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ガラガラと安っぽい音をたてながら扉が開かれ、つなぎを着た男性が作業の手を止めた。咥える煙草の灰を近くの灰皿に落とし、髪を緩く掻き上げる。
「修理する物と不具合を紙に書いて置いといて、連絡先と名前もな。終わったら電話を」
「こんなところにいたのか、フェイナ」
その声と呼び名にザワリと鳥肌を立て、呼ばれた男性が勢いよく振り返った。穏やかな表情と目つきは見る間に鋭くなっていき、紫煙を薄く開いた口から吐き出す。
「……帰った帰った! 今日は店じまいだ、冷やかしならごめんだな」
「そう言わないで欲しいな、フェネアン。きみを探し出すのに、一体何年かかったと思ってるんだい? こんなところで小さな修理屋をやってるなんて、研究所職員の誰が思うだろうね?」
そこに立っていたのは、バンボルのセントラル研究所総務局長だった。立ち上がったフェネアンの事を見上げて口元にシワを浮かべながら微笑む彼に、新しい煙草を咥える事で応える。
「あぁ、彼女の髪の毛そっくりだ。染めないようにしたんだね、フェネアン。それがいい、綺麗な金髪じゃあないか」
「てめぇに褒められたって一かけらも嬉しくねぇよ。よくもまぁ、こんなところを探し当てたもんだな?」
「リベレの言葉も、インカムで間違いなく翻訳されているね。本当に母親に似て来たよ」
どれだけ殺意を込めて睨みつけても、総務局長は微笑んでいた。無駄だと諦めたのかフェネアンはドライバーを握る手を緩め、再び修理していた洗濯機に向かう。
「何の用で来た、あれから七年経つぞ。まっさか今更、処罰を与えに来た。とかじゃあねぇだろうなぁ?」
「フフっ。あれには参った、まさか……トレートル・セルヴォのセキュリティソフトを凍結させて、全く別のバンボルに移行させる、なんて。一朝一夕で出来る事じゃないよね」
責めているようではなく、呆れているような言い方だった。フェネアンは総務局用に背を向けたまま作業を続け、油まみれの手で鼻の頭を軽く掻く。
「お前らがトレを押収しようとしたのは、あいつがセキュリティバンボルだからだろ。させるかよ、なにからなにまでてめぇの好きにはさせねぇ。あいつにはあいつにふさわしい場所がある。その場所を奪わせねぇ」
「挙句に人工頭脳に関する書類はないし、彼の生みの親も残していなかったし。圧倒的研究資料の足らなさに、研究所はボロボロだ。やっぱりきみは追放するべきじゃなかったよ」
「死ね。てかマジで何の用だよ」
「なに、簡単なことさ。きみにファルケに戻ってほしいんだ」
何のためらいもなくサラリと言われた言葉に、今度こそフェネアンは手を止めた。
「……あぁあ?」
「現ファルケ研究所所長が、きみを欲しいとさ。正規職員じゃなくて構わないと、非常勤雇用で構わないからと」
荒々しくドライバーを置き、立ち上がると総務局長の腕を掴み店の出口に向かった。彼の背を突き飛ばすと店の外に出し、シャッターに手をかける。
「答えはノーだ。……マジで舐めてんな、またオレに、あの場所に戻れってか。頭おかしいだろ」
「……そうか。残念だ、じゃあ私はこのままリベレ研究所に向かうとしよう」
その身の引き方はあまりにも不自然で、零された言葉との脈絡があまりにもなさ過ぎて、フェネアンはギチリと眉間にしわを刻んだ。それを見てクスクスと笑いながら総務局長は背を向けて歩き始め、小さく手を振る。
「グリアラン・リブールア所長に用があって来たんだ。きみの勧誘はそのついでさ」
「……グランになんの話だ」
「なんの? なんで研究所職員でもないきみに、話す必要がある?」
「っそれは」
「あぁ、気になるよねぇ? なにせきみには、心当たりがあるだろう内容だから」




