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総務局長が病室を後にし、シャルがどこか心配そうな、それでも安心したような表情を浮かべながらフェネアンの隣に立った。ガタガタと背を震わせ掠れた音を鳴らしながら荒い呼吸をしている彼の事をそっとなで、緊張している体を優しくベッドに寝かせてやる。
「なぁ、アン。オレはお前と親父さんが同じになったなんて思わないよ、お前の親父さんはただ、実験をしたかっただけ。お前は、そのジェナって子を一生懸命、助けたかっただけ。……だから、気を病むな」
「るっせぇ。今更何を言ったって結末は変わらねぇだろ。オレはオレ自身に施された研究所最大の禁忌を、今まで忌んで来た事を犯した。それだけだ」
「本当によかったのか、トレ君と……グラン所長と、一緒に仕事が出来なくなるんだぞ」
「お前も聞いてたんだろ。こいつはオレのものだ。……今までエトリックの名に振り回されてきたが、これだけは奪わせねぇ」
右腕で眼鏡ごと目元を覆い隠し、呟いた。シャルにサラサラと髪を撫でられても払うようなことはせず、呼吸を落ち着かせる。
「……こういうのもなんだけど、さ。よかったな」
「……今まで、世話になったな。これからは晴れて、お前が所長か? ならパルフェを傍に置いてやれ、オレがみっちりたたき込んだからな、研究所職員としての腕は保障するぞ」
「ははっ! こんな鬼所長に認められるなんて、泣いて喜ぶんじゃないか」
フェネアンも小さく、笑っていた。しばらく無言のままフェネアンの事を撫でていたシャルだったが、不意に立ち上がると背伸びをする。
「それじゃあ、オレは行くよ。お前も、退院してしまうまでは資格もあるんだろうから、ゆっくりしておけば? 退院後荷物の引き上げなんかもあるだろうし」
「……そう、だな。トレートルは、今どこに?」
「研究所に。ジェナちゃんは元々の病室にいるよ、まだ意識は戻らないみたいだけど、命に別状はないって」
「……そうか」
「また来るぜ」
そうして一人きりになった病室は、ひどく静かだった。トクトク、と自身の鼓動の音だけが大きく聞こえ、フェネアンは腕を上げて周囲を見渡す。
自身の荷物はここに運び込まれているようだ。タブレットを操作してみる。画面は割れているが、無事らしい。
「アポートルさん、具合はどうですか。先ほどまで……お見舞いの方と何か、言い争っていたみたいですが」
入るにも入られずにいたらしい看護師が、体温計やら血圧計やらを持ってきた。眉を寄せている彼女はどうやら怒っているらしく、フェネアンは軽く頭を下げておく。
「全く! 患者さんを興奮させるなんて。あの男の人にはきつぅく言っておきましたから!」
「……なぁ、煙草、吸いに行ってもいいか」
まるで自分の事のように怒る看護師さんに思わず口の端を緩めながら、フェネアンはゆっくりと体を起こした。最初は目を丸くし頬を膨らませて否定の意を露わにしていた彼女だが、車いすを使うこと、あまり長く吸わないことを条件に部屋から出る事を許してもらえた。
肋骨もヒビが入っているらしいので、本当なら許可は下りないのだろうところを許してもらえてありがたいと、フェネアンは素直に車いすに乗った。押そうとしてくれるのをやんわりと断り、右腕だけで漕ぎ出す。
向かうのは、裏口。見たいものは、ロック。吸いたいというのは確かにあるも、単なる口実。
――そうしてその日の夜。フェネアンは病院から、姿を消していた。




