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鳴り響くタブレットを反射的に取り、発信者を確認すると即座にそれを耳に当てた。動悸は激しく、震える指に力を込めて声を荒げる。
「アン、フェネアン! きみは今どこにいるの、聞いたよ、ファルケ研究所所長が病院を脱走して大騒ぎだって!」
それは先日、ニュースで大々的に放送されていたフェネアン・アポートルからの電話だった。グランは喉を震わせながら体は大丈夫なのかと、どうしてそんな無茶をしたのかと、一体何があったのかと矢継ぎ早に問いかける。
『おいおい、ちょっと落ち着けよ。オレが何も話せないじゃないか』
「落ち着けるもんか! きみはバカだ、本当にバカだよ!」
『あぁ、知ってる』
「一体なにがあったの。ボク達はきみが研究所を追放されたとしか、資格をはく奪されてトレ君を押収されたとしか聞いていないんだ。ねぇフェネアン、きみになにがあったの!」
『落ち着けってば。ちゃんと話す、グランにはちゃんと話すから――』
つらつらと自身に起こった出来事を話す彼はまるで、それが他人事であるかのようだった。時折、いてて、と怪我を痛んでいるような音声が入ることにグランは不安を覚えるが明るい声調になにも言い出せない。
『――と、まぁ。研究所に戻ってやることやって、家に帰って最低限必要になりそうなものだけもって、白衣を置いて私服でフラフラしてまわってたってわけ。職員になってからほぼ白衣で行動してたからか、みんな気づかねぇでやんの。髪をといて私服になって、ちっとばかり猫背気味に歩いてるだけなんだけどなぁ』
「フェネアン、ボクは今ね、とても怖いよ。とっても怖い」
『怖い? なにが?』
電話の向こう側で、キョトンとした表情を浮かべているのが見えた気がした。あまりにも普段の彼と、自分がよく知っている彼と雰囲気が違う。
「明るすぎるんだ。きみの声が、今まで聞いたことがないほどにね、変なことは考えてないよね? お願いだよフェネアン、ボクはたとえきみと仕事が出来なくなったとしても、もう自分の息子と同じくらい、大切な人なんだ」
『いやいやいや、なんだよ変なことって。自殺でもしそう、なんか言わねぇでくれよ! オレは今、すげぇ穏やかなんだ。なんて言ったらいいんだろうな、すげぇ気楽』
ケラケラと声をあげて笑える程度には、フェネアンは元気でいるらしいことがわかり、グランはようやく緊張を解くことが出来た。自室のベッドに深く座り込み、長いため息を漏らす。
『やっと出られた。悪い、お前と一緒に仕事をしたいって、リベレの研究所に行くって約束はもう守れないけど。ずっと出たいと思ってた研究所を出れた。いざとなれば寂しくなるかな、とか辛いかな……とも思ってたんだけどさ。全然そんなことねぇんだわ』
「……よかったの? きみはそれで、本当に?」
『あぁ。まぁ病院にはすげぇ迷惑かけたと思ってるけどよ……ちゃんと支払いは余計に置いてきたから、まぁ、許してもらおう!』
「そんな問題でもないと思うんだけどな!」
思わず突っ込むと、フェネアンはやっぱり楽しそうに笑っていた。よくよく耳を澄ましてみれば遠くからアナウンスが聞こえており、グランが静かになったことに気が付いたのだろうフェネアンが喉の奥で笑いながら言う。
『聞こえたか?』
「うん。聞こえた。……まったく、きみって子は」
『じゃあ、そろそろ電話を切るぜ。シャルにも、誰にも彼にも、知らないで通してくれよ。オレの居所』
「はいはい。……じゃあ、またね」
『おう。また』
プツリと切れた通話に、グランはタブレットを握ったままぼんやりと画面を眺めていた。ふと部屋の外から呼ばれた声に振り返り、よっこいしょと立ち上がる。
「……無事でよかった。元気でいてよかった。本当に……」
あとはなるようになるだろう、再度呼ばれ、グランはタブレットをベッドの上に放り投げて部屋を後にするのだった。




