナ、クシャクシャに顔を歪めながら震えているトレートル。二人の体をまとめて抱きしめ、フェネアンは目を閉じた。
さぁて。これからの研究所人生は、これまで以上に賑やかなものになってしまいそうだ。




