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総務局長は深呼吸を繰り返し、ずっと握っていたらしい花束を机の上に置いた。茎はすっかり折れてしまい、花びらも心なしか萎れているように見える。
「エトリック・アポートルは私の部下だった。きみ達家族は彼と一緒にセントラルに生活していた。……彼の技術力と研究に関する知識は目を見張るものがあってね、ファルケに移動してもらうことになったんだ」
「……引き抜き、じゃあねぇな。そもそもセントラルからファルケに送る意味がねぇ」
「そう。セントラルにいたら危険な人物だ、ということで、彼は故郷の研究所に戻された」
「てめぇの妻を完全に無視して、息子を研究材料に使うほどの狂人だ。その時点で資格を取り上げるべきだったな」
「……たとえそうしていたとしても、あいつなら同じことをやっただろうね」
と、総務局長はシャルを見た。席をはずしてほしいということなのだろう、シャルは眉を寄せ、フェネアンを見ながらも、病室を出ていく。
「あの日。あの、事故の日。私はたまたま、ファルケに来ていた。本当に偶然だった、ただ里帰りをしていただけだった。……驚いたよ、テレビで、事故のニュースが流れて。よく知った名前が聞こえた時、私は事故現場に急いだ」
病室に二人だけしかいないことを確認すると、独白のように話し始めた。フェネアンはただジッと総務局長の事を見つめ、右手を目元に運ぶ。
「あぁ、あの時は状況を飲みこめず、言葉もなかった。目に深い傷を負い、失明は間違いなかっただろうきみと、微かに息をしながらも車とガレキに挟まれて血まみれになっている彼女を見た時は。文句を言おうにも、運転手は即死だったらしいじゃないか」
「そうらしいな」
乾いた唇をなめ、震える指を止めようと、拳を握った。あまり力を入れると骨折に響くが、こいつにだけは弱みを見せたくは、ない。
「だけどまだ、すぐに救急車を呼んで病院に連れて行けば、助かってた可能性はあったんだ。あぁ、十二分にあった! なのにあいつは、エトリックはきみを研究所に連れ帰り! バンボルの目を仕込んだんだ、自分の研究を証明するために!」
総務局長もまた、膝の上で強く手を握っていた。小刻みに震えるそれの上にぽたりと水滴が落ちたのが見え、フェネアンはきつく眉を寄せる。
「止められなかった。どうすればいいか判らなかった、エトリックを止めればきみは確実に失明する、だけど彼女と共に、病院に行ってやるべきじゃあないのか。言い合っているうちに、病院への搬送が遅れてしまった」
もしかしたら総務局長は、母の事が好きだったのかもしれない。
なんとなくフェネアンは、そう思った。体を小さくしていく彼に細くため息を漏らし、独白じみたそれを聞き続ける。
「その結果が……あれだ。あいつは自分の妻の葬式も無視し、バンボルについての発表を優先した。……そしてきみは、すっかり変わってしまった」
その悲しげな目に、フェネアンは舌打ちを漏らした。それでもイヤな顔一つせず、ただ当時の事を話し続ける。
「あぁ、エトリック譲りの茶色の瞳は青くなり、彼女譲りの髪の毛も染めてしまっていたね。エトリックが病死した時、私は必死できみを探したよ。……きみが彼を憎んでいたのは、恨んでいたのは知っていたから。ドナーとして出てくるわけはない、とは思っていた」
「当たり前だろ。そもそもあいつが死んだのを聞いた時、警察署に居たんだぞ。新米警官が叫びながら入ってきて、思いっきり頭をしばかれてたわ」
「そうだね、きみは傷害事件の容疑者として、まだ未成年だったから補導されていたんだった」
「で、保護という名の元にオレを引き取り……研究所にぶち込んだわけだ。親父の二世にでも仕立て上げたかったのか?」
クツクツと喉の奥で笑い、フェネアンは片手で顔を覆った。総務局長はそんな彼に目を見開き、口の端を歪ませる。
「違う! 私は、ただきみのことが!」
「違わねぇよ! あぁ、なんにも違わねぇ。オレは今日、あれほどぶち殺してやりたかったあの野郎と同じになった! なぁ、ジェナの様子を教えてくれよ! オレが施術をして、バンボルの目を埋め込んだあの子の事を!」




